「耐える財務」から「変える財務」へ -物価上昇時代の大学経営を考える
スーパーで買い物をしていて「またこの商品、値上がりしたな」と感じることが増えていないでしょうか。電気代、ガソリン代、食料品……この数年、私たちの生活のあらゆる場面で物価上昇を実感します。
実はこの波、大学というちょっと特殊な組織の経営にも、静かに、しかし確実に押し寄せています。今回は「大学のお財布事情」が今どうなっていて、これから何が求められているのかを、財務の専門知識がなくてもわかるように整理してみます。
大学は「値上げしにくい」商売である
まず大前提として押さえておきたいのは、大学という組織の収入構造の特殊さです。
一般の企業であれば、原材料費や人件費が上がれば、それを商品の価格に転嫁することができます。多少の値上げであれば、消費者もある程度は受け入れてくれるものです。
しかし大学の場合、主な収入源は学生から集める「学費」です。この学費、物価が上がったからといって毎年ホイホイ値上げできるものではありません。学費は家計への影響が大きく、社会的な納得感も必要ですし、そもそも4年間(あるいはそれ以上)通う学生との「約束」でもあるため、途中で急に大きく変えることは簡単ではないのです。
一方で、大学を動かすためのコストは容赦なく上がり続けています。
- 電気代などの光熱費
- 清掃や警備などの委託業務費
- 校舎や実験施設を建てる・直すための建築費
- 教職員の人件費
- 借入金の金利
つまり、出ていくお金は物価に連動して増えるのに、入ってくるお金(学費)はそう簡単には増やせないという、構造的な"はさみ状態"に大学は置かれているわけです。
さらにここに、18歳人口の減少という日本特有の事情や、オンライン大学など新しい競合の登場も重なってきます。「学生を集める競争は激しくなる一方なのに、コストは上がり続ける」という、なかなか厳しい環境が今の大学経営の現実です。
なぜ「去年並みでちょっと増減」という予算の組み方が限界を迎えているのか
多くの組織で見られる、素朴な予算の立て方があります。「去年の予算をベースに、今年は少し増やそう」「ここは去年より少し減らそう」という、いわば"微調整型"のやり方です。
平時であればこれでも大きな問題は起きません。しかし物価が継続的に上がる時代には、このやり方には落とし穴があります。
何が起きるかというと、全体の支出額はなんとなく膨らんでいくのに、その中身が精査されないままになりがちなのです。「去年もこれくらい使っていたから」という理由だけで、本当に効果を生んでいるかどうかわからない予算が温存されてしまう。その結果、教育の質を上げるための投資や、学生支援、国際化、デジタル化といった、本来もっとお金をかけるべき分野に十分な予算が回らなくなってしまいます。
これは家計に置き換えるとイメージしやすいかもしれません。物価が上がっているのに、去年と同じような感覚で生活費を配分し続けていると、いつの間にか「なんとなく使っているお金」が家計を圧迫し、本当に必要な貯蓄や自己投資に回すお金が足りなくなる。それと似た構造が、大学という組織の中でも起きているのです。
組織の中で起きている「情報の分断」という見えない問題
この予算の硬直化には、もう一つ深い理由があります。大学組織にありがちな「3つの部門がバラバラに動いている」という問題です。
具体的には、こんな状態です。
- 財務部門は「予算をどう管理し、帳尻を合わせるか」だけを考えている
- 経営企画部門は「中期計画をどう進めるか」だけを考えている
- 評価部門は「自己点検・評価をどうまとめるか」だけを考えている
一つひとつの部門は、それぞれ真面目に自分の仕事をこなしています。ところが、この3つが連携していないと何が起きるか。
たとえば評価部門が「この取り組みは学生の満足度も学習成果も大きく向上させている、素晴らしい取り組みだ」と高く評価したとします。しかし、その評価結果が財務部門の予算編成にきちんと反映される仕組みがなければ、次年度の予算は「去年並み」のままで終わってしまいます。せっかく良い評価が出ても、それが実際の資源配分に結びつかない。これでは、現場の教職員が「頑張っても報われない」と感じてしまうのも無理はありません。
裏を返せば、これは「中期計画」「評価」「予算」の3つを、切り離さずに一続きのサイクルとして運営することの重要性を示しています。実際にある大学では、中期計画の進捗を管理するシステムと、財務システムを連携させる取り組みが始まっているそうです。「計画で掲げたことが、きちんとお金の裏付けを持って実行されているか」を常に確認できる仕組みをつくる、という発想です。
これは単なる経費削減の話ではありません。大学の将来価値を高める分野には手厚く投資し、効果の薄い分野は思い切って見直すという、メリハリのある経営への転換が求められているということです。
これからの大学に必要な、6つの具体的な取り組み
では、実際に大学は何をすればよいのでしょうか。整理すると、大きく6つの方向性が見えてきます。それぞれ、なぜそれが重要なのかを掘り下げてみます。
① コストを「見える化」する
