2015年9月27日日曜日

社会から支持される大学であるためには(2)

さて、文部科学省は、現在、国立大学に文系学部の改組や廃止を求めた通知に対する反発の強まりを受け、火消しに追われています。

去る9月11日には、下村文部科学大臣が記者会見で、人文社会科学系については廃止ではなく見直しを求めたものだったとして「誤解を与える表現だった」と釈明。

また、9月18日には、日本学術会議の幹事会で、文部科学省の高等教育局長が「通知は大学の変革を促すのが目的で、人文社会科学系の学問を軽視しているわけではない」などと説明を行っています。(幹事会説明資料|資料3「新時代を見据えた国立大学改革」

国立大学の人文社会系については、従前から、ガバナンスの在り方など様々な問題が指摘されてきたところであり、文部科学省の考え方にも一理あるのは確かですし、「国立大の人文社会系学部は、学生や社会の側に立って授業の魅力を十分説明できていない面もある。また、分野によって専門知識の習得や社会問題への関心の喚起が乏しいなどそれぞれ課題があり、カリキュラムの偏りを正す工夫の余地がある。財政事情が苦しい中、投資に見合った人材育成を求める国の考えにもそれなりの背景はある。ただ、教員が減るなどして結果的に人文社会系分野の研究が衰退するとすれば問題だ。これ以上国に改革の口実を与えないよう、大学院などで研究機能を維持しつつ、教育では組織や内容を工夫するなどバランスの取れた改革が必要だ」(本田由紀・東京大大学院教授(教育社会学))(2015年9月22日朝日新聞)といった意見にも素直に耳を傾ける必要があるでしょう。

また、京都造形芸術大学の寺脇さん(元文部科学官僚)が「結局今回の騒動の責任がだれにあるのかうやむやで終わらせようとしている。そもそも今回の大学の組織見直しの問題も国立大だけではなく私立も含めた大学全体の問題としてとらえるべきで拙速感は否めない」(2015年9月26日毎日新聞)と語っているように、このたびの混乱について、文部科学省は、自らの責任をうやむやにしない真摯な対応が求められます。


関連して、「文教ニュース」(平成27年9月7日号)という文部科学省関係の業界誌に掲載された、国立大学法人支援課長の寄稿(全文)をご紹介します。

批判に対する火消しの効果をねらったのか、あるいは、大学関係者の理解を得るための説明責任を果たすための行動なのか、動機は定かではありませんが、問題となった”通知”の意図が説明されてあります。

なお、読んでいただければわかりますが、全体としては、役人特有の堅苦しい美辞麗句の連続です。特に気になるのは、「自己改革が必要」「自ら変わっていかなければならない」「自ら転換して」「主体的に取り組んで」といった大学に求めるキーワードが多用されており、「文部科学省は命令や指導はするが、責任は自分でとれ」といった相変わらずの役所特有の突き放す表現が気になります。読み手(私)の問題かもしれませんが。
本年6月8日付けで文部科学大臣通知「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」が発出され、『ミッションの再定義』を踏まえた組織の見直し」における教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の記述が注目を集めているが、この通知の意義・財的について氷見谷国立大学法人支援課長に聞いた。
平成28年度から始まる国立大学法人等の第3期中期目標・中期計画(平成28~33年度)の策定に向け、各大学での検討に資するため、6月8日付けで「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」の通知を発出した。その内容は、組織の見直し、教育研究の質の向上、業務運営等多岐にわたるが、いずれも第2期中期目標期間(平成22~27年度)、特に平成25年度からの3年にわたる「改革加速期間」における取組の進捗や、国立大学に対する社会の要請の高まりを踏まえたものである。
国立大学に求められている社会的役割
では、国立大学に対する社会の要請とは何か。今、我が国は、世界規模で急激に変化する社会の中で、いくつかの大きな課題に直面している。世界における日本の競争力強化、産業の生産性向上、我が国発の科学技術イノベーションの創出、グローバル化を担う人材の育成、震災の経験を活かした防災対策、地球温暖化等の環境問題への対応、今後ますます進行する高齢化と人口減少の克服、活力ある地方の創生、そして、こうした現代社会に飛び立っていく若者の育成。これらは、国民一人一人が生きがいを持ち、豊かに安心して生活を送ることができる持続的な社会を形成していくために避けて通ることができない課題である。未来が予測しにくくなっている現代社会の中で、これらの諸課題に立ち向かっていくためには、現代を生きる一人一人の個人や各種組織体が、それぞれの立場から可能な行動を取っていくことが求められる。これらの課題に対する挑戦なくしては、我が国の社会を次世代に対して誇れるものとして受け継いでいくことがで巷ないのではないだろうか。

