「日本企業はAIに乗り遅れている」だけでは見えないこと ― 2040年の人材推計をどう読むか

はじめに

「日本企業の生成AI利用率は、OECD平均の半分未満」という報道がありました。厚生労働省が令和8年9月に公表した「労働経済白書」を、日本経済新聞が取り上げたものです。

最初は「日本は遅れているな」で済ませるニュースに見えます。けれども白書や関連する政府資料をたどっていくと、AIの話は、大学改革、リスキリング(学び直し)、働き方の話へとつながっていきます。この記事では、その流れを私の視点で整理してみます。

AI導入→人への投資→2040年の職種ミスマッチ→大学・学び直し→労働移動・賃金

1. まず、数字の読み方に注意

白書によると、従業員10人以上の企業の生成AI利用率は、日本が9.2%、OECD平均が20.2%です。個人の生成AI利用率は、日本が26.7%、OECD平均が36.8%とされています。

生成AI利用率の比較(日本 vs OECD平均)

企業(従業員10人以上・日本は2023年データ)
日本
9.2%
OECD平均
20.2%
個人(日本は2024年データ)
日本
26.7%
OECD平均
36.8%

棒の長さは40%を100%とした比率。資料:令和8年版「労働経済の分析」

ただし、この比較は各国の「最新データ」を並べたものです。企業のデータは日本が2023年、個人のデータは2024年のものです。「2026年の今、日本企業の9.2%しか生成AIを使っていない」という意味ではありません。見出しのインパクトほど、現状を正確に表した数字ではないのです。

2. 本当の問題は「AIを知らないこと」ではなさそう

白書が強調しているのは、「AIへの投資」と「人への投資」をセットで進める必要がある、という点です。AIを入れるだけでは効果は出ず、AIと一緒に働くための訓練や能力開発が欠かせません。

ところが日本では、人への投資が長く細ってきました。1995年を100とすると、2021年の経常利益は約320、利益剰余金は約347まで増えました。一方、人的資本投資は約58まで減っています。企業の利益は増えた一方で、人への投資は減ってきたということです。

1995年を100としたときの2021年の水準

経常利益
約320
利益剰余金
約347
人的資本投資
約58

点線は1995年の水準(=100)。資料:令和8年版「労働経済の分析」コラム2-1

AIの訓練や支援を企業から受けたAI利用者の割合にも差があります。金融・保険業では米国60.5%に対し、日本は26.9%でした。製造業では米国62.7%に対し、日本は33.3%でした。

企業からAI訓練・支援を受けたAI利用者の割合

金融・保険業
米国
60.5%
日本
26.9%
製造業
米国
62.7%
日本
33.3%

棒の長さは70%を100%とした比率。資料:OECD(2025)をもとにした令和8年版「労働経済の分析」

もちろん、これだけで「利用率の低さは人への投資の少なさが原因だ」と証明されるわけではありません。ただ、利用率の低さの背景には、AIそのものへの理解不足だけでなく、人への投資や、経営と人材育成のつながりの弱さがあるのではないかと思います。そうだとすれば、昔からの課題がAIでも繰り返されている可能性があります。

もう一つ見落とせないのが、会社の規模による差です。令和7年版「労働経済の分析」では、生成AIを「全社的に活用」している企業は、300人未満では1.3%、5,000人以上では19.0%でした。中小企業で広がらなければ、AIの恩恵は経済全体に届きません。

生成AIを「全社的に活用」している企業の割合

300人未満
1.3%
5,000人以上
19.0%

棒の長さは20%を100%とした比率。資料:令和7年版「労働経済の分析」

3. 政府が見ている「2040年」の姿

こうした課題を背景に、政府は2040年に向けた人材の見通しを示しています。経済産業省の「2040年の就業構造推計(改訂版)」(2026年3月)です。

区分2040年の需要供給差
AI・ロボット等の利活用人材782万人443万人339万人不足
現場人材(製造・建設・サービスなど)3,283万人3,023万人260万人不足
事務職1,039万人1,476万人437万人余剰

需要を基準にした供給の過不足(2040年)

AI・ロボット等の利活用人材
需要 782万人
100
供給 443万人
57
現場人材
需要 3,283万人
100
供給 3,023万人
92
事務職
需要 1,039万人
100
供給 1,476万人
142

各区分で需要を100とした指数(小数点以下四捨五入)。供給が需要に届かない区分は赤、上回る区分は緑。上表の数値から作成。

これは一定の前提を置いた試算であり、数字だけが独り歩きしないよう注意が必要です。「事務職が437万人あふれる」「AI・ロボット等の利活用人材が339万人足りない」と聞くと、ドキッとします。けれども、この数字は読み方に注意が必要です。

