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4月, 2018の投稿を表示しています

記事紹介|美しい人

ほほえみは、お金を払う必要のない安いものだが 相手にとって非常に価値をもつものだ ほほえまれたものを豊かにしながら ほほえんだ人は何も失わない フラッシュのように瞬間的に消えるが 記憶には永久にとどまる どんなにお金があっても ほほえみなしには貧しく いかに貧しくても ほほえみの功徳によって富んでいる (中略) もし あなたが誰かに期待したほほえみが得られなかったら 不愉快になる代わりに あなたの方からほほえみかけてごらんなさい 実際 ほほえみを忘れた人ほど それを必要としている人はいないのだから ◇ 自分からは何も出さず、「ちょうだい、ちょうだい」とまわりに何かを要求ばかりする人は多い。 自分のことを認めてくれない、誰もやさしい言葉をかけてくれない、誰も誘ってくれない、という「くれない族」だ。 「自分にしてほしいと思うことを他人にすること」 ほほえみと、自分への自信と、人の身になって考えること、を大切にする人でありたい。 美しさへの三つの条件|人の心に灯をともす  から

記事紹介|人が捨てた運を拾う

人が捨てた“運”を拾っている。大谷 翔平 メジャーリーガーとなった大谷選手が、渡米後の試合でグラウンドに落ちていたゴミを拾っていたことが記事になっていました。 『実は、大谷翔平は意識してグラウンドのゴミを拾っている。 2015年、チームの大先輩、稲葉篤紀(現侍ジャパン監督)が、ベンチ前のゴミを拾ったのを見て感動して、それを真似るようになったのだ。 彼自身はそれを「人が捨てた”運”を拾っている」と表現した。 「ゴミを拾う」のは小さな行為だが、 大谷には自身の平常心を保ち、冷静にプレーするためのキーアクションになっているのだ』 どんな状況でも周りを見る冷静さがあるということでしょうが、 同じ花巻東高の先輩にあたる菊池雄星選手も高校生時代のインタビューで、 『例えばゴミが落ちていると、「神様が自分を試している」と思う。 そうやって、いつも神様が自分を見ていると思っている』 と答えていました。 心技体の心を磨くには、こうして人間力を鍛えることが大事なのでしょう。 人が嫌がること、したがらないことに勇気を出すことですね。 ちなみに昨日の仙台での羽生君のパレードでは10万人を動員したようですが、 ファンの呼びかけで皆さんがゴミ袋を持参してゴミを持ち帰って、ボランティアが「拾うゴミがない」という状態になったようですね。 ゴミ拾い|今日の言葉  から

記事紹介|自分を変えれば世界が変わる

人はみな世界を変えたいと思うが、自分自身を変えたいとは思わない。トルストイ 逆から言えば、自分を変えれば世界が変わるということ。 世界とは自分の手の届く範囲のこと。 自分が影響を受ける範囲のこと。 自分が変わると受け方が変わってくるから、世界が変わる。 苦しいのは、自分以外の誰かを変えようとするからなのかもしれません。 自分を変えるとはアウトプットを変えること。 言葉を変え、行動を変える。 世界って意外と簡単に変わっていくものなのです。 変えるものは|今日の言葉  から

記事紹介|自分に足りていないことを認識する

「謙虚さがなくなる兆候」 時間に遅れだす。 約束を自分の方から破りだす。 挨拶が雑になりだす。 他人の批判や会社の批判をしだす。 すぐに怒り出す(寛容さがなくなる) 他人の話を上調子で聞き出す。 仕事に自信が出てきて、勉強しなくなる。 ものごとの対応が緩慢になる。 理論派になりだす(屁理屈を言う)。 打算的になる(損得勘定がしみつく)。 自分が偉く思えて、他人がバカに見えてくる。 目下の人に対して、ぞんざいになる。 言い訳が多くなる。 「ありがとうございます」という言葉が、少なくなる(感謝の気持ちがなくなる)。 謙虚さとは、相手を敬い大切にする姿勢から来るもの。 自分に足りていないことを認識するから来るものでしょう。 それがなくなるということは自分が受けている恩恵忘れてしまったということ。 自らの成長を止めてしまったことの証でもあると思います。 全部に当てはまる人は殆どいないでしょうが、 多くの人が一つや二つは当てはまるものがあるかもしれません。 ハッとするものがあれば、その逆を実行すれば良い。 謙虚さ|今日の言葉  から

記事紹介|代謝なくして創造なし

経営において本質的に大事なことは、たったひとつ。 それは、会社が「生きている」ことである。 「生きている」とは、ただたんに存在することではない。 会社全体が大きな熱を帯び、理詰めで考え、行動し、新たな創造に向かって社員たちの心が奮い立っている。 「生きている会社」とは、そういう会社だ。 生きていさえすれば、目の前にどんな困難が待ち受けていても、きっと未来を切り拓いていくことができる。 生命体としての力強さが、会社という「生き物」の価値を決める。 「GAFA(ガーファ)」と呼ばれるアルファベット(グーグル)、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムなど、米国西海岸のIT企業が世界を席巻し、躍進しつづけるのは、たんに彼らの先見性や高い技術力だけが理由ではない。 彼らは世界のどの会社よりも挑戦をしつづけ、新たな価値を創造している。 「デーワン(1日目)」の初々しくもフレッシュな気持ちと行動を忘れずに、「生きている会社」でありつづけようと、懸命に努力をしている。 一方、日本にいま、どれほど「生きている会社」があるだろうか。 挑戦しつづけ、実践にこだわり、創造に燃えている会社がどれだけあるだろうか。 現実を見れば、挑戦よりも守りに終始し、実践よりも管理に走り、創造ではなく停滞に沈んでいる会社がじつに多い。 会社としては存在していても、実体は「死んでいる」。 大志や理想を脇に置き、目先の利益やROE(株主資本利益率)といった経営数字に振り回され、いつの間にか数字だけを追いかける日本企業が増えていることに、私は大きな危さを感じている。 会社を、数字だけで「いい」「悪い」と安易に判断してはいけない。 最も大事なのは、その会社が「生きている」か「死んでいるか」かである。 「生きている会社」とはどういう会社を指すのか。 それは次の言葉に集約される。 《絶え間なく挑戦し、絶え間なく創造し、絶え間なく代謝する会社》 「生きている会社」とは、未来を切り拓こうとする明確な意思をもち、常に自己否定し、挑戦しつづけ、実践しつづけ、創造しつづける会社だ。 しかし、それだけでは足りない。 じつは、「生きている会社」でありつづけるための鍵は「新陳代謝」にある。 会社は、よく見れば、いらないものだらけである...