投稿

11月, 2011の投稿を表示しています

入試広報の腕をみがく(2)

前回に続き、日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が、文部科学教育通信(No280 2011.11.28)に寄稿された「受験へとつなげていく広報」をご紹介します。 アクセス者を承認する 学生募集にとって、資料請求者といったアクセス者を受験者、入学者につなぎ止めていくプロセスが非常に重要であり、このプロセスを強化することで、相当程度の改善を図れることを前稿で述べた。 では、アクセス者を受験生へとつなぎ止めていくためには、具体的にはどのようにしたらいいのかについて考えていきたい。つなぎ止めるためには、関係性を常に保つことが必要となる。人間関係でも、顔を合わせる機会が無くなるとその人に対する意識が薄れてくるのと同じで、アクセスをした高校生も大学からの働きかけがないと、その大学に対する興味が薄れてくる可能性は高くなると考えられる。したがって、つなぎ止めるプロセスにおいて不可欠なのは、大学からの継続したフォロー活動である。 私も勉強のために他の大学の資料を請求することがあるが、パンフレットが一度送られてきただけで、その後は何のフォローもないという大学も少なくない。確かに表面的な依頼内容は「パンフレットを送付してください」ということであるが、パンフレット送付を希望した背景には、その大学に多少なりとも関心がある、場合によっては受験するかもしれないという気持ちも含まれているのである。その気持ちに対応しないということは、資料請求者の欲求に対して、きちんと応えていないことになる。これは非常にもったいない話である。同じ程度に関心を持った大学が二つあったとして、一方の大学は継続して資料が送られてくるのに対して、もう一方の大学はパンフレットが一度送られてきただけというような状況であれば、どちらの大学を受験先として選択する確率が高いのかは自明のことであろう。 組織づくりや、モチベーション・アップという場面で重要な働きをするものとして、『承認』という概念がある。文字通り、その人を認めるということである。人間、誰しも自分の存在や行動を認められたいという欲求を持っている(マズローの欲求五段階説でも、四段階目の人間らしい欲求として「承認の欲求」が挙げられている)。自分のことを認めてもらえれば意欲も湧くし、行動も積極的になるものである。また、人は認めてくれた相手に対し...

入試広報の腕をみがく(1)

いよいよ受験シーズン到来です。新聞・雑誌に大学の広告が目に付くようになりました。大学広報の腕の見せどころといったところでしょうか。 限られた財源でいかに効果的な広報を行うか、いかに質の高い学生を確保するかは、少子化時代における大学の重要な戦略的課題の一つです。そこで、今回は、日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が、文部科学教育通信(No279 2011.11.14)に寄稿された「広報活動の効果的な組み立てと点検を」をご紹介します。 「AISAS」に対応した広報活動 最初の「A=Attention、大学を知ってもらう」ためには、高校生が進学先選択に際して見る媒体、または日常的に目に触れる媒体に大学の情報を掲載することが必要である。具体的には受験雑誌、新聞、ポスター、看板などを使っての大学情報の提供ということになる。存在を知ってもらわなければ選ばれようがないので、広報のスタートに当たる活動である。そしてこの段階から次の「I=Interest、興味を持つ」につなげるためには、知ってもらう段階でターゲットの興味を引くことのできる情報の掲載が必要となる。この意味では、学校名、学部名と所在地だけが記載されている大学の交通看板などは、「I」につなげる機能としては不十分であるといえる。 「I=興味を持つ」につなげるためには、ターゲットにとってのメリットが情報として提供されている必要がある。メリットとして何をアピールするかについては、前述の大学の現状認識、ターゲットのニーズ把握、競合校に対しての優位性を検討するプロセスの中から出てくることになる。皆さんの周りにある看板やポスターを点検してみると、メリットとなる情報が何も掲載されていない、抽象的な表現のものが多いことに気づくと思う。それは、このプロセスをきちんと経ていないことに大きな原因があるといえる。 次の「S=Search、検索する」の段階では、アピールポイントをより具体的に、より詳細に、かついろいろな切り口で伝えることが重要となる。具体的にはパンフレットやホームページで何をアピールするかということと、オープンキャンパスをどのように実施するかということになるであろう。いろいろな大学のパンフレットを見ていると、大学が伝えたいことと、ターゲットが知りたいことの間にギャップがあると感じられるケースも少...

