2009年2月25日水曜日

大学の存在意義と自治

現在、大学は、自らを取り巻く様々な厳しい状況に耐えうる経営改革や教学改革に取り組んでいます。また、その改革手法は大学の置かれた立場や戦略によって多様であり、目的の達成にたどり着くためには大変な苦難を乗り越えなければならない場合もあることでしょう。

今回から数回に分けて、大学経営を改革するための方向性について極めて的を得た指摘がなされているのではないかと個人的には共鳴し評価している論考をご紹介したいと思います。

この論考は、日本総研の主席研究員である三宅光頼さんが書かれた「大学法人の組織的特徴(構造的陥穽)と改革の方向」というものです。全文を私の主観によるテーマで分割しご紹介していきたいと思います。

1 戦略決定機能の課題-なぜ、大学法人は存在意義(事業ドメイン)を決定できないか-

大学の事業の目的(あるいは存在意義)は何か、と問われたら何と応えればいいでしょうか。教育、研究、貢献(真理探究etc)など、大学という組織を通じてミッションを実現していくわけですが、実際にミッションは多岐にわたり複雑にからみ交錯しています。教育に携わる個人としての存在、地域社会から子息を預かり社会との共存をする法人としての存在、学問や育成を担う社会的機関、社会的機能としての存在があります。これらの存在意義が同心円内で重なり合わず、単なる集合として議論が展開されるためにその存在意義が揺れてしまいます。たしかに、個人の研究教育活動を国家権力が制約することはできませんし、授業料と税金を使う経営者の方針のもとに経営活動を行っていても、経営側からの関与は一定の制限を期待し、報酬として生計をたてている教育者は「研究をすること」が対価であり貢献であると考えてしまいがちとなります。

教育に携わるものにとっては、「学問そのものが真理の探究であり、その真理の探求に対して、個人の思い込みや、時々の権力による介入や歪曲、捻じ曲げは許されず、できうる限り客観的・科学的な眼や証拠によって取り扱われなければならず、それこそ学問が学問たる最低限の条件というものであり、その探求の環境を保護するには、自治という形態以外にありえない」ということになるのだと思われます。

それを集団で実行する場合、個人の自由と組織の自治とが交錯することになり、さらに存在意義を曖昧にしてしまいます。

自治は、地方自治体のように中央との「役割分担としての自治」と、自らの進退は自ら決定する「自決の自治」、さらに独立性を担保するための「基本的権利(人権)としての自治」があります。

本来、完全な組織の自治は「自責力・自給(立)カ・自浄(律)カ・自走力」をもつ組織のみが持つことができるものであり、組織行動を個人に展開したものではなく、その意味で大学の完全な自治は、主張(理念)としての自治はありえても、現実としての自治は、一部の制限を受けざるを得ないと考えざるを得ません。

通常、企業の事業目的は顧客の創造、企業価値の増大、事業の継続(ゴーイング・コンサーン)にあると言われています。大学の事業目的は、雑駁(ざっぱく)な表現が許されるならば、真理の探究を通じて人類と国家へ貢献することにあるといっていいでしょう。

ここでは、その前提で議論を進めることとし、そうであるならば、通常の営利企業の事業目的が「企業価値の増大と事業の継続」であると同じように、大学のミッションは、第一義には、大学(の存在)価値の増大と事業(理念)の継続(他の大学に対して競争力・存在意義のある大学創り)にあるということは可能であると思われます。

2 大学価値の増大と事業の継続の実践

それでは、大学(の存在)価値の増大(以下、「価値の増大」という、)と事業(理念)の継続は、どのようにして実践するのでしょうか。当然ですが、それは教育機関として次の3つの基本的なサービスの質を徹底的に高めること以外にはありません。

第一は、企業経営と同じく教育と研究の質を高めること(高品質の財サービス作り)、第二は学生(親)・地域と企業の三者にとってのコストパフォママンスを高めること(利害関係者や顧客満足の充足)、そして、第三に、他の教育機関・研究機関との徹底した差別化(勝てる組織と勝てる人材)を実現することにあるといえます。価値の増大と事業の継続の実践は、『財サービスの継続的開発と提供を通じて、利害関係者への満足の提供を組織として「比較優位」を実現しながら継続していくこと』と定義できるでしょう。
この定義を確実に実行していくためには、以下の3つの機能と役割を総合的に推進する仕組みと仕掛けが必要です。

1)教育と研究を担い、付加価値を高める人材の恒久的な発掘と育成を行う機能
2)教育と研究の成果を地域・社会に還元し収益の確保と存在を承認させる機能
3)教育と研究の質の競争優位性を確保するため戦略構築と実行を行う機能

これらのうち、3)は学校経営そのものの中にある独立した機能として成り立ちますが、1)と2)はかならずしも単独には存在しえません。特に2)は産官学協同(もしくは連携)の形でなければ実現しにくいのが現実です。

このことは教育機関として、「自治」だけでは成り立たなくなることを意味します。上記の2)、3)の機能強化のため、外部との関係で常に評価され選別される以上、自分たちの強みにおいて自己を相対化することが必要となり、そのことが1)の一層の強化を要求します。そしてそれは、自己評価はもちろん、相互評価すら成り立たない環境、すなわち客観的な外部評価と序列化、そして選別と選抜の機能を、多くの企業と同じようにビルトイン(内蔵化・自働化)する必要があるのです。

この時点で、「自治」だけでなく「開放(公開)」が次に求められる施策であることが分かります。価値の増大と事業の継続の実践のためになすべきこととは多くの大学で模索している「オープン化」なのです。

3 大学のオープン化とは何か

「オープン化」に対して実践できているのは、現実には「公開(市民)講座」や「オープンキャンパス」、「公開特許」でしょう。限定的な参観は進めていますが、新教育産業の塾や予備校、専門学校等でもないかぎり、公開授業を行うことは少ないといえます。ここでのオープン化とは、もっと根本的な3つの公開を意味します。

第一は資本のオープン化です。6つの資本(ヒト・モノ・カネ・情報・時間そして知識)です。特に、情報と知識の公開です。第二は組織のオープン化です。組織とは責任(成果と役割)、権限(職位と地位)、職務、そして施設です。第三のオープン化はマネジメントです。マネジメントとは、計画(戦略)・実行(プロセス)・監査(評価)・実践(行動)、すなわちPDCA(Plan・Do・Check・Action)です。

現段階では一部しかオープンになっていませんし、完全なオープン化である必要はありません。情報公開の範疇から出発し、オープン化が完全に実現できたとき、完全な自治が本当に機能していると言えるでしょう。

つまり、大学の自治とは大学のオープン化の指標であり、品質の称号であり、信頼の証明となるものです。オープン化が進み、相対化ができている大学ほどステークホルダーから信頼されており、その結果、大学の自治が進むのであって、その逆では決してないということです。≪続く≫