投稿

ラベル(少子化)が付いた投稿を表示しています

「わからない」を置き去りにしない大学

イメージ
ある大学のシラバスから 2026年度、ある私立大学の「数学入門」という授業のシラバスには、こんな内容が書かれています。 中学や高校までに習った数学をもう一度おさらいする 数や方程式の基本的な扱い方を身につける 論理的な考え方の基礎を学ぶ 一見すると「これって大学の授業なの?」と驚く人もいるかもしれません。実際、財務省はこうした授業を問題視しています。 財務省が進める「大学の数を減らす」提案 今年4月、財務省の会議で大学の定員を減らす提案が話し合われました。少子化が進む中で「国力を強化する」という名目で、次のような数字が示されています。 2040年までに、国立大学の定員を毎年1,700人程度減らす 私立大学は毎年16校ほど減らし、定員も毎年8,700人程度減らす このペースで進めば、2024年に624校あった私立大学は、2040年には217~372校にまで減ることになります。かなり大胆な「大学のリストラ」計画です。 「学力が低い大学はいらない」という理屈 この提案のもう一つの根拠になっているのが、大学生の学力の問題です。財務省の資料には、定員割れをしている一部の私立大学で、小中学校や高校で習うような内容——四則演算やbe動詞の基本など——を教えている実態が指摘されています。 つまり「そんな簡単な内容しか教えられない大学は、そもそも大学として必要ないのではないか」という主張です。 実はこの手の話は今に始まったことではありません。2010年代にも、週刊誌が同じような大学のシラバスを取り上げ、揶揄する記事を何度も掲載してきました。辞書の使い方、be動詞、小数の計算など、たしかに中学校で習うような内容が、大学の授業として紹介されていたのです。 でも、本当にそれは「悪いこと」なのか? ここで、こうした批判に疑問を投げかける見方があります。 大学進学率がまだ20%程度だった1980年代であれば、「大学生は学力が高くて当然」という前提が成り立ったかもしれません。しかし今は大学進学率が60%近くに達しています。社会全体が大学卒の学歴を求めるようになり、専門学校や短大が四年制大学に姿を変えるケースも増えました。 一方で少子化は進む一方です。学生の数を確保するために、学力をあまり重視しない入試で入学者を受け入れている大学もあります。こ...

学校法人旭学園 中期計画所見 - 令和7年度決算は何を裏付けたか

学校法人旭学園が公表した「中期計画(2026〜2030年度)」を読み、私なりに評価をまとめてみました。さらに、同時期に公表された令和7年度事業報告書・決算書類と突き合わせることで、「この計画は現実を見据えたものだったのか」を検証してみたいと思います。 1. 中期計画とは何か まず前提として、この「中期計画」は旭学園が独自に思い立って作った任意の文書ではなく、私立学校法の制度の中で作成が求められている文書だという点を押さえておきたいと思います。 2019年(令和元年)の私立学校法改正により、事業に関する中期的な計画の作成という考え方が法律に盛り込まれ、2020年4月から施行されています(なお私立学校法はその後、令和5年改正を経て条文構成が整理されている点には留意が必要です)。この改正では、 文部科学大臣が所轄庁となる学校法人について、中期的な事業計画の作成が制度上求められる こととなり、しかもその作成にあたっては学校教育法上の「認証評価」の結果を踏まえることとされています。背景には、私立大学の経営破綻や運営を巡るトラブルが相次いだことを受けて、理事会が中長期的な視点に立った計画的な経営を行い、学生の学ぶ権利を守るべきだという文部科学省の問題意識があります。文部科学省の審議会では、計画期間は原則5年以上とし、教学・人事・施設・財務等の事項を盛り込むことが望ましいとされています。 旭学園は、学校教育法上「大学」の一種とされる佐賀女子短期大学を設置していることから、 もともと文部科学大臣所轄学校法人 にあたり、この中期的な計画の作成が求められる立場にありました。今回、 武雄アジア大学の開学により、中期計画の中で扱う経営課題はさらに大きくなった ことになります。つまり今回の中期計画は、旭学園が自主的な広報として発信したものであると同時に、私立学校法の制度の下で作成される中期的な事業計画でもあるわけです。この点を踏まえると、計画の中身がどこまで具体的で実効性のあるものになっているかは、単なる「経営方針の表明」以上に、学校法人に期待されるガバナンス上の説明責任を果たせているかという観点からも問われることになります。 その上で、武雄アジア大学の開学という大きな転換期を迎えた旭学園が、少子化という厳しい経営環境の中で、5つの設置組織(武...

