学校の「成功」は、卒業の先にあります。 ――学校法人が数字の向こうに見るべきもの
学校法人にとって、「成功」とは何でしょうか。
入学者が増えること、定員が埋まること、就職率が高いこと、収支が黒字であること。どれも大切です。ただ、私はこの問いを考えるたびに、数字では答えきれないものが残ると感じます。
ある記事が投げかけた問い
Forbes JAPANに、国際開発の分野を題材にした「進歩の政治学」という記事(以下、Forbes記事)が載っていました。配分された資金、完了したプロジェクト、研修を受けた人の数。開発の世界は数値化に長けてきたが、問うべきは「測っているか」ではなく「正しいものを測っているか」だ、という内容です。
Forbes記事は学校を扱ってはいません。けれども、読みながら学校のことばかり考えていました。そのまま当てはまる問いが多いからです。
「何をしたか」と「何が変わったか」
Forbes記事は、組織が提供したもの(アウトプット)と、実際に変わったもの(アウトカム)を区別するよう求めています。
学校に置き換えてみます。何人を受け入れたか、何時間授業をしたか、何件の進路指導をしたか。これらは学校が「何をしたか」です。一方、本当に知りたいのは「その人に何が変わったか」です。
ある学校が今年、500人を迎えたとします。立派な数字です。けれども、その500人が学ぶ力をつけたのか、望む進路に進めたのか、数年後に「ここで学んでよかった」と思えているのか。入学者数からは何も分かりません。
教育の成果は人の中に起きる変化で、多くの場合、卒業のあとに少し遅れて現れます。
測るものが、学校をつくります
Forbes記事は、測るものが意思決定や資源配分に影響すると指摘します。理事会が何を測るかは、組織の優先順位に影響します。そして、組織が最も重要なことではなく、最も証明しやすいことを選び始めるところに、リスクがあるとしています。
学校でも同じことが起こりえます。入学者数を目標にすれば、募集に人とお金が集まります。それは自然なことです。けれども、気づかないうちに「学生を育てるために学生を迎える」が「数字を満たすために学生を集める」に入れ替わることがあります。
こうした問題を考えるとき、よく引き合いに出されるのが「グッドハートの法則」です。もともとは経済政策に関する議論ですが、一般には「指標が目標になると、その指標は本来の意味を失いやすい」という趣旨で理解されています。
数字が悪いのではありません。問題は、測りやすいものが、いつの間にか「大切なもの」そのものになってしまうことです。入学者数が「学校の成功そのもの」に置き換わるのは、その一例でしょう。何を測るかを決めることは、その学校がどんな組織になるかを決めることでもあります。
大きくなることと、良くなること
学生が増え、校舎が広がり、収入が増える。これは成長です。しかし、一人ひとりに向き合う時間が減り、教育が薄くなったのなら、成功とは呼びにくいでしょう。逆に、規模は変わらなくても学生の力が確かに伸びているなら、その学校は成熟していると言えるかもしれません。
財務も同じです。文部科学省の検討会報告書は、学校法人が目的や建学の精神を実現し、それを保ち続けるには、安定した財務基盤が重要だと述べています。お金は目的ではなく、教育を続けるための条件です。ただし、条件を満たしたことと、目的を果たしたことは別です。
測ることをやめるのではなく、より良く測る
Forbes記事の結論は、測定を減らすことではなく、より良く測ることでした。学校でも同じです。「卒業後のことは測れない」と言ってしまえば、そこで思考が止まります。完全には測れなくても、確かめる方法はあります。
- 卒業生に、1年後、3年後に連絡を取り、進路と近況を聞く
- 「学校で身についたこと」「足りなかったこと」を、卒業生自身の言葉で集める
- 進学先や就職先の声を聞く
- 退学した人に、なぜ辞めたのかを尋ねる
数字にならない声も、記録して読み続ければ、学校の姿を映す鏡になります。
誰が「成功」を決めるのか
