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5月, 2009の投稿を表示しています

運営費交付金の行方

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いよいよ平成22年度予算編成のスタートの幕が切って落とされました。 次年度予算をどう考えるかについては、例年のことながら、この時期、財務大臣の私的諮問機関である財政制度等審議会における議論から始まります。とはいっても、最終的には、財務省による財務省のための偏った考え方の建議を作ることになってしまうのですが・・・。 大学関係予算については、去る5月15日(金曜日)開催の財政制度等審議会財政制度分科会財政構造改革部会で議論されています。会議の内容については、以下の資料(一部)、議事要旨、部会長会見の模様をご覧ください。 ○ 資料2 文教・科学技術関係資料(平成21年5月15日財務省主計局) ○ 議事要旨 ○ 部会長会見の模様 ◇ また、新聞は会議の内容について次のように報じています。 大学への予算配分に成果主義 財務省、研究実績など重視(2009年5月15日付朝日新聞) 財務省は、大学への予算配分の際、学生や教員数などの「規模優先」を改め、学生の学力向上や研究業績などの結果を重視する方向で検討に入った。学生の学力低下や定員割れ大学の急増への危機感から、成果主義の拡大を図る。大学の統廃合などの再編や定員の削減も求める方針だ。 財務相の諮問機関の財政制度等審議会(西室泰三会長)に15日報告した。財政審も基本的に同意し、予算編成の方向を示す「建議」に盛り込まれる見通しだ。 財務省によると、08年度は全国の私立大学の47%で定員割れが起きた。少子化の影響で、98年の8%、03年度の28%から急増している。 また国公立大学を含め、推薦やAO入試が増えたこともあり、大学生の学力低下が指摘されている。35大学で調査したところ、国立大の6%、私立大の20%の学生の英語、国語、数学の基礎学力が中学生レベル以下だったという。 財務省は今後、文部科学省や各大学に、入試のあり方の見直しのほか、大学数や入学定員を少子化に見合う規模に縮小するよう求める。また、大学や学部、研究ごとに厳格な目標を設定し、成果に応じた予算配分を目指す。「基礎的運営費」などすべての大学に交付してきた予算は比率を下げる考えだ。 http://www.asahi.com/national/update/0515/TKY200905150311.html ◇ 今後...

国立大学法人の事務・事業の改廃に関する勧告

国立大学では、現在、平成22年度から始まる第2期中期目標・中期計画策定の山場を迎えていること、各大学は、この中期目標・中期計画の策定に当たって、国立大学法人評価委員会が取りまとめた「 国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点 」への対応が求められていることについては、既にこの日記でもご紹介しました。 これは、国立大学法人法の定めにより、文部科学大臣が国立大学法人の中期目標期間終了時に、組織及び業務全般の見直しを行うことになっていることによるものですが、一方、総務省に置かれた政策評価・独立行政法人評価委員会においても、国立大学法人の中期目標期間の終了時に、国立大学法人の主要な事務及び事業の改廃に関し、文部科学大臣に勧告することができるようになっています。 去る5月21日(木曜日)、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会は、「 国立大学法人及び大学共同利用機関法人の主要な事務及び事業の改廃に関する勧告の方向性 」を取りまとめ公表しました。概要及び本文は以下のとおりです。 (概要) http://www.soumu.go.jp/main_content/000022596.pdf (本文) http://www.soumu.go.jp/main_content/000022597.pdf 上記概要によれば、これは、総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会が、文部科学大臣が見直しの検討を行うに当たり、国立大学法人等の主要な事務・事業の改廃について、「勧告の方向性」という形で指摘事項を取りまとめ、文部科学大臣に通知するもので、国立大学法人法や同法の附帯決議の趣旨を踏まえつつ、文部科学大臣の見直し案では十分ではないと考えられる主に以下の事項について指摘しています。 1 国立大学法人の理念・目標の明確化 多様なニーズに応えた個性・特色のある教育研究を展開し、機能別分化を進めることが求められている状況を踏まえ、中期目標・中期計画における各法人の理念や目標の一層の明確化、具体的な取組内容の明確化 2 運営費交付金の配分 第三者評価に基づく競争原理を導入するとの基本理念に沿って、各法人の教育研究面での成果や実績が適切に反映され、重点的な配分ができるような運営費交付金の配分の仕組みの構築。各法人の個性に応じた意欲的な取組を支援するための経費に...

