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9月, 2012の投稿を表示しています

プロとしての事務職員

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文教ニュース(平成24年9月17日)に掲載された記事から、「 事務は一段下に見られている-ならば武器を持とう 」をご紹介します。 ◇ 大学の事務職員の悩みの一つに、教員との関係がある。「事務は一段下に見られている」というものだ。30年も前に、就職したときに、「君は何で大学職員になったんだ」と、さんざん聞かれ、大学院に進んで学位を目指しているかつての同級生をまぶしく感じたことを思い出す。 事務局の大先輩で有職故事にも精通し、切れ者と自他共に認められている人でさえ、教員との距離感に悩んでおられたが、それでも、学園紛争時などは、学生部の事務職員にはいわゆる「専門職」として、相当の敬意が、”教員並み”に払われていたらしい。教員と共に、自治会や学生と団交し、諸規定を熟知し、学生だけでなく、大学本部の文部省や警察ともわたりあっていけるという武器を持つ、専門職たるプロだったからであろう。 教員の中でも特に、一線の研究者や大学病院の医師と交流して感じるのは、彼らの周辺の事務職員や技術職員に礼をもって接しておられることだ(甘いということでは決してない)。ただ、当然といえば当然なのだろうが、その対象は、彼らの研究や診療を、実験機器の製作や計測、或いは経理や人事、診療報酬や材料調達、プロジェクトのマネージメントという分野で徹底して支えるというプロの仕事にある。とある高名な研究者は、機械工場の技術者にきちんと挨拶をしない学生を叱り飛ばし、最先端の医療に取り組む医師は医事課の係員の説明に真摯に耳を傾ける。 つまり教員の論理としては、自らの教育研究の協働者としての「プロとしての事務職員」を求めているということなのだろう。である以上は、教員・研究者がプロに徹するのも言を俟たないが、ある私学団体の調査によると、大学改革の推進を主導する主体は理事会や数学部門より事務部門の方が多いとの報告もある。 大学をささえるステークホルダーが大学にプロの仕事を求めているのは当然だ。 国立大学法人化後は、文部科学省の支社ではなく、全て「国立大学法人○○大学本社」として、自己責任による質の高い運営が求められている。事務職員はこれまでジェネラリストとして立ってきたとはいえ、特に大学が社会の変革エンジンたるためには、そのカバナンスを考えたとき、大学を支えるひとりひとりの職員が、その職能によっ...

教育行政の人間がやるべきこと

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文教ニュース(平成24年9月10日)に掲載された記事から、「 『法律違反』には違いないが 」をご紹介します。 ◇ 中学生が工事現場で事故に巻き込まれ亡くなったのをきっかけに、これまでにも十人以上の生徒が平日も含め同じ会社でアルバイトをしていたことが明るみに出た。 報道によれば、校長、教頭は「本人と保護者の希望があり、学校長の裁量で許可した」「卒業後に土木の職に就きたいという希望があり、学校での様子や学習意欲の状況を見て判断した」と説明している。 この子たちが学校でどんな様子だったのか。それに対し学校がどう対応してきたのか。また保護者はどんな態度だったのか。いろんなケースが考えられるが、おおよその想像はつく。 学校に来ても全く学習意欲がなく授業を妨害する生徒や、学校に来ず家で引きこもってしまっている生徒は決して珍しくない。多くの学校が、その子のためにどうするのが良いかと頭を悩ませている。 学校をよく知らない人はすぐ「出席停止」とか「粘り強く登校を促すべきだ」などと言うが、そんなに簡単に済むなら誰も苦労はしない。 中学生を働かせていた会社の社長は「自分も中学時代に同じような経験をしており、不登校などの生徒や保護者の役に立てばという気持ちで受け入れた」と語っている。これもきっと本当だろう。 昼間から外をほっつき歩いて悪さをしたり、自分の部屋に引きこもって昼夜逆転の生活をするくらいなら、学校には来られないとしても、信頼できる大人がいる場所で規則正しく活動させた方が本人のためだ。学校や保護者はそう考えたに違いない。 「十人以上」という人数の多さに安易さも感じはするが、おそらく学校はここに至るまでに、これらの生徒たちに真っ当な学校生活を送らせてやりたい、クラスの仲間と良い思い出を作らせてやりたいと様々な努力を重ねてきた筈だ。それでもどうにもならないことは現実にある。 マスコミは「労働基準法違反」か「職場体験に当たらない」といった形式的なことばかりを問題にしているように見える。また、どこの役所とは言わないが、行政もそんなコメントばかりしている印象を受ける。 だったら放っておけば良かったのか。あるいは無理やり学校に連れて来てどこかの部屋に閉じ込め教員が見張っていれば良かったのか。それは違うだろう。 教育行政の人間がやるべきことは、マ...

