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法人化と大学改革(1)

国立大学の法人化からちょうど8年が経過しました。これを機に、関係者の皆様は、果たして法人化は国立大学に何をもたらしたのか、制度構築の意図は十分に達成されたのかなどについて、改めて考えてみるのもいいのではないでしょうか。そのための参照文献として、今回から、澤 昭裕さん(当時、独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー)が書かれた「 国立大学法人法と国立大学改革 」と題する論考を抜粋し数回に分けてご紹介することにしました。 この論考は、国立大学法人法が国会で成立した平成15年に、「国立大学法人法の問題点を分析し、法人化の本旨に沿った大学改革を実現するためには、どのような点に注意していくべきか」について提言を行うことを目的として書かれたもののようですが、半年後には、全ての国立大学が法人化されようとしていた当時における識者の優れた見方・考え方が合理的に整理されてあり、その内容と8年が経過した「いま」との対比の中で、今後の国立大学を占うこともできるのではないかと思います。 ◇ (途中略)国立大学制度の問題点は、枝葉末節まで含めれば数限りなくあろうが、法人化による改革の最大の眼目は、文部科学省という行政機構と国立大学とのもたれあい構造を打破するとともに、国立大学間においても護送船団方式による一律の改革に陥らず、いかに個性を発揮した競争構造を構築していくか、という点にある。私立大学を含め、大学間の教育・研究両面にわたる競争が促進され、グローバルに通用する研究や人材(逆にローカルを支えていく技術や人材も)が、それぞれの国立大学から輩出されるよう改革を進めることが重要である。 本稿では、法人化の基本を定めている国立大学法人法を読み進めながら、その問題点を指摘するとともに、条文の趣旨を徹底させていくためには、実務上どのような工夫を講じていかなければならないかについて検討することとしたい。 1 国立大学の存在根拠・・・国立大学法人法「別表」に記載 各大学の存在自体が、法的にどのような形で規定されるのかという問題は重要である。大学ごとに法人化するという点は、文部科学省の調査検討会議においても合意されていたが、最終的には国立大学法人法では別表に各大学の名称が列挙されることとなった。 独立行政法人の場合、各法人全てに横割り的に適用される組織運営原則を、独立行政法人通則法という法形式...

大学教員への転職

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「 大学の教員になる方法・文系の巻 」( 文部科学教育通信 No.287 2012.3.12 )(教育評論家 梨戸茂史)をご紹介します。 ◇ サラリーマンであれ、何であれ職業人が、途中から大学教授になるのは、なかなか大変だ。その苦労を”1勝100敗!”と表現した人がいる。元役人の中野雅至氏が書いた「1勝100敗!あるキャリア官僚の転職記」(光文社新書)。副題は「大学教授公募の裏側」だが裏話ではなく「苦労」話だ。 今は、ほとんどの大学の教員は”公募”が原則。実際には有力候補が学内にいても”公募”が建前。うまくすると良い人が出てくるかもしれないし・・・。 意外だったのは、同氏のような社会人出身の大学教員の割合だ。もちろん、理系で企業の研究所からやってくるいわば横滑り?のような方々も含んではいるのだろうけれど、2007年度で36.7%もいる(松野弘「大学教授の資格」)。 そこで、社会人から大学に行く方法として、中野氏があげる4点がポイント。まず、大学教授への転身には時間がかかるから「忍耐強くやる」こと。第ニは「学会活動が重要」。三番目は学者の評価は論文で決まることから「論文を書くべき」。最後は「大学院で博士号をとる」こと。それと重要なのは、「分野」。社会人だから何らかの仕事をしているわけで、それを研究分野にすることだ。 同氏の体験論から、経済学関係でいえば「開発や経済発展」の分野を専門にしようと思ったが、相談した先生いわく「・・・たとえば、東大の経済学部を出て、ハーバードやイェールなんかの超一流大学でPh.D(博士号)を取って、世銀(世界銀行)やIMFでの勤務経験があるような奴が公募に応募してくんねんで。君、こんな人に勝てまっか?」だ。ある意味、自分の仕事の狭い?分野を極めることが成功につながりそうだ。 「博士号」に関しては、実務家としては必ずしも必要ないようだが、実務の実績だけでは不十分なことがあり、一方で、学問の世界のルール(博士号をもち、学術論文が書けること)が分かっているとみなされることと、将来、どうせ論文を書いて認めてもらう必要があるのだからその訓練としても重要なことだと言う。「実務家としての賞味期限はせいぜい5年程度」(同書)との意見は貴重だから、サラリーマン時代に書く訓練をしておく意味は大きい。 ところで、学術論文は、仮説・...

