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これを知る者は、これを好む者に如かず

ブログ「 今日の言葉 」から 「 時間を作る 」(2015-03-23) をご紹介します。 時間ができたらやろう と思っている夢は実現しない 時間がなくてもやろう と思っている夢は実現する 福島正伸 いつも温かい言葉で読む人を勇気づけてくれる福島先生の言葉です。 やりたくて、やっていると楽しくて時間が過ぎるのを忘れていた。 というのが理想でしょうが、 何かを犠牲に差し出さないと本当に自分のやりたいことは実現できないものです。 自分に何事かを課すわけですので。 10分、15分の隙間時間をどう使うか。 そのためにはそもそも何をやりたいのか、何故やりたいのかの目標設定が必要ですね。 目標はなくても生きていけますが、あれば人生を充実させてくれます。 一番大事なことは、どんな目標であっても、それを自分で決められて、 自分の意志でそれを実行出来るということに気付くことではないかと思います。 『これを知る者は、これを好む者に如かず。 これを好む者は、これを楽しむ者に如かず』 「如かず」とは「及ばない」という意味です。

頼まれごとをしやすいような顔になって生きる

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 頼まれやすい顔 」(2015-03-24) をご紹介します。 人間は何のためにこの世に肉体をもらったかというと、「喜ばれる存在」になるため。 それはイコール「ありがとう」と言われて生きていくことです。 そして、自分の達成目標を全然作らないで、頼まれごとを引き受けていく。 自分の思いで生きるのではなく、「はい、はい」と言って、他人の依頼によって翻弄(ほんろう)されて生きるという、そういう生き方をしていくと、ストレスがまったくなくなります。 ただし、自分の努力頑張りだけの人よりも、二倍三倍の汗をかきます。 働くというのは嫌なことをやっているのではなくて、はた(端)を楽にすることを「はたらく」(「働く」)といいます。 反対に、周りに迷惑をかけることを、「はた迷惑」といいます。 頼まれごとは、必ず頼んだ人は喜んでくれているのだから、その頼まれごとの中で利己的に生きるのではなく、利他的に生きる。 その利他的も、人を何とかしてやろう、世のため人のために何とかしてやろう、という思いはないほうがよい。 「私」が存在できるのは、ありとあらゆるもののおかげさまであるということに気がついて、感謝をする。 腹が立つとか、イライラするとかは、全部感謝が足りないのです。 肯定的な人、頼まれてもあれこれ言わないで「はい、分かりました」と言ってやりそうな人は頼まれごとが多い。 私たちは、自分の力や才能を磨いていきなさい、と学校教育で教わってきましたが、まったく違う価値観が宇宙にはあるのです。 それは、頼まれごとをしやすいような顔になって生きましょう、ということです。 頼まれごとをされにくい顔というのがあります。 「辛い、悲しい、つまらない、いやだ、嫌いだ、疲れた」不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句というのをずっと言い続けている人は顔がそういう顔になります。 そして「嬉しい、楽しい、幸せ、大好き、ありがとう、ついてる」という喜びの言葉をずっと言っていると、「ありがとう」と言ったときの笑顔が板に付きます。 そのありがとうを言ったときのにっこり笑った笑顔が本当に素敵な人になると、本当に頼みやすくなって、頼まれごとがたくさんくるようになります。 頼まれやすい顔になると、それだけで生きて...