道標(みちしるべ)

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私はこの言葉がなぜかとても好きです。意味はないのですが好きです。 命の大切さを伝えるために、福山雅治さんが作られた歌 -道標- もう皆さんご存知かもしれませんが、是非一度聴いてください。

人生を意義深いものにする

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自分に正直に生き、自分の才能を他の人たちのために役立てることができるということは、誰しもがかくありたいと願う理想なのかもしれません。しかし、その願いを持ち続けることこそが、自分の人生を豊かにし、幸福感を増すことに繋がっていくことでしょう。 今回は久々にいい話をお届けします。人間の生き方として尊敬し、その心を学びたいと思います。 「一粒の種」をまく(2009年5月19日付朝日新聞夕刊) 沖縄・宮古島出身の歌手・砂川恵理歌さん(31)は3年前まで、那覇市内の高齢者施設で働く介護職員だった。 幼いころから歌手になるのか夢。お年寄りのベッドのそばで子守歌のように、リハビリで歩く隣でリズムをとるように歌って喜ばれた。29歳でプロを目指しオーディションに臨んだのも、地元ののど自慢大会で優勝したことを喜んでくれるみんなの笑顔に押されたからだ。 「死」という別れも日常だった。昼間は元気だった人が急変することも。「命に向き合う毎日でした」という。 4枚目のCDに入る曲「一粒の種」を歌うたび、同じ思いがこみ上げる。詞は、5年前にがんで亡くなった46歳の男性の言葉をもとに作られている。 「ちっちゃくていいから 私もう一度一粒の種になるよ」「生きててよかったよ あなたのそばでよかったよ」 男性が入院していた神奈川県の病院の看護師が、亡くなる3日前に聞いて詩にした。深く悲しむ男性の両親のため歌にして欲しいと、看護師が同じ宮古島出身の歌手に依頼。そして歌は同郷の砂川さんに引き継がれた。 CD発売の2月から、砂川さんは「命」を歌う会を学校や病院などで開いてきた。花の種も配る。スマイル・シード(種)・プロジェクトと呼ぶ。「いろんな人の思いがリレーされてこの歌がある。全国に種をまきたい。根付いてほしい」。売上金の一部はホスピスケアを考えるNPOに寄付される。 一粒の種(砂川恵理歌) 2004年、小さなメールマガジンに投稿されたポエム「一粒の種」。読んだ者の心を動かし、歌になり、メディアでも取り上げられ、5年を経てここにようやくCD化される。そのポエムは、がんでこの世を去った男性の最期の言葉を看護師がまとめたもの。「一粒でいい。人間の種になって生きたい」。その言葉を預かり、種を蒔こうと誓った看護師の思いで、この...

