嫉妬も、不満も、グチも、すべては他人との比較から生まれる。
しかし、情報化社会はどんどん進み、SNSなどで他人の情報は瞬時にわかるようになり、比較することはますます増えている。
たとえば友人が、「海外旅行に行って楽しんでいる」「おいしそうな料理を食べている」「たくさんの友達とワイワイしている」「イベントに参加している」等々。
比較しない唯一の方法は、ボーっとすることであり、力を抜いて生きること。
つまり、鈍(にぶ)くなることだ。
それは…
時に、間が抜けていたり、不器用だったり、バカになれたり、茫洋(ぼうよう)としてつかみどころがなかったり、と自分を飾ることをしない。
鋭(するど)すぎる人は、人から好かれない。
すぐに、人と比較して、イライラしたり、ピリピリしたりしてしまうからだ。
それは、「閑古錐(かんこすい)」という禅の言葉と同じ。
閑古錐とは、古くて先がまるくなり、使えなくなった錐(きり)のこと。
禅では、真の修行者のことを閑古錐という。
俗に「人間がまるくなる」などというが、破天荒(はてんこう)だった人が老境にさしかかり、穏やかな熟年になっていくことがある。
穏やかなのに迫力さえ感じさせる、閑古錐の円熟味。
他と比較をせず、評価に一喜一憂しない人…
閑古錐の円熟味をめざしたい。