2008年5月19日月曜日

大学経営を支える職員の在り方(3)

国立大学の法人化が影響しているのかどうかはわかりませんが、これからの大学職員はどうあるべきかといった「大学職員論」について書かれた読み物を最近よく目にするようになりました。

純粋に学問的な理論展開に終始するものから、現場の実態を踏まえた実務的内容まで様々ですが、大学職員の高度な職務遂行能力の養成、特に、これからの大学職員には「専門性」が求められているという点については、多くの文献において共通しているのではないかと思います。

では、この「専門性」とは一体どういうものなのでしょうか。
前々回のこの日記でもご紹介しましたが、前東京大学理事の上杉道世氏が書かれた「大学職員を変える」では、「専門性」について次のような記述があります。

「すべての大学職員が広い視野とともに何らかの専門性を持ち、その専門性を高める方向でキャリア形成し、マネジメントで処遇される道と専門性で処遇される道を選べる、というのが(職員の育成のあり方の)基本コンセプトである。

ここで留意していただきたいのは、専門職といってもこれまでの日本の社会や組織でありがちな、それぞれが閉鎖的な集団を作り、階層構造を前提としてどちらが偉いかを競ったり、処遇改善運動に走ったりするという意味での専門職ではないことである。

あくまで大学職員という共通の基盤が前提である。それぞれが補い合い支えあって大学業務を支えていくという連帯構造の中での特徴の発揮である。」


また、前回の日記でご紹介したIDE2008年4月号特集「これからの大学職員」では、広島大学高等教育研究開発センター長の山本眞一氏は、「専門性」に関し次のように述べられています。

「職員には専門性が必要であるとの声をよく聞く。確かに、大学経営環境が激しく変わる中、ジェネラリストと称する職員が、実は部下から上がってきた書類をチェックするだけであったり、学長や理事からの指示を部下に中継ぎしたりするだけであれば、その存在価値が疑われよう。また、管理志向一辺倒のジェネラリストも困った存在である。そういう中で、専門的な知識を備えたスペシャリストを志向する若手職員も多いことであろう。

ただし、我が国の大学は欧米と異なり、教員数に比べて職員数が少ないことが知られている。少ない職員がそれぞれの専門性を主張し合えるほど、職員数に余裕があるとは思えない。そこで私は、専門的知識は必要だが、実はそれを応用しつつ、隣接の専門知識も駆使して、前述したような問題解決能力を備えることが、これからの職員には必要ではないかと考えている。これこそが将来のわが国の各大学を担う大学経営人材であり、私はこれをスペシャリストではなく「プロフェッショナル」と呼ぶことにしている。そのような人材が一人でも多く育つことを心から祈るものである。」

以上のお二人は、実際に事務職員として大学行政に携わったご経験があり、その経験を基に、大学職員のあるべき姿を探究されておられます。


最後に、大学職員の専門性の養成に関する論文をご紹介します。3年前に「高等教育ジャーナル」に載せられた「専門職としての大学職員をどのように養成するか-Staff Development (SD)の枠組みについての試論-」というタイトルで、国立教育政策研究所(当時)の笹井宏益氏が書かれたものの抜粋です。

「大学運営にかかわる大学職員にとって必要な専門性とは」「大学職員の専門性向上のための方策にはどのような方法が考えられるか」などについて言及されています。

大学職員の専門性

大学運営にかかわる大学職員にとって必要な専門性の内容として、一般的には、次の6項目が挙げられよう。

1 高等教育の諸制度(評価の分野を含む)の内容とそれらへの対応方法について理解している

「高等教育の諸制度」とは、教育法制に関すること、財政や会計、予算・決算の仕組みに関すること、人事システムに関すること、学生支援(留学生、奨学金を含む)に関すること、政府や自治体の高等教育政策に関すること、大学評価に関することなどを指している。こうした、「仕組み」もしくは「ルール」として存在している諸制度の意義や内容をきちんと理解し、それらを踏まえて行動できるようになることは、大学職員として不可欠な資質である。

