人手不足倒産が過去最多に。なぜ賃上げしても利益が残らないのか
「人手不足で倒産」と聞くと、求人を出しても人が来ない会社を思い浮かべるかもしれません。ところが最近のデータを見ると、問題はそれだけではありません。
その一つが、次のような連鎖です。
賃金を上げる
価格に転嫁できない
続けられなくなる
少なくとも一部の企業では、人手不足が「採用の問題」から「稼ぐ力の問題」へ変わりつつあります。
今年度上半期、人手不足倒産は過去最多に
東京商工リサーチ(TSR)によると、2026年度上半期(4〜9月)の「人手不足」倒産は240件でした。前年同期の205件から17.0%増え、年度上半期としては調査開始以来の最多です。
内訳も重要です。TSRは「求人難」「従業員退職」「人件費高騰」の3つを人手不足倒産として集計しており、240件のうち130件(54.1%)が「人件費高騰」でした。前年同期より75.6%増えています。少なくとも「人件費高騰」を理由とする倒産が130件に上っており、人手不足が企業の人件費負担を通じて経営を圧迫するケースが増えていることがうかがえます。ただし、残りは求人難や従業員の退職が原因であり、すべてが「賃上げが原因の倒産」というわけではありません。
240件の内訳
「人件費高騰」は前年同期比75.6%増。残り110件は240件から130件を引いた数で、求人難・従業員退職の合計です。
帝国データバンク(TDB)の集計でも、2026年上半期(1〜6月)の人手不足倒産は227件(前年同期比12.4%増)で過去最多を更新しました。調査会社が違っても同じ方向の結果が出ており、少なくとも人手不足倒産の増加が一時的な現象だけではないことがうかがえます。
小さな会社ほど、一人の退職が経営を揺るがす
TSRの240件のうち、資本金1,000万円未満の会社が159件(66.2%)を占めます。229件(95.4%)は、再建ではなく「破産」でした。TDBの集計でも、人手不足倒産227件のうち、従業員10人未満の小規模企業が176件(約77.5%)を占めています。
倒産の「顔ぶれ」
1,000万円未満
(TSR)
10人未満
(TDB)
終了
(TSR)
TSRは240件、TDBは227件が母数です。
従業員5人の会社で1人辞めれば、働き手の2割が一度に失われます。小さな会社は大企業ほど高い給料を示せず、採用競争に巻き込まれやすい面もあります。売上が変わらないまま人件費だけが増えていくのが、この問題の難しいところです。
従業員5人の会社で1人辞めると…
働き手の20%が一度に失われる
「賃上げしたから倒産」ではない
賃上げそのものが会社を倒産させるわけではありません。問題は、増えたコストを売上と利益につなげられるかどうかです。
中小企業庁の2026年3月の調査では、価格転嫁率は54.2%でした。コスト別では、原材料費が55.7%、労務費が50.0%です。つまり、労務費については、コスト上昇分の半分程度しか価格に反映できていないことになります。価格に反映できない部分は、企業側が利益を削るなどして吸収することになります。これが積み重なれば、利益や手元資金を圧迫します。
価格転嫁率(2026年3月調査)
労務費では、上昇したコストの約半分が価格に反映されず、企業側の負担になっています。
なぜ、価格を上げられないのか
では、なぜ企業は人件費が上がっても価格を上げられないのでしょうか。理由は一つではありません。取引先との力関係、下請け構造、同業者との価格競争、消費者の値上げへの抵抗、そして自社の商品やサービスを他社と差別化できていないことなど、さまざまな要因があります。
つまり、「価格転嫁できない」という問題を、経営者の交渉力だけの問題として片づけることはできません。取引先との交渉力が弱い企業もあれば、そもそも「他社より高くても選ばれる商品・サービス」を作れていない企業もあります。前者には取引の適正化が必要です。後者には、商品・サービスそのものの見直しが必要になります。ここを区別しないと、「価格転嫁を進めましょう」という政策も、単なる掛け声で終わってしまいます。
本当に問われるのは「1人でどれだけ付加価値を生むか」
