そこで、今回は、気を引き締める意味で、吉武博通さん(筑波大学大学研究センター長)が書かれた論考「確かなアウトカムに繋げる改革実行力をどう示すか」(リクルートカレッジマネジネジ メント176/Sep.-Oct.2012)を抜粋してご紹介します。
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トップでなければできない本来の役割に徹する
そのために必要なマネジメント上の課題として最初に強調したい点は、トップでなければできない本来の役割に徹するということである。
本連載では、法人・大学のトップの基本的な役割を、①自校の社会における存在価値とそれをさらに高めるための方向性を学内外に明示すること、②教育研究の質の向上を促進するための環境の整備と経営基盤の強化、③組織の状態の把握と健全性の維持及び成果の確認とその公開、の3つであるとし、部局長にも学部・研究科のトップとして同様の役割が求められると述べてきた。(本誌155/Mar.-Apr.2009,54-57頁)
トップは絶えずそのことを意識しつつ、節目ごとに自らの仕事を振り返らなければならないし、トップを補佐する常務理事・副学長やスタッフとして支える教職員は、トップがその役割に集中できるような環境を整え、それを支援しなければならない。
会議、行事、来客、打ち合わせなどで慌ただしく日々を過ごすことで、その本来の役割が十分に果たせないことがあれば、将来に備えるべき貴重な時間を浪費していると言わざるを得ない。学生に考え抜く力を求める以上、トップやそれを支える人々も日々の予定をこなすことに汲々とすることなく、将来のために何をなすべきかについて考え抜き、それに基づいて効果的・効率的に組織を動かすことに集中すべきである。
情報を収集・整理・活用する力が競争力を左右
将来ビジョン構想のためには、自校の状況と外部環境を、データを用いて的確に把握し、関係者間で共有することが不可欠である。
自校の状況については、教学と経営に関する基本的な情報に加え、その特色や課題に関わる重点指標を、単年度や前年度対比にとどまらず、10年程度の時間軸で捉え、可視化しておく必要がある。とりわけ、学生と教員に関する情報は自校の教育や研究の水準を正確に知る上で極めて重要である。どのようなデータが存在し、新たにどのようなデータが必要か、何を重点指標とすべきかといった検討自体が戦略的な意味を持つことを十分に理解しておく必要がある。
外部環境に関しては、人口推計、経済・財政、雇用・家計・社会保障などの情報、学校基本調査、OECDなど国際機関のレポート、地域の経済・社会に関する情報、自校の学部・研究科に関わりの深い分野の情報などをフォローすることで、自校を取り巻く環境の変化を読み解くことができる。
これらの情報を丹念に見ていくと、大学を取り巻く外部環境が様々な面で深刻さを増しつつある状況を感じ取ることができるし、そのような中で社会的存在価値や持続可能性を高めるための道筋も見えてくる。
将来を睨んだ施策と短期決戦の施策を総合的に展開
これらの情報を活かしてビジョンを構想し、戦略や計画の形で実行方策と手順を明らかにしていくことになるが、将来の成果実現のために早い段階から手を打っておくべき施策と短期間で一定の成果を実現するため集中的に取り組む施策を明確に性格分けした上で、それらを総合的・計画的に推進する必要がある。
例えば、教員の教育・研究能力の引き上げや専門分野構成の大幅な変更などは短期間で実現できるものではない。10年先、20年先の姿を描きながら、教員人事やポスト配分の考え方・方法を足元から見直していかなければならない。
その一方で、今いる教員で、入学させた学生の目的意識や能力を高め、職場で活躍できる人材として社会に送り出していかなければならない。長期的にその水準を引き上げていくことも重要だが、常に成果が問われる短期決戦の課題でもある。
そのためには、個々の学生の意識・能力を把握し、意欲・能力のある学生を伸ばし、不十分な学生を引き上げるための効果的な施策を、大学と学部がそれぞれの責務を明確にした上で、教職協働で組織的かつ具体的に展開していく必要がある。
前頁で学生と教員に関する情報把握の重要性を指摘したのはこのためでもある。大学や学部の単位で所属全教員の棚卸しをし、学生の意欲・能力を高めるために誰に初年次教育を担当させ、誰にキャリア支援を担当させるかなど、個々の教員の資質・能力・経験に応じた役割賦与を行うことも重要である。学生の意識と能力を高め、何としても社会に送り出すという組織全体の強い意志が求められている。
国のレベルで示される方向性は理念的なものや最大公約数的なものにならざるを得ない面があるが、個々の大学には生身の学生と教職員がおり、置かれた状況も異なる。その現実の中で今日的な解を出しながら、将来のあるべき姿に向けて着実・継続的に改革・改善を積み重ねていかなければならない。
「仕組み」をつくることが成果を生み出す
最後に強調したいのは「仕組み」をつくることへの注力である。我が国の社会も組織も、変化する環境に既存の仕組みが適応できず、場当たり的に対処したり、個々人の奮闘に期待したりということが繰り返されているように思われる。
厳しい競争環境にあっても、効率性を追求しつつ、顧客に価値を提供する仕組みを構築した企業は高い業績をあげ続けている。
教員・職員の個々の意識や能力をどう高めるかも当然重要だが、質の維持・向上と効率性の追求を両立させるためには、教育、研究、学生支援、国際交流など教学のそれぞれの面で、さらには大学・学部の管理運営や法人の経営の様々な面で、自校にふさわしい仕組みを構築して定着させることが不可欠である。
具体的な内容や方法については別の機会に譲るが、大学の報告書などを見ると、学部・学科の新設、課題対応の質や会議体の編成など組織を設置したことを業績として掲げるものが多い。問われているのは成果である。そのためにも、個々の構成員の力を、組織を通して具体的な成果に繋げるための仕組みが必要である。
基礎学力の低下が指摘される中での志願者確保が卒業生の質の低下をもたらし、さらなる志願者減に繋がるという負のスパイラルを断ち切るためにも、繰り返しになるが、今いる学生の意識と能力の引き上げに全力で取り組む必要がある。同時並行して、将来ビジョンに向けた改革・改善も積み重ねていかなければならない。大学改革のために残された時間はあまりない。