2 自身が所属する大学のミッションを共感をもって受け容れている

「大学のミッション」とは、大学が理念や使命として掲げていること、歴史的な沿革、将来ヴィジョン、学長が掲げている基本方針といったもので構成されるものであり、それらは、大学運営に際しての指針とでもいうべきものである。したがって、これらを共感をもって受け容れることは、運営に際しての基本的方針を知る、ということでもある。

3 Administrative Jobの基礎を身につけている

大学の事務職員に固有の専門性とは何かという点については、実態としての職務内容が多岐にわたること等から、いまだに明確に示されているわけではないが、経験的に考えると、主として、次の2つの事項で構成されるものと考える。一つは、「Administrative Job」といわれる経営(管理運営)にかかわる専門性であり、他の一つは、「Clerical Job」といわれる教育研究業務の支援にかかわる専門性である。これらは、実際には密接不可分のものとして執行されることが多いが、それらの内容はかなり異なるので、それぞれ独立した専門領域としてとらえる必要がある。

さて、「Administrative Jobの基礎」とは何であろうか。これからの大学は一つの経営体として運営されていかなければならないわけであるから、まず、組織の経営を成り立たせる根本原理を身に付けることが大切である。すなわち、「所属しているセクションにおいてミッションの具体的内容を共有し、その実現に向かって、各職員が職務に貢献する意欲をもち続けることができるようにする」ことが、その基本として挙げられる。

例えば、国立大学においては、組織としての活動の論拠となるものが、これまでの「法令」から「当該大学のミッション」に変わることにより、それをどのように位置づけ、いかに具体化していくかが課題となる。そのように考えると、各セクションの内部において、ミッションの具体的内容に対する理解を促進し、それをモチベーション・モラールとして、組織内に浸透させ活動の活性化を促すことが、まずAdministrationの基本といえよう。併せて、そうした対応の下に、職員相互の意思疎通を促すとともに、それぞれの職務がどのような成果を目指しているのかという「職務遂行によって期待される成果」を個々の職員に明示して職務貢献意欲を刺激すれば、多くの職員は、自らの職務の意味内容を的確に認識した上で職務に従事するようになる。これは、目的達成のための活動の拡充に向けて組織を維持・活性化させるという意味でのAdministrationである。

続いて、「マネジメント・フローにもとづいて職務を分析的に理解する」ことが挙げられる。そもそもAdministrationとは、アドホックなものではなく、すでに実施された活動に対する評価と一体となって展開されなくてはならない。というのは、各大学の活動が、競争的環境におかれている以上、自らの活動の安定性や継続性を維持し、かつそれが日々充実されるようになることを保証する措置は、自分自身の「ふりかえり」以外にはありえないからである。

通常、マネジメント・フローとは図1(略)のようなサイクルを指す。運営にかかわるすべての職員は、大学の活動は常にこのようなサイクルのもとに行われなければならないことを自覚し、それぞれの立場でこの「フロー」を推進していくことが大切である。

「Administrative Jobの基礎」の3番目の視点とは、活動のベースに「マーケティング」の視点を導入することである。「競争的環境におかれたサービス業」の機関であれば、多かれ少なかれ、「マーケティング」の視点をもつことが必要である。一般に、「マーケティング」の視点として掲げられていることとは、1)Product(製品)、2)Price(価格)、3)Placing(流通)、4)Promotion(促進)、の4つである。

これらの点の内容について簡単に説明すると、まず「Product(製品)」とは、「どのような製品をつくるか」という視点であり、大学に当てはめてみれば、「学生や社会に対してどのようなサービスを提供するか」ということになる。次に「Price(価格)」とは、「サービスに対する対価をいくらにするか」ということであり、「Placing(流通)」とは、「当該サービスをどのように流通させるか」ということ、「Promotion(促進)」とは、「提供するサービスの価値を受けて側にどのように知らせるか」ということである。