では、人手不足の時代に会社は何を目指せばよいのでしょうか。本当に重要なのは、「1人でいくら売るか」ではなく、「1人でどれだけ付加価値を生み出すか」です。
付加価値とは、ざっくり言えば、売上から外部に支払う材料費などを引いた、会社が新しく生み出した価値のことです。たとえば、10人で年間1億円を売り上げる会社でも、材料費などに9,000万円かかっていれば、生み出した付加価値は1,000万円です。一方、売上が5,000万円でも、外部から買う原材料などが1,000万円なら、付加価値は4,000万円になります。(いずれも説明のための仮の数字です。)
売上が大きい会社 vs 付加価値が大きい会社(仮の数字)
A社:売上1億円
B社:売上5,000万円
棒の長さは売上1億円を100%としたときの比率です。グレーが外部への支払、色つきが付加価値。売上はA社の半分でも、B社のほうが付加価値は4倍です。
人手不足の時代に重要なのは、売上の規模そのものより、限られた人数でどれだけ付加価値を生み出せるかです。付加価値は、賃金や設備投資、利益などを生み出す原資です。重要なのは、付加価値を高め、その中から適正な賃金を支払いながら、設備投資や次の成長に回せる利益も確保できる構造をつくることです。
そのためには、人を増やす前に「その仕事は本当に人がやる必要があるのか」を見直すことが大切です。紙への転記、二重入力、電話での確認、手作業の集計など、長年なんとなく続けてきた仕事は少なくありません。こうした業務を減らし、浮いた時間を価値の高い仕事に振り向ける。ITや機械の導入の意味は、単なる省人化ではなく、賃金を上げても利益が残る会社に変えることにあります。
「価格転嫁」と「生産性向上」は、別々の対策ではなくセットで進める必要があります。値上げだけでは価格競争力を失う可能性があり、生産性向上だけでは賃上げに必要な原資を十分に確保できない場合があるからです。
最低賃金の引き上げは、弱点を表に出す
2026年度の最低賃金は全国加重平均で1,177円と、前年度より56円上がります。これは目安制度が始まった1978年度以降で2番目の大きさです。(出典:厚生労働省)
最低賃金(全国加重平均)
目安制度が始まった1978年度以降で2番目の大きさ
最低賃金の引き上げは、働く人の生活を支えるために大切な政策です。ただ、最低賃金ぎりぎりの人だけでなく、その少し上の賃金の人も引き上げざるを得なくなるため、会社の人件費は全体に膨らみます。それでも価格を上げられなければ、「この事業は今の価格と人件費で成り立つのか」という根本の問題が表に出ます。最低賃金は倒産の「原因」というより、事業モデルの弱点を映し出す存在です。
この記事の核心:「人手不足倒産」は一つの問題ではない
ここまで見てきたように、「人手不足倒産」という一つの数字の中には、異なる経営問題が混在しています。ここでは、公表されている倒産事例や企業経営上の論点をもとに、問題を整理するための分析フレームとして、6つのタイプに分けて考えてみます。
| タイプ | 状況 | 対策の中心 |
|---|---|---|
| 採用難型 | 利益は出ているが、人が採れない | 賃金・職場環境・採用の改善 |
| 賃金吸収型 | 賃上げで利益が急速に減っている | 価格転嫁と生産性向上 |
| 低生産性型 | 仕事のやり方が非効率で人手がかかる | 省力化・IT化・業務の見直し |
| 価格決定力不足型 | コストが上がっても価格に反映できない | 取引の適正化・価格交渉力 |
| 人材流出型 | 賃金以外の理由で人が辞める | 職場環境・経営への信頼 |
| 構造的な退出型 | 人手不足は最後の引き金で、もともと採算が厳しい | 事業転換・承継・M&A・廃業 |
(これは考え方を整理するための枠組みであり、TSRの240件を実際にこの6つへ分類した統計的な結果ではありません。)
採用難型には人材確保が効きます。低生産性型には省力化が効きます。価格決定力不足型には取引の適正化が必要です。構造的な退出型には承継やM&Aが必要です。同じ「人手不足倒産」でも、必要な対策はまったく違います。だからこそ、「人手不足だから人を増やそう」という一律の対策では足りません。
