「学べば報われる」社会はまだ遠い - 日本のリスキリング、本当の課題

そもそも「リスキリング」って何?

新しい仕事や技術に対応するために、働く人が新たなスキルを学び直すことです。会社を辞めて大学に入り直す「リカレント教育」とは違い、働きながら、あるいは短期間で新しいスキルを身につけることを指します。

学んでいる人は、たったの15%

まず驚くべき数字から。内閣府の調査によると、過去1年間に仕事や職業キャリアに関して何かを学んだ人は、日本全体でわずか約15%でした。10人に1〜2人しか学び直しをしていない計算です。

これは他の先進国と比べてかなり低い水準とされています。北欧諸国やイギリス、ドイツなどでは、社会人になってからも学び続ける文化がもっと根付いており、日本の低さが際立ちます。

なぜ学ばないのか? ―― 「頑張っても報われない」問題

お金や時間の余裕がないことに加えて、「学んでも収入アップにつながらない」という声が目立つそうです。ここが日本の一番の急所だと言えます。

実際のデータを見てみましょう。国がスキルアップを支援する「専門実践教育訓練給付金」という制度があるのですが、その受給者アンケートでは:

  • 在職中に学んだ人のうち、賃金が上がったのは56%だけ(つまり残り44%は上がらなかった)
  • 転職・再就職のために学んだ人のうち、35%はむしろ賃金が下がった

つまり、頑張って新しいスキルを身につけても、給料に反映されるとは限らない。これでは「学ぼう」というモチベーションが湧きにくいのも当然です。

背景にある日本特有の雇用慣行

なぜこうなるのか。理由の一つは、日本の雇用が「年功序列」「終身雇用」を前提にしてきたことです。欧米で主流の「ジョブ型」(職務・スキルに応じて採用・評価する仕組み)と違い、日本ではスキルよりも勤続年数や社内評価が賃金を左右しやすい構造が根強く残っています。

過去の日経記事でも、この構造への批判は繰り返し出てきました。ある社説では、スキルをベースに人材を採用・処遇し、転職への挑戦が正当に評価される北欧型の柔軟な労働市場を目指すべきだという提言もされています。

支援策にも「偏り」がある

もう一つの課題は、支援の対象が偏っていることです。過去の有識者会議の提言では、日本のリスキリング政策は一握りの高度専門人材の育成に重点が置かれがちで、働き手の8割を占めるローカル産業や、医療・介護、物流、建設などのエッセンシャルワーカーへの支援が手薄だと指摘されています。

ITやデジタル系のスキルには手厚い支援がある一方、脱炭素(GX)対応や介護・ケア分野など、これから人手不足が深刻化する分野への支援は追いついていないのが現状です。

それでも動き出している企業もある

明るい兆しもあります。社説では、デジタル化支援サービスの「メンバーズ」という企業が紹介されています。リスキリングを人事評価に組み込み、生産性向上による利益率アップに応じて賃上げする仕組みを導入しているそうです。学んだ分だけ、きちんと処遇に反映する。当たり前のようで、実は日本ではまだ珍しい取り組みです。

国・企業の課題だけでなく――では、私たちはどうすればいいのか

ここまでは制度や企業側の話でしたが、「じゃあ国が制度を整えるのを待つしかないの?」と思う方もいるかもしれません。実際には、個人としてできることもいくつかあります。

① 「学び=資格取得」で終わらせない
給付金アンケートで賃金が上がらなかった人が多いのは、学んだこと自体が評価やキャリアに結びつく形になっていなかったケースが多いためと考えられます。何かを学ぶときは、「この学びを、今の職場でどう成果として示せるか」「転職市場でどう説明できるか」まで考えてから始めると、結果が出やすくなります。資格を取ること自体が目的にならないよう注意が必要です。

② 会社の外の「相場」を知っておく
社内評価だけに頼っていると、自分のスキルが今どれくらいの市場価値を持つのか分かりにくいものです。転職サイトの求人情報を定期的に眺める、同業種の知人と情報交換する、といった小さな習慣だけでも、「学ぶべきスキル」の方向性が見えてきます。

③ 使える公的支援は最初から調べておく
専門実践教育訓練給付金のような制度は、知らないまま自己負担で学んでいる人も少なくありません。ハローワークや自治体の窓口、厚生労働省のサイトなどで、自分が対象になる給付金・助成制度がないか一度確認しておくと、学び直しのハードルがぐっと下がります。

④ 小さく始めて、試しながら軌道修正する
いきなり大きな決断(転職・休職)をしなくても、オンライン講座や社内の別部署のプロジェクトに関わってみるなど、小さく試せる学び方はたくさんあります。「学んでみたが自分には合わなかった」と早めに気づけることも、実は有益な学びです。

国や企業が仕組みを整えるのを待つ姿勢も大事ですが、「学びがキャリアにどう結びつくか」を自分なりに設計する視点を持つこと自体が、今の日本で一番効果的なリスキリング戦略なのかもしれません。

まとめ:制度はあるのに、機能していない

整理すると、日本のリスキリングが抱える課題は大きく3つです。

  1. 学ぶ人自体が少ない(実施率15%という低水準)
  2. 学んでも給料に反映されにくい(在職者の44%は賃金上昇なし、離職者の35%はむしろ下降)
  3. 支援が特定分野・特定人材に偏っている(エッセンシャルワーカー層への支援不足)

給付金制度など「学ぶ場」自体は整備されつつあります。でも、学びが正当に評価され、転職や昇給につながる仕組みがセットでなければ、リスキリングは掛け声倒れに終わってしまう ―― これが社説の核心でした。一方で、その仕組みが整うのを待つだけでなく、私たち一人ひとりが「学びをどう成果につなげるか」を意識することも、同じくらい大切です。

人口減少が進む日本にとって、限られた働き手一人ひとりの能力を最大限に活かすことは、避けて通れない課題です。「学べば報われる」社会をどう作るか。企業と政府、そして私たち自身の本気度が問われています。


出典
日本経済新聞社説「成長へ導くリスキリングを広げよ」(2026年8月16日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK0326O0T00C26A8000000/

日本経済新聞「『リスキリングはこれからの生存戦略』有識者会議提言」(2024年5月22日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC101FA0Q4A510C2000000/

日本経済新聞社説「多様な生き方へ社会の懐を広げよ」(2025年1月6日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD259C50V21C24A2000000/

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