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1月, 2018の投稿を表示しています

記事紹介|文科省の大学統制

昨年秋に公示された東京23区の大学定員を抑制する文部科学省告示が、現国会で法制化される予定だ。これは地方大学の定員割れを防ぐためには、人気のある東京の大学の定員数を抑制すればよいという、いわばトランプ大統領流の他者への責任転嫁の論理である。 生産性向上による経済成長を掲げる安倍政権で、なぜ学生に選ばれない大学を守ろうとする、露骨な保護主義がまかり通るのか。 東京の大学の競争力は国内では圧倒的だが、世界ランキングではむしろ低下している。他方で、国際教養大学や立命館アジア太平洋大学等、地方でもユニークな大学も存在する。多様な大学が切磋琢磨(せっさたくま)して初めて日本全体の教育水準の向上が達成できる。 少子化時代に大学が多すぎるから、新規の学部や定員を抑制すべきだというのは、縮小均衡に陥るだけだ。むしろ既存の慢性的な定員割れの大学の円滑な退出の仕組みを整えるべきだ。 大学間の競争を抑制する一方での授業料無償化は、低レベルの大学への補助金と同じである。大学教育の機会均等化政策には、むしろ個人の学力と家族の所得に応じた奨学金制度の充実が世界の常識である。 働き方の多様化が進む中でリカレント教育の必要性も高まっている。傾向的に減少する若年層だけを顧客とするのではなく、社会人や高齢者の学び直しの場としての大学教育のニーズはむしろ高まっている。 こうした社会環境の大きな変化の下で、文科省が明確な根拠も示さずに獣医学部等、特定の学部の新設を認めないとか、大都市の大学の定員増を禁止するという統制的な行政は、他の省庁と比べても極端である。 もともと、利用者保護を名目とした文科省の私立大学への介入は、他の先進国と比べて行き過ぎだ。そうした官僚統制が天下りの温床にもなっている。 大学の研究・教育の質や財務状況については十分な情報公開の下で、政府から独立した機関が評価する。そうした情報も活用して利用者が大学を選択することがグローバルスタンダードの教育である。 今回の東京23区の大学定員抑制策は、本来のアベノミクスの成長戦略とは逆方向であり、地方創生には結びつかない。 文科省の大学統制の弊害|日本経済新聞  から

記事紹介|異分野の碩学

物理学者の故湯川秀樹博士が1945年の終戦前後に記した日記が公開された。海軍の原爆研究に関与していたことを示す記述がある一方、戦後、反戦・核廃絶運動にとり組むに至る軌跡がうかがえる。 興味深いのは、45年秋以降、京都学派と言われた著名な哲学者や文学者に頻繁に会っていたことだ。核兵器のもたらす悲惨な現実を目の当たりにして、科学者の果たすべき役割を考えていた時期と思われる。 日記を分析した専門家は、異分野の碩学(せきがく)との議論が湯川の思想形成に影響を及ぼした可能性を指摘する。本人の胸の奥は明らかでないが、いまの社会に大きな示唆を与えてくれる。 すなわち、科学者が自らの研究の意義や影響について、専門外の人と対話を繰り返し、広い視野を持つことの大切さだ。 原子力に限らず、科学技術は意図していなかった使われ方をする恐れが常にあり、人間を幸福にするとは限らない。 2012年に新たなゲノム編集技術クリスパー・キャス9を発表した米生化学者のジェニファー・ダウドナ博士は、自著で科学者が研究室を出て社会と対話することの重要性を訴えている。博士らは15年、ゲノム編集研究のあり方をめぐり、生命倫理や法学の専門家、政治家、規制当局、患者団体などをまじえた国際会議を主催した。 「居心地のよい場所から思い切って飛び出し、ふだんの交友範囲を超えた研究者以外の人たちと科学について話し合うことの大切さを思い知った」(「CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見」文芸春秋) 内閣府の昨年の世論調査によると、科学技術の発展について「プラス面が多い」と答えた人は約53%で、10年前から8ポイントの減。一方、プラス面マイナス面が「同じくらい」は36%で11ポイント増えた。「科学技術に関する政策の検討には一般の国民の関わりがより必要」との考えには、79%が賛意を示した。東日本大震災の後に、科学者や技術者への国民の信頼度が下がったという別の調査結果もある。 マスコミ発表や施設公開などを通して、科学者が自らの研究成果をわかりやすい表現で外部にアピールする機会は増えている。だが、科学の側からの一方的な情報発信だけでは、実りあるものとはいえない。 研究の細分化・分業化が進み、研究費獲得のためには論文を発表し続ける必要がある。そんな時代だからこそ、いったん立ち止まり、考えを深める時間...

