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改革の不全とガバナンス構造の問題はどう関わり合っているのか
大学のガバナンスを巡る議論が最近になって一段と活発になった背景には、グローバル化が急速に進む中、教育と研究の両面で大学への期待が高まっているにも拘わらず、我が国の大学はその役割を十分に果たしていない、という社会の苛立ちともいえる認識がある。2012年3月の経済同友会提言『私立大学におけるガバナンス改革-高等教育の質の向上を目指して-』の冒頭にそのことが顕著に表れている。
その上で、同提言は、大学側が自らの課題を認識しつつも、抜本的な改革に着手できずにいるのは改革の実行力が不足しているからであり、志を持った大学のトップが新しい取り組みや改革を実行しようとしても容易に進めることができないのであれば、大学のガバナンスの構造に問題があるということになる、という趣旨の主張を行っている。
改革の不全とガバナンス構造の問題が短絡的に結び付けられている印象は否めないが、それを批判するだけでは状況は何も変わらない。改革の不全の根本的な問題は何であり、それがガバナンス構造とどう関わっているのかを、大学自身が当事者として明らかにする必要がある。
法人化は一定の成果をもたらすも根源的な部分の変革は今後の課題
同友会提言は私立大学を対象とするものだが、「国公立大学にも適用できる部分も少なくない」とされている。2004年に実施された国立大学の法人化は百年に一度の大改革と言われ、公立大学も現在までに約8割が法人に移行している。
法人化はまさにガバナンスの改革であり、ガバナンスの構造を変えることにより、教育研究の高度化を促し、経営の効率性を高めることを狙いとしたものである。従って、国公立大学の法人化のレビューを行うことで、ガバナンス改革の有効性と課題を明らかにすることができるはずである。
客観的な検証は今後に委ねるとして、法人化により、学長・理事とそれを支える教職員を中心に自律的に運営を行うという意識が高まるとともに、学長のリーダーシップの発揮に対する学内の抵抗感が薄まってきたように思われる。その結果、教学・経営の両面で種々の意欲的な取り組みや様々な工夫が数多く見られるようになった。法人評価がそれを促した面もある。
また、学外理事、監事、経営協議会委員など、法人運営に学外者の視点が入るとともに、大学全体が社会をより強く意識するようになり、社会に一層開かれてきたことも成果と考えることができる。
その一方で、本来目的である教育研究の高度化や経営の効率化については、これからの課題と思われる。根源的な部分で改革と呼ぶに相応しい変化を起こすのはいかなる機関・組織であっても容易ではない。
ここでいう根源的な部分とは何か。教員組織についていえば、教員の意欲・能力の底上げを図り、意欲のある教員がより高い教育研究成果を追求し、教育の質の持続的向上に組織的に取り組む状態を作りあげることである。
職員組織については、個々の職員が組織の目標と自身の役割を正しく理解し、絶えず改善を重ね、他の職員や教員と協調しながら新たな課題に取り組む中で、自身を成長させていく、そのような状態を作りあげることである。
このような根源的な部分の改革は、ガバナンス機能を強化することで実現できるのだろうか。
ガバナンスとマネジメントの概念を明確にした上で自校に相応しい仕組みを
大学のガバナンスに関する議論では、ガバナンスとマネジメントの概念が判然と区別されないまま使われていることが多い。それは、大学という機関の中に、経営体的組織と自治に象徴される共同体的組織という性格の異なる2つの組織が併存するからである。
経営体的組織の特徴は共通目的があることであり、指揮命令系統が確立していることである。その共通目的を、人に働きかけ、資金やモノや情報などの経営資源を活用することで実現するプロセスがマネジメントである。
国立・公立大学法人、学校法人及び法人・大学の事務組織は経営体的組織であり、そこで行われているのがマネジメントである。そのマネジメントをステークホルダーの視点に立って規律づけることをガバナンスと呼び、法人の長の任免とその執行の監督がその主たる手段となる。
大学や学部はどうであろうか。教員の多くは共同体的組織と考えており、従ってその長は選挙で選び、意思決定は合議で行うことになる。それに対して、経済界を中心に提起されたガバナンス改革に対する主張は、理事会が長を選任し、その長にリーダーシップの発揮を期待するものとなっており、大学や学部の性格づけを明確にはしていないものの、経営体的組織であることを前提にしているものと思われる。
前者は、構成員の責任で自らの組織を規律づけるガバナンス構造が基本となっており、後者は、理事会による規律づけの下、学長・学部長のマネジメントに期待する構造となっている。もちろん、前者においても学長・学部長はマネジメントの担い手であるが、教授会等との関係においてその権限が制約されることも多い。
どちらが優れた仕組みなのか、一律に判断することは難しい。大学間あるいは学部間で教授会の成熟度に大きな開きがあるはずであり、同じように理事会の成熟度も法人間で異なる。
既得権に固執するだけの教授会ならばその役割や権限を大幅に縮減すべきだが、自校の発展を願う教員達がその志や見識で議論を交わし、意思統一を図る場であるならば、教学についての機能・権限を一定程度残し、それ以外の事項についても学長や学部長が意見を求めたい場合は、その場を活用すべきであろう。
そのいずれが自校に相応しいのか、冷静かつ本質を捉えた議論を通して、その見極めを行う必要がある。
教員人事に戦略性と緊張感を持たせる仕組みを如何に構築するか