附属学校の存在意義

今、国立大学の附属学校が揺れています。 国立大学(正確には、教員養成系の国立大学・学部)には、「附属する大学・学部における児童・生徒・幼児の教育・保育に関する研究に協力すること、当該大学・学部の学生の教育実習に当たること」を主な任務として附属学校(幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校等)が設置されています。現在その数は、全国で262校あり、約99,000人の児童生徒等が在学しています。 現在、国立大学では、平成22年度から始まる第2期中期目標・中期計画策定の山場を迎えています。この日記でも既にご紹介しましたが、各大学は、この中期目標・中期計画の策定に当たって、国立大学法人評価委員会が取りまとめた「 国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点 」への対応が求められています。 このうち、附属学校に関しては 「附属学校は、学部・研究科等における教育に関する研究に組織的に協力することや、教育実習の実施への協力を行う等を通じて、附属学校の本来の設置趣旨に基づいた活動を推進することにより、その存在意義を明確にしてくことが必要ではないか」 とされているところです。 さらに、各大学が検討を行っている第2期中期目標・中期計画のあり方に関し、附属学校についての検討に資する方向性を提示するという視点から、文部科学省の下に設置された有識者会議により、 1)附属学校の設置趣旨に基づく本来の役割、及び2)附属学校の新たな活用方策  についての検討結果が取りまとめられ、去る3月26日付で文部科学省から関係大学宛通知されました。今後大学は、極めて短時間の間に、これまでの附属学校の課題について検証し、より 一層の存在意義の明確化と活用方策について検討し、中期目標・中期計画に反映 させなければなりません。 思えば、これまで国立大学の附属学校の運営は、所属する大学の意思というよりは、附属学校の同窓会組織の意図に大きく左右されてきた感が否めません。大学は附属学校をほとんど把握してきませんでしたし、附属学校の業務運営に大学の意思を反映してきませんでした。その努力を怠ってきたことは否めない事実だろうと思います。 現在の附属学校の中には、次代の教育課程を生み出すための研究を行うことが存在意義の一つであるにもかかわらず、公立学校がやっているような学習指導要領の後追いをやっ...

大学評価の功罪やいかに

国立大学では現在、来年4月から始まる第2期中期目標・中期計画の策定作業に余念がありません。多くの大学では、この時期、原案作成と意見収集が概ね終了し、今後6月末の文部科学省への提出期限までの残された短時間に、いつもながらの屋上屋を重ねる意志決定プロセスに無駄な時間と労力を費消することになるものと思われます(少々嫌味発言でした。)。 次期目標・計画の策定に当たっては、各大学とも随分早い時期から準備が進められてきました。文部科学省から示された様式や策定上の留意事項、最近の主要な答申や国策、各大学の基本理念や中・長期目標などを踏まえた上で鋭意検討が続けられてきたのではないかと思います。幸い第1期に比べればボリューム的に随分スリム化されたことにより、記載すべき内容も各大学の特色や機能別分化を強調する内容に厳選されることになりました。 さて、目標・計画作成上の重要なポイントの一つが、第1期中の達成度の検証ではないでしょうか。各大学が自ら設定した公約が第1期において適切に達成されているか、残された課題は何か、次期ではそれをどのように位置付け、どのように解決していくのかなどについて十分吟味した上で、新たな目標設定を行い具体的な行動計画を明確にする必要があります。 また、PDCAサイクルを中心としたマネジメントを行っていく中で重要なことの一つに、改善を行うべき根拠となる「評価の適正化」が挙げられるのではないかと思います。先般、法人化後初めての中期目標期間中(厳密には平成16~19年度)の評価が行われ、 結果が公表された ところですが、各大学ともこの初めての試みに当初はややナーバスになっていましたが、蓋を開けてみると、大学の存続に関わるような厳しい内容もほとんど見受けられず、安堵した大学も少なくなかったのではないでしょうか。 法人評価は相対評価ではなく、各大学が設定した目標・計画に対する達成度評価であり、我が国で初めての国立大学を対象とした評価としては概ね及第ではなかったかと個人的には楽観的に考えているところです。 しかし、評価の仕組みや評価結果の活用に関しては、様々な見方があるようです。 まずは、最近、 国立大学協会が全国の国立大学を対象に行ったアンケート調査 では、「年度評価及び中期目標期間評価の実施において良かった点」としては以下のようなコメントが寄せられ...

