2017年5月30日火曜日

記事紹介|がんとの共生を妨げる負の連鎖を断ち切る

「がん対策は進んでも理解は深まっていない。だから、政治家があんな発言をする」

「がんになってもより良く生きる『共生の時代』になったことが、知られていない」

自民党の大西英男衆院議員が、受動喫煙対策をめぐる党会合で、たばこの煙に苦しむがん患者に関して「(がん患者は)働かなくていい」とやじを飛ばしたことに、本県の患者の落胆は深い。

がん医療は、2006年成立のがん対策基本法を契機に大きく進歩。医療機関の整備などが進み、患者の長期生存や通院での治療が見込めるようになってきた。

昨年12月に成立した改正法は「患者が安心して暮らせる社会の構築」を掲げ、治療と仕事が両立できる環境整備の推進や、がんへの理解促進を打ち出している。

がん対策の歩み、患者の置かれた状況に無知をさらけ出した大西議員。謝罪したが、発言は撤回しないという。厚顔無恥ぶりにはあきれる。

仕事を続けているがん患者は推計32万5千人。職場への気兼ねなどで退職する患者は多い。改正法は事業主に、患者の雇用継続への配慮を求めている。だが、内閣府の世論調査では、治療と仕事を両立できる環境が整っていないとの回答が6割を超えた。

政治家は率先して、がん対策の現状を知るべきだ。患者の痛みを敏感に受け止め、受動喫煙対策を含めた就労支援などの充実が求められる。

4月には、山本幸三地方創生担当相が「(観光振興の)一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないと駄目」と発言した。文化財への無理解はもとより、がん患者への配慮を欠いたとして批判を浴び、撤回し謝罪した。

がんの例えが、どれだけ患者を苦しめるか。米国の批評家、故スーザン・ソンタグ氏の名著「隠喩としての病い」(1978年)に詳しい。

近代の全体主義で、ユダヤ人はがんに例えられ、除去せよと言われたことなど、古今東西の言説を引き合いに「ある現象を癌(がん)と名づけるのは、暴力の行使を誘うにも等しい。…この病気は必ず死にいたるとの俗説をさらに根強くしたりもする」と指摘する。

無知、無理解に基づく発言が患者を傷つけ、安直ながんの例えが偏見を強め、患者と社会を分断する…。大西発言と山本発言は、がんとの共生を妨げる負の連鎖の典型例を示したと言える。

私たちは「こんな政治家こそがん」との形容は慎まなければならない。近年は多くのがん患者が、自らの闘病生活をブログなどで発信する時代になった。より良く生きようとしている患者の声に耳を傾け、その思いを知ることから負の連鎖を断ち切りたい。

政治家のがん発言 無知と偏見の連鎖断て|2017年5月29日 岩手日報 から