漫然ではダメ、意識的に働け(土光敏夫)

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日本人は勤勉だといわれるが、たしかにそうかもしれない。しかし、その働きの中身となると、はたしてどうでしょう?厳しいかもしれないが、僕の目から見ると、どうもそうは思えないんだな。働くという字には「人べん」がつく。人が動くから「働く」。ところが、実際には「働く」のニンベンが消えて、ただの「動く」になっているような面が多々ある。肝心の人間がみずから「人」を放棄しているわけだ。 工場などは、システムで動いているからサボるわけにはいかんけれど、外回りの社員たちは喫茶店で時間を潰したり、ひどいのになるとパチンコ屋で遊んでいたりする。それでも成績を上げてくれればいいが、世の中、そんなに甘くありません。 工場のシステムに組み込まれていても、ただ漫然と仕事の流れに身を任せている人と、意欲をもって働く人とではやがて大きな差が出る。ちょっとした心遣い、人より一歩先をみることができるかどうか。これは能力のあるなし、頭の良し悪しに関係ない人間の姿勢自体の問題です。 昭和人間記録 土光敏夫大事典 産業労働出版協会 発売日:1989-04 ブクログでレビューを見る»

責任のある仕事(ドラッカー)

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自らの成長のために最も優先すべきは卓越性の追求である。そこから充実と自信が生まれる。能力は、仕事の質を変えるだけでなく人間そのものを変えるがゆえに、重大な意味をもつ。能力なくしては、優れた仕事はありえず、自信もありえず、人としての成長もありえない。 何年か前にかかりつけの腕のいい歯医者に聞いたことがある。「あなたは、何によって憶えられたいか」。答えは「あなたを死体解剖する医者が、この人は一流の歯医者にかかっていたといってくれることだ」だった。この人と、食べていくだけの仕事しかしていない歯科医、平凡を旨としている歯科医との差の何と大きなことか。 組織に働く者の場合、自らの成長は組織のミッションと関わりがある。それは、この教会、この学校での仕事に意義ありとする信念や献身と深い関わりがある。仕事のできないことを、設備、資金、人手、時間のせいにしてはならない。それではすべてを世の中のせいにしてしまう。よい仕事ができないのをそれらのせいにすれば、あとは堕落への急坂である。 非営利組織のリーダーにとっては、人の成長を考えることは必須のことである。人は組織とビジョンを共有するからこそ非営利組織で働く。何も得ることのないボランティアが長く働いてくれることなどありえない。金銭的な報酬を得ていないからこそ、仕事そのものから多くを得なければならない。 非営利組織の側にしても、これまでずっとそこにいたから、そのままい続けたいというような、大義を失った人たちを抱えていたくはない。事実、成果に焦点を合わせた優れた非営利組織では、そのような色あせた人たちがい続けられないほど、多くの時間と仕事を要求しているはずである。 非営利組織においては、建設的な不満を醸成しなければならない。有給のスタッフやボランティアが、夜の会議に疲れて、「みんな、なんてばかなのか、どうしてやるべきことをやらないのか」と大声で文句をいい合いながら帰途につく。それでいながら、では、なぜ辞めてしまわないのかと聞かれれば、「とても大事なことだから」と答える。そのような組織をつくり上げる鍵は、全員が、目的の達成には自分の存在が不可欠であると実感できるように仕事を組織することである。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-2...