教授会は適正に機能しているか

国立大学が法人化され6年目(第1期中期目標期間の最終年度)を迎えています。 来年度からは、いよいよ第2期の中期目標期間に入ります。 この6年間、各国立大学は、法人化という大きな制度改革による混乱を収拾しつつ、教職員の意識をはじめ根深く残る国家直轄の硬直化した体質からの脱却を図るべく様々な改革を進めてきました。 護送船団方式による大学運営、特色なき金太郎飴大学の乱立と揶揄された6年前と今日の大学を比較してみれば、期待されたスピード感はなかったものの、法人化の趣旨に照らしてみれば、明らかに格段の成長を認めることができるのではないでしょうか。 ただ、責任ある迅速かつ効率的な意志決定システムの構築などいくつかの点については、残念ながら民間企業をはじめ社会一般の感覚からはまだまだ甘受できる状況にはなく、第1期6年間の行動をつぶさに検証し、その上に立脚した第2期の目標・計画を策定している今こそ真摯な対応をしなければ、益々国立大学の存在意義は薄れ不明確となり、国民による信頼を失うことになるでしょう。 今、国立大学は、国の時代の遺産とも言える学部自治をどのように活かし、どのように変えていかなければならないのか真剣に考えなければもはや手遅れになる節目にきています。 本来であれば、6年前の法人制度導入時に教授会のあるべき姿を求め、大学を”運営”から”経営”に移行しておかなければならなかったわけですが、現在の国立大学は、表面的には文部科学省や国立大学法人評価委員会が理想とする状態に近づきつつあるかのように見えるものの、未だ内情は国の時代、もっと言えば50~60年代の民主思想が抵抗勢力となって効率的・効果的な大学経営を阻んでいる実態が一部あることも否定できません。 聞くところによれば、役員会、経営協議会、教育研究評議会を開き審議意決定は行うが、実は、これら法律に定めのある会議(法定会議)に優先する形で、意思決定プロセスの最終審議機関として教授会を位置づけ、法定会議においては、「教授会で特に意見がなかったら当該会議の決定とする」などといった法律の趣旨を全く無視した本末転倒の意思決定を行っているお粗末な大学も残念ながら未だに存在するようです。おそらくこのような大学は、法定会議の議事概要などをいつまでたっても社会に対し公開できないでいるのです。 さて今回は、久々に、学...

かけがえのない子どもたち

昨日は、5月5日の端午の節句でした。多くの方はこの特別な日を子どもや家族とともに楽しく過ごされたのではないかと思います。 我が家では恒例により子ども達と菖蒲湯を楽しみました。端午の節句に菖蒲湯に入るという古くからのしきたりの由来は諸説あるようですが、ある説によれば、菖蒲は、古代中国より厄除け効果があるとされ、日本でも奈良時代、平安時代の宮廷において、端午の日には菖蒲を軒に飾り付けたりなどの習慣があったこと、また、端午の節句に菖蒲湯に入る習慣が広まったのは江戸時代からのようです。「ショウブ」は、勝負とか尚武と同音であり、菖蒲の葉の形が剣に似ていることから男の子が武士らしくたくましく育つようにとの願いが込められているそうです。 さて、この日記では、筆者が大学に勤務する者であることから、これまで主に高等教育に関する記事をご紹介していますが、教育的諸課題が益々多様化・複雑化する今日では、高等教育に至る家庭教育、社会教育、初等中等教育等の課題を見過ごすことはできません。将来を担うかけがえのない子ども達の健全な成長は、一貫した責任のある教育体制の下でこそ確実なものとなるでしょうし、そういう意味で、私達大人は、目先の課題解決のみに視点を置くのではなく、子ども達の将来にわたる希望と夢のある道標を示していかなければなりません。 そのために私達大人は、日頃から自分(あるいは自分の家族)のことだけではなく、この世に生きる子ども達のために何ができるのか、何をなすべきなのかを真摯に考え行動していくことが大切なのではないでしょうか。 こどもの日という特別な日を迎えるに当たって、各新聞もいろんな角度から見解を述べています。以下に一端をご紹介します(消去される可能性があるため全文掲載します)。かけがえのない子どもたちの将来を一時の間考えてみませんか。 こどもの日に-世代間負担を見直そう(朝日新聞 社説) お父さん、お母さん。おじいちゃん、おばあちゃん。今日は私たち、子どもの話を聞いてください。 最近の新聞では、すごく大きな額のお金をよく目にします。「経済危機対策のために予算規模が100兆円を超える」とか、「政府と自治体の債務残高が800兆円になる」とか。 これは、国が借金だらけになることだと聞きました。よくわからないけれど、このお金は将来、私たちや弟、妹たちが払うことに...