他人と過去は、変えられないが、自分と未来は、変えられる

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 加算法で生きる 」(2015-03-26) をご紹介します。 幸せになるための生き方、つまり孤高の生き方は、人生とは何かを考え、自分の本当の心、本当の気持ちと向き合い分析すれば、誰もが必ず実践することができます。 中でも「自分という素材を活かして生きていくためにはどうすればよいのだろ」という視点を持つことが大切。 パラリンピックの父であるルードウィッヒ・グッドマン卿は「失ったものに未練を残すな。残されたものを最大限に活かして生きろ」という言葉を残しています。 健常者として生きる人の人生においても同じことが言えるのです。 重要なのは、加算法で生きるという人生哲学を備えること。 人に期待するのは依存心のあらわれですが、さらに元を正せば「あの人には幻滅した」という発想は他者に対して減点法で接することから生じるもの。 人に依存し、何かをしてくれるはずだ、理解してくれるはずだと期待をしていると、してくれなかったときにショックを受けます。 けれど孤高に生き、他者に依存していなければ「家族なのに」「夫婦なのに」「友だちなのに」などと裏切られた気持ちになることなどありません。 自律して期待せず、良い部分だけを見つめて生きれば、すべてのことに感謝して生きることができるのです。 たとえば人に親切にしてあげたいと思った。 このときの心がゼロ地点であるとして、「ありがとう」と言ってもらえるものと思い込んでいるのに言ってもらえなかったとしたらマイナスになってしまいます。 片や「ありがとう」という言葉を端から期待していなければ、「ありがとう」と言われた途端にプラスに感じられる。 同じ事象であっても心の立ち位置によって、見える景色はまったく違うのです。 加算法で生きることは幸せに生きることと直結しています。 そしてまた、加算法で生きることこそが孤高に生きることなのです。 ◇ 「他人と過去は、変えられないが、自分と未来は、変えられる」 これは、交流分析を提唱したエリック・バーンの有名な言葉だ。 交流分析のゴールは、自律した人間になること。 こんなに一所懸命頑張ったのに、感謝して“くれない”。 私のことを誰も評価して“くれない”。 誰も私のことを誘って“くれない”。 ...

琉球処分の総仕上げ-軍事植民地

「 沖縄戦70年 再び捨て石にはできぬ 」(2015年3月28日東京新聞) をご紹介します。 沖縄の反基地闘争が知事を先頭に空前の高まりを見せている。本土の捨て石になった沖縄戦から七十年。再び犠牲を強いてはならない。 名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前。新基地の建設に反対して座り込む人々の中に八十五歳の島袋文子さんがいる。 地元の集落に一人で暮らす島袋さんは昨年夏から、雨の日も風の日も休まずに朝から座り込みに加わる。島袋さんにとって辺野古は、日本を再び「戦争のできる国」にしない闘いの最前線という。 血の泥水すする15歳 ジュゴンが生息するサンゴ礁の大浦湾に沖縄防衛局の船が物々しく停泊する。その光景は、島袋さんに沖縄戦を思い起こさせる。 先の大戦で沖縄は米国との本土決戦を遅らせる“捨て石”だった。 1945年3月26日、米軍艦隊は沖縄本島西の慶良間諸島に上陸。猛攻撃によって、日本軍が組織的戦闘を終える6月23日までに全土を壊滅状態にした。 日本軍は住民に軍と一体となった戦いを強いながら、スパイ行為を疑って方言を禁じた。手りゅう弾を配り、捕虜になるよりも「自決」を促した。肉親同士が手をかけての集団自決は沖縄戦の壮絶さを象徴する。餓死、病死者を含め、県民の4人に1人、約15万人が犠牲になった。 15歳だった島袋さんの古里、糸満市も激戦地となった。累々と死体が横たわる戦場を目の不自由な母の手を引き、十歳の弟を連れて逃げた。昼は木陰に隠れ、夜に移動した。のどが渇き夢中で水たまりの泥水をすすった。 翌朝、その水たまりには血だらけの死体が横たわっていた。 親子で身を潜めていた壕(ごう)を米軍に火炎放射で焼かれ、全身に大やけどを負った。捕虜となって命を取り留めたが、生涯足を引きずる傷が残った。 琉球処分の総仕上げ 沖縄の戦後はこの悲惨な体験に報いるものではなかった。本土と異なる戦争が継続する島だった。 1972年の施政権返還まで戦後27年間、米軍施政権下に置かれた。基地周辺ではレイプなど米軍犯罪が頻発。本土復帰後も治外法権は変わらず、平和や人権の憲法よりも日米安保条約や日米地位協定が優先された。ベトナム戦争ではB52爆撃機の出撃基地になり、湾岸、イラク戦争では海兵隊...