問われる改革実行力

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文部科学省が「 大学改革実行プラン 」を公表して3か月。大学関係者のほとんどは未だ傍観者状態なのでは? そして先進大学に遅れをとるまいとあせり気味の方々も多いのではないかと思います(含自戒)。 そこで、今回は、気を引き締める意味で、 吉武博通 さん(筑波大学大学研究センター長)が書かれた論考「 確かなアウトカムに繋げる改革実行力をどう示すか 」(リクルートカレッジマネジネジ メント176/Sep.-Oct.2012)を抜粋してご紹介します。 ◇ トップでなければできない本来の役割に徹する そのために必要なマネジメント上の課題として最初に強調したい点は、トップでなければできない本来の役割に徹するということである。 本連載では、法人・大学のトップの基本的な役割を、①自校の社会における存在価値とそれをさらに高めるための方向性を学内外に明示すること、②教育研究の質の向上を促進するための環境の整備と経営基盤の強化、③組織の状態の把握と健全性の維持及び成果の確認とその公開、の3つであるとし、部局長にも学部・研究科のトップとして同様の役割が求められると述べてきた。(本誌155/Mar.-Apr.2009,54-57頁) トップは絶えずそのことを意識しつつ、節目ごとに自らの仕事を振り返らなければならないし、トップを補佐する常務理事・副学長やスタッフとして支える教職員は、トップがその役割に集中できるような環境を整え、それを支援しなければならない。 会議、行事、来客、打ち合わせなどで慌ただしく日々を過ごすことで、その本来の役割が十分に果たせないことがあれば、将来に備えるべき貴重な時間を浪費していると言わざるを得ない。学生に考え抜く力を求める以上、トップやそれを支える人々も日々の予定をこなすことに汲々とすることなく、将来のために何をなすべきかについて考え抜き、それに基づいて効果的・効率的に組織を動かすことに集中すべきである。 情報を収集・整理・活用する力が競争力を左右 将来ビジョン構想のためには、自校の状況と外部環境を、データを用いて的確に把握し、関係者間で共有することが不可欠である。 自校の状況については、教学と経営に関する基本的な情報に加え、その特色や課題に関わる重点指標を、単年度や前年度対比にとどまらず、10年程度の時間軸で捉え、可視化して...

大学経営人材としての職員(最終回)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 両角亜希子 さん(東京大学)の発表「 大学経営人材としての職員の役割 」を抜粋してご紹介します。 ◇ 定員充足率の規定要因分析 以上では、組織特性、ガバナンス、人事制度、組織風土のそれぞれの関係を見てきましたが、これらのあり方によって経営状態が異なっているのかどうかを重回帰分析という手法で見ていきたいと思います(図表11:略)。重回帰分析の良さは、それぞれの変数を統制した上での影響力を見られる点にあります。つまり、規模や選抜性が同一だとした上で、ガバナンスなり人事制度の違いが定員充足率の違いに影響を与えているのかを見ることができます。変数の定義については資料にお示しした通りですが、詳細を知りたい方は、元の論文で確認をしていただければと思います。なお、ここでは3つのモデルで分析を行いました。モデル1は組織特性だけを説明変数として投入したもの、モデル2はガバナンス、人事制度、組織風土だけを説明変数として投入したもの、モデル3はすべてを説明変数として投入したものです。結果を見ていきましょう。 【ガバナンス変数】 オーナー理事長の有無、職員出身理事の有無、そして教授会自治の強さに着目 【人事制度】 人事制度に対する評価(「能力や適性が生かされた人事異動が行われている」「一定のキャリアモデルが示されている」「職員の自己啓発を奨励している」「中途採用において有能な人材が採用されている」)に対する回答の、思わない-思うに対して1-4の得点を与え、それを合計したものを標準化した得点) 自大学出身の職員が多いか否か(1、0のダミー変数) 【組織風土】 業務遂行のしやすさ(「自分の意見や提案を言いやすい雰囲気がある」「休暇を取得しやすい雰囲気がある」「上司は信頼して仕事を任せてくれる」「忙しい時期には業務分担を変えている」) 教員との信頼関係(「教員との間に信頼関係が成り立っている」) 目標の共有(「大学の経営方針は共有されている」) まず指摘しておく必要があるのは、規模や選抜性が定員充足率に与える影響力がやはり相当に大きいということです。モデル1からモデル3...

