2012年9月12日水曜日

大学経営人材としての職員(最終回)

前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか-」の記録)から、両角亜希子さん(東京大学)の発表「大学経営人材としての職員の役割」を抜粋してご紹介します。


定員充足率の規定要因分析

以上では、組織特性、ガバナンス、人事制度、組織風土のそれぞれの関係を見てきましたが、これらのあり方によって経営状態が異なっているのかどうかを重回帰分析という手法で見ていきたいと思います(図表11:略)。重回帰分析の良さは、それぞれの変数を統制した上での影響力を見られる点にあります。つまり、規模や選抜性が同一だとした上で、ガバナンスなり人事制度の違いが定員充足率の違いに影響を与えているのかを見ることができます。変数の定義については資料にお示しした通りですが、詳細を知りたい方は、元の論文で確認をしていただければと思います。なお、ここでは3つのモデルで分析を行いました。モデル1は組織特性だけを説明変数として投入したもの、モデル2はガバナンス、人事制度、組織風土だけを説明変数として投入したもの、モデル3はすべてを説明変数として投入したものです。結果を見ていきましょう。

【ガバナンス変数】

  • オーナー理事長の有無、職員出身理事の有無、そして教授会自治の強さに着目

【人事制度】

  • 人事制度に対する評価(「能力や適性が生かされた人事異動が行われている」「一定のキャリアモデルが示されている」「職員の自己啓発を奨励している」「中途採用において有能な人材が採用されている」)に対する回答の、思わない-思うに対して1-4の得点を与え、それを合計したものを標準化した得点)
  • 自大学出身の職員が多いか否か(1、0のダミー変数)

【組織風土】

  • 業務遂行のしやすさ(「自分の意見や提案を言いやすい雰囲気がある」「休暇を取得しやすい雰囲気がある」「上司は信頼して仕事を任せてくれる」「忙しい時期には業務分担を変えている」)
  • 教員との信頼関係(「教員との間に信頼関係が成り立っている」)
  • 目標の共有(「大学の経営方針は共有されている」)

まず指摘しておく必要があるのは、規模や選抜性が定員充足率に与える影響力がやはり相当に大きいということです。モデル1からモデル3で説明力がそれほど大きく向上するわけではありません。ただし、影響力は小さくても、こうした変数の影響力があるという発見自体がきわめて重要です。モデル3において、ガバナンスに関しては、オーナー理事長でないほど、職員理事がいるほど、教授会自治が強いほど、定員充足率が高まることが確認されます。この解釈は慎重になされるべきだと思います。誤解のないように強く、何度でも説明しておきたいのですが、「オーナー私学が悪い、職員理事を置けばいい、教授会が強ければよい」といったように単純にこの結果を解釈するのは明らかな間違いだと考えています。むしろここから読み取れるのは「学内の様々な人の意見を吸い上げて反映しやすかったり、チェック機能が働いたり、オープンな雰囲気のガバナンス」が望ましい結果につながっているということではないかと思います。そもそも、個々の大学を考えれば、この組み合わせこそが重要かと考え、ガバナンスパターンを作って同様の分析をしました。ここでは結果を示しませんが(両角・小方2012には出ていますので、ご関心があればそちらをご覧ください)そこからもこの解釈が妥当だという結論に至りました。学長個人のリーダーシップが相当に強いと一般に思われているアメリカの大学でも実はそうとは限らないですし、共同統治(Shared Governance)という理念が何十年にもわたり、掲げられ続けているように、経営に対する広い範囲の「参加」が大学経営においてきわめて重要だと考えられています。アカデミック・リーダーシップという言葉も、構成員の参加を引き出すという意味で使われ、大学組織でのリーダーシップのあり方は特殊だという議論もたくさんなされてきました。命令系統が明確な官僚組織とは異なり、個々の教職員(とくに教員)の自律性が高いことが重要である大学組織ゆえに共通にみられる特性なのかもしれませんし、この結果は日本の大学においても、この「参加理念」のガバナンスが重要だと示しているように私には見えました。しつこいようですが、くれぐれも間違った解釈でこの結果を読まないでいただきたいと思います。