子どもの貧困問題 覚悟が問われている

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「 視点・論点 「子どもの貧困対策 問われる"覚悟" 」」(2015年3月18日NHK解説委員室) をご紹介します。 日本の所得の分布は、この30年間で大きく変化しています。かつて、日本は「国民総中流社会」と呼ばれましたが、今、日本はかつてないほどの「格差社会」に変容しています。ジニ係数と呼ばれる、社会全体の格差を表す指標で見ると、日本の格差はOECD諸国34ヶ国の中で、悪いほうから数えて10番目となります。同じく、相対的貧困率で見ると16.1%と、6人に1人が貧困状態にあると推計されています。 大きく変化したのが、年齢層別の貧困の状況です。   これは男性の年齢層別の貧困率です。1985年に比べて、2012年においては、60歳より下の年齢層の貧困率が増加し、65歳以上の年齢層の貧困率が減少していることがわかります。特に気になるのが20-24歳をピークとする子どもおよび若い男性の貧困率の高さです。かつて、日本の貧困は高齢者の問題と考えられてきました。しかし、現在は、男性のライフコースの中で、もっとも貧困のリスクが高いのは24歳以下の年齢層となります。   女性の貧困率も同じように若年層で増加し、高齢層で減少する傾向があります。 しかし、男性と違って、女性の場合は高齢期の貧困率が男性ほどは減少せず、代わりに貧困全体が高くなる時期が5年ほど遅くなっています。 1985年から2012年の約30年間にかけて、男性も女性も、子ども期においては、約5%の貧困率の上昇、20歳から24歳では10%、25歳から50歳代は3~5%の上昇がありました。高度成長が止まったあとの日本は、不況や緊縮財政のつけを、若い世代におしてつけているのです。 もっとも活力があり、夢や希望に燃えているはずである若年層において、貧困が増えていることは、日本社会の根幹を揺るがしています。ある大都市の小中学生各4100人を対象として、将来の夢についての調査を行ったところ、こんな結果が出ました。   小学校5年生で既に「夢がない」という子どもが約2割も存在することがわかりました。 それ自体非常に悲しいことですが、貧困層の子どもに限ると、夢がない子どもは24%、すなわち4人に1人という高い数値になります。中学2年生になると、この割合はさらに高くなり、貧...

生活保護制度の活用を

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「 “貧困の母”はまだ救われていない-生活保護受給者「過去最高」の知られざる真実 」(2015年3月18日ウートピ) をご紹介します。 ニュースを見ていると、毎月出てくる生活保護の受給者の話。最近、やたらと「今月の生活保護受給世帯は 過去最多 」というフレーズを耳にしませんか? そんなことを聞くと、「シングルマザーや若年女子の貧困もよく話題になるし、生活保護を受ける同世代の女性も増えてるのかなぁ?」なんて思うかもしれませんが、実はちょっと違います。 増えている生活保護受給者は「高齢者」 出典:厚生労働省「 被保護者調査(平成26年12月分概数)   表2 世帯類型別現に保護を受けた世帯数」より作成 いったい生活保護受給者はなぜ増えているのでしょうか? ここ2年のデータをグラフで見てみると一目瞭然、高齢の受給者が増えているからなのです。一時期まで増加していた母子世帯や、その他世帯(高齢でも、母子でも、障害や傷病でもない世帯)はここ2年でみると横ばい、あるいは微減傾向です。 生活保護は他に収入があっても、国で定められた最低限の生活を営むのに必要な金額に満たなければ足りない分を保護費として支給してくれる制度です。高齢になって年金の支給額が少なく、貯金がつき、頼る家族・親族もいなければ、不足分は生活保護を利用することになります。 日本の高齢者の22%は無年金・低年金等で貧困状態にあると言いますので(参照:藤森克彦「 低所得高齢者の実態と求められる所得保障制度 」)、高齢化がますます進む現状では生活保護受給世帯数が過去最高を記録し続けるのは容易に予測できます。 母子世帯はなぜ微減傾向なのか けれども、「生活保護を受けなければならないほど生活に困っているシングルマザーや若年女子の数は減っているのか?」と言われると、そうではありません。子どもの貧困率は昨年発表のデータでは過去最高を記録、ひとり親世帯の貧困率は国際的に見ても最悪の状況、単身女性の3人に1人は貧困状態だと言います(参照:「 母子家庭」「20代前半男性」「子ども」に際立つ日本の貧困 国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩部長が解説 」)。 では、なぜ生活保護受給世帯が増えないかといえば、生活保護にはマイナスイメージが強く生活が苦しくても抵抗感があるために利用しなかったり...

