在留資格が突然厳しくなった日 - 資本金3000万円ルールの深層

そもそも何が変わったのか

外国人が日本で会社を経営するために必要な「経営・管理」という在留資格。この資格の取得条件が2025年10月、大きく変わりました。

これまでは資本金500万円あれば取得できましたが、今後は資本金3000万円、さらに日本人や永住者を1人以上、常勤で雇うことが必須になったのです。既存の経営者には2028年10月まで猶予がありますが、それを過ぎると新しい基準を満たせなければ在留資格を更新できません。

数字で見るとその厳しさがよくわかります。現在「経営・管理」を持つ人は全国に約4万5000人。そのうち今の時点で資本金3000万円の条件を満たしているのは、わずか4.1%です。つまり残り96%近くの経営者が、このままでは日本にいられなくなる可能性があるということです。

なぜ厳しくなったのか

きっかけとされているのは、一部の外国人が「日本に住み続けるための手段」として、実質的に営業していないペーパーカンパニーを作り、この在留資格を利用していたという報道です。入管庁も「事業実態がないケースが散見される」ことを理由に挙げています。

ただし取材によると、入管庁自身が国会で「不正の件数は統計として把握していない」と認めています。つまり、「どのくらい悪用されているか」を数字で示せないまま、規制だけが強化されたという状態です。

一番影響を受けているのは誰か

制度の建前上のターゲットは「悪用するペーパーカンパニー」でしたが、実際に苦しんでいるのは全く違う層です。それがネパール系をはじめとする、街のインドカレー店やアジア料理店を営む家族経営者たちです。

彼らの多くはコツコツ貯めたお金で小さな店を開き、日本人客に愛される店を作り上げてきました。しかし3000万円という金額は、家族経営の飲食店にはとても現実的な数字ではありません。都内で店を営むある経営者は「条件を満たすことをあきらめて帰国する人も出てきている」と語っています。

しかも、この人たちの配偶者や子どもは「家族滞在」という別の在留資格で日本にいます。経営者本人が資格を更新できなくなれば、家族全員が日本を離れなければならない可能性があります。日本で生まれ、日本語しか話せない子どもが、なじみのない「母国」に送られるケースも出てきます。

「資本金3000万円」に、本当に意味はあるのか

ここが専門家の間で最も疑問視されているポイントです。

入管行政に詳しい弁護士は、資本金という考え方そのものに疑問を投げかけています。かつて日本には「最低資本金制度」があり、会社を作るには一定額の資本金が必要でした。しかし現実には、資本金はそのまま会社に残っているわけではなく、設備投資などですぐに使われてしまいます。倒産時に資本金が全く残っていない会社も珍しくありません。つまり資本金の額は、その会社が本当に安定しているかどうかをあまり反映しないのです。

こうした事情から、日本ではすでに2006年に最低資本金制度そのものが廃止され、資本金1円でも会社が作れるようになりました。日本人の会社設立にはもう必要とされていない基準を、外国人にだけ、しかも6倍に引き上げて課している――これが今回の改正の一番の矛盾です。

さらに国際比較をしても、日本の3000万円という基準は高すぎます。

  • イギリス・フランス:資本金要件そのものがない
  • 韓国:約1000万円
  • アメリカ:約1500万〜3000万円

日本より緩い国が大半で、「諸外国を参考にした」という入管庁の説明は、都合の良い部分だけを引用しているようにも見えます。

店を畳むだけでは済まない、思わぬ連鎖

この問題、実は外国人経営者だけの話では終わりません。

  • 不動産オーナー:店主が資格を失い帰国せざるを得なくなった場合、店舗の片づけが間に合わず、大家が「建物明渡請求」の裁判を起こして強制的に立ち退かせる必要が出てきます。原状回復費用などは大家負担で、100万円単位の出費になることも。
  • 取引業者:食材や消耗品を扱う業者が、売掛金を回収できなくなるリスクがあります。
  • 労働力不足:「家族滞在」の資格を持つ人は、週28時間までアルバイトができ、2024年には8万8000人以上がこの形で働いています。弁当・惣菜工場、コンビニ、ホテルの清掃現場など、実はこの層に支えられている職場は多く、彼らが一斉にいなくなれば人手不足に拍車がかかります。

つまりこの改正は、外国人の在留資格の話にとどまらず、日本経済のあちこちに波及するリスクを抱えているわけです。

政治の文脈で見ると、もっと大きな流れが見えてくる

この改正だけを単独で見ると「厳しすぎる規制」に見えますが、実はもっと大きな流れの一部です。2025年7月の参議院選挙から、日本では外国人を取り巻く環境が急速に変化し、選挙戦で外国人問題が争点化しました。この選挙で議席を大きく伸ばした政党の躍進などの影響を受け、自民党を含む主要政党が外国人政策に関する主張を相次いで強めていきました。永住許可や国籍取得の条件厳格化、そして今回の「経営・管理」の基準引き上げも、その流れの中で急ピッチに進められました。2026年1月には、衆院選直前というタイミングで政府が「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を打ち出してもいます。