Forbes記事のタイトルは、「進歩の政治学:開発成功の姿を決める権限は誰にあるのか」。成功の姿を決めるのは誰か、という問いです。同記事は、どの立場の見方も間違いではない、と述べています。問題は、一つの視点が強くなりすぎて、他の進歩が見えなくなることです。
学校にも、いろいろな立場の人がいます。成功の答えは、立場によって少しずつ違います。
学校法人の制度は、この点にすでに向き合っています。文部科学省の資料によれば、私立学校法は、学校法人に、運営基盤の強化、教育の質の向上、運営の透明性の確保に努めることを求めています。これは2019年の改正で明記されました。財務の安定と教育の質が、並んで責務とされているのです。
2025年4月に施行された改正私立学校法は、理事会、監事、評議員会の役割を整理し、執行と監視・監督を分けながら、多様な関係者の意見を運営に反映させる方向に進んでいます。文部科学省は、評議員会について、教職員、卒業生、保護者、地域住民、有識者など、規模や特性に応じた多様な構成が望ましいとしています。
情報の開示も求められています。文科省の検討会報告書は、学校法人では財務情報だけでは成果が伝わらないとして、教育研究活動などの非財務情報も重視しています。計算書類や事業報告書は閲覧に供することが定められ、文部科学大臣所轄の学校法人などでは、誰でも閲覧を請求でき、インターネットでの公表も求められます。
| 文部科学大臣所轄の学校法人など※ | その他の学校法人など | |
|---|---|---|
| 閲覧を請求できる人 | 何人も(誰でも) | 在学者などの利害関係人と債権者 |
| インターネットでの公表 | 求められる | 努力義務 |
出典:文部科学省 検討会報告書
これらは、「学校の成功とは何か」を、一人の経営者や一つの数字だけで決めないための仕組み、と見ることもできます。ただし、制度が整えているのは、誰がどう決め、誰がチェックし、何を開示するかという枠組みです。何をもって教育の成功とするかという中身は、私が確認できた資料の範囲では、一律には定められていません。だからこそ、各学校法人が自分の言葉で答えを持つことが問われます。
では、学校法人の成功とは何か
ここまでの問いを、学校法人の側から言い直してみます。
学校法人の成功とは、単に学校を存続させることでも、規模を拡大することでもありません。教育を通じて人を育て、その人の変化が卒業後の人生や社会につながり、その教育を次の世代にも続けられる状態をつくることです。
人を育てる
卒業後の人生や社会につながる
次の世代にも続けられる
財務の安定も、学生数も、就職率も、そのために必要な大切な指標です。しかし、それらは「成功そのもの」ではありません。数字は、教育によって生まれた価値を確かめるための手段です。
終わったあとに、何が残るのか
Forbes記事は、プロジェクトチームが去り、資金提供が終わった後に何が残るのかを問うています。
これを学校に重ねて、最後に一つの問いを置きます。
社会から何が失われるでしょうか。
毎年何百人を受け入れていることだけが答えなら、少し寂しい気がします。けれども、その学校で育った人が地域で働き、後輩に何かを渡し、その学校でなければ学べなかったことが誰かの人生を支えているのなら、そこには確かな価値があります。
学校の成功は、年度末の数字の中ではなく、卒業生の人生と、これから出会う誰かの中にあります。数字の先に、いつも一人の人がいることを、忘れずにいたいと思います。
参考情報
- Ekramy El Zaghat「進歩の政治学:開発成功の姿を決める権限は誰にあるのか」Forbes JAPAN
- 文部科学省「私立学校法の一部を改正する法律等の施行について(通知)」(令和6年6月14日、6文科高第413号)
- 学校法人会計基準の在り方に関する検討会「報告書」(令和6年1月31日)、文部科学省
- 文部科学省「学校法人制度の概要及び私立学校法の改正について」(令和5年監事研修会資料。私立学校法の目的と学校法人の責務を掲載)

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