資料「アメリカの大学のガバナンス-カリフォルニアの事例を中心に-」
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私は、資料にありますように先導的大学改革推進委託事業という形で、広島グループのほうにも関わっておりますが、それ以外に、私たちのセンターで行っている東大-野村プロジェクト、あるいは国立教育政策研究所との合同プロジェクトというような形でアメリカの大学のガバナンスを調査しております。それ以外にも幾つかの大学のカバナンスを調査しておりますが、今回は主としてカリフォルニアの大学の事例だけに限定させていただきます。必要に応じて、他の大学については事例的にお話しいたします。
今、上山教授からパッションにある理念が語られましたが、私は、研究者として、逆にできるだけ冷静に客観的に考えていきたいと思っております。できるだけデータを提示するという形で、皆さんに考える素材を提供するという立場に自己を限定したいと思っております。
資料の2ページ目にありますように、調査対象大学は、カリフォルニア大学のシステム、これは、10のキャンパスを統合する全体のところで、ここに先ほど上山教授がおっしゃられたOffice of Presidentがありまして、そこのプロボスト等に話を聞いてまいりました。
それから、バークレー、それから一番新しいカリフォルニア大学のキャンパスであるMerced、それから、私立研究大学であるスタンフォード大学、私立女子大学のMills Collegeというようなところを訪問調査いたしました。
これだけ見ていただいても、アメリカの高等教育は多様性が非常にあるということがわかります。これは、アメリカの高等教育を語るときに第一番に言われることでありまして、非常に多様性がある。言いかえれば、機能別に分化しているということであります。ですから、一般化することは非常に難しい。必ず反例が挙げられると考えていただいたほうがいいかもしれません。そのために今回も、各種の調査の結果を幾つか御紹介したいと思っております。
まず、アメリカの大学のガバナンスを語る上で非常に重要なことは、ある意味では当然のことなのですが、ミッションと目的とコアバリューというものが非常に明確になっているということです。ミッションというものを立てまして、大学の置かれたコンテクストを研究して、そこで目的とコアバリューを決定する、全学の合意形成を図っていくという意思決定過程が明確になっているということです。
具体的に言いますと、私の大学はこういう大学だから、こういう方向を目指すということで、ボートをこぐときに、違う方向にオールをこいでしまっては船が動かないというようなことがありますので、そこの合意形成を目指すことがガバナンスの一番の目的になっているわけです。
そのことを端的に示すのがシェアド・ガバナンスという言い方でありまして、これは、理事会と執行部と教員の中で、それぞれ役割、権限、意思決定過程というものを明確に規定しているということであります。
理事会は、ガバナンスを担当するものであって、これは長期的な視野に立つものであります。これは、5年、10年、あるいはもう少し先を考えることが使命でありまして、いわばマネジメントを支える存在です。それに対して執行部のほうは、具体的なマネジメント、短期的な視野で行うという、日常的なルーティンワークに近いようなことを行うのが執行部であります。
日本の場合、大学経営といった場合、ガバナンスとマネジメントは、実は明確に区別されずに使われていることが大きな問題だろうと思います。
それに対して教員は、教学面についてはほぼ決定権を持っておりますが、形の上では理事会から委任される、権限移譲される、承認されると形は様々です。
ガバナンスとマネジメントについて、そこにコーネル大学の前学長のローズの言葉を書いておきましたが、これは、今申し上げたことなので、後で読んでいただければと思います。
ただ、このように明確といいましても、実際にはどうしてもグレーゾーンというのは残ります。例えば、資料にありますように、新しい学部をつくるというのはガバナンスのことですが、学年暦をつくるという話はマネジメントの話になります。しかし、その間に、建物をどうするかというようなことになると、どちらにも属するような問題でグレーになるということもあるわけです。
理事会について簡単にお話ししておきますが、日本ではなかなか理解されていないと思いますので、実は理事会についても選挙されるか、指名されるか、大学によって大変異なるわけです。フロリダの公立大学に関して言えば全部指名ですし、ミシガン大学では州民による選挙を行っております。プリンストン大学では、同窓生と理事会がそれぞれ選挙を行うと同時に、知事が理事を指名するというような形で、非常に多様性に富んでいるわけです。
