2009年11月10日火曜日

教育は人なり

去る11月4日(水曜日)、文部科学省は「公立学校教職員の人事行政の状況調査について」という報告書を公表しました。

主な内容は、1年間の試用期間後に正式採用とならなかった学校教員は平成20年度:315人で過去最多。そのうち88人(30%)は精神疾患による依願退職。また、教育委員会が、学習計画が立てられない、子供とコミュニケーションが取れない、間違いが多いなど「指導力不足」と認定した教員は306人(前年度比65人減)、そのうち40~50代のベテランが245人(80%)、全体で78人が研修後に現場復帰したが、50人が依願退職。といった驚くべき内容でした。

このような学校教員の実態は、近年、以下のように、不祥事で懲戒処分を受ける教員の存在と相まって、教員不信を高める要因にもなっており、深刻な問題となっています。


わいせつ、放火、覚せい剤・・・教職員懲戒免98人、4~10月 教委「危機的状況」(2009年11月5日 読売新聞)

酒気帯び運転や生徒へのわいせつ行為などで懲戒免職になった教職員が、今年4~10月の7か月で98人に上ることが4日、読売新聞のまとめでわかった。覚せい剤を乱用したなどとして逮捕される事案も相次ぎ、深刻な事態になっている。各教育委員会は「危機的な状況」と受け止めているが、有効な再発防止策を見つけられないのが現状だ。・・・
http://osaka.yomiuri.co.jp/edu_news/20091105kk02.htm


このたび文部科学省が公表した報告書の内容は、既に多くのメディアを通じて発信され、社説・論評はもとより、ブログ等個人レベルにおいても様々な受け止め方が社会に披露されていますが、まだ報告書に目を通しておられない方のために、簡単に要点をご紹介しておきましょう。

なお、詳細をお知りになりたい方は文部科学省のホームページをご覧ください。

公立学校教職員の人事行政の状況調査について(平成21年11月4日 文部科学省)

1 調査の目的

都道府県・指定都市教育委員会の教職員の人事管理に係る施策の企画・立案に資するため、公立学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校)教職員の人事行政の状況について調査

2 調査結果(事項)
  1. 指導が不適切な教員*1の人事管理に関する取組等について
  2. 優秀教員表彰の取組について
  3. 公立学校教員の公募制・FA制等の取組について
  4. 公立学校における校長等の登用状況等について
  5. 民間人校長及び民間人副校長等の任用状況について
3 上記のうち、「指導が不適切な教員の人事管理に関する取組等」

学校教育の成否は、学校教育の直接の担い手である教員の資質能力に負うところが大きいことから、教員として適格な人材を確保することは重要な課題。このような中、児童生徒との適切な関係を築くことができないなど、指導が不適切な教員の存在は、児童生徒に大きな影響を与えるのみならず、保護者等の公立学校への信頼を大きく損なうもの。このため、教育委員会においては、指導が不適切な教員に対し継続的な指導・研修を行う体制を整えるとともに、必要に応じて免職するなどの分限制度を的確に運用することが必要。

本調査は、各教育委員会におけるこのような指導が不適切な教員に対する人事管理システムの適切な運用を促進するため、その取組状況について把握するとともに、併せて希望降任制度及び条件附採用制度の実施状況についてとりまとめたもの。なお、この調査は平成20年度の各教育委員会の人事管理システムによる指導が不適切な教員の状況等をまとめたものであるが、教育公務員特例法の改正により、平成20年度から指導が不適切な教員に対する指導改善研修の実施が任命権者に義務づけられたため、全ての教育委員会においてそれぞれの人事管理システムを同法にのっとった制度として整備・運用されているところ。文部科学省では、適正な運用を行うための参考となるよう、平成20年2月に指導が不適切な教員に対する人事管理システムのガイドラインを策定。

平成20年度における指導が不適切な教員の認定者は306名
  • 学校種:小学校(55%)、中学校(23%)、高等学校(16%)、特別支援学校(6%)
  • 性別:男性(73%)、女性(27%)
  • 年代:40代(44%)、50代(36%)、30代(15%)、20代(5%)
  • 在職年数:20年以上(60%)、10~20年未満(25%)、5年以下(9%)、6~10年未満(6%)
指導が不適切な教員の認定者数等の推移

12年度65人
13年度149人
14年度289人
15年度481人
16年度566人
17年度506人
18年度450人
19年度371人
20年度306人

認定者中の退職者数等の推移(依願退職、転任、分限免職、懲戒免職を含む。)

12年度22人
13年度38人
14年度59人
15年度96人
16年度112人
17年度111人
18年度115人
19年度92人
20年度50人

なんとも驚くべき実態です。

私は学校教員ではありませんので断言はできませんが、教員という仕事は本当に大変ですが、一つの物事をやり遂げる達成感や充実感を児童・生徒とともに感じることができる素晴らしい仕事であり、一生をかけるに足るやりがいのある仕事ではないかと思います。

そのため、教員には、「子どもたちと向き合い、コミュニケーションを取りながら関係を作り上げていく力」とともに、子どもたちの教育をめぐって、「同僚の教師、保護者、地域住民と共通の認識、理解を共有しながら連携、協力して仕事をする力」が求められています。