競争は能力を開花させるか

ブログ「 教育の危機と再生 」( 内田樹の研究室 )から抜粋しご紹介します。 ◇ 教育崩壊の最大の原因は、子どもたちを競争的環境に投じて、数値的に格付けして、点数順に社会的資源を傾斜配分するというシステムにしがみついていることです。点数の高いものには報酬を与え、低いものには罰を与えるというこの査定システムの本質的な貧しさと卑しさが子どもたちを学びから遠ざけている。学校そのものが子どもたちの潜在能力の開花を阻害し、健全な子どもたちをそこから脱落させている。そして、日本の学校をうまく逃れた若者たちだけが輝いている。これは日本の学校教育にとって恥とすべき事態だと思います。 では、危機にある日本を再生するためにどうすればいいのか。言い古された言葉ですが、日本の未来を担うのは子どもたちなんです。どうすれば、本当に日本の未来が担えるような、知的で、感情豊かで、器が大きくて、目元が涼しくて、話がおもしろくて、包容力があって・・・そういう輝く子どもが育ってくれるのか。学校教育に携わる人間は何よりもそれを考えるべきでしょう。試験で計れる点数なんか、極端な話、どうだっていいんです。 武道の道場では相対評価ということをしません。誰より誰が強いとか、巧いとか、そういうことは原則として話題にしないし、すべきでもない。だって、入門してくる時もばらばらだし、性別も年齢も身体能力も違うから比較する意味がない。 他の条件を同一にすれば、強弱巧拙は比較可能ですけれど、武道というのは「他の条件を同じにした場合に、どちらが強いか」というような気楽な話をしているわけじゃない。いつ、どこで、どういうことが起きるかわからない。どうしていいかわからないその危機的状況をどうやって生き延びるか、その生きる知恵と力を開発することが修業の目的なんです。それは他人と比較するものじゃない。比較する対象があるとしたらそれは「昨日の自分」だけです。自分自身の経時的変化をモニターすれば、自分が今やっている稽古方法が正しいかどうかは点検できる。 でも、その経時的変化にもいろいろある。すぐに上達するけれど、その後、長い停滞期に入る人もいる。あれこれ迂回したけれど、その寄り道のすべてが滋養になって開花する人もいる。いろんな人がいます。でも、稽古を続けていれば全員必ず開花するんです。よほど自分自身を縛り付けて成長...

トップの継承(ドラッカー)

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やり直しのきかない最も難しい人事がトップの継承である。それはギャンブルである。トップとしての仕事ぶりはトップにつけてみないとわからない。トップへの準備はほとんど行いようがない。大統領選挙にしても、われわれにできることといえば、神がアメリカを見捨てることのないよう祈ることだけである。同じことは、それほど偉くはないトップのポストについてもいえる。 しかし、してはならないことは簡単である。辞めていく人のコピーを後継にすえてはならない。辞めていく人が、「30年前の自分のようだ」というのならばコピーでしかない。コピーは弱い。 また、18年間トップに仕え、ボスの意向をくむことには長けているものの、自身で決定したことは何もないという側近も注意したほうがよい。自分で決定する意欲と能力のある人が補佐役としてそれほど長くとどまることはあまりない。 さらにまた、早くから後継者と目されてきた人物も避けるべきである。そういう人は、多くの場合、成果が必要とされ、評価され、失敗も犯しうる立場に身を置くことのなかった人である。傍目にはよいかもしれないが成果をあげる人ではない。 では、トップの継承にあたっての前向きな方法は何か。まず、仕事に焦点を合わせることである。これからの数年何が最も大きな仕事になるか、次に、候補者がどのような成果をあげてきたかを見ることである。こうして、組織としてのニーズと候補者の実績を合わせればよい。 つまるところ、非営利組織の成否を決めるものは、やる気のある人たちをどれだけ惹きつけ引きとめられるかである。この能力をなくしたとき衰退が始まるのであり、逆転は不可能に近いというべきである。われわれは、得るべき人材を得ているか。活躍してもらっているか。そのような人材を自ら育てているか。人事に関して考えるべきことばこの三つだけである。 われわれはこの組織を喜んで任せたいと思う人たちを惹きつけているか。彼らを引きとめ、刺激し、認めているだろうか。われわれ以上になってもらうために、彼らを育てているだろうか。いい換えるならば、われわれは人事によって明日を築いているだろうか、それとも安易な日常に満足しているだけだろうかということである。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-2...