「マーケティング」の視点は、最近、様々な領域で重要視されるようになっている。例えば、ボランティア活動などの非営利活動を行う際にも、その相手とする人たちやそれらの人たちが求めている活動内容等について、事前の「マーケティング」により、精査してから行うべきであるとする見解もある。この視点は、いわば「サービスの受け手側が求めているニーズをどのように活動の視野に入れていくか」という問題でもあり、今後の大学の活動に欠くことができないものである。

「Administrative Jobの基礎」の4番目の視点とは、つねに「社会的責任を管理する視点をもつ」ことである。一般に、社会的な活動を行う組織は、多かれ少なかれ何らかの形で社会的責任を管理することになるが、「公共」サービスである教育研究を行っている大学は、厳格な「社会的責任を管理する視点」が求められる。その帰結として、「アカウンタビリティを意識する」ことと「評価結果を今後の職務改善に反映させる」ための努力が求められることになる。

4 Clerical Jobの基礎を身につけている

そもそも大学事務職員に固有な職務内容は、「Administrationにかかわる事務」と「教育研究業務を支援する事務」とによって構成されていると考えるが、後者は、いうまでもなく「教育研究業務そのもの」とは内容が異なっており、かつ独立した職務内容を構成している。ここでは、それを(教育研究業務の「下請け」であるというイメージを払拭する意図から)「Clerical Job」と呼ぶこととする。その内容としては、「教員支援の仕事」と「学生支援の仕事」に区分けすることができる。

「教員支援の仕事」にしても、「学生支援の仕事」にしても、教育研究にかかわるProductの生産者は教員もしくは学生であるとの前提で、それらの人たちに、本来求められる仕事(勉強)を存分にしてもらうようにするための適切な支援をすることが大切である。これらの内容としては、まず「教育研究活動をやり易くするための環境づくり」が挙げられよう。ここには、教員や学生など、サービスの受け手の立場にたった制度の運用はもとより、これらの人たちが必要とする情報などを収集整理しておくなどの活動も含まれる。また、これを一歩進めて、例えば、カリキュラムの改訂などに関して、収集した情報をもとに、教官等と対等な立場で議論するようなことなども「Clerical Job」の一環であり、大学事務職員に求められる仕事である。

もちろん、こうした仕事を円滑に進めるためには、教員や学生たちと、日頃から信頼関係を構築しておくことが重要であり、彼ら/彼女らの、上位に立つのでもなく、かつ下位に立つのでもなく、あくまでも対等な関係性を築き上げておくことが望まれる。

なお、卒業生の就職状況は、その大学の社会的評価に直結するものであり、対学生サービスとして、就職サービスは極めて重要である。ここでは、関連する情報の収集と、相手となる学生の性格や志向性を的確に見抜く能力が必要となろう。

5 自身の職務内容に対応したコンピタンスを身につけている

これまで述べた「一般的な力量」に加えて、大学職員は、自らのポストや職務内容に応じたコンピタンスをもたなければならない(大学職員は様々な職種・ポストに異動することから、その持ち場に応じて柔軟な対応が求められるというニュアンスを込めて、ここでは「コンピタンス」という表現を用いる)。以下に掲げることがらは、これからの大学の活動を考えた場合、新たな領域として想定されるコンピタンスである。
  • 民間非営利組織として必要な財務・会計・人事考課などの知識
  • 国際人としてのセンス
  • ファンドレイジングに関する知識と行動力
  • 競争的経費を獲得するための情報収集能力
  • ITに関する基礎的なスキル
上記のコンピタンスに加えて、次に掲げるようなことがらも、いわば分野横断的な能力として求められよう。もちろん、これらはごく一般的に必要とされるコンピタンスであり、それぞれがおかれたポストや職務内容によって、その「用い方」はかなり異なってくる。
  • リーダーシップ
  • コミュニケーションカ
  • ディスカッション能力
  • コーディネーションカ
  • 意思決定力(決断力)
  • プレゼンテーションカ
  • リサーチ能力
6 自身の職務に関して熱意やホスピタリティをもっている