大学経営人材としての職員(2)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 両角亜希子 さん(東京大学)の発表「 大学経営人材としての職員の役割 」を抜粋してご紹介します。 ◇ 分析②:職員の改革は経営改善につながっているのか では、続いて、分析②に話を移したいと思います。職員の改革が経営状態の改善につながっているのかを分析するために、我々は図表5(略)のようなモデルを設定しました。経営状態ですが、ここでは定員充足率で捉える事にします。学納金収入の占める割合が大きい日本の私立大学にとって、学生確保は経営上、最も重要な課題であり、この成功なしに経営状態が良くなることは基本的にはありません。定員充足率は、規模や選抜性といった組織特性によって大きく異なることがよく知られています。ただこうした組織変数は大学にとっては所与の条件に近いので、「規模が小さいほど定員充足状況が悪い」「選抜性が高いほど定員充足状況が良い」傾向がみられるなどといっても大学にとっては全く役立つ情報になりません。大学にとって統制可能で、なんらかの努力可能な取り組みが、こうした条件をコントロールしたうえでも経営改善に効果があるのかを明らかにすることが重要かと考え、このようなモデルを設定しました。 以下では、「組織特性」「ガバナンス」「人事制度」「組織風土」のそれぞれの間の関係について確認したうえで、最終的には組織特性を統制してもガバナンス、人事制度、組織風土が経営改善につながっているのかを見ていくことにします。図表が多くなってしまい、申し訳ありませんが、数字でお示しするよりも視覚的にわかりやすいかと思いますので、ご容赦ください。 組織特性とガバナンスの関係 図表6(略)を見てください。オーナー理事長は、規模が小さいほど、選抜性が低いほど多いことがわかります。職員理事(職員出身で理事になっているもの)は、規模が大きいほど、選抜性が高い大学ほど多い傾向が見られます。また、教授会自治は、規模が大きいほど、選抜性が強いほど強いようです。教授会自治の強さについては、職員から見て、その大学の教授会自治が強いと思うかという観点からデータを取っている点には留意が必要です。どの結果もきわめて常識的な内容です...

大学経営人材としての職員(1)

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広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 両角亜希子 さん(東京大学)の発表「 大学経営人材としての職員の役割 」を抜粋してご紹介します。 ◇ はじめに ご紹介いただきました両角です。今日は「大学経営人材としての職員の役割」について、実態調査のデータをご紹介しながら、お話しをさせていただきたいと思います。大学経営の担い手を考えるとき、リーダー層、教員、職員など、様々なアクターが想定されますし、もちろん大学職員だけが経営を担う人材とも考えておりませんが、本発表では職員のみを対象に考えてみたいと思います。 この問題については、1990年代頃からの大学職員論という文脈で多くの議論がなされてきました。山本眞一先生の「大学職員」から「大学経営人材へ」という議論はその典型かと思いますし、すでに「経営人材としての職員」という認識は一定の広がりと定着を見せているようにみえます。ひとつ根拠となるデータをお示ししたいと思います。東京大学大学経営・政策研究センターが2010年2月に大学教員対象に行った「全国大学教員調査」の中で「職員の専門性を高めて、教員は教育研究に専念すべきだ」という設問に42%が「強くそう思う」、43%が「そう思う」と回答しています。このように大学教員も大学職員への変化を求めていることが明らかになっています。 この領域についての先行研究について簡単に触れておきます。これまでの研究は、大きく2つの観点からアプローチがされてきました。ひとつは「職員個人に着目した研究」で職員を対象としたアンケート調査などを材料として、「職員に新しく求められる能力は何か」「どのような能力が不足しているのか」に着目され、「企画調査能力」の必要性が指摘されてきました。個人属性や職務との関係性から必要な能力が論じられるとともに、今後必要となる研修や人材育成のあり方などが議論されています。もう一つは「大学職員の人事制度に関する研究」で大学を対象とした実態把握調査がいくつか実施され、個別事例の紹介も数多くなされています。そこでは特に「個々の職員の能力を活かす制度」「やる気を引き出す制度やキャリアパスのあり方」に焦点をあてて論じられる傾向があります...

大学経営とそれを担う人材(最終回)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 先ほど申し上げたように、日本の大学は、実は大学教員の教育研究以外の時間が非常に多いのです。これはやっぱりシェアード・ガバナンス(shared governance)と言いますか、ガバナンスに参加しているということが一つありますし、あるいは本来は事務職員に任すべきことを任してないというところがきている。入試の負担も大きい。他方で、教育成果の把握、フィードバックについても職員の果たすべき役割はある。いずれにしても、教育に関連して職員が積極的な役割を果たすのは重要な課題だと思います。 それに関して、では具体的にどうやって人材を形成していくべきなのかということになります。 一つは学長あるいは幹部経営職員についてです。私は、日本の学長ないし幹部職員となる前の準備期間が短くて、十分の用意ができていない場合が多いのではないかと思います。それぞれの分野では十分に経験を積まれているうえに、頭はいいと言いますか、賢いのですぐ吸収されるのですが、実は大学経営全体についてのバランスが取れた知識、あるいは一定の見識といった点ではどうなのか。大学がどこに行くのか、何が必要なのかということについて本当に判断するような準備ができているのかということについてはかなり疑問に思います。 結局、部局長の経験者が副学長になり、それから学長になっていく、その間で実は準備する期間があまり取れていないからです。 事務職員についての大きな問題は訓練と処遇が結びついてない、これが最大の問題だと思います。簡単な他機関の研修は別として、たとえば大学職員のための大学院コースなどで勉強しても実はそれが報われない。自分の負担で勉強しているという状態が続いている。職員自身の意欲のみに依拠して人材形成をする、あるいは全く報償を与えない、ということはもう限界にきているのではないかと思います。 そうした意味でも、学長などのリーダー養成についても、中堅職員の訓練についても、研修とか、大学院コースとか、大学団体とかや...