小便しながらでも報告せよ(土光敏夫)

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社長でも、権限を譲っていない人がいる。それはおかしい。事業部長に権限を与え、事業部長もまた下の者に与える。すると、社長や事業部長のポケットに何も残らないかといったら、そうではない。責任は全部残る。権限は全部与えても、責任は百パーセント残っているのだというのが、ボクの主義だ。 だから、絶えず注意していなければダメで、権限を委譲された者は、必ず必要なレポートをすることが責任だ。決して一方通行ではならない。例えば、廊下などで会ったときに、「あれはどうなったか」と聞いた場合、すぐに返答が出来ないようではダメだ。あるいは、お互いに便所に行ってならんで小便をしながらも、話が通じるようになっていなければいけない。椅子に腰かけて報告を聞くとか、意見を聞くのなら、何時間でも聞けるけれども、それは、長たらしい報告になるだけだ。報告書は結論を先に書くべきで、結論を読んで判らなければ、あとの報告のところを読んでみる、ということにしたい。 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»

国家公務員の給与減額支給措置への対応

消費税や復興経費の財源確保のための公務員叩きがますますエスカレートしていますが、各国立大学法人では現在、「国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律」の成立を受けた対応について頭を抱えています。 去る3月6日付けで、総務省行政管理局長から、各府省官房長宛に「独立行政法人における役職員の給与の見直しについて」と題する事務連絡が発出されています。主な内容は以下のとおりです。 ◇ 国家公務員の給与については、第180回国会において、国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律(平成24年法律第2号)が成立したところ。これに関し、「国家公務員の給与減額支給措置について」(平成23年6月3日閣議決定)及び「公務員の給与改定に関する取扱いについて」(平成23年10月28日閣議決定)においては、独立行政法人の役職者の給与について、「法人の業務や運営のあり方等その性格に鑑み、法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与の見直しの動向を見つつ、必要な措置を講ずるよう要請する」とされているところである。ついては、各府省におかれては、貴管下の独立行政法人に対して、これらの閣議決定の趣旨に沿って、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、各独立行政法人の役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請されたい。 ◇ 上記の事務連絡を受け、3月8日には、文部科学省大臣官房長から各国立大学法人学長など宛に「独立法人における役職員の給与の見直しについて」と題する事務連絡が発出されています。上記総務省行政管理局長からの通知を受けお知らせするというスタンスになっていますが、要は「法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、貴法人の役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請する」といった内容、つまり「君たちも、国家公務員同様、給与を減額しなさい」ということです。 国立大学法人の教職員の給与については、国民への説明責任を果たすため、法人化後も、基本的には、社会一般の情勢に適合したものとなるよう人事院勧告に準拠した給与改定が行われてきました。したがって、今回も人事院勧告見合いの減額については、さしたる混乱もなく処理されると思われますが、それ以外の減額については、各法人内の労使関係により対応が分かれる可能性があります。 また、各国...

大学におけるトップ・ミドル・ロワーの役割と課題(2)

前回に続き、「 経営管理の視点から大学の組織変革を考える 」(吉武博通:筑波大学大学研究センター長、ビジネスサイエンス系教授)(リクルート カレッジマネジメント 173)をご紹介します。 ◇ ミドル-取り次ぎにとどまるか変革の起点となるか 経営組織として企業と大学を比較した時に、最も大きな違いがあると考えられることの一つがミドルの働きである。 ミドルアップダウンという概念が示すように、日本企業においてはミドル、とりわけ課長が重要な役割を果たしてきた。組織構造上、課が仕事のまとまりであり、課が機能することで会社全体が動く。それゆえに入社すると課長への昇進が当面の目標になり、そこに向かって研鑽を重ねることになる。最近は様相も変わってきているが、実務最前線の組織単位を率いる課長の役割が重要であることに変わりない。 ちなみに部長は経営層と頻繁に接することでその意向を的確に理解し、複数の課を束ねながら、各課長に包括的な指示を与え、その職務遂行を促すことを主たる役割としている。課長が実務第一線の責任者であるのに対して、部長は経営と実務を強く結びつける役目を負っているといえる。 大学の場合は、企業に比べて課長や部長の存在感が希薄な印象を拭えない。もちろん、国公私立間、あるいは大学間や部署間で違いがあり、個人差もある。新たな施策が次々に展開され、活力や勢いを感じる大学には、比較的若く行動力ある課長が少なくない。その一方で、大学全体で見れば、経営と実務の間の情報の取り次ぎにとどまっている部課長が少なくないように思われる。部課長層の保守的な姿勢が変革を妨げる要因の一つとなっていることも考えられる。 これらの事柄については、印象論にとどめず、実証的に現状を明らかにする必要があるが、まずはそれぞれの大学の実態がどうであるか、大学ごとに自己点検する必要がある。 仮にここで指摘したような課題があるとしたら、トップマネジメントによる部課長層の使い方、責任・権限や機能分担などの組織設計、部課長の配置・選抜、そこに至る育成環境や昇任後の学習機会、組織文化など、どこに問題があるかについて十分に検討する必要がある。 その上で、既に部課長層にいる人材については、適切な刺激を与えつつ、個々人の知識や経験を活かした活用方策を考えていかなければならない。同時に、将来の部課長...