特にミシガン大学は、こういう選挙を行うというのは、大学は3権に並ぶ第4権と言われておりまして、それだけの独立した力を持っているということで、カリフォルニア大学もこれに近い存在です。
以下、カリフォルニア大学の例をそこに挙げましたが、18人の知事の任命理事と、7名の自動選出理事という形で、それ以外に学生代表が入るということです。
州立大学の理事は、一般的に言いますとステークホルダーの代表者という形が多いわけですが、私立大学の場合には同窓生が多く、あるいは寄附の関係者が多いという特徴があります。
理事会の役割は、何よりも学長を選び、それを支持する。その学長を評価するということです。学長を評価するということは、学長を選んだ自分たちの理事会を評価するということでもあります。具体的には、そこにありますような幾つかの作業を行うわけですが、理事会は守護神と言われているわけで、大学を守る存在であるわけです。
大学の理事会と企業の役員会の相違ですが、先ほど上山教授からありましたように、大学の目的というのは、教育・研究、社会サービスと非常に多様ですから、簡単に利害の一致を見るのは非常に難しいわけです。企業のように利潤追求という一つの目的があるわけではありません。
もう一つ大きな違いとして理事は素人です。大学経営に関しては素人でありまして、企業経営者のような専門家ではないわけです。しかも、無給で兼業でありますから、多くの時間や労力を大学のガバナンスに割けるわけではありません。公立でも年に4回~6回ぐらいしか理事会はありませんし、私立でも6回~12回程度です。
したがって、理事会を支えるインフラやツールが非常に重要になってくるわけです。下に理事がどのような形で選ばれるかという例を一つの調査から挙げておきましたが、これは、研究大学に限定した場合です。研究大学における理事の選出方法で、先ほど申しましたように、私立の場合には理事による選出、つまり、理事が理事を選ぶという形式ですが、公立の場合には、知事や州の機関による選出と非常に明確に異なっております。
それから、執行部、Administrationに関してですが、これは、日本でも知られているように総長、あるいは学長は理事会の任命であります。ただ、注意していただきたいのは、学長は、選考委員会、あるいはサーチ委員会と言われるところで実質的には決定されているわけで、恣意的に選出されているわけではありません。
そういう形で、理事会と学長が相互の信頼関係をつくっていくことが一番重要な作業でありますし、当然、いつもうまくいくわけではなくて、緊張関係に陥る場合もあるわけです。
それから、副総長、副学長、プロボストといったようなAdministrationを支えるキャビネット、内閣の存在があり、内閣は総長、学長が任命するという形式をとります。プロボストについては、日本であまり知られていませんが、教務担当副学長と訳されることもありますが、実質的には学長に近い存在でありまして、予算と人事、学内のことは全て握っている場合が多いわけです。その人事の一環として学部長を任命することになります。この場合、日本と違うのは、学部長クラスまで学外者が任命されることが非常に多いということです。
それに対して学科長は、形式的には学部長が指名するわけですが、実際には持ち回りで決めたり、選挙で決めたりというようなことで、学内者が選ばれることが多いようです。
それに対しまして教員の側ですが、これは、セナットと言われるものを形成しております。アカデミック・セナット、あるいはファカルティ・セナットという言い方をします。セナットが教学面についてのあらゆる権限を有していると考えていただいていいと思います。
セナットの代表者は、理事会に選挙権を持たない、あるいは選挙権を持つメンバーとして加わることが普通です。逆にカリフォルニア大学の総長と副総長は、セナットのメンバーに入っています。こういう形で相互に乗り入れをしているということです。重要なことは、セナットの下に多くの委員会がありまして、これが実質的に大学を動かしているということであります。
資料にカリフォルニア大学のセナットの例をつけましたが、14ページ目のほうが理事会の委員会です。注目していただきたいのは、同じようにEducational Policy、教育政策の委員会というものを両方とも持っているということです。
実際に15ページ目のところに、それがどのように違うかということを示しておきましたが、これを見ておわかりのように、全学的なことについては理事会の委員会、それについて具体的に動かしているのがアカデミック・セナットの委員会という役割分担ができているわけです。予算についても同様です。