廃棄のシステムをつくる(ドラッカー)

イメージ
顧客を知ることによって、いかなる成果を得られるかが明らかになる。目標を明らかにし、何を現実のものにできるかを知ることができる。 「われわれは何をしようとしているのか」「大学の質と規模を継続するには、どれだけの学力の入学者をどれだけ確保しなければならないか」 これを知っておけば結果からフィードバックすることができる。そのとき、「あれはうまくいっているが、これはあまりうまくいっていない。これにもう少し力を入れよう」あるいは「もう少し強力な者に担当させよう」「入って欲しい学生に入ってもらうには何を考えなければならないか」ということができる。 イノベーションのための戦略を成功させるには、機能しなくなったもの、貢献しなくなったもの、役に立たなくなったものを廃棄するシステムが必要である。 これを行わないかぎり、いかなる組織といえども、肥大化の挙げ句、重要な資源を成果の望みえないところへ注ぎ続けることになる。 非営利組織が常に考えるべき問題が、「顧客にとって大事な何を行うことができるか」である。そのあとで、提供できるサービスの構造を考え、提供の仕方を考え、人の手配を考える。そして再び基本に返り、何を、いつ、どこで行うかを考える。さらに重要なこととして、誰が行うかを考える。 非営利組織が応えようとするニーズのほとんどは、いつになっても消えることのないものである。人間がいるかぎり存在するものである。しかしそのニーズの現れ方は変化する。それを見つけることがマーケットリサーチの役割である。 特に、顧客であるべきなのに、サービスの提供のされ方が合っていないために顧客になっていない者にとって、それがどのようなニーズかを明らかにする。マーケットリサーチが明らかにするものは、「われわれの強みに合い、顧客を満足させるサービスを開発できるか」である。そして「動くべき時はいつか」である。 戦略があれば、行動にコミットしたも同様である。戦略の真髄は行動にある。ミッション、目標、マーケット、そして「その時」を統合したものとしての行動である。 戦略の成否は成果にかかっている。戦略はニーズに始まり満足に終わる。したがって顧客にとっての満足が何であるかを知る必要がある。 非営利組織たるものは、顧客と寄付者に敬意を払い、彼らにとって価値あることを聞き、彼らの満足を理解するこ...

人をトレーニングする (ドラッカー)

イメージ
非営利組織の戦略にとって、重要なことは人のトレーニングである。 これは、説教ではなくトレーニングによって身につけさせるべきものである。態度の問題ではない。行動の問題である。態度はトレーニングでどうこうすべきものではない。人のトレーニングは行動に関して行わなければならない。「これが行うべきことである」といわなければならない。 新しいことを始めるための戦略、イノベーションのための戦略においては、どこから誰が始めるかについて十分な思考とプランが必要である。その新しいものを成功させたがっている者から始めなければならない。最初から組織の中の者全員を関わらせてはならない。それでは必ず問題にぶつかる。機会のターゲットを探さなければならない。それを求め、信じ、コミットする者を探さなければならない。 イノベーションの戦略とは、最初の段階からこれらのプロセスを考え抜くことである。そして新しいものを成功させるために積極的に動く者、その成功が組織に乗数効果をもたらす者を確保しなければならない。 世界を変えるとの大いなる望みのもとに大々的にスタートしておきながら、五年後には「まあよくいっている。ちょっと特殊なプログラムだが」というようでは、戦略として最低である。それでは失敗である。資源の使い方を誤っている。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

