文部科学省をめぐる「天下り斡旋」問題が、世間を騒がせています。
国会でも審議されたのは、吉田大輔元高等教育局長が早稲田大学に教授として再就職したケースです。文科省人事課が組織的に斡旋していたという、明らかに違法と認定できるケースでした。この問題で、前川喜平事務次官が引責辞任する事態に発展しました。
さらに2月21日には、文科省による全容解明調査の中間報告が発表されました。そこで、新たに17件の違法な天下りがあったことがわかりました。事務次官から人事課員まで16名もの文科省職員が関与する大規模な構図が明らかになったのです。
早大のケースを聞いたときから「1人だけのはずがない」と思っていましたが、まさかここまで堂々とやっているとは――。長年公務員制度改革や行政改革にかかわってきた私にも想像すらできませんでした。
「隠蔽マニュアル」「引継ぎ文書」の存在が明らかに
中間報告で明らかになった具体的な手口は、きわめて悪質でした。
筑波大学、上智大学などを舞台に、文科省OBを求める大学に文科省側がリストを提供したり、文科省人事課職員が再就職の条件を大学側と協議するなど、文科省が天下りを組織的にバックアップしていたのです。さらには、天下りの仲介役を務めていた文科省OB・嶋貫和男氏の存在も判明しました。文科省内では、彼の名前が表に出ないようにするための「隠蔽マニュアル」や「引き継ぎ文書」まで作っていたのです。
そもそも「天下り」とは、国家公務員を辞めた人間が、その省庁と関連する企業や公益法人、団体等に再就職することです。
その中で、国家公務員法で違法とされているのは、現役職員が同僚やOBの再就職を斡旋するケースや、現役職員自らが在職中に補助金や許認可などで関係のある企業・団体に求職活動するケースなどです。文科省をめぐっては、中間報告までに27件が違法と認定されました。
私は、2015年10月から昨年8月まで、国家公務員制度担当大臣を務めていました。当時のことで鮮明に覚えているのは、中央官庁の幹部たちに「いま天下りはどうなっているの? 斡旋はあるの?」と問い質したときのことです。彼らは一様に「それはもう違法ですからできません」と、堂々と答えていました。
ところが、それからときを置かずして、今回の事態が判明しました。残念なことですが、公務員制度担当大臣であった私は、明らかな「嘘」をつかれていたわけです。
文科省職員の1割以上が「現役出向」
私はいま、この「天下り斡旋」問題の温床ともいうべき、ひとつの慣例を問題視しています。
それは、国立大学への「現役出向」です。現役の文科省職員が、本来は独立したはずの全国の国立大学に出向という形で数多く“派遣”されているのです。
昨年来、私は現場の研究者との対話を続けてきました。その中では、現役出向に関して数多くの証言が寄せられました。そこで、自民党行革推進本部として文科省に事実関係を問い合わせたのです。その詳細が、次頁に掲載した表です。
驚くのはその数です。理事だけで75名、役員・幹部職員全体では、実に241名が計83大学に出向しています。北海道から沖縄まで、全国津々浦々の大学に文科省職員が出向している。その数は文科省職員の1割以上にあたります。
国立大学が「文科省の植民地」になっている
さらに問題なのは、出向先の大学で就いているポストです。
表を見ても分かる通り、理事や副学長、事務方のトップである事務局長、さらには財務部長、学務部長といった、大学運営の中枢を担う役職が目立ちます。表の冒頭にある北海道大をみても「理事(兼)事務局長」「学務部長」「総務企画部人事課長」「財務部主計課長」などの要職を文科省からの出向者が占めています。旧帝大を中心とした大規模の大学は出向者数も多く、最多の東京大、千葉大は10名ずつ受け入れている。
彼らが主要なポストを担っている全国の国立大学は、いわば「文科省の植民地」ともいえる状態なのです。
そもそも国立大学は、文科省の内部組織でした。それを大学の自由裁量を増やし、独立性を高めることを目的に、2004年に「国立大学法人」に衣替えしました。学長の権限を強めて、民間組織のようにトップダウンで変化できる体制を目指したのです。ところが実態としては、文科省による強固な国立大学支配が続いているのです。
国立大学への現役出向者(役員・幹部職員)ならびに運営費交付金
※「現役出向者数」「役職」は2017年1月1日現在のデータ。
※運営費交付金は、平成29年度予算案の各目明細書より見込額を抜粋、四捨五入した。