大学におけるトップ・ミドル・ロワーの役割と課題(1)

「 経営管理の視点から大学の組織変革を考える 」(吉武博通:筑波大学大学研究センター長、ビジネスサイエンス系教授)(リクルート カレッジマネジメント 173)をご紹介します。 ◇ 危機を好機として経営管理を根付かせ進化させる 欧州債務危機、未曽有の円高や資源価格の高騰、未だ道筋の見えない財政・社会保障改革など、国内外の経済情勢は混迷の度を深めている。我が国の名目国内総生産は過去20年近く停滞したままであり、2011年の貿易収支も31年ぶりの赤字となった。 大学を取り巻く環境が予想を上回るスピードで厳しさを増す中、それぞれの大学は危機感をバネに改革を加速させる必要があるが、その動きは総じて緩慢といわざるを得ない。最大の原因は、当事者意識をもって変革をやり抜く強い意志や一体感の希薄さにあると考えられる。 大学には、経営と教学の関係、執行部と学部の関係、教員と職員の関係など、特有の構造がある。その結果、改革が進まない原因をこれらの構造に求めたり、それぞれの立場でやるべきことを徹底せずに、他を批判したりといった傾向に陥り易い。 大学の本質を考えると知の共同体としての枠組みはこれからも重視されるべきだが、強固な経営組織による支援なしにそれを維持することはできない。大学に特有の構造を一旦脇に置いて、大学を、理事長または学長をCEOとし、職員を主たる構成員とする経営組織と捉えた場合、その構造や性質は企業などと大きく違わないものになる。そう考えることで、危機を乗り越えた企業の事例に学ぶこともできるし、特有の構造を言い訳に変革を遅らせることも許されなくなる。 企業はどのようにして危機を乗り越えるのだろうか。経験的には、トップの決意や方針が明確であること、それが具体的施策に落とし込まれていること、構成員がそれぞれの立場で何をすべきかが分かっていること、成果が見えることが活動の持続・発展に繋がっていること、などが重要な要素になると考えている。 これらの事柄は、危機に直面したからといって直ちに実現できるものではない。経営組織を組織として機能させるための考え方や方法論が必要になる。それが本稿でとりあげる経営管理である。 大学において処理すべき業務は足元で着実に増加し、その難度も高まる傾向にある。何ら手を打たなければ、これらの業務をこなすだけで力を消耗し、...

戦略的大学経営に資する職員の専門能力の開発(4)

前回に引き続き、「 大学経営の専門職養成 」(大場淳)をご紹介します。 2 大学経営の専門職養成へ向けての課題 最後に、大学経営の専門職養成に向けて重要課題と思われる、大学職員のキャリア開発、専門職団体、大学院教育についての私見を述べることとしたい。 (1)キャリア開発 キャリア開発支援やそのための環境整備については、各大学が、それぞれの組織目標等に従って、将来を見据えて人材育成のために制度整備を図らなければならない。しかし、一つの大学ができ得ることには限りがある。最も大きな障害となるものの一つが、それぞれの職員のキャリアに対応できるポスト数には限界があることであろう。学生市場の拡大が見込まれるときには、組織の拡大によってポストを創設することが可能であるが、今の大学にとってその見込みは極めて小さい。大きな企業が社内公募制を設けて疑似労働市場を組織内に作る例が見られるが、教員が多数を占めつつある大学内の職場は限られており、もとより小さな大学では望むべくもない。 根本的には、大学職員の流動性が高まり、その労働市場が成長していくのを期待するしかないが、特定のポストからでも大学内外に対して公募して、意欲のある人材を確保することは有効であると考えられる。長らく国家公務員で占められていた国立大学の事務職員職は、法人化によって国家公務員以外からの採用も可能となったが、愛媛大学は、法人化に先んずる平成15年11月、国立大学の事務幹部職員としては初めて就職課長を公募することとした(平成15年11月14日付中国新聞)。このような方策が今後広がっていくとともに、採用された後も、新たなキャリアが追求できるようになることが期待される。これまでも、私立大学で民間等での専門性を生かして大学職員として採用された者はいたが、採用後は他の大学職員と同様の人事に組み込まれてしまう例が少なからず見受けられるからである。 また、こうした公募による採用を支援するため、例えば、国立大学協会の広報誌やホームページを活用するなどして、全国の国立大学職員が公募しやすくなる条件を整備していくことが考えられる。米国の高等教育新聞(Chronicle of Higher Education)が、そのホームページと併せて、人材募集の重要な媒体となっていることが参考となろう。 他方、文部科学省が...

