「大学における「高度専門職」の意義と育成について考える」(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長、ビジネスサイエンス系教授)(リクルート カレッジマネジメント191 / Mar. - Apr. 2015)をご紹介します。
高度専門職の設置と事務職員の高度化
2015年4月1日、副学長の職務や教授会の役割の明確化等を目的とした学校教育法等の一部を改正する法律が施行される。
本改正に先立つ2014年2月、中央教育審議会大学分科会によって、「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」が示された。その中で学長のリーダーシップの確立と
して「学長補佐体制の強化」を掲げた上で、「高度専門職の安定的な採用・育成」と「事務職員の高度化による教職協働の実現」が重要である旨が述べられている。
前者の高度専門職の例としては、リサーチ・アドミニスト
レーター(URA)、インスティトゥーショナル・リサーチャー、
産学官連携コーディネーター、アドミッション・オフィサー、
カリキュラム・コーディネーターなどが示されている。
後者の事務職員の高度化による教職協働の実現について
は、「事務職員が教員と対等な立場での『教職協働』によって大学運営に参画することが重要であり、企画力・コミュニ
ケーション力・語学力の向上、人事評価に応じた処遇、キャリアパスの構築等についてより組織的・計画的に実行していく
ことが求められる」と述べ、高度専門職や事務職員等の経営参画能力の向上のためにスタッフ・ディベロプメント(SD)が
重要としている。
その上で、高度専門職の設置やSDの義務化等、必要な制度の整備について、法令改正を含めて検討すべきとの考えが示されている。
この文脈からは、高度専門職と事務職員は異なる職種として、区別されて論じられているように見えるが、両者の関係の明確化を含めて、この問題をどのような道筋で考え、いかなる視点からあるべき方向を検討すればよいのだろうか。
これらの点を整理することで、各大学における検討に資することを目的としたものが本稿である。
法令上「職員」は教員を包摂する最も広い概念
最初に、現行法令が本稿に関係する事項をどのように規定しているのか、用語の使い方を含めて確認しておきたい。
学校教育法は、第92条第1項において「大学には学長、教授、准教授、助教、助手及び事務職員を置かなければならな
い」と定め、第2項において「大学には前項のほか、副学長、学部長、講師、技術職員その他必要な職員を置くことができる」
としている。
また、第3項は「学長は、校務をつかさどり、所属職員を統督する」と規定しているが、この条文から、事務職員のみならず、大学に置かれる全ての職種を包摂するものとして「職員」
という用語が使われていることが読み取れる。
大学設置基準では、教員組織、教員数、教員など「教員」という用語は繰り返し登場するが、「事務職員」という用語は使
われていない。同基準第41条で「大学は、その事務を処理するため、専任の職員を置く適当な事務組織を設けるものとする」とし、第42条で「大学は、学生の厚生補導を行うため、専任の職員を置く適当な組織を設けるものとする」と定めている。また、第38条第3項で「図書館には、その機能を十分に発揮させるために必要な専門的職員その他の専任の職員を置くものとする」と定めている。
これらのことから、法令上は、「職員」という概念が最も広
く、その中に、教員、事務職員、技術職員などの「職種」が存在することがわかる。また、教員については、教授、准教授、助教などの「職階」が定められているが、他の職種の職員については定めがない。
職種がヨコの区分だとすると、職階はタテの格付けであり、高度専門職の位置付けや処遇・育成のあり方については、
教員や事務職員等との関係を含めて、職種をどうするのか、
次いで、職階をどうするのか、という順番で筋道立てて検討する必要がある。
高度専門職を組織・人事管理上どう位置付けるか
大学分科会の下の大学教育部会で検討されている内容を公開された配布資料等で確認すると、「高度専門職」の設置に関する論点として、教員、事務職員、技術職員といった現在の職種にとらわれず、専門性が必要な業務に携わる人材について、①現在の職種を前提とした上で、特別の手当等による処遇を行う案と、②新たな職種(俸給表)を設けるという案の2つが示されている。
想定される職種については、管理運営系、教学支援系(教務支援、研究支援)、学生支援系の3つの職域に分けた上で、
それぞれの職域で考えられる職種を例示し、学位や国家資格など前提となる要件を示している。
また、キャリアパスとして2つのパターンを例示している。
一つは、大卒者を一般の事務職員として採用した後に、既存の組織で昇進を目指す場合と高度専門職としてキャリアアップする場合の2ルートが想定されるパターンである。も