これらの大きな変化とそれに伴う諸課題は、我が国社会の現在と未来に対する不安をもたらす一方で、今後の新たな社会の展望を開く大きな可能性も秘めている。知識基盤社会を迎え、我が国社会の活力や持続性を確かなものとする上で決定的に重要なものは、新たな価値を生み出す礎となる「知」とそれを担う「人材」であることには疑いがない。18歳人口が今後減少していく状況の中、これからの時代を担う入材の育成と、より充実した教育研究水準を確保しつつ、各国立大学がいかにその役割を果たすかが問われている。全国に配置され、高い潜在能力を有する国立大学が、その機能を一層強化し、卓越した教育力や研究力を通じて、地域、我が国、そして世界が直面する課題解決に最大限貢献することが、これまで以上に求められているのである。

特に教育については、現在、文部科学省を挙げて「高大接続改革」に取り組んでいるが、近未来に対して三人の学者による次のような分析がある。「子供たちの65%は、大学卒業後、今は存在していない職業に就く」(キャシー・デビットソン氏、ニューヨーク市立大学大学院センター教授)、「今後10~20年程度で、約47%の仕事が自動化される可能性が高い」(マイケル・A・オズボーン氏、オックスフォード大学准教授)、「2030年までには、週15時間程度働けば済むようになる」(ジヨン・メイナード・ケインズ氏、経済学者)。

世の中の流れは予想よりはるかに早く、将来は職業の在り方も様変わりしている可能性が高い。こうした変化の中では、これまでと同じ教育を続けているだけでは、新しい時代に通用する「真の学ぶ力」を育むことはできない。こうした課題を高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の改革による新しい仕組みによって克服し、子供一人一人が、高等学校教育を通じて様々な夢や目標を芽吹かせ、その実現に向けて努力した積み重ねを、大学入学者選抜でしっかりと受け止めて評価し、大学教育や社会生活を通じて花開かせるようにする必要がある。「高大接続改革」は、高等学校、大学、そして社会へと、一貫して育てていくための一体的な教育改革である。

