日本の大学の国際化がなかなか進まない。世界大学ランキングで上位に顔を出すのは一握りで、留学生の受け入れ比率なども世界的に低い水準だ。東京大学で正規職の外国人教員として32年間教え、今春退官したロバート・ゲラー名誉教授は「日本の大学が国際化するにはガバナンス(統治)改革が不可欠」と訴える。
▶外国人の目に日本の大学はどう映りますか。
「私は1984年、東大の任期なし外国人教員第1号として米スタンフォード大から招かれた。恩師が東大出身だったので、オファーを受けたときに迷いはなかった。だが当時も今も、外国人が移籍したいと思う日本の大学はほとんどない。大学運営も世界標準から大きく外れている」
外国人教員5%
「なかでも奇異に感じたのが2011年、東大が秋入学への移行を検討し始めたときだ。欧米の多くの国が秋入学なので、日本もそれに合わせれば国際化が進むという単純な発想だったようだが、議論は紛糾し、結局先送りになった」
「学内討論会が開かれたとき、私は『なぜそんなマイナーな問題にこだわるのか』と当時の学長に問いただした。国際化を目指すなら、もっとやるべきことがあると」
▶それは何ですか。
「最も大事なのは優れた外国人教員を任期なしで多く採用することだ。英米の一流大では外国人比率が3~4割に達し、多様性の高さが研究や教育の質を高めている」
「一方、日本では外国人教員は5%程度しかおらず、大半が3~5年の任期付きだ。せっかく日本に来ても任期中から次の就職先を探さねばならず、日本語を学ぶ余裕すらない。結局定着できず日本を去ってしまう」
▶なぜ外国人を増やせないのでしょうか。
「ひとつの理由は日本では各専攻で少人数の教授たちが人事権を実質的に独占していることだ。教授会で審査されるが、覆ることはほぼない。しかも採用基準が曖昧で、自分の弟子や仲間だけが条件に当てはまるようにしている。外部に優れた人材がいても確保できず、大学がタコツボ化している。自治に名を借りた悪平等だ」
「一方、欧米の有力大では教員を採用するとき、一流学術誌に掲載された論文数や引用数といった定量的評価と学外の第三者による定性的な評価を併用し、大学が本当に必要とする人材を国内外から選んでいる」
▶何を改めるべきですか。
「米国の大学には学長に次ぐ『プロボスト』という職があり、学務全般や人事で強い権限をもっている。プロボストが外部人材を交えた諮問委員会をもち、運営方針や人事を諮ることもある。日本の大学も同様のポストを設け、ガバナンスを改革することが不可欠だ」
「米スタンフォード大が運営理念として『Steeples of excellence』を掲げ、実行しているのは参考になる。Steepleとは尖塔(せんとう)のことで、戦略的に強化すべき分野を決め、世界トップの研究者や学生が集まるように採用も戦略的に行っている」
「もしも研究や教育の水準が下がってきたら、諮問委員会が再生委員会のように機能し、立て直しに何が必要か、外部からどんな人材を招くべきかを学長に助言する。日本の大学にもこうした組織が欠かせない」
英語教育に欠陥
▶日本の学生の学力に問題はありませんか。
「学生の英語力が足りないので英語で授業ができず、外国人教員を呼べないという悪循環は確かにある」
「東大は大学院入試に英語能力テストTOEFLを取り入れているが、米国の一流大の合格水準に達する学生はほとんどいない。日本人は中学から大学まで8年間も英語を学び、トップクラスの東大でもこの程度というのでは、日本の英語教育全体に重大な欠陥があると言わざるを得ない」
「ただ英語力をつけるのは大学入学後でも遅くない。私の専攻で約10年前、英語で話す力、聞く力を伸ばすため、週2回、年90時間程度の特別講義を始めたら、TOEFLの点数が目に見えて伸びた。例えば夏休み中に集中的に特訓すれば英語力はかなり伸ばせる。こうした授業にこそ予算をつけるべきだ」
▶安倍政権は高等教育の無償化を検討するとしています。
「政権の求心力が低下するなか、場当たり的に言っている印象が強い。日本の大学の国際化の遅れは、既に競争力の低下を招いている。教育格差を解消できるなら悪いことではないが、無償化と引き換えに大学の予算や人員が削られることになれば、大学は瓦解する。それでは本末転倒だ」
大学国際化の課題 東大名誉教授 ロバート・ゲラー氏 タコツボ排し統治改革を|日本経済新聞 から