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60件以上もの違反事例が発覚した、文部科学省をめぐる「天下り斡旋」問題。自民党行革推進本部長・河野太郎氏は、現役の文科省職員による国立大学への「現役出向」が、「天下り斡旋」の温床となっていると指摘(第1回参照)、241名が計83大学に出向していた実態を明らかにした。2004年に「国立大学法人」に衣替えし、独立したはずの国立大学が文科省からの出向を受け入れる理由とは――。
「大学の自治」を逆手に
なぜ独立したはずの国立大学は、文科省の出向を受け入れるのでしょうか。
文科省は、「各大学の学長からの要請に基づいて送っています」という説明を貫いています。国会でも、文科省は同様の答弁をしています。
大学側に人材を求められて派遣している――「大学の自治」を逆手にとった建前論です。昨日今日に独立した組織ならば人材不足という事態も想定できます。しかし、各国立大学法人は発足して10年以上が経過しています。それでもなお「事務局長になる人材が内部にいません」と言うのであれば、育成できなかった学長の職務怠慢以外のなにものでもありません。
文科省からの現役出向を受け入れる本当の理由は、私は「お金」だと考えています。
国立大学には、年間1兆円を超える「運営費交付金」が国費から投入されています。各大学の収入の3割から4割を占める、この運営費交付金を配分するのは、相変わらず文科省です。
運営費交付金は各大学が自由に使途を決められる安定的な補助金です。文科省に設置された「国立大学法人評価委員会」が各大学の中期目標を評価し、その評価が交付金に反映されます。2016年度からは大学間でさらに競わせようと、運営費交付金の約1%にあたる100億円程度を、各大学が定めた改革の実行状況に応じて、配分し始めたのです。
私は、複数の大学教授から直接、「文科省から来ている人が大学にいると、情報が早いから補助金を取りやすい」という話を聞いています。つまり「補助金を配分する評価基準」という情報を持っているのは文科省です。それを早く耳にすることができれば、大学側も迅速に対応することができるわけです。
今日、教育分野での競争的資金が増え続けています。その結果、本省との橋渡しができて、また情報を持っている文科省官僚の価値が高まってしまったのです。
事実上の天下り支援制度
教育現場を文科省の支配下に置きたい――その意識は、現役出向の問題でも、天下り斡旋の問題でも共通しています。
実際に「現役出向」と「天下り」がリンクしていることも明らかになりました。
東京新聞の報道によれば、2008年末から昨年9月末までの間に、文科省から大学などへ現役出向した管理職経験者26人が、現役出向から文科省に復職した当日に文科省を退職。翌日に大学などに再就職していたのです。うち4人は出向先の大学にそのまま天下っていた。つまり、「現役出向」という名で事実上の天下りが行われていたのです。
かつては、文科省以外でも同じようなケースが続発していました。霞が関の「官民人事交流制度」の悪用です。若手官僚に民間企業での経験を積ませることが狙いだったこの制度。実際調べてみると定年間際の50代が民間企業に出向しているケースが多かったのです。そして、今回の報道と同じように一旦官庁に戻ってきて、即日退職して出向先に再就職する。民間への出向が役所ぐるみの天下り支援制度になっていました。
20代、30代の職員はスキルを磨くために積極的に外に出るべきですが、50代は明確な必然性がなければ認めないルール変更を自民党の行革推進本部の提案で実現しました。しかし、国立大学への現役出向からの直接再就職に関しては、ルールが徹底されておらず、温存されてきたのでしょう。
学会で看板と「記念撮影」
現役出向者や文科省からの天下りOBが大挙して国立大学に押し寄せている割には、彼らが「本省との橋渡し」以上の役に立ったという話は聞きません。
現役出向している事務方の幹部が活躍しているおかげで国立大学の研究環境は向上しているとか、文科省とのパイプを生かして、現場の問題点を吸い上げて業務を効率化したなどという事例は、私の知る限り皆無です。
むしろ、文科省からきた事務方の指導の下、補助金を差配する文科省の顔色を窺っている大学事務局の話ばかり耳にします。現役出向している大学職員の多くは、研究者や学生の方を向いて仕事をしているとは思えません。文科省や会計検査院から指摘を受けないように、どんどん自主規制を進めています。
その結果生まれるのが、実にバカバカしい“ローカルルール”です。