つまりこの資本金3000万円ルールは、選挙で外国人政策が「票になる」ようになったことの結果という側面が強いのです。制度改正当時の法務大臣は「一部の報道もあり、国民の間に不安が広がっていた」ことを理由の一つに挙げていますが、これは「実態としての悪用の規模」よりも「世論の不安」に対応した規制だったとも読み取れます。

この先、日本はどうなっていくのか

いくつかの角度から考えてみます。

① 廃業・帰国の波は2027〜2028年に本格化する
経過措置の期限(2028年10月)が近づくにつれ、更新できずに帰国する経営者が段階的に増えていくと見られます。新規の「経営・管理」申請はすでに事実上止まっているとの証言もあり、街のエスニックタウンの姿が変わっていく可能性があります。

② 「入り口を絞る一方で、別の入り口は広げる」というねじれが続く
日本の人口減少・人手不足は誰の目にも明らかな構造問題です。外国人労働者は2025年10月末時点で約257万人となり、13年連続で最多を更新し、3年連続して全都道府県で増加しています。しかし政府は「経営・管理」のような特定の在留資格は絞りつつ、特定技能などの受け入れ枠は逆に拡大しています。この矛盾したアプローチは、当面解消されないまま続く可能性が高いです。

③ 外国人政策は今後も選挙の争点であり続ける
議席を伸ばした新興政党の躍進以降、外国人政策をめぐる「規制強化」対「共生推進」という対立軸は、選挙のたびに強まる構造になりつつあります。日本の在留外国人は2025年6月末時点で約395万人となり、人口全体の3.2%を占め、2070年には欧州並みの10%に達するとの推計もあります。この構図が変わらない限り、行政側が今回の基準を大きく緩めるインセンティブは働きにくいでしょう。実際に起こりうるのは、完全な撤回ではなく、「総合的に考慮する」という救済措置の運用基準を、批判を受けて少しずつ明確化していく、という部分的な軟化にとどまる可能性が高いと考えられます。

④ 日本の「評判」への影響も無視できない
今回のカレー店をめぐる件はすでに海外メディアでも報じられました。「日本は外国人に対して突然ルールを変える国」というイメージが定着すれば、今回規制の対象にならなかった投資家や優秀な人材からも敬遠されるリスクがあります。実際、雇用や納税を通じて日本社会に貢献してきた経営者自身が「自分も日本を出ることを考えている」と語っているのは、その予兆と言えるでしょう。

まとめ

今回の資本金3000万円ルールは、「不正利用の防止」という一見もっともな目的を掲げていますが、実際にはその根拠となる悪用の実態が数字で示されておらず、被害を受けているのは規制の意図した対象とはズレた、まじめに商売をしてきた家族経営の飲食店主たちです。

これは単なる入管政策の一つの話ではなく、人口減少で外国人の力を必要としている日本と、政治的には外国人への規制強化を求める世論が同時に存在するという、日本社会そのものの矛盾を象徴する出来事だと言えます。この矛盾がどちらの方向に転ぶかは、今後の選挙結果と、現場でどれだけ人手不足が深刻化するかという経済的な圧力のせめぎ合いにかかっています。


出典

本記事は以下の報道を主な情報源として作成しました。

室橋裕和「在留資格厳格化「資本金3000万円」の根拠は――店舗契約、労働力に影響も #日本社会と外国人」Yahoo!ニュース オリジナル 特集、2026年8月13日配信

主要数値のエビデンス

数値 内容 出典
資本金要件:500万円→3000万円「経営・管理」在留資格の許可基準(2025年10月改正)上記Yahoo!ニュース記事
保有者数 約4万4760人(2025年6月時点)「経営・管理」在留資格の保有者数同上
現行基準を満たす割合 4.1%出入国在留管理庁データとして記事内で引用同上
経過措置期限 2028年10月既存事業者向けの猶予期間同上
「家族滞在」による就労者 8万8776人(2024年)週28時間までのアルバイトが可能な在留資格保有者数同上
国際比較(英仏は資本金要件なし、韓国 約1000万円、米国 約1500万〜3000万円)入管庁提示資料「諸外国における受入れ制度比較」を基にした記事内引用同上
日本の法人資本金の中央値 300万〜500万円(2021年)総務省・経済産業省統計同上
外国人労働者 約257万人(2025年10月末時点、13年連続最多更新)労働力統計秋田魁新報 社説「[2026衆院選]外国人政策 共生社会目指す論戦を」(2026年2月3日)
在留外国人 約395万人(2025年6月末、人口の3.2%)、2070年に約10%との推計人口統計・将来推計同上
2025年7月参院選以降の外国人政策の争点化、主要政党の政策強化の動き政治的背景の経緯nippon.com「排外主義はどう生まれるのか:政治家の発言と外国人政策の影響」(2026年3月17日)
2026年1月「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」決定政府方針Stepjob「【2026年版】政府の外国人政策はどう変わる?」(2026年4月30日)

※本記事中の人物の発言・見解は、個人情報保護の観点から役職・専門分野のみを記載し、実名は伏せています。詳細な発言者名は元記事(Yahoo!ニュース オリジナル特集)をご参照ください。

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