数字では測れない大学の価値-地方小規模大学が支える社会の土台

イメージ
少子化という逆らえない流れを前に、いま日本の大学教育が激しく揺れています。財務省が打ち出した「私立大学を最大3分の1にまで減らすべきだ」という試算は、一見すると合理的な資源の集中に見えるかもしれません。しかし、その冷徹な数字の裏側には、私たちの社会の土台を揺るがしかねない「見過ごせない危うさ」が潜んでいます。単なる市場の理屈では測れない、地方の小さな大学が持つ存在意義についてひも解きます。 一、 市場の理屈が招く「地方消滅」の引き金 財務省が削減のターゲットにしているのは、いわゆる「定員割れ」に苦しむ私立大学です。しかし、これらの多くは地方都市にあり、地域の暮らしを支える大切な基盤として役割を果たしています。 効率の良さだけを最優先してこれらの大学をなくしてしまえば、何が起きるでしょうか。残るのは大都市圏の有名大学ばかりとなり、若者が地方から流出することは避けられなくなります。さらに深刻なのは、地域社会が生きていくために欠かせない 看護師や保育士、福祉の担い手といった専門人材の供給が止まってしまう 点です。大学が消えることは、単に学校がなくなるだけでなく、地方の崩壊を直接進めてしまう引き金になりかねません。 二、 偏差値という物差しでは測れない「最後のとりで」 「基礎的な学習の教え直しを行っているような大学は必要ない」という批判は、あまりに表面的なデータだけに偏っていると言わざるを得ません。 高校までにその才能を十分に伸ばしきれなかった若者にとって、地方の小さな大学は社会へ出る前の 「最後のとりで」 となっています。大人数の講義では埋もれてしまう学生に対し、教職員がじっくりと向き合う。そこで初めて学ぶ喜びを知り、自立した人間へと見違えるような成長を遂げる若者は少なくありません。 彼らはやがて、地域を支えるかけがえのない人材となります。この「一人の人間を育てる」という教育の本質的な価値は、決して入学時の偏差値やブランド力だけで計れるものではありません。 三、 結びにかえて:これからの大学選びと社会の目線 生成AIの登場や予測のつかない国際情勢を見据えるとき、「有名大学の卒業証書さえあれば一生安心」という神話はすでに崩れています。 ...

私立高校を襲う「静かなる危機」

イメージ
初芝橋本高等学校(和歌山県橋本市)が発表した「2027年度以降の生徒募集停止」のニュースは、教育関係者や地域の受験生に大きな衝撃を与えました。同校はサッカーや野球などの強豪として全国的にも知名度が高く、歴史ある私立高校だからです。 しかし、このニュースは一校限りの問題ではありません。いま、日本の高校(特に私立高校)が直面している「構造的な危機」を象徴する出来事と言えます。初芝橋本の事例をきっかけに、現在の高校を取り慢く深刻な現状、抱える課題、あるいはこれからの見通しについて分かりやすく解説します。 ◆ ◆ ◆ 1. 現状:実績ある伝統校すら耐えられない「少子化のリアル」 これまで「生徒が集まらずに閉校する」といえば、地方の小規模校や、生徒確保に苦しむ一部の学校というイメージがありました。しかし近年、その常識が完全に崩れています。 初芝橋本高校だけでなく、大阪の有名スポーツ強豪校である東大阪大学柏原高校も2027年度の募集停止を発表するなど、「誰もが名前を知っている実績校」が相次いで募集停止に追い込まれています。 その背景にあるのが、予測を上回るスピードで進む少子化です。学校側がどれだけ部活動で実績を上げ、魅力的なカリキュラムを作っても、 「そもそも地域にいる子どもの数自体が足りない」 という絶対的な壁にぶつかっているのが現状です。 2. 課題:学校を追い詰める「3つのすれ違い」 なぜ、これほど急速に事態が悪化しているのでしょうか。そこには、現在の教育環境が抱える3つの大きな課題(構造的なリスク)があります。 ① 「共学志向」と「別学(男子校・女子校)」のミスマッチ いまの中学生や保護者の間では、圧倒的に「男女共学」を望む声が強くなっています。これにより、伝統的な男子校や女子校はそれだけで受験生の選択肢から外れやすくなっています。子どもの数が減っている中で、最初からターゲットを半分に絞らざるを得ない「別学」の維持は、想像以上に難しくなっています。 ② 「授業料無償化」が招いた、人気校への一極集中 ...

少子化の真の恐怖:お年寄りばかりの国が失うもの

イメージ
一部の専門家からは「AIやロボットが進化すれば、人口減少を過度に恐れる必要はない」という楽観論も聞こえます。しかし、日本の経済と社会の変遷を長年見つめ続けてきた元日銀総裁の白川方明氏は、その見方に強い疑問を投げかけています。一般市民の視点から、私たちの未来に潜む「真の危機」を分かりやすく整理します。 1. 「テクノロジーで解決できる」という楽観論への疑問 「労働力が減っても、AIや自動化技術が補ってくれるから大丈夫」という考え方は、経済学の王道であり、一見すると合理的です。しかし現実の社会は、教科書通りの数式だけでは動きません。白川氏は、社会の高齢化そのものが、技術の進歩や経済の維持を根底から阻害していく構造的な罠があると指摘しています。 2. 高齢化が国全体の成長を止めてしまう「3つの罠」 お年寄りの割合が増える(少子高齢化が進む)につれて、社会には以下のような3つの深刻なブレーキがかかるようになります。 ① 目先の生活(社会保障)へのお金が最優先される 高齢の有権者が多数派を占める「シルバー民主主義」のもとでは、国のお金は数十年先の成長につながる「基礎研究」や「高等教育」ではなく、自分たちの生活に直結する「年金や医療などの社会福祉」へ優先的に配分されがちになります。 ② 新しい技術を受け入れる速度が鈍る どれほど優れたAIやデジタル機器が登場しても、高齢層は若年層に比べて技術的・心理的なハードルを高く感じます。社会全体の高齢化は、新しい仕組みへの移行スピードを鈍らせ、結果として国全体の生産性を引き下げる原因になります。 ③ 地方のインフラコストが割高になる 人が激減した地域であっても、道路や水道といった最低限の生活インフラは維持しなければなりません。住民が少なくなるほど、1人あたりの維持コストは跳ね上がり、経済の大きな足かせとなります。また、住み慣れ...