例えば、購買分野。研究に必要な海外の専門書を研究費で購入する場合、インターネットで注文すれば数日で届きます。しかし、ある大学では「大学の指定業者を通して買いなさい」と指示してくるといいます。すると届くまでに1カ月かかる。文具にしても、隣のコンビニなら500円で買えるものが、指定業者を通すと2週間後に1000円の請求がくる。どれも法律や政令で決められているわけではありません。あくまで管理を強めたい大学の事務方が、自主的に定めた非合理的なルールです。
学会への出張に関しては、とりわけ細かい規則の宝庫です。大学ごとに「始発で間に合う場合には、前泊は認められない」「特急列車を利用した場合は、改札で無効印を押してもらった特急券を提出すること」などと定められています。
もっとも厳しいのは、過去にカラ出張による研究費不正請求があった東京工業大学。学会に参加したことを証明するために「隣に座った人と一緒に写真を撮る」、もしくは「学会の看板の前で写真を撮る」ことが義務付けられているそうです。この子どもじみた特異なルールは学会では有名で、最近は隣席の人に写真撮影をお願いしても、「あ、東工大の先生ですね」と応じてくれるのだとか。
こうしたローカルルールや研究環境の効率化についての情報提供を求めたところ、研究者から山のようにメールが届きました。とにかくフラストレーションが溜まっているのです。文科省とやりとりしていても、こうした現場の声は入ってきません。
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241名、計83大学の文部科学省職員の国立大学への「現役出向」の実態を明らかにした(第1回参照)自民党行革推進本部長の河野太郎氏は、「現役出向」が事実上の天下り支援制度と化し、教育行政に負の側面をもたらしていると指摘する(第2回参照)。「文科省不要論」を唱える河野氏がこれからの教育行政の在り方を提言する。
文科省不要論
私は、これまで「文科省不要論」を唱えてきました。昨今の惨憺たる有様を見るにつけて、その考えをより強くしています。
文部科学省は、解体して国の教育行政をスリム化すべきです。初等中等教育は、財源とともに地方自治体へ移行させる。また、高校についても、都道府県に委譲する。大学については、国が管轄するしかありませんが、文科省からの現役出向は禁じて、本当に必要ならば出向ではなく「転籍」させる。現在のように、文科省にお伺いを立てなければならないようなシステムは壊し、国立大学法人化したときに目指した原点に立ち返るべきです。
科学技術行政についても、文科省が足を引っ張っています。私は、科学技術政策は文科省から引きはがし、官邸主導の国家戦略とすべき分野だと考えています。すでに、省庁の垣根を超えた司令塔となるべき内閣府の総合科学技術・イノベーション会議があります。
文科省は「ナショナル・プロジェクト」と銘打って新しい予算をどんどん獲得しようとしています。ときに文科省が「こういう方向性の研究が大事だ」などと力説しますが、それは文科省が判断すべき事項なのでしょうか。また、文科省にその能力があるのでしょうか。例えば、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」に、毎年200億円を垂れ流し続けてきた責任官庁は、まぎれもない文科省です。
科学研究費補助金(科研費)に象徴される競争的資金の本質は、研究者自身が「こういう研究をやりたい」と計画を立てる点にあります。
今日、一部の研究者の間でも誤解されていますが、我が国の科学技術研究予算の総額は決して減っていません。むしろ、科学技術振興費は平成元年比で3倍以上に増加しており、これは社会保障費の伸び率より高くなっています。科学技術立国を目指して予算を配分してきた結果です。「日本は基礎研究の予算を削っている」という指摘も俗説にすぎません。つまり、文科省は研究者に誤解されるようなお金の使い方しかできていないのです。
基礎研究はプロジェクトを1000件やって発見が一つあるかどうか。そこには継続的に予算を投入する必要があります。
研究とは関係のない無駄な書類記入のような非生産的な作業を増やしている間に、日本の大学や研究機関の国際競争力はどんどん低下しています。
文科省によって歪められた大学や研究者のあり方を正常化するに当たっては、まずは効率的な研究環境を整備する必要があります。
研究者が使う競争的資金のルールを統一
自民党の行革推進本部が再三申し入れを行った結果、動き出したこともあります。