このうち大学教育に関して言えば、その質の転換を図ることが重要な課題となる。我が国の大学生の学修時間は、米国と比べて依然として短いという調査がある。いまだ答えのない課題に向き合う力、先の予想が困難な時代を生きる力を育成するためには、教育内容、指導方法、評価方法も含めて、どのような大学教育を行い、学生をどう鍛えて社会へ送り出すか、そのための組織は今のままでよいのかということに、大学は真摯に向き合い自ら問い直す責務を負っている。
具体的には、各大学において、学生に身に付けさせるべき資質・能力を明確にし、それに基づく学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)や教育課程の編成の方針(カリキュラム・ポリシー)が適切に設定されてきたか、能動的学習(アクティブ・ラーニング)、科目番号制(ナンバリング)の導入や教育課程の体系化等を通じて全学的な教学マネジメントを確立するとともに、学修成果の把握、厳格な成績評価に取り組むなど、特色ある教育研究を行う体制がとられてきたか、という観点から、現在行っている教育内容・方法やその基盤となる組織のあり方等を点検し、変化する社会の中で学生が生涯を通じて活躍することができる力を養うことができる教育を目指していく必要がある。
これに関し、既に複数の国立大学においては、「ミッションの再定義」を踏まえるなどして、既存の教育研究組織を廃止して新たな組織を設置することにより、社会的要請の高い分野の教育研究活動を行おうとする意欲的な取組が行われるようになっている。例えば、山口大学では、教育学部と経済学部の組織を見直し、カリキュラム設計をデイシプリン・ベースドからアウトカム(人材像)・ベースドに転換した新しい文理融合型教育を行う新学部「国際総合科学部」を平成27年度から開設し、科学技術リテラシーと英語によるコミュニケーション能力、課題解決能力を併せ持った国際的に活躍できる人材を養成するため、1年間の留学の必修化、文系と理系の幅広い知識の修得、学修成果を数値化した評価方法を導入するなどの特色ある教育を展開している。また、宇都宮大学では、社会制度、まちづくり、防災・減災などの重層的・複合的な地域課題に対応できる入材を養成するため、教育学部と工学部の組織を見直して新たな学部を設ける準備を進めている。新たな学部では、地域をフィールドに学科を越えて学生が参加する課題解決型演習を必修化するとともに、全ての専門科目をアクティブ・ラーニングで実施するなどの教育の展開が予定されている。長崎大学では、経済学部と環境科学部の組織を見直し、人文社会系諸分野を「多文化社会」の観点から再編・統合した学際性に富むカリキュラムを構成する、「多文化社会学部」を平成26年度に開設し、多様な文化的背景を持つ人々と協働し、グローバル化する社会を担う人材を養成しようとしている。その他にも、東京大学では、文学部の現行の4学科を1学科に改組することにより、専門領域内での学修に自足する傾向を解決し、俯瞰的な視野から「人間」と「社会」をめぐる知を活用しうる人材を育成しようとする構想を予定している。
このように、社会のニーズと各大学が培ってきたリソースを踏まえ、幅広い知識や能力を活用できる人材を育成するため、「文」や「理」というこれまでの枠組みを超えて、自然科学、人文学、社会科学が連携し、総合的な知を形成し、グローバル化の取組、地方創生への貢献などに対応した新たな学部に改組する動きなどが着実に進んでいる。ミッションの再定義が行われた平成25年度以降、平成28年度新設見込みの学科等までを含めると、全体の約15%に相当する学科(226学科(うち教員養成、人文社会科学系は89学))で組織見直しの構想が進められている。また、東京芸術大学や一橋大学では、自らの強みを生かして海外大学と連携し、国際的な教育研究拠点を形成する構想を進めている。こうした複数の国立大学における改革の機運を全ての国立大学で共有し、それぞれの強みや特色、社会的役割等を踏まえつつ、教育研究の質向上や刷新に向けた取組を進めていくことが、現代社会において大きく期待されているのである。
なぜ特に教員養成系・人文社会科学系で見直しに取り組むことが求められるのか
こうした背景の中で、先般、「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」の通知を発出した。ここでは、全ての組織を見直しの対象としつつ、「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人ロの減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。」とした。
この点に関して、一般に、「人文社会科学系学部・大学院を廃止し、社会的要請の高い『自然科学系』分野に転換すべきというメッセージだ」、「文部科学省は人文社会科学系の学問は重要ではない」として、「すぐに役立つ実学のみを重視しようとしている」、「文部科学省は、国立大学に人文社会科学系の学問は不要と考えている」との受け止めがある。
果たしてそうなのかと間われれば、いずれもノーである。すなわち、文部科学省は、人文社会科学系などの特定の学問分野を軽視したり、すぐに役立つ実学のみを重視していたりはしない。人文社会科学系の各学問分野は、人間の営みや様々な社会事象の省察、人間の精神生活の基盤の構築や質の向上、社会の価値観に対する省察や社会事象の正確な分析などにおいて重要な役割を担っている。また、社会の変化が激しく正解のない問題に主体的に取り組みながら解を見いだす力が必要な時代において、教養教育やリベラルアーツにより培われる汎用的な能力の重要性はむしろ高まっている。すぐに役立つ知識や技能のみでは、陳腐化するスピードも速いと言えるだろう。