戦略的大学経営に資する職員の専門能力の開発(3)

前回に引き続き、「大学経営の専門職養成」(大場淳)をご紹介します。 第2節 大学経営の専門職養成に向けて 1 自ら行うべき人材の育成 第1節で、職員のキャリアに重点を置いた能力開発の重要性に言及し、大学においてもそのための制度整備が重要となることを述べた。とは言え、これをもって、各大学がすぐにでもCDPを導入し、キャリア・カウンセリングを始めるべきなどと主張するつもりは毛頭無い。どの大学でも、人事制度はそれなりの合理性をもって構築され、多かれ少なかれ定着しているものであり、その中で評価制度を軸として採用、異動・昇進、報酬、能力開発等についての管理が複雑に絡み合っていて、その一部を変えたからといってすぐに良くなるものではないからである。 成果主義や目標管理などといった新しい制度の導入については、既に多くの大学で試みられ、その結果については、私立大学の専門誌や教育関係の雑誌等でも報告されている。そうした制度導入を支援するコンサルタント会社もある。しかし、制度の対象は人であるから、すぐに動く性質のものではない。長期的な視野に立って、人を育てる観点から制度設計を行わなければならないことは言うまでもない。 また、それぞれの大学は、固有の歴史や文化、理念、目的、それを実現するための組織構造等を持つものであり、同じではない。このことは、国によって共通に管理されてきた国立大学でも同様である。したがって、自己の大学のことを知らなければ、人事にしろ組織にしろ制度改革は覚束ない。他大学の事例を参考にするにしても、コンサルタント会社を利用するにしても、最後は自ら意思決定をしなければならない。そのためには、自己の大学やそれが置かれた環境を十分に把握し、その長所や短所に精通し、その上で意思決定のための助言を適切にできる職員が学内にいることが不可欠である。これまで、コンサルタント会社にいわば丸投げして失敗した例は、大学に限らず枚挙に暇がない。賃金の成果主義を導入して職員のモラルが低くなった例を良く目にするが、その典型的な例であろう。 国立大学では、法人化後に多数の民間企業出身者を採用した。この中には、財務の専門家として銀行から採用された者や、公営企業の民営化を進めた者としてJR各社から採用された者などが含まれている。また、役員に就任した者や経営評議会の委員となった者を加...

戦略的大学経営に資する職員の専門能力の開発(2)

前回に引き続き、「大学経営の専門職養成」(大場淳)をご紹介します。 2 大学職員のキャリア形成への支援 もっとも、そうした大学経営の専門性を身に付けるのは、全ての職員ではないことは言うまでもない。どのような組織においても、ある程度一定規模以上になれば、職員の役割の分担が不可欠となり、程度の差はあれ官僚制的な組織構造を採らざるを得ない。その上で、コアとなる職員(中核職員)とそれ以外の職員(非中核職員)に分離され、後者は非常勤化乃至外部化されていく(大場, 2003:29)。当該専門性を身に付けていくべき職員は、中核職員であることは言うまでもない。 とは言え、資格の明確な弁護士や医師のように、大学の職員が最初から専門性を有していることを前提とすることはできない。米国の例を見ても、プロフェッショナルとして大学経営に従事する者の専門性は、そのキャリアが形成されていく中で次第に明確になってくるものである6。そうしたキャリア形成の中に、専門職団体や大学院教育といった能力開発のための仕組みが位置付いている。 ところで、企業における職員の能力開発の在り方は、近年、雇用者主導から個人主導へ移行していると言われる。このことは、個人が自己の責任で能力を開発すべきで雇用者側が関与しないということを意味するものではなく、能力開発を含むキャリア開発は雇用者と従業員の協同作業であることは既に述べた通りである。企業の多くでキャリア開発プログラム(CDP)が導入され、それを実施・支援するための、社内公募制、FA制、キャリア・カウンセリングといった環境整備も進みつつある。しかしながら、こういった施策を採用した大学は極めて少ない。平成16年に行われた財団法人社会経済生産性本部の調査によれば、人材マネジメントに関する懸案事項における優先順位で、「従業員のキャリア開発支援」は全17項目中5位(40.3%、5千人以上では43.2%)を占める。仮に同じ調査を大学に対して行った場合、どのような結果が出るであろうか。 高度に複雑となった大学組織を管理し、急速に変わる環境に対応していくためには、第一線で活動する下部組織の自立性を高め、専門性の高い職員を配置していく他はない。ドラッカー(2000:35)は、「組織は、変化に対応するために高度に分権化する必要がある。なぜならば、意思決定を迅速に行わな...

