前回に引き続き、「大学経営の専門職養成」(大場淳)をご紹介します。
2 大学経営の専門職養成へ向けての課題
最後に、大学経営の専門職養成に向けて重要課題と思われる、大学職員のキャリア開発、専門職団体、大学院教育についての私見を述べることとしたい。
(1)キャリア開発
キャリア開発支援やそのための環境整備については、各大学が、それぞれの組織目標等に従って、将来を見据えて人材育成のために制度整備を図らなければならない。しかし、一つの大学ができ得ることには限りがある。最も大きな障害となるものの一つが、それぞれの職員のキャリアに対応できるポスト数には限界があることであろう。学生市場の拡大が見込まれるときには、組織の拡大によってポストを創設することが可能であるが、今の大学にとってその見込みは極めて小さい。大きな企業が社内公募制を設けて疑似労働市場を組織内に作る例が見られるが、教員が多数を占めつつある大学内の職場は限られており、もとより小さな大学では望むべくもない。
根本的には、大学職員の流動性が高まり、その労働市場が成長していくのを期待するしかないが、特定のポストからでも大学内外に対して公募して、意欲のある人材を確保することは有効であると考えられる。長らく国家公務員で占められていた国立大学の事務職員職は、法人化によって国家公務員以外からの採用も可能となったが、愛媛大学は、法人化に先んずる平成15年11月、国立大学の事務幹部職員としては初めて就職課長を公募することとした(平成15年11月14日付中国新聞)。このような方策が今後広がっていくとともに、採用された後も、新たなキャリアが追求できるようになることが期待される。これまでも、私立大学で民間等での専門性を生かして大学職員として採用された者はいたが、採用後は他の大学職員と同様の人事に組み込まれてしまう例が少なからず見受けられるからである。
また、こうした公募による採用を支援するため、例えば、国立大学協会の広報誌やホームページを活用するなどして、全国の国立大学職員が公募しやすくなる条件を整備していくことが考えられる。米国の高等教育新聞(Chronicle of Higher Education)が、そのホームページと併せて、人材募集の重要な媒体となっていることが参考となろう。
他方、文部科学省が国立大学法人化まで一括管理していた国立大学事務局幹部職員の交流人事については、法人化以前のように一方的に国が職員を送り込むことは無くなったが、依然として行われている。当該人事については、法人化前から国立大学職員の意欲を低下させるなどといった批判があったが、法人化後はそれを公然と批判する声が各所から聞かれるようになった。かかる人事は暫定措置と言われるが、各大学も必要な人材育成に取りな課題となろう。現在、公務員制度の改革が進められているので、それとの関係で対応が図られるものと思われるが、個々人の自らの発意によるキャリア形成が重要になるとの考えに立てば、国立大学の事務幹部職員ポストは原則として全て公募とし、全国から応募を受けて採用するのが望ましい。そして、各人の就業能力(エンプロイアビリティ)を高めるため、キャリア開発への支援の充実が求められる。
また、法人化以前は職員は原則として国家公務員試験合格者からしか採用できなかったことから、産学連携や情報処理等各種専門的な業務に従事している者で教員として採用された者が各国立大学で見受けられる。当該業務の中には、私立大学の多くで教員外職員によって担われている場合が少なくないものがある。これらの者については、職務内容を見ながら、教員とすべきか、職員とすべきか、あるいは別の身分とするのか、職員全体のキャリアの展開を見据えて再検討することが望まれる。検討の結果、外部から採用するよりも、内部から育成していく方が望ましいと思われるポストが出てくるのではないだろうか。
(2)専門職団体の育成
大学職員がそれぞれの専門性を高めるに際して、同じ専門性を持つ者あるいは持とうとする者が情報を交換し、共に専門性について学び、能力開発を進めていくための専門職団体が不可欠である。米国の例を見ても、学内での研修活動は、一般に、大学の歴史や創立の理念の普及活動を除けば、管理職としての能力(紛争解決や人事考課の手法)やコンピュータ技能、語学といった一般的な能力開発活動が中心である(大場, 2004)。専門的な知識・技能は、各職員の自発的な努力に基づいて、主として専門職団体を通して得ている。それに対して、支援(例えば、研究会への参加費用の負担)を行っている大学も少なくない。