では、なぜ、特に教員養成大学・学部、人文社会科学系について、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」に積極的に取り組む努力が必要であると考えるのか。その背景には我が国社会を取り巻く環境の大きな変化があり、国立大学には社会の変化に柔軟に対応する自己変革が必要と考えているためである。
特に、教員養成大学・学部については、平成24~25年度に文部科学省が各国立大学とともに、専門分野ごとにその強み・特色・社会的役割を明らかにするために実施した「ミッションの再定義」において、今後の人ロ動態・教員採用需要等を踏まえた量的縮小を図りつつ、初等中等教育を担う教員の質を向上させるため機能強化を図ることとし、学校現場の指導経験のある大学教員の採用の増加、実践型のカリキュラムへの転換、組織編成の見直し・強化を推進することとしている。このような教員養成大学・学部が今後向き合うべきミッションにより注力していくため、そのミッションに必ずしも合致しない、いわゆる「新課程」は既に廃止の方針としており、そのリソースを活用するなどして」より質の高い教員養成を実現していくことが必要と考えている。
他方、これまでの人文社会科学系の教育研究については、専門分野が過度に細分化されているのではないか(たこつぼ化)、学生に社会を生き抜く力を身につけさせる教育が不十分(学修時間の短さ、リベラルアーツ教育が不十分)なのではないか、養成する人材像の明確化や、それとの関連性を踏まえた教育課程に基づいた人材育成が行われていないのではないか、という指摘が社会一般や学術界からもしばしばされており、「ミッションの再定義」の過程でも、同様の課題が認められた。先述した東京大学文学部の1学科構想は、こうした課題を受けての大学側からの自主的な改革による取組と考えられる。
先般の通知において、全ての組織の見直しを求める中で特に教員養成大学・学部や人文社会科学系を取り上げているのは、このような課題を踏まえ、教育の面から改善の余地が大きいと考えているためである。「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」とは、例えば、いわゆる「新課程」を廃止するとともに、その学内資源を活用して、学生が生涯にわたって社会で活躍するために必要となる能力を身に付けることのできる教育を行う新たな教育組織を設置すること等を想定している。
各国立大学には、教育研究の質をより高める観点から、学部や研究科(大学院)などの再編制を通じ、「社会的要請の高い分野への転換」に積極的に取り組むよう努めていただきたいと考えている。大学で行われる学術や科学技術の研究教育は未知の世界を切り拓くものである。このことを踏まえれば、各大学にはむしろ社会的要請をリードするような積極的な提案をいただきたいところである。見直しの具体的内容は、各大学の学部・研究科が果たす、あるいは今後果たすべき役割(ミッション)として再確認したことを踏まえ、必要な戦略と計画を立てて実行していただくこととなる。
国立大学も社会とともにある。そしてそのステークホルダーは国民全体といえる。新しい時代の大学教育の形をどのように創っていくか、各国立大学は英知を絞っていただきたい。それは、それぞれの国立大学自身が魅力ある大学であり続けるための重要な課題でもある。現状を維持するだけでは、学生に新しい時代に通用する力を付けることができない。
社会が大きく変貌している現在、国立大学も「社会変革のエンジン」として「知の創出機能」を最大限に高められるよう、自ら変わっていかなければならない。今こそ、新たな社会を展望した大胆な発想の転換の下、学問の進展やイノベーション創出に最大限貢献する組織へと自ら転換していかねばならない。
文部科学省は、平成25年11月の「国立大学改革プラン」の策定以降、その強み・特色・社会的役割を踏まえながら、これからの時代の新たなニーズと真摯に向き合う国立大学を目指し、機能強化の取組を進めてきた。これからも、全ての国立大学が主体的に取り組んでいただくごとを期待しており、このような大学を積極的に支援していく考えである。

最後に、筑波大学ビジネスサイエンス系教授の吉武博通氏の論考社会から支持される
大学であるためにー仕事との関係における大学教育の意義と課題ー」(リクルート カレッジマネジメント194 / Sep. - Oct. 2015)を抜粋してご紹介します。

大学が今置かれている状況、つまり、”経済成長”の観点から求められる大学の役割と、大学本来のあるべき姿とのギャップをどう考えていくべきなのかについてのヒントが隠されているような気がします。
高等教育に関する政策が次々に打ち出され、国公私立を問わず、大学はそれに翻弄されている面も否めない。リーダーシップの発揮を求められる学長は、国の政策動向を学内に伝え、それに沿った改革を促そうとする。役職教員や幹部職員等にはその意思が多少は伝わるものの、現場に行けば行くほど何のための施策かの理解も不十分なまま、ただ忙しく働かされているといった感覚だけが増していく。このような状況が際限なく繰り返されているように思えてならない。
言うまでもなく、大学における教育研究の目的は経済成長への貢献にとどまるものではない。個人の精神的豊かさ、社会の文化的豊かさ、人類社会の未来を拓くことへの貢献は大学の大きな使命であるが、成長なしにその活動を支えることが一層難しくなりつつある現実も踏まえておく必要がある。