働き方や価値観の多様性を尊重した大学の組織・制度づくり

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「 大学における「高度専門職」の意義と育成について考える 」(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長、ビジネスサイエンス系教授)(リクルート カレッジマネジメント191 / Mar. - Apr. 2015) をご紹介します。 高度専門職の設置と事務職員の高度化 2015年4月1日、副学長の職務や教授会の役割の明確化等を目的とした学校教育法等の一部を改正する法律が施行される。 本改正に先立つ2014年2月、中央教育審議会大学分科会によって、「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」が示された。その中で学長のリーダーシップの確立と して「学長補佐体制の強化」を掲げた上で、「高度専門職の安定的な採用・育成」と「事務職員の高度化による教職協働の実現」が重要である旨が述べられている。 前者の高度専門職の例としては、リサーチ・アドミニスト レーター(URA)、インスティトゥーショナル・リサーチャー、 産学官連携コーディネーター、アドミッション・オフィサー、 カリキュラム・コーディネーターなどが示されている。 後者の事務職員の高度化による教職協働の実現について は、「事務職員が教員と対等な立場での『教職協働』によって大学運営に参画することが重要であり、企画力・コミュニ ケーション力・語学力の向上、人事評価に応じた処遇、キャリアパスの構築等についてより組織的・計画的に実行していく ことが求められる」と述べ、高度専門職や事務職員等の経営参画能力の向上のためにスタッフ・ディベロプメント(SD)が 重要としている。 その上で、高度専門職の設置やSDの義務化等、必要な制度の整備について、法令改正を含めて検討すべきとの考えが示されている。 この文脈からは、高度専門職と事務職員は異なる職種として、区別されて論じられているように見えるが、両者の関係の明確化を含めて、この問題をどのような道筋で考え、いかなる視点からあるべき方向を検討すればよいのだろうか。 これらの点を整理することで、各大学における検討に資することを目的としたものが本稿である。 法令上「職員」は教員を包摂する最も広い概念 最初に、現行法令が本稿に関係する事項をどのように規定しているのか、用語の使い方を含めて確認しておきたい。 学校教育法は、第92条第1項において「大学には学長...