このようにお断りをしておきますと、カリフォルニアというのは、シェアド・ガバナンスの考え方が非常に強いところであると知られておりますが、ほかの州についてもある程度当てはまると考えていただければと思います。
実際に例えば一つの調査ですが、先ほど申しました研究大学で教員がどの程度の意思決定ができるかというような調査があります。17ページを見ていただきますと、カリキュラムの決定とか、学位要件の設定というのは8割~9割できるわけですが、セナットのメンバーシップ、それから、キャンパスのガバナンスにおける教員というのは、少し文字が切れておりますが、これが実際にキャンパスのガバナンスの意思決定にどの程度関与できるかということです。
むしろこれから申し上げたいことは、先ほど申しました具体的にこういったガバナンスとかマネジメントを支えるツールがたくさんあるということです。例えば権力のチェック・アンド・バランスということが非常に考慮されておりまして、一方で、政府からの自律性を保証する。他方で理事長や理事会、学長の恣意的な意思決定や活動を制限するということをやっております。
その一つの例が任期でありまして、カリフォルニア大学の理事の任期は12年です。これは、知事の任期が4年ですから、はるかに長いということで、違う知事によって任命された理事によって構成されているわけです。これによって政府からの相対的な自律性を獲得しているわけです。
他方で、先ほど言いましたようにセナットのほうに学長、副学長が加わっているということで、教員についても恣意的に一方的な決定をすることはできないようになっているわけです。
それから、先ほど申しました委員会という仕組みがありまして、選考委員会というものが実質的には学長や理事、あるいは主な教員を選考している場合もあります。その中に教員の代表も加わっているわけです。
さらに、特に学長の選考になりますと、外部のサーチ会社がありまして、そこに学長の候補者を何人か選んでいただくということをしております。これは、例えば世界の中で学長を探すということになると、当然、大学の能力を超えるわけでありまして、サーチ会社が行っているということで、先日、香港に行ってきたのですが、香港理工大学でも全く同じように、世界中から学長候補を探すためにはサーチ会社を使わざるを得ないということを言っておりました。
2番目の仕組みといたしまして、理事は素人ですので、ガイダンスとか研修が非常に盛んに行われております。理事会を支えるために多くのスタッフがおりまして、カリフォルニア大学で言いますと1,500人のスタッフがいるわけです。セナットについても、バークレーのセナットだけでもスタッフが7名おりまして、これが実質的に活動を行っているわけです。
もう一つ大きな仕組みといたしまして、多くのレビューがなされております。学長自身がレビューされるわけでありまして、これは、いろいろなケースがありまして、非公開、非定型の場合もあります。ただし、テンプレートといいますか、ある程度決まった書式がありまして、それに書き込むということをやっている場合もあります。注意していただきたいのは、評価するのは理事会が自ら選んだ学長をサポートするために行うわけでありまして、決して批判するために行うわけではありません。
それから、同じようなことで、それぞれの教育プログラムのレビュー、あるいは教員のレビューというようなことも行われるわけです。ただし、理事会自体のレビューというものは非常に難しいとされています。
それから、理事と教員の交流を図るような機会を設定したり、理事と教員の協働作業というものを設定するということで、20ページには、学長の評価にどのような人が参加しているかということで、見ていただくとわかりますように、例えば学生とか、コミュニティとか、様々なステークホルダーが参加していることがわかります。
交流機会についても、グラフがちょっと読みにくいかもしれませんが、上から2番目にはサーチ委員会に参加していることを示しておりますし、下のほうでも学長のサーチに相当の割合で理事会と教員が協働していることがわかります。
最後になりますが、23ページのところで、小道具といいますか、様々なツールがあります。例えば戦略的計画というものがアメリカの大学で多くつくられるわけですが、これが先ほど上山教授からありました、長期的な視野を持つために長期的な計画を立てます。もう一つは、大学全体を一つの方向に向けて合意形成するために戦略的計画をつくっていくわけです。日本の計画というのは、総花的で、たくさんの項目を挙げますが、5とか10ぐらいしか目標は立てられません。その優先順位もついているのが普通です。非常に明確なわけです。
それから、インスティチューショナル・リサーチというもので、最近、日本でも紹介されるようになりましたが、大学の情報を共有したり、客観的な分析を行っている、こういったものも非常に大きなツールになっているわけです。あるいは、大学のベンチマークも同じようなツールです。