う一つは、URAなど高度専門職で中途採用された後に、そのまま高度専門職としてキャリアアップするか、既存の事務組織で昇進するか、教員として准教授・教授と昇進するか、という3ルートが想定されるパターンである。
このような論点メモが配布された時点から、さらに議論は進んでいるものと思われるが、2点だけ課題を指摘しておき
たい。
一つ目として、教員や事務職員とは異なる新たな職種を設ける案について、採用、配置・育成、評価・処遇という人事管理面で、新たな枠組みを設けた方が良い理由をより明確にするとともに、職種を分けることで生じる問題は何かなどについても、実態を踏まえた検討を行う必要がある。
二つ目は、高度専門職の「高度」を強調することで、自身の能力を高めながら、高度化する業務に取り組んできた事務職員の士気を低下させる結果につながらないかという点で
ある。「高度」や「専門」の意味を掘り下げて検討しておくことが、制度設計を行う上でも重要である。
急速に増加するURAも試行錯誤の段階
大学はこれまでも、広報、産学連携、知的財産、国際交流、
キャリア支援などで、専門領域において知識と経験を有する人材を無期または有期で採用してきた。期待通りの成果を得たケースから上手くいかなかったケースまで様々であろう。
また、2011年度以降、国が財政補助等を通じ、専門性の高い「第三の職種」としてURAの定着を促した結果、いわゆる研究大学を中心にURAとして配置される者が年々増加している。
その業務は、研究戦略推進支援、プレ・アワード(研究プロ
ジェクトの企画立案支援、折衝・調整、申請資料作成等)、ポスト・アワード(研究プロジェクトの実施調整、予算・進捗管理、評価・報告等)などであり、スキル標準や研修・教育プログ
ラムの策定等、全国的なシステムの整備も進みつつある。
将来のキャリアパスを示し、積極的な配置・活用に取り組む大学もあるが、導入大学は全大学の一部にとどまってい
る。既存の事務組織との機能分担なども含めて、試行錯誤
の段階であり、実効ある制度として定着するまでにはなお一
定の時間を要するものと思われる。
これらの取り組みをレビューし、成否の要因や克服すべき課題を明らかにすることで、高度専門職の導入や事務職員の高度化に関する有益な示唆も得られるはずである。
長期雇用が中心の日本の大学に専門職は根付くのか
次に、高度専門職と事務職員の関係を含めたこれからの
「職員」組織(ここでいう職員は教員を含む)のあり方を検討するために、アメリカの大学が「職員」をどう分類している
か、確認しておきたい。
アメリカ教育省の統計では、Professional staffと
Nonprofessional staffの2つに分類し、前者をさらにManagerial, Faculty,Graduate assistants,Other
professionalに分けて整理している(正確に表すため英語表記をそのまま用いる)。
さらに詳細に職種を確認するために、代表的な高等教育専門紙The Chronicle of Higher Educationが提供する求人情報を見ると、職種がFaculty & Research,Administrative,
Executiveなどに大別されている。Executiveには日本の総長、学長、副学長などのほか、Provost,Executive directorsなどが含まれる。
Administrativeは、Business & Administrative Affairs,
Academic Affairs,Student Affairs,Deansの4つに分かれ、
前3者はそれぞれがさらに15から20程度の職種に分類され、
その分類ごとに具体的な求人が掲載されている。
この求人情報をみると、雇用の流動性が高く、求める職ごとに職務内容、要件、処遇などを示して個別に採用を行うア
メリカの大学の特徴がよく分かる。
制度やシステム面でアメリカの大学に学ぶ点は多いが、労働市場や雇用慣行の違いを十分に考慮する必要がある。また、職種ごとに形成される職能団体の存在や大学院の高等教育プログラムなども、プロフェッショナルに求められる能力の養成に重要な役割を果たしており、高度専門職の導入にあたっては、その育成機能をどのような形で担保するかに
ついてもあわせて考えておかなければならない。
このような点も踏まえつつ、現在、我が国で検討されてい
る高度専門職は、アメリカにおけるどのようなカテゴリーの
職を意味するのか、専門職とプロフェッショナルの関係をどう考えるかなど、概念や定義を明らかにしながら議論を重ねていく必要がある。
基幹的業務を担う社員の多くは高度専門職
高度専門職をめぐる議論を、企業など大学関係者以外が聞いたらどのように感じるだろうか。
大学の諸機能を担う人的資源が、質と量の両面において