オファーがないから曲を書かないミュージシャンはいない

ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 オファーがなくても 」(2015年2月28日) をご紹介します。 僕はよく出版セミナーで「オファーがないから曲を書かないミュージシャンはいない」という話をする。 これはもしも「僕はミュージシャンです」という人間がいたとして、「でもレコード会社からオファーがないから、まだ曲を作っていない」と話していたら、どういう印象を受けるだろうか? 彼はきっとミュージシャンのふりをしているだけである。 なぜなら、普通は先に曲を作り、ライブなどをしているところにレコード会社からオファーが来てプロデビューするのだ。 同様に「本を出したい」「出版したい」と思うのなら「先にアウトプットしなさい」という話をする。 同じように、目の前のお客さんが一人でも、東京ドームが満員になっているのと同じテンションでしゃべったり歌ったりできる人間であれば、僕は必ず成功すると思う。 なぜなら名声や評判はドミノ倒しと同じで、まずは目の前の一人を倒さないと、伝わらないのだ。 僕が事業や仕事において大事にしている考え方が「ドミノ倒し理論」と「センターピン理論」である。 センターピン理論とは、折口雅博氏が提唱していたコンセプトで、事業や仕事には「ここを突いたら一撃で勝てる」という秘孔(ひこう)のようなものがあるのだ。 大資本やインターネットマーケティングの力で一気に宣伝することができるのなら別だが、小資本でのビジネスは、とにかく目の前のお客さんを全力で倒す気持ちでサービスを提供すべきだと思う。 ◇ 監督が見ているその時だけ頑張る、などという人は永遠に上に引き上げられることはない。 なぜなら、人が見ていないときこそ本気で努力する、というような人にしか、チャンスは巡ってこないからだ。 スポーツや演劇などでも、スター選手が何らかの理由で戦線を離脱したときに、控えの選手やメンバーに出場の機会がやってくる。 そして、普段、練習や稽古を120%の力でしていなかったら、本番で力を発揮することはできない。 「オファーがないから曲を書かないミュージシャンはいない」 オファーがなくても書き続け、そしてアウトプットしているから、いざ本番に間に合うことができる。 観客が多かろうが少なかろうが、本気でやる人にだけ、チャンスがや...

人の行く裏に道あり花の山

ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 長く続くこと 」(2015年3月2日) をご紹介します。 私が講演会で紹介する資料の一つに、韓国の中央銀行が2008年にまとめた報告書『日本企業の長寿要因および示唆点』に掲載されている「200年以上の老舗世界ランキング」の表があります。 これによれば、世界で200年以上の老舗は5586社(合計41か国)ある中で、その3146社(全体の56パーセント)は日本にあり、日本は断トツの世界ナンバーワンの老舗大国であることが示されています。 第2位ドイツ837社、第3位オランダ222社、第4位フランス196社、第5位アメリカ14社、第6位中国9社、第7位台湾7社、第8位インド3社、その他1152社で、韓国は0社となっています。 同報告書はさらに、日本には創業千年以上の企業は7社、500年以上は32社、100年以上は5万余社あり、これら長寿企業の89.4パーセントは従業員数300人未満の中小企業にあると伝えています。 韓国は近年、政治面ではますます反日政策を強めていますが、本音では一日も早く日本のような老舗が多く存在する国家になりたいという願いを持っているのです。 そのことが、この報告書の文面からも伝わってきます。 この願望は韓国だけではありません。 実は中国でも、東南アジア諸国でも、いや欧米の国々でさえもそうなのです。 老舗をはじめファミリービジネス群は、従業員・顧客を大切にし、長期的に業績を上げていく態度を保持していることから、社会の秩序保持に貢献し、安定した社会を維持していく上で大きな役割を果たしていることが改めて見直されたのです。 日本にはファミリービジネスは586万社あり、全事業所数の99.1パーセントを占め、全従業員数の86.2パーセント強の5059万人を雇用していることになります。 つまり、働く国民の86パーセントがファミリービジネスに所属しているということになります。 この数字は、日本の大企業はファミリービジネスの支えがあってこそ成り立っていることをよく表しています。 ところが日本のマスコミは企業情報を伝える場合、あまりにも大企業中心に偏っています。 大企業からの広告収入で経営が成り立っているマスコミとしては、そうせざるを得ないのかもしれません。 私の経験から...