「339万人」は、AIエンジニアの数ではありません。機械技術者や情報処理・通信技術者など、AIやロボットを現場で使いこなす専門職を広く含んだ数字です。
「437万人」は、失業者数の予測ではありません。現在の産業構造や人材供給の傾向などを前提に、2040年の需要と供給を職種別に比べた試算です。
「人手不足がなくなる」という意味でもありません。十分な国内投資や産業構造の転換が進み、AI・ロボットの活用やリスキリングが進んだ場合には、就業者数が約6,700万人から約6,300万人に減っても、労働需要全体では大きな不足は生じないという試算です(経済産業省の推計)。問題は「人数」よりも、「職種・スキル・地域のずれ」にあります。

4. この数字は「確定した未来」ではない

この推計には条件が付いています。「十分な国内投資や産業構造の転換が実現する場合」という前提です。AIがどれだけ普及するか、経済がどれだけ成長するかで、数字は大きく変わります。

過去にも似た例があります。経産省は2019年に、2030年のIT人材不足を試算しました。需要が高いケースで約79万人不足、中位で約45万人、低位で約16万人と、シナリオで5倍近い幅がありました。生産性の伸び方によっては、不足がほぼなくなるケースも示されていました。

2030年のIT人材不足の試算(2019年・経産省)

高位シナリオ
約79万人
中位シナリオ
約45万人
低位シナリオ
約16万人

棒の長さは80万人を100%とした比率。同じ試算でも、前提によって約5倍の幅が出ます。

人材需給の予測とは、そういうものです。「339万人」という一点の数字を信じるか疑うかではなく、「何が変わればこの数字は動くのか」を見る姿勢が大切だと思います。

5. 私が気になっていること

政府は、大学の理工・デジタル分野への転換や、高専の強化、社会人のリスキリングなどを進めようとしています。方向としては理解できます。ただ、次の点は丁寧に考えたいところです。

① 「理系を増やせば解決」とは限りません。学部の名前と、実際に就く職業は一致しません。文系出身でデータ分析やDXの仕事に就く人もいます。文部科学省も「文理分断からの脱却」を掲げており、そこは重要な視点です。
② 時間のずれがあります。今年大学に入る人が社会の中心になるのは、10年以上先です。企業のAI導入は、今まさに進んでいます。若者の教育だけでは間に合わず、今働いている人の学び直しが欠かせません。
③ 学び直しだけでは人は動きません。学び直しは、それだけでは労働移動になりません。45歳の事務職の人が新しい分野を学んだとします。評価や給料が変わらず、移れる仕事もなければ、何も変わりません。教育、スキル、仕事、評価、賃金がつながって初めて、人は動けます。ここは、政策全体でまだ見えにくい部分だと感じます。
④ 大学を「人材の供給装置」にしすぎない注意も要ります。AIの答えを疑う力、批判的に考える力は、人文・社会科学や教養が育てる力でもあります。白書が重視する「メタスキル」(論理的思考力、批判的思考力、コミュニケーション能力など)とも重なります。
教育→スキル→仕事→評価→賃金

これらがつながって初めて、人は動けます。

6. では、市民として何を見ればいいか

AIを導入した企業の数よりも、次のような点を見ていくことが大切ではないでしょうか。

  • AIを導入した企業で、働く人への教育投資が増えたか
  • 仕事の中身が変わったとき、人が新しい仕事に移れたか
  • その結果、賃金は上がったか
  • 中小企業や地方にも広がったか
  • 大学や職業訓練は、実際の人材需要に追いつけたか

「大学を大きく変える」という政策を進めるには、その根拠となる推計がどこまで頑丈か、検証が必要です。次に確かめたいのは、過去の予測が実績とどれだけ合っていたか、AIの普及や生産性の前提を変えると数字がどう動くか、という点です。

おわりに

「日本はAIに遅れている」というニュースは、入口にすぎないと思います。問われているのは、AIを導入できるかどうかだけではありません。AIによって仕事が変わったとき、人を学び直させ、別の仕事へ移し、その変化を賃金や評価につなげられるかどうかです。

その奥には、人への投資、企業の経営、教育、働き方という、日本が長年抱えてきた課題があります。

だからこそ、「339万人不足」「437万人余剰」といった数字に驚くだけで終わらず、「その数字は何を前提にしているのか」「前提が変われば数字はどう変わるのか」と、一歩立ち止まって見ることが大切なのだと思います。

AIの時代に問われているのは、AIそのものへの対応だけではありません。変化する仕事に、人と制度がどう対応していくのか。その視点から2040年の人材問題を考えていく必要があるのではないでしょうか。

参考情報

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