政策仕分け結果の十分な精査と着実な政策への反映を

既に報道等で承知されていると思いますが、去る11月20日~23日の4日間にかけて、行政刷新会議ワーキンググループによる「提言型政策仕分け」が実施されました。 この「提言型政策仕分け」は、無駄や非効率の根絶といったこれまでの視点にとどまらず、主要な歳出分野を対象として、政策的・制度的な問題にまで掘り下げた検討を行い、改革を進めるに当たっての検討の視点や方向性を整理することを目的に実施されているものですが、折角の貴重な議論の結果を、国政や予算配分に確実に反映していただきたいというのが多数の国民の願いではないでしょうか。 さて、この仕分けの様子は、インターネットを通じてライブ中継されましたが、平日の場合は、多くの方々は勤務中でご覧になることができなかったのではないでしょうか。そこで今回は、「教育:大学改革の方向性の在り方」をテーマとして行われた仕分け(11月21日開催)関係の論点等を整理した資料(文部科学省、財務省がそれぞれ提出)や評価結果を行政刷新会議のホームページから国立大学関係を中心に引用抜粋してご紹介します。 なお、論点の捉え方は、相変わらず文部科学省、財務省の双方で異なります。この”VS”構造をどう理解し、今後将来の大学の在り方をどう考えるかは、政治家、学識経験者、官僚、そして大学関係者だけに依存するのではなく、まさに国民一人ひとりにその責任があると思います。この政策仕分けを契機に、広く国民的な議論が展開されることを願わずにはいられません。 行政刷新会議-提言型政策仕分け「大学改革の方向性の在り方」 論点 大学の総収入・総支出は増加しているのに、世界の中で日本の大学のレベルは低下しているのではないか。 少子化の傾向にも関わらず、大学数や入学定員、教職員数が増えているのではないか。 定員割れによる学力低下等や赤字経営の大学の増加等をどう考えるか。 大学は、将来を見据えた明確な人材育成ビジョンを持っているのか。 大学が社会の実情と乖離し、社会のニーズに十分な対応ができていないのは、大学改革が進んでいないからではないか。どのように改革を進めるべきか。 とりまとめ(提言) 大学の国際通用力の向上の在り方については、「教育分野」における向上などその具体的な達成目標と達成時期並びにその評価基準について明確化を図る。まずは各...

壁を毎日破れ(土光敏夫)

イメージ
ボクらの生活は、毎日が行き詰まりだ。行き詰まらん方がおかしい。前に進んでいれば必ず行き詰まる。 「壁を毎日破れ」といったら「私には壁はありません」という人がいた。 「そうかないか、君は座っているじゃあないか。立って歩いてみろよ。四畳半だろうと六畳だろうと、立ってあるけば、壁にすぐにぶつかる」といったんだ。 つまり、この人には問題意識がないのだ。 だから、「歩いて毎日ぶつかれ」といったんだ。(土光敏夫 21世紀への遺産) 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»

一日も早く”地力”をつけよ、サラブレッドより野ネズミの方が強い(土光敏夫)

イメージ
この日記を始めて、11月9日で丸4年が経ちました。読者の皆様のおかげでなんとか続けることができています。心からお礼申し上げます。 最近は、ニュースなどの”情報提供型”に偏ってしまって、少々魅力のない内容が続いておりますが、なるべく自分の意見なども取り入れていきたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 今日から、時折、土光敏夫さんの言葉を紹介していきたいと思います。 よく若い人に言うのだが、一日も早く”地力”をつけよ、と。僕はこの”地力”という言葉が好きで、これは人間の足腰を鍛え、少々のことではへこたれない本物の力を意味する。地力をつけるには、苦労を体験するのが必須条件だ。苦労を知らぬ人間は、端から見れは一にしかみえぬ打撃が十にも二十にも感じられ、そのショックひとつで潰れてしまうことがある。学校秀才型の、いわゆるエリートにその傾向が多くみられる。 土産物店などで、”上げ底”がよく問題になるが、人間もそれと同じで底辺を知らぬ「上げ底人間」は総じて弱い。叩かれ踏まれた体験がないものだから、僕らがなんとも思わないことでも、なにか問題が起きたとき、その対応に右往左往する。しっかりと受けとめて、冷静に対処することができないんです。 一のショックを十に感じる者もいれば、十のショックを毛ほどにも思わぬ者もいる。厚顔無恥は困るけれども、そのくらいの根性がないと、長いサラリーマン生活はやっていけません。いつも自分を最低の線、つまり社会の底辺に置いておけば、何が起こったって怖くはない。矢でも鉄砲でも持ってきやがれ--と、そのくらいの気概で生きることですよ。 サラブレッドはカッコいいが、僕はそれよりも野ネズミのほうが、より強いと思うわけです。サラブレッドは、みんなが寄ってたかってエリート馬に仕立てあげる。しかし、役目が了わればそれまでだ。が、野ネズミは踏まれても蹴られても、へこたれない生命力を持っている。人間だって、その本質に変わりはなく、いざとなれば野ネズミのしぶとさを持つ者が、サバイバル戦争に勝ち残る。 目先の現象に一喜一憂せず、どんと構えて正面から物事を受けとめる、そういう根性のある人こそが生き残る時代だと思うのだが、はたしてこれは極論すぎるのでしょうか。(土光敏夫大辞典) 昭和人間記録 土光敏夫大事典