しかし、現実には、上記文部科学省の報告書に見られるような「指導力不足教員」が数多く存在することも事実です。また、それは、文部科学省の教員勤務実態調査によれば、教師の1日の残業は約2時間で、教科指導だけでなく雑多な校内業務に追われていること、さらには、いわゆる「モンスターペアレント」と呼ばれる保護者らへの対応など心身の負担が増えていることなど、教員を取り巻く厳しい職場環境にその一因があることも十分理解できるところです。

さりながら、この問題、学校現場にだけその責任を押しつけていいのかどうか、教壇に立つ力を与え、学校現場に教員の卵を供給する大学に責任は全くないと言い切れるのかどうか、よく検証しなければならないと思います。

大学にいると、時折、最近の教員養成の動向を聞く機会があります。中でも教育実習については、様々な苦労話や愚痴が聞こえてきます。挨拶ができない、身だしなみが悪い、茶髪、社会的なマナーが身についていないなど、教育実習に対する心構えの甘さが服装の乱れにつながっているという声もあります。教師としてどうかと言う以前に社会人としての自覚がなさすぎるといった声も聞こえてきます。また、元気・積極性がない、児童・生徒とのコミュニケーションがうまく取れない(コミュニケーション能力が足りない)、教育実習を辞退する学生が多いといった問題も増えてきているようです。

こういった状況から、学校現場における「指導力不足教員」の増加には、大学における教員養成の不十分さが大きく影響していることがわかります。大学は、「指導力不足教員」を生み出している教員養成機関としての責任を痛感しなければなりません。

教員を養成する大学は、現在の学校現場が抱えている生徒指導、学校経営、キャリア教育など学校現場と密着した現代的な問題に対して役立つ教員としての基礎的な資質、保護者や地域社会に対して柔軟に対応できる強い精神力、そして、教員としての志(魂)を持つ学生をしっかり育成することが必要です。

また、大学は、卒業していく学生の品質補償を担う責任があります。そのためには、自らの教育の中身が、学生や学校現場のニーズに沿ったものであるか不断に確認するとともに、講義をはじめとする教育の内容を教育委員会をはじめとする外部に公表することが重要になります。

最近、愛知教育大学が国立大学協会との共催で開催した教員養成シンポジウムの中で、前宮城教育大学長の横須賀薫・十文字学園女子大特任教授は「教師の力が衰えたのは、指導力を支える学芸の修得を怠ったためだ。子供の自ら学ぶ力は、自ら学ぶ教師によってしか生み出せない。教員養成と免許のあり方を根本から見直すべきだ」と強調されています。教員養成を使命とする大学・学部は十分自覚しなければならない指摘だろうと思います。



最後に、このたび文部科学省が公表した調査結果の中に「民間人校長及び民間人副校長等の任用状況について」という項目がありました。教員出身でない者を公立学校の校長に任用しているのは、43教育委員会96名、教員出身でない者を公立学校の副校長等に任用しているのは、15教育委員会45名(いずれも平成21年4月時点)という結果でした。

このことが、どのような効果をもたらしているか詳しくは私にはよくわかりませんが、ふと、以前あの「夜スペ」で一躍有名になった、前杉並区立和田中学校校長の藤原和博さんのことを思い出しました。リクルートという一流民間企業から公立中学校長へ転進。当時、東京都内の公立中学では初めての民間人出身の校長として公立校の教育改革に取り組まれてきた藤原さんの問題意識や教育に対する姿勢は、一部その手法において批判もありますが、多くの教師や教育関係者の共感を呼んだことは確かです。

藤原さんは、最近、NHKのテレビ番組「知る楽・仕事学のすすめ」に出演されました。その模様をネットで知ることができますのでご紹介します。

藤原和博「異なる力」をつなげる方法
藤原和博「会社はビジネススクール」
藤原和博「組織内個人」を目指せ
藤原和博「とにかく踏み出せ」


(関連記事)

採用されない新人教員、過去最多 3割は精神疾患(2009年11月4日 産経新聞)
教員の質向上策 研修効果を検証し改善進めよ(2009年11月5日 読売新聞)
指導力不足教員 もっと実態に踏み込め(2009年11月5日 毎日新聞)


*1:知識、技術、指導方法その他教員として求められる資質能力に課題があるため、日常的に児童等への指導を行わせることが適当ではない教諭等のうち、研修によって指導の改善が見込まれる者であって、直ちに分限処分等の対象とはならない者であり、認定された教員に対して、指導改善研修を受ける者の能力、適性等に応じた指導の改善を図るために必要な研修を実施することが義務付けられており(教育公務員特例法第25条の2第1項)、各教育委員会において研修内容や研修場所等を定めることになる。なお、指導改善研修の期間は1年を超えてはならないこととなっているが、特に必要があると認めるときには、指導改善研修を開始した日から引き続き2年を越えない範囲内で、これを延長することができることとなっている(教育公務員特例法第25条の2第2項)。