数字では測れない大学の価値-地方小規模大学が支える社会の土台

少子化という逆らえない流れを前に、いま日本の大学教育が激しく揺れています。財務省が打ち出した「私立大学を最大3分の1にまで減らすべきだ」という試算は、一見すると合理的な資源の集中に見えるかもしれません。しかし、その冷徹な数字の裏側には、私たちの社会の土台を揺るがしかねない「見過ごせない危うさ」が潜んでいます。単なる市場の理屈では測れない、地方の小さな大学が持つ存在意義についてひも解きます。


一、 市場の理屈が招く「地方消滅」の引き金

財務省が削減のターゲットにしているのは、いわゆる「定員割れ」に苦しむ私立大学です。しかし、これらの多くは地方都市にあり、地域の暮らしを支える大切な基盤として役割を果たしています。

効率の良さだけを最優先してこれらの大学をなくしてしまえば、何が起きるでしょうか。残るのは大都市圏の有名大学ばかりとなり、若者が地方から流出することは避けられなくなります。さらに深刻なのは、地域社会が生きていくために欠かせない看護師や保育士、福祉の担い手といった専門人材の供給が止まってしまう点です。大学が消えることは、単に学校がなくなるだけでなく、地方の崩壊を直接進めてしまう引き金になりかねません。

二、 偏差値という物差しでは測れない「最後のとりで」

「基礎的な学習の教え直しを行っているような大学は必要ない」という批判は、あまりに表面的なデータだけに偏っていると言わざるを得ません。

高校までにその才能を十分に伸ばしきれなかった若者にとって、地方の小さな大学は社会へ出る前の「最後のとりで」となっています。大人数の講義では埋もれてしまう学生に対し、教職員がじっくりと向き合う。そこで初めて学ぶ喜びを知り、自立した人間へと見違えるような成長を遂げる若者は少なくありません。

彼らはやがて、地域を支えるかけがえのない人材となります。この「一人の人間を育てる」という教育の本質的な価値は、決して入学時の偏差値やブランド力だけで計れるものではありません。

三、 結びにかえて:これからの大学選びと社会の目線

生成AIの登場や予測のつかない国際情勢を見据えるとき、「有名大学の卒業証書さえあれば一生安心」という神話はすでに崩れています。

いま求められているのは、社会の側にある「知名度や偏差値にとらわれた考え方」からの脱却です。保護者や周囲の大人がいままでの物差しだけで大学の優劣を決めつければ、若者たちが自発的に学ぶ貴重な機会を奪うだけでなく、結果として国全体の多様性を損なうことになります。

数字の計算だけに惑わされることなく、「その大学が、一人の若者をいかに輝かせ、地域社会に送り出しているか」という目に見えない価値にまっすぐ目を向けること。それこそが、人口が減っていく時代を迎えた私たちが持たなければならない、大切な視点ではないでしょうか。


【出典】 「私立大を3分の1に」財務省主張の危うさ 地方小規模大学の価値を知ろう(朝日新聞EduA)
https://www.asahi.com/edua/article/16654800?p=1

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