研究者が使う競争的資金は、文科省だけではなく各省庁が予算を持っていますが、すべてルールが違いました。書類の提出期限、出納整理期間、消耗品を買っていいかどうか、そしてもちろん書式も省庁ごとにバラバラでした。提出する研究者からすれば、そのたびに書類も作成し、ルールを把握しなくてはいけませんでした。
そこで大学を管轄する文科省を呼び出して統一を迫りましたが、「他省庁については、うちからは言えません」。そこで内閣府の担当者を問い質しても「統一を図ろうと思って3年やっていますが失敗しています」。
まったく埒が明かないので、全省庁の競争的資金担当者を行革推進本部に呼び出しました。そして、私から「来週までに統一ルールを決めなければ、こちらで決めたルールに従ってもらう」と告げました。すると、翌週にはキチンと案が出てきました。2015年度の募集から、各省の競争的資金は統一ルールで運用されています。そうやって一歩一歩、変えていくしかありません。
バッシングで終わらせない
今回明らかになった天下り斡旋を防ぐためには、退職後2年間は関係団体に再就職してはいけないという外形的な行為規制をもう一度、きちんと導入するべきです。
違反者に対するペナルティは、民主党政権時代に「懲戒処分だけ」と決まりましたが、役所を辞める人間への抑止力にはなりません。刑事罰を盛り込むべきでしょう。
唯一の救いは、早稲田大学のケースが再就職等監視委員会の調査によって明らかになったことです。同委員会が一応、機能していることが分かりました。
監視委員会の調査に対して、文科省と早稲田大学は当初口裏を合わせていましたが、微妙な矛盾点を突っ込んでいったら、早稲田側が「申し訳ありません」と折れてしまったといいます。早稲田側も、天下りを押し付けられて内心では困っていたから、「これ幸い」とばかりに厄介払いをしたのかもしれません。ただ、文科省との関係がより深い国立大学のケースでは、そう簡単に進むとは思えません。
再就職等監視委員会には常勤監察官が実は1人しかいません。継続的な調査を行うためには、政令改正でできる監察官の増員を図るべきだと思います。
私がいま懸念しているのは、いたずらに霞が関バッシングが盛り上がることです。
もちろん法律違反は論外です。しかし、「天下り」が必要とされてしまう、霞が関の人事の仕組みを改革する必要があります。
年功序列を維持し、ピラミッド型の組織を守るために、定年前の肩叩き、天下りが行われてきました。定年まで本省で働けるのはほんの一部、40代、50代で肩叩きにあって役所から放り出され再就職をすべて禁止されれば、食うにも困ってしまいます。
天下り規制の強化を受けて、2008年、国家公務員の再就職を一元化して支援する内閣府の「官民人材交流センター」が設置されています。しかし、民主党政権下で制度変更されて、利用できるのは、組織がなくなった場合と早期退職制度に応募したときに限られ、自主的な退職や定年退職では利用できなくなりました。その結果、ほとんど利用された実績がありません。
人材の流動化を
いまの霞が関のシステムを放置したまま、天下りだけをやみくもに厳しく取り締まれば、優秀な人材が霞が関に集まらなくなり、行政機関の能力低下を招いてしまいます。
ですから、きちんとキャリアパスを提示して、官僚のモラルを向上させることが、私たち政治家の役割です。
クリントン政権下の1993年から97年までアメリカ軍統合参謀本部議長を務めたジョン・シャリカシュヴィリという人物がいます。彼は、一兵卒として陸軍に入りましたが、入隊後に「士官学校に行ってみろ」と勧められて士官になり、大将になり、最終的には米軍全体のトップにまで上り詰めました。
ところが、22歳の試験でキャリア、ノンキャリアが一生区別される日本の国家公務員には、そんなキャリアパスは絶対にありえません。おかしな話です。
今後は、どんどん霞が関の人材の流動化を図るべきです。キャリア、ノンキャリアの区別なく採用し、能力主義で登用する、霞が関の門戸を開放して優秀な民間の人材に各省庁に転籍してきてもらう、もちろん、年功序列も廃止します。例えば、局長以上の幹部職員を政治任用にして、それ以外の職員は定年前の肩叩きを受けない終身雇用にするのも一つの手です。
今回の事件を奇貨として、文科省だけの問題で終わらせず、霞が関のキャリアシステムを大幅に見直すべきだと考えています。
文科省国立大「現役出向」241人リスト 問題は天下りだけではない。これが“植民地化”の実態だ|文藝春秋2017年4月号・全3回