国立大学法人の決算から垣間見えるもの

国立大学法人の中期評価や年度評価を行う国立大学法人評価委員会の下に、「国立大学法人分科会 業務及び財務等審議専門部会」というものが設置されています。このたび、国立大学法人の平成22事業年度の財務諸表の承認に係る議論等の概要が文部科学省のホームページに掲載されましたので読んでみました。 国立大学法人の会計処理は「国立大学法人会計基準」に基づいて行われていますが、企業会計や学校法人会計とは異なる特殊な会計処理が多々あることから、アウトプットとしての財務諸表ほか決算関係資料は、一般の国民の皆様にはとりわけわかりずらい構造になっています。このため、各国立大学法人では、独自の財務レポートなどを作成し、各大学のホームページ等を通じて説明しています。 今回の議事録を見る限り、議論を行っている委員の方々は、大学教員出身者が多く、国立大学法人の会計に必ずしも精通している方々だけではないようですが、その分、一般の国民と同様の目線での質疑も垣間見え、あるいは意外と鋭い意見も出されており、興味深く読ませていただきました。委員の意見をいくつか抜粋してご紹介します。事務局(文部科学省)とのやり取りについては、WEBサイトをご参照ください。 国立大学法人の財務諸表の承認及び剰余金の繰越承認について 【宮内委員】 決算書を見てちょっと感じた点で、これは昨年もたしか言ったかと思うのですが、概要の参考1の2ページで寄附金債務がこれは2,214億で、前年度対比で139億増加しています。大学としては、これはバッファーとして持っていたいというのは非常に個別事情としてはよくわかるのだけれども、寄附金をいただいておいて研究をやらないのですかという素朴な意見もあります。そんなにいただいたのに、やらないで腰だめしているのですかという社会的な指摘を受けたときに、大学が本当にきちんとした説明ができるのだろうかということです。研究体制がまだできておりませんという説明をしてしまって、研究体制もできないものを寄附金もらっているのですかと言われたときに返す言葉が次にあるのかないのか、その辺も含めて、この寄附金債務の執行というのはやっぱり、まじめにと言っては失礼かもわからないけれども、執行するということを前提にして考えていただかないと、多分これは、ずっとたまっていくと思います。個々の健全な感覚が全体としては...

親と就活

「教育ななめ読み」梨戸茂史(文部科学教育通信 No278 2011.10.24)からの引用です。 ◇ 入学式に親が出て話題になったがもうずっと昔のこと。考えてみれば、中学受験あるいは、小学校や幼稚園などの「お受験」から、親が叱咤激励して、一緒になって勝ち取った「ゴール」が超難関大学の合格だったのだから、親が晴れがましく思ったとて無理のないところ。ところが今や大学全人時代で、普通の大学合格くらいでは感動はない。次なるターゲットはちゃんと就職できるかだ。 まずは、雇用条件が大きく変化している。昔のように「大卒印エリート」ではなくなった。もちろん同世代の五割が大学に行く時代、かつての高卒市場を大卒者が占めることにいささかの敗北感もない。就職が難しいというのには、不況もあるが、雇用形態の変化も大きい。親の時代の終身雇用から、今は一時雇用、派遣社員など形態が変化した。その上、工場が海外に移転して就職しようにも職場がない。事務系だって仕事はコンピューターやら集約化など人が多くはいらない時代。いきおい販売など入手のいる部門に流れる。 親の役割は、会社選びから始まって、自分の経験を踏まえた面接アドバイスなど、これも「受験」パターンに近いものがある。ただし、親の知っている「有名企業」やテレビなどのコマーシャルで名前の売れた企業を”推薦”してしまう危険や、その結果、子どもが大都会に就職して親元に帰らない心配も出る。 だから晴れて「地元」の一流企業などに入れたら、子どもは地元に住んでくれるし、うれしくなって入社式まで行こうという気持ちにもなるのであろうか。九月二日付の読売新聞によると、静岡銀行の頭取の入社式のあいさつが「新人社員の皆様、ご家族の皆様、本日はおめでとうございます・・・」と始まったのを紹介している。大学生を見ていると、幼くて高校生の延長に見えるし言動はまだ子どもを引きずる。でも、この銀行、考え方が面白い。そこまで親が出てくるならと逆手に取ったかどうか知らないが、二OO七年から入社式に親を招き始めた。発想は「社員の成長には家族の支援が不可欠だ」という。親を見れば子がわかるというから、そのうち面接で親も一緒にするところも出るかもしれぬ。 同記事では、兵庫県の大手前大学のキャリアサポート室が「保護者のための就職ガイドブック」を二OO九年に作成、配布したそう...