記事紹介|感謝を行動に変える

世界に変化を求めるなら、自分自身を変えることだ|マハトマ・ガンジー これには複数の解釈があるでしょう。 自分が変化の中心となって物事を改革していくケースと、自分自身の物事の捉え方を変えることで世界を見る目を変化させるケースと。 前者であれば『チャンスの女神は前髪しか掴めない』と言われるように、変化を起こしていくには、機を逃さず自ら行動して行くことが大事。 チャンスの女神がこちらを向いているときに掴みに行かなければいけないということ。 英語で言えば、Take the Fortune by the forelock. そして後者であれば、今の置かれている環境や条件に対する見方を変えること。 これは現在の状況をネガティブに捉えている場合に有効でしょう。 幸せは比較から生まれるから、何を「当たり前」と思っているのかの基準を変えるということ。 そうすると感謝が生まれてくる。 その感謝の気持ちを行動に変えることが大事。 結果的にどちらも行動に結びつく。 結局、他人から与えられた動機では長続きしないのです。 変化|今日の言葉  から

記事紹介|人間性の高さ

何か嫌なことや不幸なできごとがあったときにとる行動で、その人の「人としてのレベル」や「人間性の高さ」が分る。 悪いことの中にも「いいことがあった」と思える人なのか、反対に「ツイてない」とか「不平不満」、「愚痴・泣き言」を並べ立てるのか。 「私は自分の障害に感謝しています。自分を見出し、生涯の仕事に出会えたのもこの障害のおかげだからです」 ヘレン・ケラーの言葉だ。 今がどんなにひどくて最悪だと思える環境だとしても、ヘレン・ケラーのことを考えたら誰もが黙るはずだ。 どんな人であろうと、ちゃんと探せば身近に感謝すべきことはいくらでもある。 歩くことができて幸せ。 息ができて幸せ。 笑うことができて幸せ。 そして、今この瞬間、生きていて幸せ…。 悪いことの中にも「いいことがあった」と思える人でありたい。 悪いことの中にも「いいことがあった」と思える人|人の心に灯をともす  から

記事紹介|大学改革の加速

大学改革を加速していきたい。 林芳正文部科学大臣ではなく、内閣府の松山政司科学技術政策担当大臣の発言だ。 現在の大学改革は、臨時教育審議会の第2次・第3次答申(86~87年)から始まった。これを受け、当時の文部省は、産学連携や異分野融合を進めるため奈良先端大や北陸先端大を、大学共同利用機関での学位取得を可能にするため総合研究大学院大をそれぞれ設置。また、国立大学に民間の寄附講座や寄附研究部門を作ることができるように法改正を行った。 98年には大学審議会(当時)が答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」を取りまとめた。大学の教育、研究、地域貢献、組織運営、評価システムの再構築を求めた。その後にも様々な改革が進められ、04年には国立大学が法人化された。法人化に伴う基盤的経費の削減が取りざたされることが多いが、その間にも改革は様々なレベルで進められてきた。 その進捗が遅いのではないかというのが、現在の官邸や永田町の認識である。経済財政諮問会議や未来投資会議、総合科学技術・イノベーション会議でも、首相から大学改革を進めるよう指示が出ている。これを受けて内閣府では、文科省に任せるのではなく、各省庁と連携して大学改革を加速するための取り組みを進めようとしている。 ただ、中心となるCSTI常勤議員に学長経験者がいないことが懸念材料だ。大学という特異な組織を動かす苦労を知らなければ、共感が得られず、理論が正しくとも人は動かない。何らかの工夫が必要だろう。 科学新聞コラム  から

