行政書士を考える⑦ 境界線という、見えない落とし穴
2026年8月26日、福岡地裁で開かれたある刑事裁判で、気になる出来事が明らかになりました。自賠責保険の請求をめぐって弁護士法違反(非弁活動)に問われている行政書士の被告が、自分に不利な内容の証拠資料を、同業者3人に流出させていたことが判明したのです。裁判長は「厳重注意」という異例の対応を取りました。
一見、ひとつの裁判での小さな出来事に見えるかもしれません。しかしこれは、行政書士という資格をめぐる、業務範囲や他士業との境界という、より大きな問題にもつながっています。今回は、①何が起きたのか、②なぜこういうことが起こるのか、③行政書士とはそもそも何をする資格なのか、④私たちはどう向き合えばよいのか、の順に整理してみます。
1. 何が起きたのか
事件の発端は、交通事故の被害者からの依頼で自賠責保険(強制的に加入が義務づけられている自動車保険)の請求手続きを行っていた、ある行政書士です。共済側から保険金の支払いを拒否されたため、この行政書士は依頼者に代わって「異議申し立て」を行いました。
ところがこの異議申し立てという行為が、「弁護士でなければできない法律事務」に当たるのではないかとして、この行政書士は弁護士法違反(非弁活動)の罪で起訴されました。被告は「非弁活動には当たらない」と否認しています。一方、検察側は法律事務に当たるとして起訴しており、現在、その法的評価が裁判で争われています。
問題はここからです。裁判の中で検察側は、県の行政書士会理事を聴取して作成した供述調書を証拠として提出しました。その内容は「これは非弁活動に当たる」という、被告に不利なものでした。
被告はこの調書のコピーをPDF化し、「意見を聞きたかった」という理由で、同業者である行政書士3人に送ってしまいます。同業者間で情報が共有された後、その内容をめぐって行政書士会内で理事への批判が繰り返される展開となりました。追い詰められた理事は「証人として出廷できない」と言い出す事態にまで発展し、検察側は弁護側に抗議。裁判長は「刑事訴訟法に抵触するおそれがある」「審理の運営に悪影響を与える可能性がある」として被告を厳重注意し、流出させたデータを削除するよう求めました。弁護側が供述調書の採用に同意したため、予定されていた理事の証人尋問は取り消されています。
つまりこの事件は、「非弁活動をしたかどうか」という本体の争いとは別に、「裁判の証拠を勝手に使って、証人になるはずだった人にプレッシャーをかけてしまった」という、もうひとつの問題を生んでしまったのです。
2. なぜこんなことが起こるのか
なぜ、こんな事態になってしまうのでしょうか。背景には、行政書士の業務範囲と、弁護士など隣接する専門職の業務範囲との境界に、実務上判断が難しい領域があるという事情があります。
行政書士は法律上、官公署に提出する書類や、権利義務・事実証明に関する書類を作成することを主な業務とする資格です。ただしこれには大きな制約があります。弁護士法は、報酬を得る目的で法律事件に関する法律事務を取り扱うことを、原則として弁護士に限っています。行政書士がこのラインを越えると「非弁活動」として処罰の対象になってしまうのです。
問題は、この境界線がどこにあるのか、実務上も判断が分かれやすいことです。単なる書類作成なのか、それとも争いごとへの対応なのか——今回のケースのように、「共済から支払いを拒否されたので異議を申し立てる」という行為が、その典型的な事例でした。
そしてもうひとつ見逃せないのが、同業者間で情報が共有され、その後、行政書士会内で理事への批判につながったという展開です。閉じた専門職コミュニティでは、こうした動きが、係争中の刑事事件の当事者や証人に少なからぬ影響を及ぼしうることを、今回のケースは示していると言えるでしょう。
3. 行政書士とは、そもそも何をする資格なのか
そもそも行政書士とはどんな資格なのか、簡単に整理しておきます。
行政書士法という法律によれば、行政書士の使命は、行政手続きを円滑にし、国民の利便性を高め、国民の権利利益の実現に資することとされています。具体的な仕事は、役所に提出する許認可の書類、契約書や遺産分割協議書などの権利義務に関する書類、実況見分図などの事実証明に関する書類の作成です。
つまり本来は「書類作成の専門家」なのですが、実際には契約の代理人になったり、示談交渉の場に同席したりと、活動の幅は意外と広いのです。ただし、依頼者に代わって相手方と交渉したり、法律事件について代理人として対応したりすることには、弁護士法による制限があります。どこまでが書類作成で、どこからが法律事務に当たるのか。この線引きの難しさこそが、今回の事件の背景にあります。
なお2026年1月からは改正行政書士法が施行され、行政書士には「常に品位を保持し、法令と実務に精通して、公正かつ誠実に業務を行う」という職責が新たに明文化されました。行政書士に求められる職業倫理や法令遵守の責任を、より明確にする方向へ制度が動いています。
4. 実は「登記」でも同じ問題が起きている
ここまでは弁護士との境界線の話でしたが、実はもうひとつ、行政書士と司法書士(不動産や会社の登記の専門家)との間でも、業務範囲をめぐる問題が起きています。
司法書士法という法律(第73条)は、司法書士でない者が登記の代理や、登記申請書類(添付書類を含む)を作ることを禁じています。違反すれば1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰が定められており(同法第78条)、この解釈は最高裁判決でも確立しています。
これは決して机上の話ではありません。兵庫県司法書士会は、相続登記に関与していた行政書士を2024年3月19日に刑事告発し、その行政書士は起訴され、罰金刑の有罪判決が確定したと2025年11月14日に公表しています。会社設立の場面でも、定款の作成までは行政書士にもできますが、その先の登記申請書類の作成にまで手を伸ばすと違法になる、という同じ構造の問題が繰り返されています。
弁護士との境界、司法書士との境界——行政書士という資格は、あちこちで隣接する専門職の独占業務と接しており、しかもその境界線が依頼者からは見えにくいという共通の弱点を抱えているのです。
5. 私たちはどう考えればよいのか
ここまで見てきたことをふまえると、いくつかの視点が浮かび上がってきます。
行政書士に依頼する市民の立場から言えば、「この手続きは本当に行政書士の業務範囲に収まっているのか」を意識することが大切です。相続で不動産の名義変更(登記)まで必要な場合は司法書士、争いが起きそうな案件は弁護士、というように、事案の性質によって適切な専門家に相談する視点を持つことが、思わぬトラブルを避ける近道になります。
行政書士という職業の側から言えば、グレーゾーンに踏み込む前に慎重になる姿勢が欠かせません。自分が正しいと信じていても、それが他の資格の独占業務に触れてしまえば、依頼者にも自分自身にも不利益が及びます。疑わしいときは、弁護士や司法書士との連携を選択肢に入れる謙虚さが必要です。
業界団体の側から言えば、係争中の事件について業界団体が一方の当事者を組織的に後押しするように見える対応を取れば、団体としての中立性について疑問を持たれる可能性があります。品位保持や懲戒を担う自治組織である以上、こうした点への配慮が求められるでしょう。
そして何より、今回の事件が教えてくれるのは、制度上の境界が実務上判断しづらい領域であるほど、そこで働く一人ひとりの慎重さと誠実さが試されるということです。令和8年の法改正で明文化された「品位保持」や「法令への精通」という職責も、こうした業務上のリスクに向き合ううえで、重要な意味を持つと言えるでしょう。
次にこの制度を考えるときは、こうした境界線の問題が、また別の場面でどう表れているのか、追いかけてみたいと思います。
【参考報道・参考資料】

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