アメリカの大学について分権化とか、集権化という言い方をよくされますが、現実の問題としては、どちらでもないと考えるべきだろうと思います。もちろん大学によって大変違いますが、実際の構造は大変ハイブリッド構造です。集権化できるところは集権化するし、そうでないところは分権化するということで、例えばスタンフォード大学のベンチャーのやり方というのは、非常に大きな予算を下のほうで動かせるという仕組みをつくっております。それから、多くのステークホルダーが関与するような仕組みもつくっているということです。
私が本日一番申し上げたかったのは、アメリカの大学というのは全体像をつかむのは難しいわけですが、こういった様々な仕組みがありましてガバナンスが行われているということ。日本にとって、こういった仕組みを十分に整えることがこれから重要になってくるのではないかということです。
【質疑応答】
(有信委員)
小林委員に質問なのですが、アメリカの例で例えば理事会が学長を選ぶときに、結局、選ぶということは理事会が学長に対して具体的な役割、権限を委託するということがガバナンスの観点からすると一番重要なことになるわけで、それに対して選ばれた学長は委託された役割、権限をそのとおりに実行する責任を理事会に対して負うという構造になるわけです。
ですから、そこの部分の関係が具体的に明確になっているのか。あるいは、ある意味でアメリカの中では、常識的に学長の役割、権限というのは明確になっているのかという点について、もしおわかりであれば教えていただければと思います。
(小林委員)
今の御質問に対してですが、両方あると思います。つまり、ある程度常識的にわかっている部分というのは当然あります。それ以外に様々な法や規程で学長の権限というものは規定されておりますので、その面では明確になっていると思います。
日本との違いは、日本の場合には非常に抽象的に学長の権限というものを書いていると思いますが、アメリカの場合は幾つかの規則、あるいは今言いました常識というものを活用して、ある程度明確になっているところが一番違うかと思います。
(有信委員)
一番重要なところは、むしろ権限というと、それを制限する側の観点になるわけですが、ガバナンスという観点から言うと委託された権限を実行して目的を達成しなければ、いわば責任を果たしていないということになって、学長を首にすべきだというぐらいのことになるはずなのです。ですから、その辺の感覚がちょっと違うのではないかという気がするのです。
(小林委員)
まず、理事会が選んだ学長については、それを首にするという権限は持っております。これは明確です。ただし、それはまれにしか行使されないわけです。今、有信委員が言われたことですが、言葉としては非常に様々な言葉が使われまして、これは私もそれほど詳しくわかるわけではないのですが、権限移譲という言い方もされますし、承認という言い方もされますし、様々な言葉で語られますが、それぞれの大学の中で規則として明確に書かれていることは事実です。ですから、そういう意味では明確になっていると思います。
(北城委員)
小林委員に御質問したいのですが、学長の選考に関してサーチ委員会がつくられると書いてありますが、このサーチ委員会の構成はどのようになっているのかということと、それから、学部長は総長、学長の任命、プロボストによる選出と書いていますが、この学部長の任命についてサーチ委員会のようなものが使われているのか、あるいは日本のように教職員の選挙とかが行われるのかということで、カリフォルニア大学の例でも結構ですし、あるいはカリフォルニア大学とスタンフォード大学と両方わかれば、教えていただきたいです。
(小林委員)
まずサーチ委員会ですが、これは、それほど大きな委員会ではありません。大体理事がメンバーです。それから、カリフォルニア大学の場合では、それに教員の代表が加わるということでできておりまして、詳しい構成につきましてはメンバーが公表されておりますので、それを調べればどのような理事が入っているかということまで、全てわかります。今、そこまで詳しいものは手元に持っておりませんが、いずれにいたしましても理事で構成され、それに教員の代表が加わっている形になっております。
学部長に関してですが、実質的にはプロボストが選ぶ形ですが、当然、プロボストも学内の全部の人間を知っているわけではありませんので、サーチ委員会が大きな役割を果たすことになります。
選挙が行われるかどうかということですが、私が調べた限りでは、学部長レベルに関しては選挙はありません。学科長に関しては選挙があると聞いていますが、学部長については選挙で行っているとは聞いておりません。