被爆者なき時代へ ― 核軍縮の停滞と"歴史修正"にどう向き合うか

2026年8月6日、広島は81回目の「原爆の日」を迎えました。そして今日8月9日は、長崎にとっての「原爆の日」です。いま被爆地は、2つの深刻な後退に向き合っています。ひとつは核軍縮そのものの停滞、そしてもうひとつは、SNSを舞台にした被爆の事実に対する"歴史修正"です。

数字で見る核軍縮の逆行

現在、世界には9か国が合わせて12,000発を超える核弾頭を保有しています。冷戦期の1980年代には7万発以上あった核弾頭は、冷戦終結後の約40年間で大きく減少してきましたが、ここ数年はその流れが止まり、むしろ増加に転じかねない局面にあるといいます。

象徴的なのが、米ロ間の核軍縮条約「新START」が今年2月に失効したことです。1972年以来初めて、両国間に核軍縮の枠組みが存在しない状態になりました。加えて核拡散防止条約(NPT)の再検討会議も3回連続で最終文書を採択できずに終わり、国際的な合意形成そのものが行き詰まっています。

背景には、ウクライナ侵攻をめぐるロシアの核威嚇や、中東情勢をめぐるアメリカの発言など、核兵器の使用が「ありうる選択肢」として語られる場面が増えている現実があります。中国やフランスも核戦力の増強に動いており、長年築かれてきた「核は使えない兵器」という共通認識が揺らぎつつあります。

SNSで広がる、事実に反する投稿

もうひとつ警鐘が鳴らされているのが、情報空間での異変です。動画サイトやSNS上で、原爆の投下自体を疑うような根拠のない投稿が広がりを見せており、なかには30万回以上再生されているものもあるといいます。生成AIで作られた「原爆投下時」とされる映像も出回っていますが、史実とは異なる内容のものが少なくありません。

再生数や閲覧数が収益につながるプラットフォームの仕組みが、こうした投稿が生まれる土壌になっていると指摘されています。事実に基づかない情報が広がれば、核兵器について考えるための共通の土台そのものが失われかねません。

被爆者がいなくなる時代に

被爆者の平均年齢はすでに87歳に近づき、存命者は10万人を下回っています。生き証人の声を直接聞ける時間が限られていくなかで、広島・長崎で実際に何が起きたのかを改めて振り返っておきたいと思います。1945年8月6日に広島、そして3日後の8月9日に長崎で、上空500〜600メートルでさく裂した原爆により、その年の年末までに約21万人が命を落としました。生き延びた人々の多くも、その後長く放射線による病や心身の不調に苦しめられてきました。

こうした被爆者たちの証言の積み重ねが、核兵器の使用を許さないとする国際的な規範、いわゆる「核のタブー」を形づくってきました。日本被団協がノーベル平和賞を受賞した際も、被爆者の地道な訴えがこのタブーを定着させてきたことが評価の理由とされました。

継承の担い手たち

被爆者から直接話を聞き、平和や軍縮について伝える活動を続ける25歳の若者もいます。100人を超える被爆者から証言を聞いてきたこの人物のもとにも、近年は原爆の存在自体を疑うような声が寄せられることがあるといいます。被爆者の語りに頼ってきた運動が、これからどう継承されていくのかが問われている、という指摘が印象的です。

おわりに

核兵器をめぐる国際情勢が緊張を増し、なおかつ被害の事実そのものが疑問視されかねない情報環境が広がる ― こうした二重の逆風のなかで「被爆の実相」をどう伝えていくかは、非常に今日的な問いです。広島に続き、今日は長崎の原爆の日。展示や手記、報道など、事実に触れる手段は今も多く残されています。この節目をきっかけに、あらためてその原点に立ち返ってみる価値がありそうです。


出典:NHK解説委員室「停滞する核軍縮 “歴史修正”にさらされる被爆の実相」(2026年8月7日)
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015198981000

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