大学や保育園でも、効率化に逆行するような現実への悲鳴をお届けする。
「やらなくてはいけない仕事」の増加
まずは、西日本にある国立大学の理工系の学部で教鞭をとる男性、Cさんの話から紹介したい。
「小学校や中学校の先生の勤務時間の長さが過労死ラインだと問題になっていますが、僕ら大学教員もかなり大変なんです。以前は、授業など学生への教育と研究の二つをやっていればよかったのですが、今はやらなくてはいけない仕事が増えるばかりです」
ひとつは「産学連携」だ。大学などの教育・研究機関と企業が連携する取り組みのことで、企業に大学の研究成果を使ってもらうことでロイヤリティ収入を得て、大学の収入を増やすことが求められる。
「大学の運営費交付金が減額されている中、大学側も儲けることを考えなくてはならない。学部によっては、地域への貢献に形を変えることもあります。そういったプロジェクトは教員側がかなり動かなくてはなりません」
産学連携は経産省からの通達でもあるため、Cさんらは頭をひねって企画を立てる。大学発のベンチャーとして株式会社を設立し、企業と大学の双方が保有する知的財産等の保護と、双方の信頼の維持のためにさまざまな契約を交わさなくてはならない。契約を締結するには、さまざまな書類が必要になる。それらは大学の事務方の協力なしには締結できない。
「(事務職の)彼らは、すぐに前例がないとか言って断ってくるんです。僕らは文科省や経産省など、国を挙げての動きでもあるし、将来的に貢献できればと思ってやっているのに」
そう憤るCさんによると「うちの大学ではそんなことはやっていませんでした」「前例がない」と反対されるという。仕事を増やしたくないのだろうか。Cさんら教員は大学を替わったりするので、メンバーの入れ替わりがあるものの、事務方の職員は50代くらいベテランになると30数年在籍する人もいる。
「紙モンダイ」「印鑑モンダイ」
「大学の主みたいになっているので、学部長や学科長の決定が事務方で覆ることもあります。事務方ラインと教員ラインでいつも戦っている感じです。彼らが事務処理をしてくれないと(産学連携の)プロジェクトは動かないので、骨が折れます」
産学連携そのものよりも、人間関係で消耗しているように映る。事務方の人たちからすれば「書類作成が増えて手が回らない」と言うそうだが、Cさんら教員からすれば「デジタル化して効率よくやればいいじゃないか、となります」
さらにここでも、小中学校同様「紙モンダイ」「印鑑モンダイ」が横たわる。
「とにかく、事務局は紙だらけです。僕ら教員とやりとりする書類はすべて紙、紙、紙です。同じ国立の東京大学、京都大学や九州大学など、名門大学はさすがに紙は少ないと聞きますが、地方大学はデジタル化に追いついていないようです」
例えば、上述した秘密保持契約の締結に際して、まず起案書があがってくる。その内容の精査、やりとりもすべて紙で行われる。ようやく完成すると、今度は印鑑が登場する。10人ほどの管理職や関係者の印鑑をもらって回らなければ、先に進めない。
大学は若者を相手にしているため、すべてにデジタル化が進んでいると勝手に想像していたが、なかなかそうもいかないようだ。授業の出欠もIDカードで記録が残るため、以前のように紙で回す出欠表も不要になった。そこで「事務も効率化しましょうよ」と提案すると、激しい反発にあう。
「仕事を削られて、クビになるのではないかと思っているようです。効率化すれば作業全体が縮小されるので、人手がいらなくなるのではと不安なんですね」
安くても「ネット等で購入しないように」
非効率と言えば、事務用品などを「ネット等で立替払いで購入しないように」という指示が事務方から出てくる。同じ物でもネットのほうが安いこともある。予算を効果的に使えるはずだし、素早く補充できる。だが、「立替払いは不正が起きやすい」「立替払いの事務処理に手間がかかる」と言われる。ネットで購入すると「国からの予算が地域の業者に落ちないので、地域の業者が生きていけなくなる」とまで言われた。挙句の果てには、業者からも「最近、発注が少なくなっていませんか」「あの先生が発注してくれない」とクレームまで入る始末だ。
「国からの予算はもともと国民の税金ですよね。少しでも物を安く買おうと思ったほうがいいに決まっている。でも、何か新しいことをやろうとすると『国からの予算は税金だから前例のないことにはお金は使えない』と言われてしまう」
加えて、学生の「こころのケア」担当になった先生は大変だ。最近では、入学式に出ず、大学の保健センターに来てしまう学生が毎年いる。そういった子は、その後の授業も「保健センター登校」だったり、不登校になる。親世代は意図的に遊んだし、アルバイトや社会勉強をして留年したが、子ども世代は意図せず学校に行けなくなってしまう。
「そういう子にとっては大学に合格することがゴールなので、受験勉強を終えて合格した後はバーンアウトしてしまうようです。うつになって不登校になる子が少なくありません。そんな学生たちのケアも、教員がやらなくてはいけません。学年ごとに保健の担当を選ぶのですが、任された先生は大変です」
保護者から「うちの子にも、もっと気をかけて連絡してほしい。なぜ手をかけてくれないのか」とクレームの電話がかかってくることもある。
私はある雑誌で10年ほど前「新型うつ」の取材をしたことがある。学生は「うつっぽくて」と言って堂々と休んでいた。欠席や課題を出さないことを教員が咎めると、ふくれてしまって大学に来なくなった。欠席理由を問うと「交通事故に遭った」「今度は親友が事故で」と嘘だらけの子もいた。単なる怠けなのか、病気なのか、皆目わからないケースが多かった。では今はどうなのか。時を経て、状況は「もっと深刻になっているような気がする。本当に生きづらそうです」とCさんは言う。
加えて、ひと昔前よりも、大学が学生の就職活動やキャリアデザインにもコミットする傾向も高くなっている。学生サポートという名の業務が増えているようだ。