最後に、大学職員の職務を精神的に支えるものとして、次のような「熱意やホスピタリティ」も挙げておきたい。
  • 大学のミッションに対する共感
  • 個々の教育研究活動に対する共感
  • 職務に対する前向きな姿勢
  • 個別の事案に対する柔軟な対応力
  • 旺盛なサービス精神
大学も、サービス業、特に対人的なサービスを主要な任務とする機関である以上、このような熱意やホスピタリティは不可欠といえよう。こうした「コンピタンス」は育成するものというよりは、個人のポテンシャルから「引き出す」ものであり、これを実現させるような組織マネジメントが求められている。

以上の内容は一般論であって、実際には運営システムが階層化していることから、当該職員が位置するポスト・職務内容によって極めて多様な形になる。例えば、学部と本部の運営とはかなり違うし、部課長のような管理職と一般職員の仕事の内容も大きく異なる。すなわち、大学職員は、上記に掲げた専門性をベースに、各職務に附帯する、あるいは上記の専門性をさらに深化させた高度な専門的能力をも身に付けることが求められており、それらは、個々の職務内容ごとに検討すべきことがらといえる。

専門性向上(SD)の方法

ところで、大学職員の専門性向上のための方策としては、どのような方法が考えられるのであろうか。通常、SDの方法として、1)日常職務の中での指導(OJT)、2)日常職務をはなれた研修(Off-JT)、3)自己啓発、の3つのタイプが考えられるが、これらの方法をどう組み合わせて実施するかは、当該職員に求められている専門性の内容に応じて決定されなければならない。しかしながら、多くの場合、職員一人ひとりの専門性に着目したOFF-JTは実際上困難であり、結果的に、職能(職務内容)別、階層(役職)別、あるいは全職員共通といった区分けで類型化し、研修プログラムを作成していかざるを得ない。

OFF-JTの典型的な例を挙げよう。大学職員の研修では、その専門性の内実である「実践的性格」を考慮して、
  1. ディスカッション・ディベート
  2. ケーススタディ
  3. ロールプレイ
  4. 事例報告(発表)とディスカッション
  5. シンポジウム・フォーラム
  6. 現地視察などの「参加型学習」のスタイルを積極的に導入する
ことが重要である。いくつかの大学のFD、SDを見ていると、相変わらず「講義型」の研修(授業)が多用されているが、職員の専門性の在りようを考えると、今後は、むしろ「参加型」(ワークショップ型)のほうが主流になるべきである。この点で、医学教育の分野で従来から展開されている研修のスタイルや、あるいは環境教育(成人対象)において取り入れられている教育手法などが参考になろう。

なお、個別の目的に照らしてどのような研修の方法が考えられるかを、筆者なりに整理してみると、表1(略)のようになる。

以上、前記6項目の専門性に即して研修の方法等を検討してみると、様々なやり方があることが理解されよう。SDはまだ始まったばかりとはいえ、その現場では、あいかわらずレクチャー・メソッドが主流であることを考えると、今後の工夫改善の余地はかなりあるといえる。

専門性を活かすために

専門性の向上はSDによって図ることが基本であり、そのためには、専門職養成計画(研修計画)のようなものを策定して、体系的・組織的・計画的に行うことが重要である。他方、大学職員を取り囲む様々な環境要因が、個人の専門性の向上に大きな影響(刺激)を与えていることを考えると、例えば、適切な業績評価を実施したり、合理的で公平な人事システムを構築したりすることについても、重大な関心が払われねばならない。こうした環境整備と適切なSDがあいまって、大学職員の専門性向上が図られると考える。