人生を形づくるのは、仕事ではなく「出会い」である
就職や転職を前にしたとき、多くの人が同じ問いに行き着きます。「どの仕事が自分に合っているのか」という問いです。適職を見つけさえすれば人生は拓ける、と考える人は少なくありません。
けれども、ある講演家の言葉は、この前提に静かに異を唱えています。人生を決めているのは仕事そのものではない。その仕事の中で出会う「人」「もの」「こと」である、というのです。
出会いは、どこに集まるのか
この講演家は、うまくいかない人にある共通の姿を見ています。仕事への不満ばかり口にしていることです。「この仕事は自分に合わない」と嘆き続ける人のもとには、良き「人」も「もの」も「こと」も集まってきません。
これは精神論にとどまりません。日々の言葉と態度は、周囲に確かな印象を残します。感謝と探究の姿勢で働く人には、自然と手が差し伸べられ、学びの機会も巡ってきます。出会いは待つものではなく、日々の姿勢が引き寄せるものでもあります。
迷ったときの指針――直感と時間
では、どこで働けばよいのか。その答えは平明です。まず直感で「いい」と感じた場所で経験を積むこと。そして数年お世話になる中で、新たな出会いによって人生の流れが変わる時が来たなら、その流れに乗ればよいといいます。
完璧な選択を求めて立ちすくむより、縁を感じた場所に身を置き、誠実に歩み出す。選択の正しさは、選んだ後の過ごし方によって作られていくものなのでしょう。
「出会えてよかった」と言われる人に
この言葉の核心は、最後の一節にあります。「君は『出会えてよかった』と思われる人にならんといかん」。そして、人間の価値を決めるのは仕事ではなく、「君と出会えてよかった」と言われる人間であるかどうかだ、と結ばれます。
肩書きや職種は、人を測る物差しの一部にすぎません。後に残るのは、その人と過ごした時間が誰かにとってどんな意味を持ったか、という事実です。私たちは出会いを受け取る側であると同時に、誰かにとっての出会いを差し出す側でもあります。
自分の人生を、自分で引き受ける
この言葉から、ある小説の一節が思い起こされます。人生は自分のものであり、すべては自分の責任で起こる。誰かの言いなりになれば自分らしさを失い、結果を他人のせいにして生きることになる、という趣旨の言葉です。
仕事への不満を並べることは、人生の舵を他人や環境に預けることでもあります。反対に、置かれた場で最善を尽くし、出会いを大切にすることは、自分の人生を自分で引き受ける営みです。自分探しとは、探し当てるものというより、自ら選び、歩んだ結果として形になっていくものかもしれません。
むすびに
働く場所を選ぶことは大切です。しかし、それ以上に大切なのは、そこでどのような人と出会い、自分がどのような人として出会われるかです。
今日の仕事の中に、どんな出会いがあるでしょうか。そして私は、誰かにとって「出会えてよかった」と思われる存在でしょうか。そう自らに問うところから、人生の流れは静かに動き始めるのだと思います。
出典
- ブログ記事「出会い No.3738」(「今日の言葉」)
https://ameblo.jp/takumi-bill/entry-12980153277.html - 上記記事内で紹介されている『日本講演新聞』2021年9月20日号掲載の講演家の言葉
※本稿は上記記事の趣旨をもとに、筆者が再構成・加筆したものです。

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