記事紹介|努力をいとわない

運のない人は、「自分はそこそこ努力しているんですが、うまくいきません。どうしたらいいんでしょう」と言います。 この言葉自体、おかしいのです。 本当に努力している人は、「努力しています」とか「こんなに努力しているのに」とは言いません。 そういうことを言わない人のほうが、実際はたくさん努力しているのです。 「努力しています」と言うのは、「努力したから許してね」という甘えになります。 または、「こんなに努力しているのに、なんでうまくいかないんだ」と、逆恨みが起こります。 本当に努力している人は、自分の努力と工夫がまだ足りないと考えています。 「努力しています」という言う人は、ほかの人の努力や工夫が見えていません。 「自分のほうが努力している」「自分はこれだけやっているのに」と文句を言うのです。 日本人が好きな英語のフレーズに「do my best」があります。 運のある人は「do my best」とは言いません。 「I'll do my best」は、やる前から言いわけをしています。 「全力を尽くしますから、結果がでなくても許してくださいね」ということです。 運のある人は、「やるだけやってみます」とは言いません。 ひと言、「やりましょう」とだけ言います。 ゴールを目指して、ひたすら突き進むのです。 「自分は努力しています」という言葉と、自分は「一生懸命やってます」、「大変なんです」、「頑張ってます」という言葉は同じ。 「努力」も、「一生懸命やっている」も、「大変なんです」、「頑張ってます」も、みんな、まわりの人が言ってくれる言葉。 まわりがその頑張りを認めるからこそ、「頑張っているね」と声をかけてくれる。 世界中を見渡してみれば、自分よりもっと、努力している人や、一生懸命やっている人は、ゴマンといる。 それを知らずに、「努力しています」と言うのはとても恥ずかしい。 そう思うなら、「自分はまだまだだな」と謙虚になれる。 どんな努力も厭(いと)わない人でありたい。 「努力しています」という言葉|人の心に灯をともす  から

記事紹介|あなたが無駄にした昨日は、一昨日亡くなった人がどうしても生きたかった明日

「今ここにいる私」は「過去の私が選んだ未来」  岸田ひろ実 意識、無意識の違いはあるにしても、今の自分は過去の自分が選択をした結果によって成り立っている。 自ら積極的に選んで来たこともあるでしょうし、抗えないようなことがあったとしても、それを受け入れた自分がいるから今がある。 だから決して他人によって作られるものではない。 自分が自分の人生のオーナーであり、舞台監督であり、主演であるから。 『あなたが無駄にした昨日は、一昨日亡くなった人がどうしても生きたかった明日』 という言葉のように、意識をすればその価値を高めることが出来るのです。 選択|今日の言葉  から

記事紹介|生産性を劣化させる「10の悪い習慣」

1 目先の仕事に常に追われている 目の前の仕事をこなすることに追われて、成果を上げるための仕事ができない。消防署の仕事でたとえるなら、消火活動ばかりに追われて、防火活動ができていない状態。成果を最大化するための「緊急じゃないけど価値ある仕事」は何かを決めて優先する必要があります。 【チェックリスト】 ▢ 言われたことだけが仕事だと考えている ▢ 目先の時短や効率化に必死になる ▢ 評価されない努力に明け暮れる ▢ 出たとこ勝負になり本番で混乱する ▢ 他人のフォローに時間が取られる 2 ダラダラと残業を繰り返す 定時の退社時間は、残業がはじまる合図で、いつも通り21時に退社するリズムを繰り返している。こうした「いつも通り」の残業、低い集中力で仕事を行うパターンは、簡単に抜け出せません。早く帰らないから睡眠が十分にとれず、翌日も午前中から集中力が低下。生産性の低い、ダラダラ残業を繰り返す悪循環が続きます。 【チェックリスト】 ▢ 「17時からが勝負!」になっている ▢ 自分との約束をすぐに破る ▢ 終わらない仕事を深夜にまわす ▢ 定時に帰りさえすればいいと思っている 3 夜に集中する悪いリズムになってしまう 一番重要な仕事を後まわしにするので、必然的に定時では退社できない。また、日中に集中できない分、夜に集中するリズムが身についている。このようなパターンを繰り返すと残業から抜け出せません。午前中の生産性は、一説には夜の3倍と言われます。朝型の集中するリズムをつくり出すことが重要な解決策となります。 【チェックリスト】 ▢ ギリギリに出社し、仕事に追われている ▢ 緊急の仕事に振りまわされる ▢ 朝一番の仕事は、メールチェックからはじめる 4 余計な仕事を抱え込む メールチェック、資料作成、長時間会議。これらは時間の浪費となる3悪業務です。また、休憩時間が長かったり、探し物に時間がかかったり、いい人になって断れず抱え込んでしまった仕事により、生産性は低下していきます。「本当にこの仕事は必要だろうか」と改めて自らに問い直して、仕事にも思い切った断捨離が必要です。 【チェックリスト】 ▢ ロスタイムが長い ▢ メールの時間が長い ▢ 過剰な情報を資料に盛り込む ▢ 1日が会議で潰される ...