2012年3月10日土曜日

戦略的大学経営に資する職員の専門能力の開発(3)

前回に引き続き、「大学経営の専門職養成」(大場淳)をご紹介します。


第2節 大学経営の専門職養成に向けて

1 自ら行うべき人材の育成

第1節で、職員のキャリアに重点を置いた能力開発の重要性に言及し、大学においてもそのための制度整備が重要となることを述べた。とは言え、これをもって、各大学がすぐにでもCDPを導入し、キャリア・カウンセリングを始めるべきなどと主張するつもりは毛頭無い。どの大学でも、人事制度はそれなりの合理性をもって構築され、多かれ少なかれ定着しているものであり、その中で評価制度を軸として採用、異動・昇進、報酬、能力開発等についての管理が複雑に絡み合っていて、その一部を変えたからといってすぐに良くなるものではないからである。

成果主義や目標管理などといった新しい制度の導入については、既に多くの大学で試みられ、その結果については、私立大学の専門誌や教育関係の雑誌等でも報告されている。そうした制度導入を支援するコンサルタント会社もある。しかし、制度の対象は人であるから、すぐに動く性質のものではない。長期的な視野に立って、人を育てる観点から制度設計を行わなければならないことは言うまでもない。

また、それぞれの大学は、固有の歴史や文化、理念、目的、それを実現するための組織構造等を持つものであり、同じではない。このことは、国によって共通に管理されてきた国立大学でも同様である。したがって、自己の大学のことを知らなければ、人事にしろ組織にしろ制度改革は覚束ない。他大学の事例を参考にするにしても、コンサルタント会社を利用するにしても、最後は自ら意思決定をしなければならない。そのためには、自己の大学やそれが置かれた環境を十分に把握し、その長所や短所に精通し、その上で意思決定のための助言を適切にできる職員が学内にいることが不可欠である。これまで、コンサルタント会社にいわば丸投げして失敗した例は、大学に限らず枚挙に暇がない。賃金の成果主義を導入して職員のモラルが低くなった例を良く目にするが、その典型的な例であろう。

国立大学では、法人化後に多数の民間企業出身者を採用した。この中には、財務の専門家として銀行から採用された者や、公営企業の民営化を進めた者としてJR各社から採用された者などが含まれている。また、役員に就任した者や経営評議会の委員となった者を加えれば、民間企業出身者は相当な数に登る。このことは、平成13年6月11日の経済財政諮問会議に文部科学省から提出された「大学(国立大学)の構造改革の方針」において、「国立大学に民間的発想の経営手法を導入」し、「新しい「国立大学法人」に早期移行」することが謳われたことに鑑みれば当然のことであり、経営手法の改革には即効性のある手段と考えられる。

しかしながら、このような形での人材登用は、短期的な成果を得るための「カンフル剤」にはなり得るが、大学が持ち合わせている複雑性に鑑みれば、永続させるべき性格のものではない。金子(2004)は、企業経営の視点は、「組織のスリム化、効率化をはかるという点で重要な役割を果たす」としつつも、大学経営の本質的・長期的な課題については、「企業経営の経験が直接に解決策を与えるとは考えにくい」と述べ、その理由として、大学が「広範な専門分野での教育と研究そして社会サービスと、きわめて多様な活動を内在させている」ことを挙げている。大学経営に専門的な人材が求められる所以であり、そうした人材は、各大学が自ら育てなければならない。すなわち、自ら人を育てない組織は、長らえることができないからである。永続する卓越した企業を研究したコリンズ&ポラス(1995)は、「ビジョナリー・カンパニーは比較企業より遙かに、社内の人材を育成し、昇進させ、経営者としての資質を持った人材を注意深く選択している。後継者の育成を、基本理念を維持する努力の柱にしている」とし、「カギになるのは、健全な変化と前進をもたらしながら、基本理念を維持するきわめて有能な生え抜きの人材を育成し、昇進させることなのだ」と述べている。(続く)