我が国においては、大学職員の専門職団体として機能している団体は大学行政管理学会等限られているが、専門職団体は同じ専門性の持つ者の交流を深め、人材発見の場ともなることから、その発展は大学職員の労働市場の発達にも寄与することと思われる。また、米国や英国の専門職団体は、専門職能開発等だけでなく、大学院と連携をとって専門職教育の改善を図ったり(後述)、政府の政策形成にも寄与している。他方、社会のあらゆる組織ががネットワーク化15していく中で、組織と組織を繋ぐ機能を専門職団体は有していくことが期待される。今後、日本においても専門職団体の量的拡大と、その機能の向上が期待される。
(3)大学院教育
米国で多く見られる高等教育分野の大学院は、日本においても広島大学や筑波大学、名古屋大学などで開設されており、大学職員も受け入れている。また、平成13年度には主として大学職員の能力開発のために桜美林大学に大学アドミニストレーション専攻が設置され、また、平成17 年度からは東京大学に大学経営・政策コースが開設されることとなっている。
しかし、MBA等資格と結び付いていない専門職養成のための大学院の多くは、学位修得が昇進に結び付かないなど、その修了者の評価の点において苦戦しており、高等教育領域が昇進に結び付かないなど、その修了者の評価の点において苦戦しており、高等教育領域の大学院も例外ではない。これは、日本型の伝統的な人事の中で大学院教育が位置付けられていないことや、大学院で得られた知識がすぐに職務に役立つといったものではないことが主たる原因と思われる。実際、福留(宮村)の調査結果を見ても、大学人事担当者が職員に必要な能力として多く挙げたのは、「情報を収集する力」、「幅広い視野から職務を見通すことのできる力」、「特定の専門的な知識」、「情報を分析する力」、「問題点を見つけて解決方法を見出す力」といった一般的な能力であって、大学院教育の中で育
成することは不可能ではないものの、必ずしも大学院でなければ得られないという性質のものではない。
高等教育分野の大学院教育が、職場としての大学から求められるようになるには、各大学事務組織等の需要を把握しつつ、必要な能力開発のためのプログラムを提供することが重要である。また、今後発展していくと思われる専門職団体と連携しながら、その会員の能力開発への意欲へ応えていくことも考えられる。米国では、学生関係の諸団体によるコンソーシアム組織である高等教育規準推進評議会(Council for the Advancement of Standards in Higher Education : CAS)が、学生担当職員養成のための大学院に関する指針(Preparation Standards and Guidelines at the Master’s Degree Level for Student Affairs Professionals in Higher Education)を設けて、学位プログラムの質保証を図っている。また、英国では、事務管理職員の団体である大学行政職員協会(Association of University Administrators : AUA)が、開放大学と連携して課程学位プログラムを提供している。
高等教育分野の大学院教育は米国で先行したが、大学が新しい課題に直面しているのはほぼ世界共通であり、欧州やその他の地域でも広がっている。例えば、中国では、2002年、オーストラリアの大学と連携して、教育リーダーシップの修士プログラムが杭州師範大学に開設された。また、フランスのように国(国民教育省)が専門の学校(国民教育高等学院(ESEN))を設置している国もある。日本における大学院教育の普及は今後であるが、大学の幹部職員や専門職員のポストが公募されるようになれば、その準備課程として高等教育分野の大学院教育が活用されることは十分に考えられ、その有効性や課題も明白となっていくだろう。
3 おわりに
本研究の結論の一つは、自立性の高い組織の中で、専門性を有する職員、すなわち専門職がこれからの大学経営の中核となっていく、そして、個々の職員のキャリアを重視した能力開発を進めなければならないということである。今後は、それに向けての具体的な行程表作りが課題となろう。専門職の在り方一つとっても、米国流に専門職団体を中心として職能別に細分化して能力開発が進められるような制度となるのか、英国のように大学職員としてのある程度の同一性を保ちつつ専門化していくのか、あるいは、全く別の道を歩むのか、そして、どのような制度が日本の大学に最も適しているのかなど、検討すべき点は数多い。今後の研究の発展を期することとしたい。(おわり)