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タコツボにこもる教員と逃げる学生

「 ガラス張りの研究棟 」( IDE 2016年8-9月号 )をご紹介します。大学の今を知ることができます。 あちこちの大学のキャンパスで、「ガラス張り」の研究棟を目にする。各階の廊下を歩くと、壁やドアが全面ガラス張りで、室内が丸見えの建物だ。そして、必ずといっていいほど廊下にいくつかテーブルが置かれ、人が集まりやすいよう工夫されている。 先日も、ある公立大学でそうした研究棟を訪ねた。案内役の教員によると、テーブル設置は、教員同士、あるいは教員と学生が集まり、議論する場として構想されたのだという。ご丁寧に給湯装置までついていた。 学部・学科の「タテ割り」の中で自分の専門という「タコツボ」にこもり、隣の研究室の人とすら意見を交わさない「相互不干渉」では、新しい知を創りだすことはできない。みんな出てきて、議論しようよ。アカデミックはそこからだーそんな思いを根底にした建物のようだ。 だが、なかなかそれは伝わっていない。「このテーブルで議論している教員や学生を一度も見たことがない」と教員は言う。よく見ると、ガラスの壁とドアの前に大きな書棚やホワイトボードを置いている部屋がいくつもあった。これでは出入りがしにくかろうに。多少の不便さは我慢してでも、タコツボを守りたいということなのか。 研究室をタコツボに見立てると、もっぱら責を負うべきはツボ主の教員のように感じるが、そうとは言い切れない面もあるようだ。社会と協働で学生を育てる試みを続けている教員がこのところ、「学生が逃げる」と嘆くことが多くなった。 九州のある大学教員は、数年前から地元の農家や漁協などの助けを得て、学生の力を引き出す活動をしている。例えば特産品のカキ養殖では、種付けから収穫、商品開発、販路拡大まで、漁師たちと共に行う。実際に作業をする中で、学生たちは、養殖に悪影響を与える環境の変化や漁業の未来などの大きな社会問題に行き当たる。同時に、現場では多様な考えを持つ人々とぶつかり、時に厳しい叱声も浴びせられる。これまでは、そうした実践を通して、見違えるほど成長していくのを感得できたという。 だが今は、「外部の人に少しきつく叱られると、(履修を)やめさせてください、と泣きを入れてくる」と話す。絶えず温かく励まし、褒め続けないと意欲が低下する。親にすら叱られた経験が...

大学経営者の意識

「 職員問題のいま 」( IDE 2016年8-9月号 )をご紹介します。学長、理事など大学経営者に求められる意識改革を指摘しています。 一時ほどは教職協働という言葉を聞かなくなった。教員と職員が、それぞれの特質や能力を生かしつつ、協働して仕事をするのは当然のことだが、現実にはそれが当たり前ではなく、職員側から教職協働を進めようという議論が展開されてきた。特に熱心な大学職員は、忙しい合間をぬって、大学院で学び直したり、講習会型にとどまらない研修を受けたり、研鑽を積んでいる。プロフェッショナルとしての大学行政管理職員の確立を目指して設立された大学行政管理学会も来年には20周年を迎える。 筆者もこうした場に関わっているが、ここ最近、彼ら自身の関心も変化してきた印象を持っている。以前は、職員の役割の再認識、そのために職員の能力や専門性をいかに向上させられるか、というのが関心の中心があった。職員に対するアンケート調査が多く実施されたのもこうした問題意識を反映してのことである。 こうしたテーマが消えたわけではないが、最近は、大学の経営陣や教員の役割や意識を研究してみたいという職員が増えている。 教職協働のためには、職員だけでなく、教員の理解や変化も必要であること、そうしたきっかけを作り出すキーパーソンとして重要であるはずの経営陣の無理解に意識がシフトしていくのは自然のことであろう。より対等な関係での教職協働が進まない背景には、教員のお手伝いをしていればよいという職員自身の意識の問題も依然として大きいし、身につけるべき能力の問題もあるが、当然それだけではない。職員として頑張り、最終的に理事等での立場で経営の中核として参加できる道は開かれているのか、委員会等の長として職員が任命され、裏方メンバ一としてではなく、正式メンバーとして参加しているのかという機会の問題も大きい。機会があってこそ、成長へのインセンティブや責任感も出てくる。また、評価活動は典型だが、大学に求められる機能が広がる中で、各種委員会も増え、その準備にさく時間も増えている。こうした会議などの効率化は職員ではなく、管理側が対処すべき事柄である。 教職協働の議論で、よく「教員と職員が気軽に話し合える雰囲気」などの重要性が言われたが、そういう問題ではないのではと違和感を覚えていた。若い熱心な職員が、大...

これからの学術研究の方向性

内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官の大竹暁さんの論考「 大学の研究活動と科学技術 」( 文部科学教育通信 No393 2016-8-8 )をご紹介します(下線は拙者)。 学術研究の在り方については、国政レベル、研究現場レベルにおいて様々な考えがあるわけですが、このような政策担当者の意見を十分踏まえ行動していくことも大切なことかと。 ◇ 日本を巡る課題と科学技術 日本にとって科学技術の持つ意味は何か、何故、政府が投資をするのか。これは必ずしも自明ではない。資源が少なく、国土も狭隆で、その70%が山岳地帯で、知恵で付加価値を生み出さないと1億2千万人の国民が持続的に生存できない、と言うのは真実だが、ならば何故科学技術か。その理由を再度検証したい。 (1)歴史的背景 一つには、我が国は科学技術で国を興してきた歴史的背景がある。日本は明治維新で開国し、同時に世界に追いつくために近代化を図った。折しも、イギリスの産業革命から一世紀を経過し、科学と技術は相互に依存性を高めていた。そこで、日本は大学に工学部を作り、科学の基礎、科学的な思考を中心に据えつつも、現実の課題を解決するために、基礎的な学理を組み合わせて新たな学理を生み出した。大学の工学部は、産業の基礎になる技術的基盤を固め、その発展に必要な人材を供給し、さらには新たに直面した課題を解決し、その結果を統合して学理として発展させてきた。 筆者は、工学部は日本の近代化に大きく貢献したことはもとより、戦後の高度成長期に最も顕著に効果を上げたと考える。金属工学、造船学、電気工学、化学工学等の工学は、成長期の日本の産業と対応して、その発展をもたらしたと言っても過言ではない。傍証ではあるが、1979年に米国で社会学者エズラ・ヴォーゲル氏が Japan as No.1 と題する本を刊行し、日本の産業体制や勤勉さなどが日本の生産性につながっており、もっと学ぶべしとすると、日本に対する警戒心とともに日本の強みを習おうとする動きが各方面で起こった。科学の世界では米国科学財団(NSF)が1984年にEngineering Research Center(ERC)制度を発足させるが、これは大学に、革新的な研究、工学教育と産業の支援を結びつけたこれまでの学問分野を横断する研究センターを作ろうというもので、まさに日本...