◇
危機を好機として経営管理を根付かせ進化させる
欧州債務危機、未曽有の円高や資源価格の高騰、未だ道筋の見えない財政・社会保障改革など、国内外の経済情勢は混迷の度を深めている。我が国の名目国内総生産は過去20年近く停滞したままであり、2011年の貿易収支も31年ぶりの赤字となった。
大学を取り巻く環境が予想を上回るスピードで厳しさを増す中、それぞれの大学は危機感をバネに改革を加速させる必要があるが、その動きは総じて緩慢といわざるを得ない。最大の原因は、当事者意識をもって変革をやり抜く強い意志や一体感の希薄さにあると考えられる。
大学には、経営と教学の関係、執行部と学部の関係、教員と職員の関係など、特有の構造がある。その結果、改革が進まない原因をこれらの構造に求めたり、それぞれの立場でやるべきことを徹底せずに、他を批判したりといった傾向に陥り易い。
大学の本質を考えると知の共同体としての枠組みはこれからも重視されるべきだが、強固な経営組織による支援なしにそれを維持することはできない。大学に特有の構造を一旦脇に置いて、大学を、理事長または学長をCEOとし、職員を主たる構成員とする経営組織と捉えた場合、その構造や性質は企業などと大きく違わないものになる。そう考えることで、危機を乗り越えた企業の事例に学ぶこともできるし、特有の構造を言い訳に変革を遅らせることも許されなくなる。
企業はどのようにして危機を乗り越えるのだろうか。経験的には、トップの決意や方針が明確であること、それが具体的施策に落とし込まれていること、構成員がそれぞれの立場で何をすべきかが分かっていること、成果が見えることが活動の持続・発展に繋がっていること、などが重要な要素になると考えている。
これらの事柄は、危機に直面したからといって直ちに実現できるものではない。経営組織を組織として機能させるための考え方や方法論が必要になる。それが本稿でとりあげる経営管理である。
大学において処理すべき業務は足元で着実に増加し、その難度も高まる傾向にある。何ら手を打たなければ、これらの業務をこなすだけで力を消耗し、危機を乗り越える術も活力も持たないまま淘汰されてしまう可能性すらある。
個々の大学に相応しい経営管理を確立することで、構成員に強い当事者意識が生まれ、より一体となった取り組みも可能となる。危機を、経営管理を根付かせ、それを進化させる好機と捉えるべきではなかろうか。
トップ・ミドル・ロワーの3層全ての機能を点検
経営管理というと上位者が下位者を管理するイメージが拭えないが、管理する側と管理される側、命令する側と命令を受ける側といった関係だけでは組織は機能しないし、活力も保てない。
トップ、ミドル、ロワーという3つの層が、それぞれの役割を正しく理解し、必要な知識・能力を身につけ、各層間で活発に情報のやりとりをし、意思疎通することで、組織の活性を維持・向上させることができる。トップダウンかボトムアップかが問われることがあるが、両方が必要なことは明らかである。また、野中郁次郎一橋大学名誉教授の言うミドルアップダウンも重要な要素である。ミドルが起点となってトップに提案したり、トップの方針をロワーに伝えて、第一線の実務を動かしたりするスタイルは日本的経営の強みと言われてきた。
なお、ロワーという用語には違和感もあるが、経営を論じる際に比較的よく使われていることから、管理職層ではない一般社員・職員層を指すものとして用いることにした。
組織が上手く機能し、高いパフォーマンスを上げている企業は、前述の通り、トップ、ミドル、ロワーがそれぞれの役割を果たすと同時に、各層間の活発なやりとりを含めて組織全体が一つの方向に力強く進んでいくイメージがある。危機に直面した企業が変革を成し遂げるためには、これらの要素は不可欠である。
このような観点で大学の経営組織を点検してみる必要がある。理事長や学長は、部課長層や一般職員層の意識や能力に不満を感じ、それを口に出していないだろうか。部課長層は一般職員層が期待したアウトプットを出さないことに苛立ちを感じていないだろうか。一般職員層は理事長・学長の方針の不明確さや部課長層の保守的な姿勢に不満や失望を感じていないだろうか。
改革の不首尾の原因を、教学との関係や教員の意識だけでなく、同じ経営組織内における他の職層や他部門の者に求める傾向が強い場合は、組織体質そのものに根本的かつ構造的な問題があるといわざるを得ない。
以下、トップ、ミドル、ロワーの順に、大学の経営組織において、何が本質的な課題となるかについて考えていきたい。
トップ-人を活かすためのリーダーシップ
大学経営を担う人材の育成が急務であることは様々な場で指摘されているが、経営管理という観点からみて、CEOとしての理事長や学長に不足しているものがあるとすれば何であろうか。
経営管理の定義は「人をして物事をなさしめること」と言われているが、人を活かし、その能力を組織目的の実現に結びつけること、その点に最大の課題があると考えている。
高い学識を有する教員出身者や創設の理念の継承者など、大学を率いるに相応しいリーダーも、人に使われたり人を使ったりする苦労を重ねながら、マネジメントの階層をあがるという経験は少ないのではなかろうか。企業出身者をトップに据える例も見られるが、大学の特質への理解を含めて常に適材が得られるとは限らない。
権力や権威だけでも人を動かすことはできる。ただ、それだけでは、最低限の仕事や指示した事柄は行っても、トップの注意や関心が及ばないところでは何も進まなかったり、問題が発生しても放置されたりという状況に陥りやすい。リーダーに対する信頼や尊敬の度合い、役割の与え方や職務の内容などによって、人の動き方は変わってくる。また、近年では、部下の職務目標の達成を支援したり、部下に参画意識を持たせたりといったスタイルも、リーダーシップの在り方として重視され始めている。
これらのことを考える契機とする意味でも、リーダーシップや動機づけなど経営管理の基本を学ぶことは有益である。大学トップを対象としたセミナーでは、高等教育を取り巻く情勢や時々のホットイシューが中心になりがちだが、経営管理の要点を体系的に理解したり、人を活かすことで危機を乗り越えてきた経営者の話を聴いたりすることで、あらためて気づくことがあるはずである。
また、日常的な業務執行を常務理事等に委ね、実務を統括させるといったやり方もあるが、その場合は、現場の実情を的確に把握する力を有し、部課長層や一般職員層の信頼を得ることのできる人材であるかどうかを見極める必要がある。トップに気に入られている人だ
からといった冷ややかな見方が広がれば、組織の活力や一体感は保たれない。
部課長や一般職員層との直接対話は、トップの考えを伝え、現場の意識や実情を理解し、相互信頼を確かなものとするためにも有効である。職員数だけで考えれば、大半の大学は決して大規模な経営組織ではない。第一線の職員との距離を縮め、対話の機会を頻繁にもつことで、組織の動きも変わってくる。
以上述べたような事柄をトップは絶えず意識しておく必要がある。トップに対する規律づけのメカニズムをどう構築するかはガバナンスの問題だが、究極的には自らが厳しく自身を律するしかない。自身を客観化しつつ、内省を繰り返す中で、リーダーとしての自己を成長させていく、それによって経営組織も進化していくはずである。(続く)