この問題は、もはや「人手不足対策」という名前だけでは捉えきれなくなっています。国の政策も、人を確保し、少ない人数でも生産できるようにし、付加価値を高め、適正な価格を受け取り、賃金を上げても利益を残す、という方向に動いています。中小企業庁が2026年6月に公表した「稼ぐ力」強化戦略も、現状維持ではなく、事業の再構築・生産性向上・事業再編などに取り組む企業を支援するものです。価格転嫁の強化、省力化、M&Aや事業承継による再編、賃上げの促進などが柱になっています。
「会社を守る」と「事業を守る」は同じではない
もう一つ大切なのは、「会社を残すこと」と「事業を残すこと」は違う、という視点です。
採算が厳しく、後継者もいない会社に補助金を出し続けても、いずれ限界が来ます。一方で、その会社が持っている顧客、技術、設備、店舗、そして働く人には価値があるかもしれません。その場合、会社そのものを延命するのではなく、事業を他社に引き継ぐ、M&Aで統合する、経営者が交代する、といった方法があります。従業員が別の会社に移り、顧客や店舗も引き継がれるなら、地域にとってはその方が良い場合もあります。
つまり必要なのは、「倒産させない」という政策だけではありません。倒産する前に、価値のある事業を別の担い手へ移す仕組みです。
なお、外国人材などによって労働力を補うことも選択肢の一つです。ただし、労働力を確保することと、限られた人数でより大きな付加価値を生み出せる企業に変わることは、別の問題です。
私たち消費者にも関係する
飲食店、介護、運送、建設など、私たちが日常的に使うサービスの多くは、人が働くことで成り立っています。「値上げは嫌だ」と「賃金は上げてほしい」を同時に求め続けるのは、長い目で見れば難しくなります。もちろん、何でも値上げを受け入れればよいわけではなく、企業側にも生産性を高める努力が必要です。そのうえで、「適正な賃金を払うために、適正な価格を払う」という関係を社会全体でつくれるかどうかが、分かれ道になりそうです。
おわりに
人手不足倒産の増加は、単純に「働く人が足りなくなった」という話ではありません。これまで低い価格や薄い利益率で何とか成り立っていた事業の弱点が、人件費の上昇によって表に出てきた面もあります。人手不足は、倒産の原因であると同時に、会社の経営構造を映し出す「試験紙」になっています。
だからこそ、人手不足対策を「どうすれば人を集められるか」だけで考えるのでは不十分です。限られた人数でより大きな付加価値を生み、適正な価格を受け取り、その一部を賃金として還元しながら、それでも利益を残せる会社にどう変えていくか。そして、それが難しい事業については、事業転換や承継、M&Aなどによって、会社そのものではなく「残すべき事業」を次の担い手につないでいく。
人手不足の時代に問われているのは、「人を増やす方法」だけではありません。人が少なくても、きちんと人に賃金を払いながら成り立つ会社を、どう増やしていくか。そこまで踏み込んで初めて、人手不足問題の本当の解決に近づけるのではないでしょうか。
※本記事の数値は2026年10月6日時点で確認できた公開資料に基づきます。TSRの240件については、地域別・業種別の詳しい内訳が公表資料から確認できないため、分析していません。
参考情報
- 東京商工リサーチ「年度上半期の『人手不足』倒産 過去最多の240件」
- 帝国データバンク「倒産集計 2026年上半期報(1月〜6月)」
- 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」
- 厚生労働省「令和8年度 地域別最低賃金の答申状況」
- 経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」
- 中小企業庁「「労働供給制約社会における中堅・中小企業の『稼ぐ力』強化戦略」を公表します」(令和8年6月24日)

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