しあわせ運べるように

イメージ
東日本大震災:被災地応援歌、心一つに合唱-神戸市立盲学校文化祭(2011年11月4日 毎日新聞) ◇音楽の力で元気届けたい♪ 音楽の力で被災地に元気を送りたい--。神戸市中央区の市立盲学校で3日に行われた文化祭で、全校生徒ら54人に歌詞を募集して作った東日本大震災の被災地応援歌「歌おう一つになれるように」を生徒と教職員らが合唱、集まった保護者や卒業生ら約200人を前に、心を一つにして歌い上げた。近く録音し、岩手、宮城、福島3県の盲学校へ届けられる。 阪神大震災(95年)では、全国の盲学校職員らが同校を訪れ支援した経緯から「今度は自分たちができる支援でお返ししなければ」と生徒らが歌での支援を提案。生徒らから集めた詞を生徒会が歌詞にまとめ、以前から交流のあったNPO法人「国際音楽協会」の張文乃理事長に作曲を依頼した。 この日は文化祭の一環で、同校の幼稚部から高等部の生徒らと教職員約100人が参加。張理事長の伴奏に合わせて歌声を披露した。音楽の授業や休み時間などを使って練習した息の合った歌声に、来場者からは大きな拍手が送られた。 <歌おう一つになれるように/きみが前に進めるように> 生徒らはこの歌と、被災地の校歌や阪神大震災の復興歌「しあわせ運べるように」など計8曲を録音し、12月上旬に被災地の盲学校へ送る。同校の増田和幸教頭は「生徒らが心を込めて歌った歌が、被災地の生徒らの心を少しでも癒やしてくれればうれしい」と話していた。 iv> 東北の皆さん、今はまだ『復興』なんて信じられないかも知れませ­んが、十六年前の神戸もそうでした。大阪から大好きだった神戸の­街に支援に入った時『神戸が死んでしまった』と思ってしまいまし­たが、深く深く傷付いたけど決して死んではいませんでした。だか­ら『希望』を持って、少しづつ少しづつでいいから一歩一歩前に進­んでいけるように祈っています。不幸にも亡くされた命の多さを知­るに皆様の辛さを思い涙を禁じえませんが、この曲の歌詞にもある­ように生きている皆様が一日一日を大切に生きて行かれる事が何よ­りの供養だと思います。皆様が持った『希望』が次世代の子供達に­受け継がれ、地震にも津波にも負けない絆を創り、傷付いた街を強­く蘇らせてくれると信じています。そして本当に『幸せを運んでく­れる東北』になってくれる日...

国立大学法人の改革推進状況(平成22年度)

国立大学法人等の平成22年度に係る業務の実績に関する評価の結果が確定したことについては、既にこの日記でもご紹介したところですが、この評価結果の確定に合わせ、文部科学省は、各国立大学法人の平成22年度の各種取組みのうち、注目すべき取組みをまとめて公表しています。 (関連過去記事)国立大学法人の2010年度評価結果決定(2011年10月28日) 各国立大学法人が国立大学法人評価委員会に提出した平成22年度の実績報告書に記載された膨大な取り組みの中から抽出されているだけあって、いずれも素晴らしい改革事例です。多くの大学で実施可能なものも多く、他大学の事例と割り切らずに、積極的に取り入れてはいかがでしょうか。 国立大学法人・大学共同利用機関法人の改革推進状況(平成22年度)(平成23年10月27日 国立大学法人評価委員会) (参考) 国立大学法人・大学共同利用機関法人の改革推進状況(第1期中期目標期間)(平成23年5月24日 国立大学法人評価委員会)