ほかの結果も見てみましょう。モデル2で影響力が認められなかった人事制度に関しては、自大学出身者が多くない場合に定員充足率が高まるという結果も得られました。業務のしやすさ、課題共有という組織風土も、定員充足率を高める上でプラスの影響があることが確認されました。適切な人事制度や教員の信頼関係の影響は確認されませんでした。多くの大学で実現のために努力されている「適切な人事制度」が経営状態の改善にはつながっていないという結果でした。では、適切な人事制度は意味がないのかというと、もちろんそのような乱暴な議論をするつもりはありません。人事制度の意義を考えるために、仕事のやりがいと仕事の継続性の規定要因分析をしてみました(図表12:略)。

人事制度の意義

適切な人事制度が実施されていると感じているほど、職員個人の仕事のやりがいや仕事を続けたいという継続性にプラスの影響を大きく与えていることがわかります。つまり、人事制度はこうした点に大きく貢献していると考えられます。

この結果の表で、もう一点おもしろいと感じる結果がありましたので、ご紹介しておきます。定員充足率を高めるという点においては影響力の見られなかった教員との信頼関係ですが、こちらも職員個人のやりがい、仕事の継続性にはプラスの影響を与えていることがわかります。人事制度や教員との信頼関係はモチベーション向上に大きく影響をしているようです。最近、教職協働の議論もさかんに行われていますし、うちの大学院生の間でも非常に関心が高いトピックスですが、職員自身が教員との関係のあり方に強い関心を持って研究をしようと思う背景にはこうした実感があるのかもしれないと思いました。

いずれにしましても、人事制度については、それが個人のモチベーションを向上させ、それが組織風土を改善して経営改善につながるのかなど、間接効果を含めたさらなる検証が必要な領域かと思います。これについては今後の課題にさせてください。

まとめ

では、最後に分析②でわかったことをまとめて、この発表を閉じたいと思います。第一に、ガバナンスに関しては、適切なパワーバランス、参加志向が経営改善にプラスの影響を与えていることがわかりました。第二に、業務のしやすさや構成員の間の課題共有といった組織風土も、経営改善にプラスの影響があることがわかりました。第三に、人事制度は経営状態の良し悪しには関係していないが、職員個人のモチベーション向上には一定の効果を持っていることがわかりました。ただし、以上は大学全体の傾向を説明したにすぎません。たとえば、学生の確保に非常に苦心している大学だけを対象として考えれば、別の結果があるかもしれません。「皆の意見を聞いて」とゆっくり改革をしていては、手遅れになることも考えられます。このあたりの課題についてはケーススタディなども併用して検討していく必要があることを申し添えておきます。

今後の課題についても何点か述べておきたいと思います。第一は間接効果も含めて人事制度についての効果をさらに検証することです。第二は、職員自身の要望が最も強い経営参画の効果の検証です。経営参画にもさまざまなパターンがありますし、どのような大学でどのようなやり方が良い効果を上げているのかも含めて検討する必要があるでしょう。第三は、組織風土を被説明変数とした研究です。うちのコース紀要『大学経営政策研究』にまとめた論文で明らかにしたのですが、中長期計画の策定、年度計画の実質化、数値目標の設定といったマネジメント改革は、組織内の課題共有度を高めることを通じて経営改善にプラスの影響を与えているようです。こうした課題共有度を高めるために、どのような大学で何をすることが効果的なのかを明らかにすることが、実践的にも役立ち、学術的にもおもしろいのではないかと考えています。残りの課題は挙げだすときりがなくなってしまいますが、事例研究を重ねることや、国立大学、公立大学を対象とした分析も必要だと考えています。何を経営改善指標に設定するべきか、一工夫必要だと考えていますが、いずれにしましても、これらを今後の課題と考えています。ご清聴ありがとうございました。(おわり)