2012年6月19日火曜日

意欲を引き出すマネジメント

日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明さんが書かれた論考「マネジメントの目的」(文部科学教育通信 No293 2012.6.11)をご紹介します。


管理者はなぜ必要なのか

前稿まで6回にわたり組織戦略について述べてきたが、今回からは深く考えることができ、迅速に行動を起こすことのできる組織づくりのための、マネジメントについて考えていきたい。

組織が成果を上げていくためには、状況に応じた適切な戦略と、その戦略を実行することのできる組織能力が必要だと言われている。大学の場合は、もともと知的レベルの高い組織であるから、戦略づくりは得意だが行動になかなか移していけないという悩みも多く耳にするが、寂しいことに、そもそも戦略自体が存在していないというところもあるようである。大学を統廃合して、その分、高等専門学校を増やすべきとの意見も出てくるというように、大学に対する評価が厳しい環境の中で、どうしたら有用な戦略をつくり、それを着実に実行していくことのできる組織となれるのか、そのためのマネジメントの在り方が課題となってくる。

まず考えてもらいたいことは、管理者は何のために置かれているのかということである。失礼な話ではあるが、皆さんの大学では、あの課長がいなくても業務は支障なく、同じように遂行できるよとか、むしろいない方が円滑に進むよというようなことはないだろうか。もしそういうことがあるとしたら、それは管理者としての機能を果たしていないことになる。管理者が置かれている理由は、組織を統率するためである。どのような目的で統率するのかといえば、それは構成員それぞれの力の総和以上の力を発揮できる組織にするために、である。そのような組織としていくために必要なことは、三つある。一つ目は構成員のベクトルを合わせること、二つ目は構成員の力を引き出すこと、そして最後が構成員の行動を引き出すことである。以下、順次述べていきたいと思うが、重要なことは「組織とは協力するための仕組みである」ということである。この点を忘れて、競争環境を志向した組織づくりになってしまうと、組織の最も大切な機能を失ってしまうことになる。近年、殆どの大学に導入されている評価制度や目標管理制度といったものも、この組織の最も重要な機能を踏まえて運用していかないと、失うものの大きい結果となってしまう。


ベクトルを合わせるために

組織はどのような時に一丸となれるのかといえば、一つは危機感を感じたときである。私がかつて所属していた大学は、開学してすぐに定員割れとなってしまった。その状態が何年か続いたため、最前線の広報スタッフ、そしてこれから大学に勤務していく期間の長い若手・中堅教員たちは危機感を強く感じ、一丸となることができた。ただし、危機感により一丸となるという状態は、どうしても組織全体ではなく部分的なものとなってしまう。「危機感を感じろ」と言っても、感じない人ほどの組織でも必ず相当程度いるものである。実際、私のいた大学でも定員割れが続いた状況にありながら、全く危機感を感じていない豪胆というか何といったらいいのか分からない人も相当数いた。また、危機感により一丸となった組織は、危機感がなくなると当然ながら一丸という状態も同じく消失してしまうことになる。そして、その後の展開は、また元通りの統一感のないものとなってしまう可能性が高いといえる。

では、何によって一丸となった状態をつくりだせたらいいのかというと、それは組織のビジョンによってである。教職員が働く喜びを感じられるような魅力的なビジョンを描くためには、四つの観点が必要と考えている。一つ目は、どのような価値を顧客である在学生に与えられるか。二つ目は、その大学ならではの特色・強みは何であるか。三つ目は教職員が満足感を持って働ける環境とはどのようなものであるか。そして最後は、社会に対してどのような価値を提供していけるか、ということである。この四つの観点を、既に述べた自学を知るためのSWOT分析や競合との特色・強みの比較、高校生、保護者といった顧客のニーズ把握、そして今後の社会の動向等を認識していくことで、大学のビジョンに盛り込んでいくのである。このようにしてつくられたビジョンを実現することができたならば、その大学は地域からも、教職員からも、そして何よりも在学生や受験生からも愛され、必要とされる大学となることができるのである。

ビジョンは描いただけでは無意味で、その実現に向けて組織が進んでいかなければ、当然ながら成果は出てこない。そのためには教職員がビジョンを受容し、共有しようという意思を持つことが不可欠である。共有できるようになるためには、ビジョンが魅力的であることも不可欠ではあるが、それに加えて日々、構成員がビジョンを意識して行動でき、その実現状況を認識できるような仕組みが必要である。それがないと、当初の意気込みも、時間の経過とともに薄れていってしまうからである。このため管理者には、描かれたビジョンを各部門の業務に落とし込み、それをさらに個人やチームの業務に落とし込んでいくことが求められる。そして、それを日々の業務執行の目標・基準とし、進捗状況や乖離を不断に点検・修正していくことが大切である。そうすることで初めて、組織がビジョンの実現に向けて進んでいくことができるのである。


構成員の力を引き出すマネジメント

組織の方向性を統一し、そこに向けて歩み出せるようになったならば、次に必要となるのは組織のエネルギーである。組織のエネルギーの源は、組織を動かしていく構成員、大学でいえば教職員である。教職員のパワーを十分に引き出せるかどうかが、ビジョン実現の可否や度合いに懸かっているのであるから、ここを管理することもマネジメントの重要な目的であるといえる。人間の力には、二つの要素がある。一つは意欲、もう一つは能力である。この二つは両方とも不可欠で、意欲だけ、または能力だけがあっても機能しない。両方を引き出し、高めていくことが管理者の重要な役割なのである。

前々稿でも少し触れたが、人間の意欲は欲求を充たそうとするときに生まれる。大学の教職員で考えるならば、マズローの欲求段階説でいう所属の欲求までは満たされているので、その上にある承認の欲求、自己実現の欲求を充たしていくことが意欲を引き出すためには必要となる。したがって管理者は、この点を意識して教職員のマネジメントに当たることが大切である。

承認の欲求ということでいうならば、承認には存在自体を承認することと、行動を承認することの二つがある。存在を承認するとは、その人がそこにいるという意義を、きちんと意識しているということを相手に理解してもらうようにすることである。その一例が挨拶である。その人が組織の大切な一員であるということを意識しているならば、きちんと相手の顔を見て、元気に挨拶をするであろう。そうすれば相手も自分の存在を承認してくれていると感じるはずである。存在を承認しているならば、パソコンを打つ手を止めず、相手の顔も見ずに挨拶をするなどということはしないであろう。また、存在を承認しているならば、相手のちょっとした変化、今日は体調がすぐれないようだなとかいったことに気付き、声をかけるといった行動が自然と生じてくるのである。このような些細なことの積み重ねが、意欲を引き出していくのである。