「なんとなく毎年これくらいかかっている」ではなく、光熱費、委託費、情報システム費、研究設備費、実習費など、費目ごとに「なぜ、どれだけ上がっているのか」を具体的に把握することが出発点です。
特に深刻なのが施設・設備関連のコストです。建築費は2015年と比べて1.4倍を超える水準まで上昇しているといわれています。これはつまり、「老朽化したから、これまで通り建て替えよう」という発想がもはや通用しないということです。長期的な修繕計画を立てる、そもそも保有する施設の量そのものを見直す、他大学と施設を共同利用する――こうした発想の転換が必要になってきます。
家を建てるときに「10年前の見積もりのつもりでいたら、実際は1.5倍近いコストがかかった」というのに近い衝撃が、大学の施設投資でも起きているとイメージすると分かりやすいかもしれません。
② 収入の入り口を複数持つ
学費以外の収入源、たとえば補助金、寄付金、外部からの研究資金、資産運用による収入、社会人向けのリカレント教育(学び直し)、企業との共同研究といった「収入の多様化」も重要な柱です。
ここで見落とされがちなポイントがあります。それは、「外部資金を増やそう」という掛け声だけでは何も変わらないということです。「どの分野で」「誰が」「いくら獲得するのか」を具体的な数値目標にまで落とし込み、それを実際に担う専門人材(たとえば研究資金の獲得を専門にサポートする職員など)への投資とセットで進める必要があります。かけ声だけの"精神論"ではなく、実行可能な体制づくりとセットでなければ、絵に描いた餅で終わってしまうということです。
③ 学費のあり方そのものを考え直す
学費の値上げが避けられない大学も出てくるでしょう。ここで重要なのは、値上げの「伝え方」です。
「コストが上がったから、仕方なく値上げします」という説明では、学生や保護者の納得は得にくいものです。そうではなく、「この学費は、少人数教育や実践的な学び、国際教育といった、皆さんが受け取る教育の価値への投資です」と、価値とセットで語れるかどうかが問われます。
同時に、値上げによって経済的に進学を諦める学生が出てしまっては本末転倒です。奨学金などの支援策とセットで進めることも欠かせない視点として挙げられています。
④ 寄付を「応援」から「共創」へ育てる
これまでの大学への寄付は、「母校を応援したい」という気持ちに支えられた、いわば一方向的なものが中心でした。
これから求められているのは、一歩進んだ形の寄付のあり方です。企業や地域と対話しながら「今、社会にはどんな課題があるのか」を一緒に見つけ出し、大学が持つ研究力や知見を活かしてその解決に取り組んでいく。つまり、寄付する側とされる側が「一緒に未来をつくるパートナー」になるという発想です。
実際にある大学では、企業との対話を通じて社会課題を設定し、その解決に大学が伴走する形の寄付集めが成果を上げているといいます。これは単なる資金調達の工夫にとどまらず、大学の存在意義そのものを社会に示す取り組みとも言えそうです。
⑤ 一つの大学だけで抱え込まない
すべての機能を一つの大学だけで維持しようとする時代は、終わりを迎えつつあるのかもしれません。
事務組織やシステムの統合、共同での物品購入によるコスト削減、施設の共同利用など、「統合」というと大げさに聞こえますが、もっと身近なところから始めることもできます。入試広報や学生相談といった業務のノウハウを他大学と共有し合うといった、小さな協力の積み重ねも、立派な選択肢の一つです。
⑥ そして何より、発想そのものを変える
最後にして最大のメッセージは、大学財務のあり方を「耐える財務」から「変える財務」へと切り替える必要がある、という点です。
物価上昇は、一時的に我慢していればいつか収まる、という性質のものではありません。大学経営の前提条件そのものが変わりつつある、構造的な変化だと捉える必要があります。台風が過ぎ去るのを息を潜めて待つのではなく、気候そのものが変わったと理解して、家の建て方から変えていく――そんなイメージに近いかもしれません。
問われているのは「何を削るか」ではなく「何に使うか」
ここまで見てきた内容を一言でまとめるなら、こういうことになります。
物価上昇の時代に大学に問われているのは、単純に「いくら経費を削るか」ではありません。「限られた資源を、どんな未来のために使うか」という、もっと本質的な問いです。
大学の財務というと、専門的で自分には関係のない話に聞こえるかもしれません。しかし本質を突き詰めると、意外とシンプルな話です。「限られたお金を、大学の未来にとって本当に大切なことに、きちんと振り向けられているか」を絶えず問い直す作業――それが大学財務の本質だと言えそうです。
これは財務担当者だけの仕事ではありません。教員も職員も、自分の日々の業務が「大学の未来にとって本当に価値のある使い方」になっているかを考える。そのヒントとして、この視点は多くの大学人にとって役立つのではないでしょうか。
出典:物価上昇に対応する大学の財務戦略 ―私立大学に求められる「守り」と「攻め」の経営転換― |アルカディア学報|私学高等教育研究所|日本私立大学協会
https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/824.html

コメント
コメントを投稿