戦略的大学経営に資する職員の専門能力の開発(1)

大学経営の抜本的改革が求められる中、事務職員を中心とした経営人材の養成は焦眉の急であることは関係者の一致した考えではないかと思います。 しかし、大学職員の将来像、あるいは多様な職能開発の手法が論じられる中にあって、職員研究の成果が現場でどれほど有効に実践されているかといえば、甚だ疑問に感じる方も少なくないのではないでしょうか。 少し古くなりますが、今回から数回に分けて、「大学の戦略的経営のための職員の活用及び職能開発に関する研究」(平成14年度~平成16年度科学研究費補助金基盤研究(C)、研究代表者 大場淳氏)の中から「大学経営の専門職養成」に関する論考を抜粋してご紹介します。 ◇ 大学経営の専門職養成(大場淳) 第1節 大学職員の置かれた環境と能力開発 1 大学職員の能力開発の現状 今日、大学を巡る環境が悪化し、その経営の向上は至上命題となっている。そのためには、それに従事する教職員の能力開発が不可欠であることは言うまでもない。とは言え、能力開発は一朝一夕でできるものではなく、当面直面する課題に対応するため、研修会へ職員を参加させたり、コンサルタント会社に意見を求めたり、あるいは民間から人材を登用するなど、様々な取組を進めているところである。 しかしながら、大学が現在の困難状況を乗り切り、今後とも生き長らえていくためには、長期的視点に立って職員を養成していくことが不可欠である。しかるに、大学職員が置かれた状況は極めて厳しい。国立大学では、かつては教員より多かった職員は数年前に教員の数を下回り、総数が増えている公私立大学においても全体の職員増加率は教員増加率を下回っている。個々の大学では、職員の削減が進められているに違いない。それに加えて、近年、新たな業務である自己点検・評価や情報公開の実施、競争的資金の獲得、国際化への対応など、職員は一層多忙になってきている。その一方で、職員に対する教員の目はこれまで以上に厳しくなっていると思われる。国立大学法人の運営費交付金に適用される1%の効率化係数は、専任教員数に必要な給与費相当額等はその対象から控除されているのに対して、職員の給与は当該係数の対象であり毎年削減されることとなっている。 しかし、これらのこと以上に危惧されるのは、大学自身がその職員の能力開発に熱心に取り組んでいるとは考えら...

現場の裏通りこそ見よ(土光敏夫)

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起工式や竣工式のときだけ、現場に顔を出す幹部は、よそものの神官と同類である。 現場には、銀座通りもあれば、裏通りもある。幹部は裏通りも歩くべきだ。成績の悪い職場や陽の当たらない職場こそ、見るべきだ。 幹部の持つ情報は、とかく単色になりがちだ。本来の情報は天然色なのだが、上に上って来る間にアク抜きされてしまう。 そんな薄まり弱まった情報に基づいて、間違った判断をしていたら大変だ。 単色情報を天然色情報にもどすには、自らの足で現場を歩き、自らの目で現場を見ることだ。 現場の空気を味わい、働く人々の感覚に直に触れることによって、抽象化された情報が、にわかに具象性を帯びて、生き生きしてくる。 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»

チームを編成する(ドラッカー)