国立大学の復興と再生に向けて

イメージ
東日本大震災の発生から7か月ほど経ちましたが、テレビの画面から見る変わらない現地の姿に、あらためて被害の甚大さを実感させられます。港にあった大きな倉庫や事業所などは津波で流され、未だにコンクリートの基礎だけになっていたり、ねじ曲がって赤さびた鉄骨だけになっています。ガレキを満載したトラックが頻繁に行き交っています。被災地の復興に向けた取り組みが少しでも早く進むことを願ってやみません。 さて、東日本大震災では、被災地にある国立大学も大きな被害を受けました。しかし、多くの関係者が力を結集して再生に向け取り組んでいます。このたび、国立大学協会から、「復興と再生に向けて」と題する協会情報誌 JANU の「震災特別号」が発行されました。まだ、国立大学協会のホームページに掲載されていないようですので、少々見づらいかもしれませんが、全ページご紹介したいと思います。 被災大学からのメッセージ 2011.3.11 東日本大震災により被災地にある国立大学も被害を受けました。 ◇ 大学は、被災者の救援活動に努めるとともに、 被災地への緊急的な支援のために、 全国から集まる支援物資を届け、 被災者たちを構内に受け入れました。 生活が安定を取り戻しつつある中、 大学では講義や研究等を再開するための準備を進めました。 また、被災地の復旧のために学生たちは 被災直後から活発にボランティア活動を行いました。 5月には全ての大学で教育・研究活動が再開し、 これまでどおりの活動を行っています。 ◇ 被災地の国立大学は、未来に向けて立ち上がり、 地域社会の復興と再生に向けて 引き続き努力していきます。 ◇ 東日本大震災と国立大学の医療支援 全国の国立大学は、医療支援活動のために、 多くの医療チームを、被災地に派遣しました。 ◇ 国立大学は、震災直後から救急医療チームを派遣し、 その後も継続的に多彩な医療人材を派遣することで、 被災地の医療を支えています。 ◇ 国立大学の学生ボランティア 国立大学生たちは、被災直後より積極的に ボランティア活動を行っています。 ◇ 教員養成系大学をはじめとして各国立大学の学生達は、 被災地の学習支援のためにボランティア活動を行っ...

希望の種を蒔く

イメージ
今日から11月。今年もわずかになりました。今日は、昨日アップされた「野田総理官邸ブログ」にとてもいい記事がありましたので抜粋してご紹介します。タイトルは「希望をつくる覚悟と器量」です。 ◇ 希望を失わず、困難を乗り越え、試練を乗り越えていく、そんな人生を歩んでいきたいものです。 今回の演説の最後で、大越桂(おおごえ かつら)さんの詩を引用させていただきました。 私がこの詩を知ったのは、震災から二ヶ月後頃だったでしょうか、とある新聞記事で彼女のことが載っていたのを拝見してからです。彼女のことを知れば知るほど、畏敬の念を感じずにはいられませんでした。障害を抱え、声も失い、十三歳で筆談を知るまで、言葉で意思を伝えることができなかったそうです。それまでの頃を「私は石だった」としつつ、「でも、母や周りのおかげで、人にしてもらった」と語った言葉を忘れることができません。 演説で引用させていただいた「花の冠」という詩ですが、一読して、その中の言葉が実に温かいな、という印象を受けました。合唱曲になったこの詩を聴いて、改めてそうした思いを強くしました。そして、こうした境遇のもとにありながらも、これだけ温かい言葉を紡ぐことができることに強く心を打たれました。ご家族の献身的な支えとそれに対する感謝の念が確かに響きあっているように思います。 人が生きることへの確かな希望は、互いに支え合う中で生まれるということではないでしょうか。「希望」は、そのことを確認する中で生まれていくように思います。 演説の後、大越さん御本人から、「希望の種を蒔き、花を咲かせる総理大臣は『はなさかそうり』ですね!」と激励のメッセージが届きました。そうした存在になれるように、私自身も含め、政治家としての「覚悟と器量」を、これからの国会審議や「実行」の中で明らかにしていければ、と思っています。平成23年10月31日 内閣総理大臣 野田佳彦 http://kawaraban.kantei.go.jp/2011/10/20111031.html (関連記事) 大越桂さんのブログ「積乱雲」-野田総理大臣所信表明演説- 仙台の詩人・大越桂さん作品 首相が所信表明演説で引用(河北新報)