「本を貸す」だけでは見えない図書館 ―― 統計の裏にある仕組みを読む
人口1人あたりの蔵書数、福井県8.4冊、神奈川県1.8冊。差は4倍以上です。
この数字だけを見れば、「福井の図書館は優れていて、神奈川は見劣りする」と思うかもしれません。2026年8月、朝日新聞が文部科学省の調査をもとに、都道府県ごとの蔵書数・貸出数・レファレンス件数を比較する記事を掲載し、福井・鳥取・滋賀などが上位、神奈川・京都・福岡などが下位という結果を示しました。
でも、本当にそれだけで、図書館の良し悪しを判断できるのでしょうか。
図書館の仕事は、本を棚に並べておくことだけではありません。文部科学省の調査には、司書の配置、図書館どうしの相互貸借、開館時間、運営主体など、さまざまな項目が含まれています。「何冊持っているか」だけでなく、「その本をどう住民に届けているか」も見ることができるのです。
「量」より「届ける仕組み」
図書館は、宅配便に似ています。蔵書は倉庫の在庫、司書は必要な情報を探す手助けをする専門スタッフ、相互貸借は他の倉庫から取り寄せる配送網です。倉庫にどれだけ商品があっても、注文した人に届かなければ意味がありません。
司書についても、「何人いるか」だけでは不十分です。10人の司書を10館に1人ずつ配置する県と、1館に集中させる県では、住民から見たサービスは違ってきます(どちらが正解というわけではなく、専門相談を担う中央館に集中させることにも合理性はあります)。大事なのは、人数だけでなく「どう配置されているか」まで見ることです。
滋賀県が示す「ネットワーク」という発想
滋賀県はかつて、公立図書館が10館に満たず、住民1人あたりの貸出も年1冊程度でした。その後、県が市町村への補助や司書育成を進め、1980年に前川恒雄氏が県立図書館長に就任。こうした取り組みが積み重なり、2010年には県内すべての市町村に図書館が設置されました。2023年度の住民1人あたり貸出冊数は7.20冊です。
ここで重要なのは、「立派な1館を作った」のではなく、県全体を一つのネットワークとして育てたという点です。
鳥取・高知・福井にも、それぞれ違う強みがある
同じ上位県でも、特徴は同じではありません。
鳥取県は、図書館の情報資源をビジネス支援や地域課題の解決につなげる取り組みが目立ちます。
高知県は、レファレンス件数が多く、調べものを支援する機能に強みがあります。
福井県は、県立図書館から市町村への資料貸出が活発です。
「一番優れた図書館県」を一つ決めるより、それぞれの得意分野を見るほうが実態に近づきます。
冊数だけでは測れない「使いやすさ」
利用者にとってもう一つ重要なのが、アクセスのしやすさです。
近くに図書館があるか。仕事帰りにも利用できる時間まで開いているか。自分の図書館にない本でも、他館から取り寄せられるか。
「蔵書8冊・17時閉館」の県と「蔵書4冊・20時閉館」の県では、働く人にとってどちらが使いやすいかは、冊数だけでは判断できません。
「良い図書館」とは何か
ここから浮かぶのは、図書館の価値は「どれだけ本を持っているか」ではなく、「必要な本や情報を、必要としている人に届けられるか」で決まるのではないか、という見方です。
そのためには、司書という専門人材、図書館どうしのネットワーク、利用しやすい開館時間、地域との連携、そして、それらを改善し続ける運営が必要になります。
ただし、今回詳しく見たのは一部の県に限られ、これだけで「司書を増やせば貸出が増える」といった一般法則を証明することはできません。あくまで、数字の違いを生み出している仕組みを考えるための事例研究です。
朝日新聞の記事は、「どこに差があるのか」をわかりやすく示してくれました。
そこから一歩進むと、司書の配置、図書館どうしのつながり、開館時間、そして、そうした仕組みを何十年もかけて作ってきた歩みが見えてきます。
数字は、図書館を順位づけするためだけのものではありません。
その数字がなぜ生まれたのか、その背後にどんな仕組みや政策があるのかを考える入口にもなります。
数字の先にある仕組みに目を向けることで、「良い図書館とは何か」を、もう少し具体的に考えられるのではないでしょうか。
参考資料
- 中山美里「『本を貸す』だけじゃない 図書館の新たな役割、力を入れる県は?」朝日新聞デジタル、2026年8月30日
- 文部科学省「社会教育調査」令和6年度(2024年度)中間報告(施設・職員の状況[2024年10月1日現在]、貸出・相互貸借・事業実施等の状況[2023年度実績]に関する統計)
- 日本図書館協会『日本の図書館 統計と名簿 2025』(2026年3月刊)※都道府県立図書館の職員数[2025年4月1日現在]、蔵書数[2025年3月31日現在]、2024年度実績
- 日本図書館協会『日本の図書館 統計と名簿 2024』(2025年3月刊、ISBN 978-4-8204-2411-6)※滋賀県の2023年度の県全体の蔵書数・貸出数等の確認に使用
- 「滋賀の図書館 貸出冊数なぜ多い」日本経済新聞(もっと関西)、2019年2月
- 滋賀県立図書館「平成29年度滋賀県立図書館事業概要」(市町村立図書館設置率100%達成[2010年]等の経緯データ)
- 田井郁久雄『前川恒雄と滋賀県立図書館の時代』(出版ニュース社、2018年、244p)※前川恒雄氏の滋賀県立図書館長就任(1980年)以降の実践、および東京都日野市立図書館長時代(1965年〜)に確立した「貸出を重視する」運営モデルに関する経緯データ。書籍のみの刊行でURLはありません。

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