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組織が仕事をするにはチームにならなければならない。トップが優秀であってスタッフが献身的であるにもかかわらず、チームをつくれないために失敗する組織は多い。優れたリーダーといえども、部下を助手として使っていたのではたいしたことはできない。組織は、一人の人間ができることを簡単に超えて成長する。 しかもチームは、自動的に育つものではない。チームをつくるには系統立った作業を必要とする。チームをつくるには人から始めてはならない。なされるべき仕事から始めなければならない。「なされるべきことは何か」を考え、次いで「鍵となる活動は何か」を考える。 チームの編成とは、メンバーの強みを知り、その強みを鍵となる活動に割り当てることである。働き手を配置することである。 よくある間違いは、同じチームにいる者として、みな同じように考え、同じように行動するものと思い込むことである。しかしチームの目的は、メンバーの強みをフルに発揮させ、弱みを意味のないものにすることである。こうして一人ひとりが力を発揮する。大事なことは一人ひとりの強みを共同の働きに結びつけることである。 なされるべき仕事と一人ひとりの強みとのマッチングの後、必要とされる大切なことが二つある。一つは、全員が自らのなすべきことを明確にすることである。もう一つは、全員がその自らがなすべきことをなすうえで必要なことを考えることである。 そのうえで上司、同僚、部下に対し、「こうしてもらえれば助かる。これは困る。私がお役に立っていることは何か。邪魔になっていることは何か」と聞いて回ることである。これで八割方はうまくいく。ただしメモで聞いてはならない。直接会って聞かなければならない。 半年ごとに聞いて回りさえずれば、仕事の障害のほとんどはなくなる。非営利組織のリーダーにとっては、仕事をしたがっている人、仕事をするために来ている人、仕事をする能力をもっている人に、仕事をしてもらうことが最大の責任である。彼らが必要とする道具と情報を提供し、彼らをつまずかせる障害、邪魔になる障害、仕事を遅らせる障害を除去しなければならない。 それらのものが何であるかを知る唯一の方法が、彼ら自身に聞くことである。想像してはならない。直接聞かなければならない。 組織が成長するにつれ、非営利組織のリーダーたる者は、組織の全員に対し「リーダーで...

大学改革に必要なリーダーシップとは

大学のガバナンス改革に必要なリーダーシップとはどのようなものか。 「大学のガバナンス改革-組織文化とリーダーシップを巡って-」(大場淳)(名古屋高等教育研究 第11号(2011)を抜粋してご紹介します。示唆に富む論考だと思います。 結 語 今日、取り巻く環境の変化に対応して大学の自律性拡大が図られる中、そのガバナンス改革は必須である。日本においては、国立大学の法人化を始めとして諸々の改革が行われ、組織運営に関する制度に大幅な変革がもたらされた。他方において、ガバナンスには、法令等で規定される公式な側面-制度改革の対象はこちらである-に加えて、関係者の黙示の合意に基礎を置く非公式な側面があり、それを体現する組織文化の変革抜きにしてガバナンス改革はなし得ない。組織文化と表裏の関係にあるリーダーシップは、当該組織文化の変革に決定的に重要な役割を果たす。先行研究によれば、大学では参加や合意形成を促す双方向的なリーダーシップが必要であり、それはあらゆる場所で存在しなければならない。 しかし日本におけるこれまでの大学改革では上意下達的・中央集権的な形に向けて組織運営改革が進められ、リーダーシップもそれに対応した少数者のものとして受け止められてきた。このような改革の在り方は大学の合意の程度を下げており、クラークが指摘する「統合された企業的文化」を大学が有する状態からは程遠く、改革に大きな効果を期待することは困難であるか、少なくとも期待された通りの成果を上げることは不可能ではないだろうか。国立大学の研究業績が近年下がってきていることは、多様な理由が考えられるとは言え、組織運営に関する問題がその一因となっている可能性は大いにあり得ると思われる。 最後に、ガバナンス改革においては、教職員開発(FD/SD)が極めて重要であることを指摘しておきたい。公務員制度の弊害を有していた英国の大学は、今日まで大きく変革し、クラークが言うところの企業的運営を行うようになっているが、その改革には教職員開発が決定的に重要な役割を果たしたと言われる(Partington and Stainton 2003)。政府は、高等教育職員開発機関(Higher Education Staff Development Agency: HESDA)を大学間団体と共同で設置し、教職員開発を積極的に推進し...