その一方で、教学事項と経営事項を明確に切り分けることは難しい。予算や施設・設備は経営事項であり、学部長が学長に要求し、学長が大学として法人に要求し、最終的には法人が決定すべきであるが、教員人事については、配置枠の問題と採用・昇任等個別人事の問題を分けて整理する必要がある。
配置枠の問題については、学部長が提案する人員計画(例えば長期計画と年度計画)を、学長が全学的な視点で評価し、法人との調整を経て承認するという方式が基本となるだろう。人的資源の配分という点で予算と同様に経営事項であり、変化の激しい時代、組織変更や学生定員の見直しに柔軟に対応するためにも、配置枠の既得権化は避けなければならない。
個別人事については、全学組織として人事委員会を常設し、個別案件ごとに専門委員会を編成し、その審査を経て、人事委員会が承認するという方式が考えられる。仮に、学部教授会に審議を委ねる場合でも、全学の人事委員会を常設し、各学部の採用・昇任基準や審査プロセスを予め承認した上で、それに則って適正に審査が行われたかのプロセス確認を行うことで、教員人事の質を担保することが望ましい。
研究業績の高い教員は知名度の高い有力校から優先的に押さえられてしまう。研究業績のみならず教育能力や人格などを多面的に評価する中で、自校に相応しい教員組織を作り上げ、競争力の源泉としていかなければならない。学部に全てを委ねた場合、ポストを埋めることが優先され、妥協を重ねた後の採用・昇任が繰り返される可能性がある。
教員人事に戦略性と緊張感を持たせる仕組みを如何に構築するか、大学の将来に関わる極めて重要な課題である。
学部長に相応しい人材をどう育成し、その運営能力を高めるか
このように教員人事の質を高めることで、根源的な課題として挙げた教員組織の改革を前に進めることができるが、それに加えて、日常の組織運営が適切に行われなければ、個々の教員の能力の伸長・発揮を促し、教育の質の高度化に向けた組織的な取り組みを定着させることはできない。学部長の手腕が問われる所以である。
教員の場合、学部長を選挙で選んでも、学長や理事会が選んだとしても、社員や職員が部課長を上司と仰ぐような上下関係にはなりにくい。少なくとも研究は個々の教員の興味・関心に基礎を置くものであり、研究成果に責任を負うのはその教員個人だからである。教育も研究に裏打ちされたものである以上、同様の性格を有する面があるが、同時に、その質の維持・向上に責任を負うのは、大学であり学部である。
このような意味からも学部長には一般的なマネジメント能力に加えて、教員組織の特性に即した固有の運営能力が求められる。選び方の問題も重要だが、人材のソースの求め方と育成方法、学部長の専決事項と教授会での合議事項の明確化、組織目標の達成に教員をコミットさせる運営方式と教員評価システム、学部長の運営を補佐する体制(例えば教員と事務長相当の職員を副学部長とする)など多面的な検討を行い、実効性ある形で整備していく必要がある。
組織や職位に如何なる役割と責任を付与するかの組織設計が重要
大学によっては学部の規模が大きく、学科が日常の運営単位となっている場合もあるだろう。学部と学科間で機能・権限をどうシェアするかも重要なポイントである。
同様に、大学と学部の関係についても、歴史的経緯、立地、学部の規模などに即して、機能・権限の分担のあり方を検討する必要がある。学部が地理的に離れていたり、一大学に匹敵する規模であったりする場合、機能・権限面で自己完結性を高めた方が運営の円滑化が図れる。その逆に、同一キャンパス内にあり、学部の規模が小さい場合、機能の共通化を進め、学部長に学長を補佐する全学的な役割を与えるなど、一体性を強めた運営を行うこともできる。
但し、いずれの場合でも、学部長はその分野の学問と社会の未来を洞察した上で、学部の立ち位置を定め、競合に対する優位性を確立するための戦略を構想し、学長の支援を受けつつそれを推進する責任を負っていることを明確にしておく必要がある。
権限はその責任を果たすために与えられたものである。ガバナンスを巡る議論では、権限に関心が集まるが、その前提として、それぞれの組織や職位に如何なる役割と責任を付与すべきかが明確でなければならない。その組織設計の考え方が重要なのである。
学長の役割・責任の明確化とリーダーシップの本質に対する理解
最大の焦点の一つである学長のリーダーシップの確立についても権限の強化を論ずる前に、その役割と責任を明確にしておかなければならない。併せて、リーダーシップの本質を明らかにし、強い権限を背景にしたトップダウンだけがリーダーシップの発揮でないことを確認しておく必要がある。
学長に求められる主たる役割は、ビジョンと戦略の構想、学部等の活動の適正な評価、それらに基づく適切な資源配分、健全な教育研究環境と働く環境の整備、ステークホルダーとの対話と発信である。
このような役割を果たすことのできる人材のソースをどこに求め、どう育成するか、その運営を支える職員組織をどう作りあげるかの2点が最も重要であり、難度も高い課題である。
学校法人においては、学長と理事会の関係も、学長の役割と責任を考える上で、必須の検討課題である。理事会と教授会の狭間で力を発揮しにくい学長もいるだろう。選挙で選出された学長が理事長を兼ね、法人と大学が一体的に運営される体制と、理事長を中心とする理事会と学長を中心とする教学体制が別建ての場合と、どちらが優れているか一概に言えない。
理事会についていえば、執行決定への関与の度合いによって理事に求められる要件、構成、運営方法なども異なってくる。
繰り返しになるが、それぞれの機関・組織・職位の役割と責任を明確化した上で、それを果たすために必要な権限を与え、それを担う人材を発掘・育成し、配置することが基本である。
組織は生身の人間で構成されており、過去の積み重ねの中で蓄積された知恵や組織文化も無視できない。
形や権限の議論から入るのではなく、現状に対する正確な理解と評価に基づいたガバナンス論にしなければならない。