2020年5月6日水曜日

記事紹介|政府はこれまでの不作為を反省しデータの有効活用にかじを切るべし

今回のコロナ危機で浮かび上がった日本の弱みが、デジタル対応の遅れである。マスクの買い占めを防ぐITシステムの構築から給付金の銀行振り込みまで、様々な場面で海外に劣後した。

デジタル化の加速は利便性の向上にとどまらず、私たちの生活や健康、命を守ることにもつながる。目の前のコロナ禍を奇貨として、官民挙げて日本のデジタル実装を力強く進めるときだ。

リーマンから進化なし

デジタルインフラが整っていれば、もっと素早く、的確に本当に困っている人を助けられたはず――。そう悔やまれるのが、曲折の末に決まった国民1人あたり10万円の現金給付だ。

生活に余裕のある富裕層にも一律に支給されるほか、申請から実際の入金までに時間がかかり、明日のおカネに窮する人への即効性に欠けると懸念される。

これは2008年のリーマン・ショック時の状況の再現にほかならない。当時の政府は定額給付金として1人原則1万2千円を支給したが、人々が実際に現金を手にしたのは方針決定から半年以上先の翌年だった。

高額所得者への支給についてばらまき批判も出たが、「所得制限をかけると自治体の実務作業がパンクする」などの理由から一律給付しか選択肢はなく、お金持ちには自主的な辞退を求めることでお茶を濁した。それから11年たった今も状況は変わらず、行政システムの旧態依然ぶりが露呈した。

米国は個人が持つ社会保障番号のデータをもとに、政府が各人の銀行口座に直接支給金を振り込む仕組みで、法律成立から約2週間で支給が始まった。

日本でもマイナンバーと銀行口座をひも付け、さらに納税データなどと組み合わせれば、迅速かつメリハリのきいた給付が可能だろう。情報セキュリティーを確保しながら、国民にマイナンバーの意義や機能を分かりやすく説明し、用途を広げる。政府はこれまでの不作為を反省し、データの有効活用にかじを切るときだ。

いつまでたっても解消しないマスク不足もデジタル化の遅れの反映だ。台湾の保健当局はマスクの購入時に個人識別用のICチップのついた健康保険証を示す仕組みを整えた。各人の購入履歴を管理し、買い占めや転売を防ぐ狙いだ。マスクの在庫データも把握し、どの店に行けば手に入るのか、最新の情報をネットで示す。

安倍晋三首相の約束した布マスクは多くの家庭にまだ届かない。今すぐ必要な人は感染リスクを冒してでも、多くの店を回るしかないのが日本の現状。彼我の差は歴然である。

スマートフォン搭載の近距離無線通信「ブルートゥース」を使って、至近距離に一定時間一緒にいた人(スマホ)を特定する、いわゆる追跡アプリで先行したのはシンガポール政府だ。その後ドイツ政府や米アップル・グーグル連合も開発に着手し、日本政府も5月中の実用化をめざしている。

追跡アプリが普及すれば、接触者の割り出しが容易になり、感染経路が特定しやすくなる。感染者の行動履歴に関する保健所の聞き取り調査の負担も減るだろう。

知らずに感染者と接触した人が早めに通知を受け取ることで、その人が他人にウイルスを拡散する恐れも小さくなる。

「民」の力の積極活用を

課題は個人情報保護との両立だが、アプリ利用を義務付けるのではなく、使いたい人が使いたい時だけオンにする任意利用なら、問題は小さいのではないか。

多くの人にこうしたデジタル技術を使ってもらうよう説得し、そこで得られた知見を感染抑止に生かすのが政府の役割だ。

初診時からのオンライン診療がついに認められるなど日本にも前向きな動きはある。東京都はヤフーの元社長を副知事に起用し、成果を上げている。政府も民間の専門人材を活用すべきだ。

厚生労働省がLINEと組んで国民の健康状態の調査を始めたが、社会のデジタル化を加速するためにこうした官民の連携を幅広く進める必要もある。

国民の側でも、例えばマスク不足の解消に役立つなら、データをもっと積極的に使ってもいい、という意見が今後増えるのではないか。今の危機を日本がデジタル化で巻き返す好機に変えたい。

(出典)新型コロナ:[社説]デジタル活用の遅れ挽回の好機に|日本経済新聞