子供のために働けば働くほど子供との時間が奪われる

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「 川崎・中1殺害:上村さんの母、仕事に追われ ひとり親、支え不可欠 子供の異変、把握できず 」(2015年3月5日 毎日新聞) をご紹介します。 母子家庭の母が抱える子供についての悩みの内訳 「学校に行くより前に出勤しなければならず、遅い時間に帰宅するので、日中、何をしているのか十分に把握することができませんでした」。川崎市川崎区の河川敷で同区の中学1年、上村(うえむら)遼太さん(13)が刺殺体で見つかった事件。女手一つで上村さんを育ててきた母親が2日に発表したコメントからは、仕事に追われ、子供との時間を持つ余裕のないひとり親家庭の苦悩が浮かぶ。 「毎朝、子供を保育園に送り、夕方には小さい下の子2人の手を引いてスーパーで買い物をしていた」。上村さんの自宅アパート近くの住民は、介護関係の仕事と育児に奔走する母親の姿を度々見かけた。 上村さんは5人きょうだいの2番目。島根県・隠岐(おき)諸島にある西ノ島(西ノ島町)の小学3年進級時に両親が離婚。以降は母親ときょうだいと一緒に暮らし、小6の夏に川崎の母親の実家近くに越してきていた。 「仕事が忙しかった私に代わって、進んで下の兄弟たちの面倒を見てくれました」。コメントからは母親を気遣う上村さんの優しさがうかがえるが、「学校に行かない理由を十分な時間をとって話し合うことができませんでした」との文面には、後悔がにじむ。 厚生労働省の調査(2012年)によると、経済的に普通の暮らしが困難な人の割合を示す「相対的貧困率」は16・1%。ひとり親家庭に限ると、その割合は54・6%にまで上昇する。ひとり親世帯を対象に行った別の調査(11年)では、母子家庭の母親の帰宅は午後6〜8時が39・8%と最多で、8時以降も11%。子供の非行や交友関係に悩みを持つ割合は、上村さんと同世代の10〜14歳の子供を持つ母親の場合は5・6%で、全体(3・6%)に比べて高かった。 「周囲の助けなしには育てられない」。東京都練馬区で中1、小4、1歳のきょうだいをひとりで育てる母親(35)も、朝9時から夕方6時まで働き詰めだ。買い物をして夕飯を作り、下の子を寝かしつけると夜9時を回る。長男は中学生になり、交友関係も広がった。会話を持つようにしているが、「何を考えているか分からなくなるときもある」。 支えになるのは「ママ...

歴史認識と戦後70周年の首相談話

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「 「戦後」首相談話とその背景の変遷 」(2015年3月4日 nippon.com) をご紹介します。 戦後70周年の首相談話に注目が集まっている。50周年談話、60周年談話に続き、2015年夏までに安倍晋三首相が発表する予定のものだが、安倍政権の歴史認識を問うものとして、外交上の事案となっている。これまで、主に中国、韓国の近隣2か国しか関心を示してこなかったが、今回はアメリカ政府も、内容に注目していることを明らかにしている。焦点は、1992年の「河野洋平官房長官談話」と95年の「村山富市首相談話」の内容を継承するか否かとなっている。そもそも、この2つの談話の継承すべき内容とは何なのか。さらに言えば、なぜ日本政府の歴史談話が、ここまで長きにわたり国際問題化したのか、を改めて振り返ってみたい。 1945年9月2日、戦艦ミズーリ上での降伏文書に署名式(写真提供・時事) 前段としての歴史教科書問題と宮澤喜一官房長官談話 事の始まりは1982年だった。主要報道メディア各社が、高校歴史教科書検定で文部省が「(中国)華北への侵略」という記述を「華北への進出」に書き改めさせたという内容の記事を一斉に報じた。実はこれは、共同取材に当たったテレビ局の記者の勘違いに端を発した誤報だったが、中国が反発、外交問題化した。 時の鈴木善幸政権は、この事実があったという前提で、宮澤喜一官房長官談話を発表した。さらに鈴木首相は、謝罪のため訪中。そして教科用図書検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」という「近隣諸国条項」が付け加えられることになった。 このことは、誤報の事実関係を十分に確認せずに謝罪を行ったこと、1965年の日韓国交正常化、72年の日中国交正常化に際し決着をつけたはずの過去への謝罪問題を蒸し返したこと、他国の批判により教科書の内容を変えることを公式に認めたことで、歴史認識問題を新たに外交問題化してしまったという批判を国内から浴びる羽目になった。 「歴史教科書」に関する宮沢内閣官房長官談話(1982年8月26日)  一、 日本政府及び日本国民は、過去において、我が国の行為が韓国・中国を含むアジアの国々の国民に多大の苦痛と損害を与えたことを深く自覚し、この...