充足されているのか、不足しているならば、どのように調達または育成すべきなのかは、一義的には大学自身の責任で考え、対処すべき課題である。職員の配置・育成・処遇等に関する事柄まで、国が問題点と解決の方向性を示し、政策的に後押しするというやり方が一般社会に理解されるとも思
えない。
企業において専門職とは何か、即座に浮かぶのは法務、知
的財産、研究開発などであろう。これらの機能にとどまらず、
企業は、経理・財務、人事、広報・マーケティング、営業、調達、設計・開発、生産、設備、情報システムなど、あらゆる機能において高度化と効率化を追求している。基幹的業務を担う社員はそれぞれの職務において「高度専門職」であることが求められているといって過言ではない。
日本企業には、異なる職能分野を幅広く経験するジェネラ
リストが多く、特定の職能分野の経験年数が長いスペシャリ
ストは少ないと理解されがちだが、様々な調査から、後者の方が主であることが明らかになってきた。確かに異動はあるが、営業内での担当顧客や地域の変更、人事や経理など同一職能内での本社と事業所間の異動、関係の深い隣接機能間の異動などが中心となっているようである。
ただ、その日本企業もアメリカやドイツとの比較では相対的に職能経験の幅が広いといわれている。
日本企業の人材育成の現状については、中小企業を中心に人材育成に課題があると考える経営者が多く、大企
業においても人材育成機能の低下や戦略を創出できるリーダー人材の不足などを指摘する声も聞かれる。日本企業も人材育成面で様々な課題を抱えていることを付け加えておきたい。
強化すべき機能とその方法を筋道立てて検討
教員と事務職員といった従来の職種区分を守りながら、大学の諸機能の高度化と効率化を追求することは難しい。
その一方で、第三の職種を設ければ、教員と事務職員の関係に加えて、教員と新職種、事務職員と新職種という新たな関係も生じ、運営がより複雑化する可能性もある。
まず行うべきは、大学業務全体を点検し、如何なる機能が不足しているか、強化すべき機能は何かを洗い出すことで
ある。
その上で、①それは組織設計の問題なのか、それを担う人材の問題なのか、②人材の問題とした場合、マンパワーなど量的な問題なのか、能力・経験などの質的な問題なのか、
③質的な問題の場合、教員・事務職員という既存の職種の枠組みの中で育成が可能か、それとも配置・育成上新たな職種を設けるべきか、④その人材を内部人
材の登用・育成で賄えるのか、外部人材の活用が必要か、という形で順序立てて検討していく必要がある。
高度専門職のための第三の職種の設置や特別の手当という考え方も一つの方法ではあるが、何よりも個々の大学が実態を正しく理解しつつ、上に示したよ
うな道筋で十分に考え抜くことが大切
である。そのプロセスなしの導入は、木に竹を接ぐ結果になりかねない。
「職種」中心から脱却し「機能本位」の枠組みへ
最後に、大学の組織・人事管理の枠組みについてあるべき方向を考えてみたい。そのイメージを示したものが図1である。
筆者は、教員と事務職員・技術職員・その他職員という
「職種」から脱却し、如何なる役割を果たすかという「機能
本位」の発想や枠組みで、大学の組織と人事管理を再構築すべき時機にきているのではないかと考えている。
アメリカの大学に倣った形だが、「教員(Faculty)」以外に
「学務(Academic affairs)」、「学生支援(Student affairs)」、
「企画管理(Administrative affairs)」という3つの「機能領域」を設け、それぞれの領域の中に「機能」を明示し、その機能を課などの「組織単位」や「専門職位」が担う形にするのである。
一定規模の組織で遂行した方が良い機能は課などの組織単位に、他と協力しつつ単独で遂行できる機能は専門職位に、それぞれ位置付けることで、人的構成を踏まえた効果的な職務遂行体制を構築することができる。ここでいう専門職位とは新たな職種を意味するものではなく、機能を担う職位であり、それを役職階層に紐付けることで、いわゆる複線型人事による処遇も可能となる。
このような機能本位の構造を構築した上で、実際に如何なる人材を配置するかが次の課題になる。
「企画管理」領域の機能は、従来の職種としての事務職員が主として担うことになるが、「学務」領域や「学生支援」領域は、事務職員、教員、新たに採用する外部人材などが、能力や経験に応じて、それぞれの機能を担うことにな
るだろう。
もしこれらの領域に、教員が主たる成員となる組織(セン
ターや室など)とそれを支える事務組織(課や事務課など)
という二重の構造が残っていれば、解消させて、責任と権限を明確にした機能本位の組織に変える必要がある。決めるのは教員、事務を処理するのが事務職員という体質を
払拭できない限り、強い当事者意識と使命感を持った高度専門職は育たない。
もちろん、全ての職員が高度専門職である必要はない。
ルーティンを中心に支援に徹する職員の存在はこれからも重要である。働き方や価値観の多様性を尊重した組織・制度づくりも大学の大きな課題である。