しかし、大学職員の将来像、あるいは多様な職能開発の手法が論じられる中にあって、職員研究の成果が現場でどれほど有効に実践されているかといえば、甚だ疑問に感じる方も少なくないのではないでしょうか。
少し古くなりますが、今回から数回に分けて、「大学の戦略的経営のための職員の活用及び職能開発に関する研究」(平成14年度~平成16年度科学研究費補助金基盤研究(C)、研究代表者 大場淳氏)の中から「大学経営の専門職養成」に関する論考を抜粋してご紹介します。
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大学経営の専門職養成(大場淳)
第1節 大学職員の置かれた環境と能力開発
1 大学職員の能力開発の現状
今日、大学を巡る環境が悪化し、その経営の向上は至上命題となっている。そのためには、それに従事する教職員の能力開発が不可欠であることは言うまでもない。とは言え、能力開発は一朝一夕でできるものではなく、当面直面する課題に対応するため、研修会へ職員を参加させたり、コンサルタント会社に意見を求めたり、あるいは民間から人材を登用するなど、様々な取組を進めているところである。
しかしながら、大学が現在の困難状況を乗り切り、今後とも生き長らえていくためには、長期的視点に立って職員を養成していくことが不可欠である。しかるに、大学職員が置かれた状況は極めて厳しい。国立大学では、かつては教員より多かった職員は数年前に教員の数を下回り、総数が増えている公私立大学においても全体の職員増加率は教員増加率を下回っている。個々の大学では、職員の削減が進められているに違いない。それに加えて、近年、新たな業務である自己点検・評価や情報公開の実施、競争的資金の獲得、国際化への対応など、職員は一層多忙になってきている。その一方で、職員に対する教員の目はこれまで以上に厳しくなっていると思われる。国立大学法人の運営費交付金に適用される1%の効率化係数は、専任教員数に必要な給与費相当額等はその対象から控除されているのに対して、職員の給与は当該係数の対象であり毎年削減されることとなっている。
しかし、これらのこと以上に危惧されるのは、大学自身がその職員の能力開発に熱心に取り組んでいるとは考えられないことである。例えば、減少してきているとは言え、多数(約7割)の企業は、職員(従業員)の能力開発を企業の責任である又はそれに近いと考えているのに対して、大学ではその割合は4割程度にしか過ぎない。大学が置かれた環境が激変する中、ホワイトカラー職種である大学職員にかかる教育訓練ニーズは極めて大きい。それにも関わらず、職員が十分な教育訓練を受けていないことは、懸念されてしかるべきであろう。
もちろん、大学が職員の能力開発を全く行っていない訳ではなく、むしろ、教員の能力開発(FD)と比較すれば、OJTや階層別研修、目的別研修など制度的には体系的に整備されている。学外でも国立大学協会や日本私立大学連盟、日本私立大学連合の研修など、様々な機会が提供されている。大学の中には、職員を大学院に派遣して学習させたり、時には外国の大学に留学する機会が与えられている場合もある。しかし、それが不十分であるとともに、後に述べるようにその在り方の全面的な見直しが求められている。
大学管理の中心は、教員が担うべきという意見も根強い。しかし、学部自治を中心とした教員による大学管理が限界に来ていることは、昭和38年1月28日の中央教育審議会答申で言及されているように、相当以前から指摘されていることである。また、トロウやバーンバウムが述べるように、大学のガバナンスが複雑化するに連れて専門性を帯びることは避けられず、それに対応した管理組織が必要となっている。そして、かかる専門性を誰が身に付けるかという場合、教員と職員のいずれかと問われれば、進んで身に付けようと考えるのはどちらが多いであろうか。
恐らく、研修機会等同じ条件が提示されれば、それに対して意欲を持つのは職員であろう。Rudolph(1962:434)は、19世紀後半から20世紀前半の米国の大学では、高等教育の拡大とともに、様々な職種の管理職員が置かれるようになった理由として、一つには増える学生の受入れや新たなサービスの需要へ対処すること、また、大学管理業務から研究志向の教員を解放することを目的としていたと述べる。この事実から考えても、世界の大学の中でも研究志向の強い我が国の大学教員が、大学管理業務に進んで取り組むとは考えられないことは容易に想像できるであろう。しかるに、既に見たように、大学職員に対して十分な能力開発の機会が十分に与えられていないのが現在の状況である。(続く)