このメルマガは、大学現場に身を置く者にとっては、高等教育に関する文部科学省の政策動向をリアルタイムに確認することができると同時に、「政策担当者の目」「編集後記」において、実際に政策に携わっておられる担当者の方々の率直な考えを伺い知ることができます。
今回掲載されている「誰がための数値目標か」では、教育振興基本計画への数値目標の設定に関わる財務省との闘いが、決して文部科学省の面目や保身のためにやっているものではないこと、我が国がこれまでお金をかけずに教育水準を保ってくることができたのは、教育関係者や国民の懸命な努力によるものであり、教育水準を更に高めようとするならば、もっとお金をかけなければならないこと、欧米先進国がより多くのお金をかけることにより有為な人材を多く養成し、その結果として国全体のパワーを高めようとしている中で、我が国がこのまま投資努力を怠れば大変な事態に至ることは確実であることなど、国民の利益を大義として、懸命に闘っておられる姿が目に浮かびます。
官僚バッシングが続く昨今ではありますが、国民、特に我が国の高等教育の発展のために是非がんばっていただきたいと思います。
■教育振興基本計画の策定に向けた状況について
-国立大学協会から要望提出-
教育振興基本計画については、中央教育審議会(会長:山崎正和LCA大学院大学長)の「教育振興基本計画について(答申)」(平成20年4月18日)を踏まえ、文部科学省で「教育振興基本計画」(案)を公表し、各省協議を開始した旨を高等教育政策情報第30号において、お知らせしたところです。本号では、その後の動きについてご紹介します。
6月2日(月)、国立大学協会の小宮山宏会長から渡海紀三朗文部科学大臣に「教育振興基本計画について」(要望)が提出されました。具体的には、“特に、世界最高水準の教育研究環境を実現し、政府内諸会議からの大学に対する具体的な提案を実施するため、明確な資金投入の目標額を教育振興基本計画に盛り込み、出来るだけ速やかに高等教育への公財政支出をGDP比0.5%からOECD平均の1.0%を上回る規模へ拡充すべき”という要望が出されました。
これに対し、渡海大臣からは、「我々も要求側で皆さんと同じ立場」とした上で、「国策として高等教育に投資を行う必要があり、基本計画では、教育投資について具体的な数値目標を盛り込めるよう折衝していく」「各大学もこれまでの単なる延長線上ということではなく、それぞれ特色あるものとなるよう努力してほしい」等の発言がありました。
また、6月3日(火)及び6月6日(金)の閣議後の大臣会見において、渡海大臣は、教育振興基本計画について、「現在、各省協議の最中ではあるが、できる限り近いうちに閣僚間の話し合いに入りたいと考えている」旨の発言がありました。
■財政制度等審議会の意見書(建議)について
-文部科学省の見解-
財務省の財政制度等審議会(財政審)における審議状況については、「高等教育政策情報」第30号にて紹介したところですが、当審議会はその後、6月3日(火)に「平成21年度予算編成の基本的考え方について」(建議)をとりまとめました。このうち、高等教育関係の主要部分について、第30号でご紹介した内容と重なる部分もありますが、審議会の意見に対する文部科学省の見解を説明いたします。
財政制度等審議会資料掲載ホームページ(平成21年度予算編成の基本的考え方について)
http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaiseia/zaiseia200603.htm
1 総 論
財政審意見
:国民の関心は教育による成果であって投入量ではない。また、成果目標が不明確であれば評価や検証ができず、投入量が目的化すれば現状肯定に陥って、教育の改善が望めない。したがって、教育政策の目標を「投入量」から「成果」へ転換することを強く求めたい。
文科省見解
:成果目標は重要だが、成果を実現するためには一定の条件整備が必要であり、そのための投入量目標も重要。
2 国立大学法人運営費交付金の配分方法の見直し等
財政審意見
:国立大学法人については、(略)各機能・分野別に再編・集約化を行い、国からの助成も集中と選択をより徹底する必要がある。平成22年度以降の第2期中期目標・計画期間における国立大学運営費交付金の配分ルールについては、(略)大学の成果や実績、競争原理に基づく配分が確実に行われるよう見直すべきである。
文科省見解
:次期中期目標・計画期間における運営費交付金の配分においては、第1期における努力と成果を評価し、資源配分に反映。その際、大学評価・学位授与機構が学部・研究科ごとに行う現状分析の評価値を使う方向で検討中。
3 私学助成の配分方法の見直し
財政審意見
:中教審委員の「社会からの負託に応えられない大学が淘汰されることは不可避」との意見は傾聴に値する。歳出削減を緩めることなく、経営の効率化や戦略の明確化に資するような配分を推進する必要。
文科省見解
:学校法人の自主的な努力による健全な経営の確保を促すことは必要。一方で、教育条件の維持向上、修学上の経済的負担の軽減、私立学校の経営の健全性の向上のため、私学助成を充実することが重要。なお、中教審委員の意見は、「淘汰」へ言及すると同時に、「大学教育の転換と革新」に向け、公財政支援の拡充を提唱するもの。
4 高等教育費における私費負担の議論
財政審意見
:我が国の高等教育を受けた人の割合は主要先進国の中で最も高い水準であるなど私費負担が教育機会の確保に大きな障害になっているとは言い難い。高等教育の私費負担の多寡については、税で賄うか授業料で賄うかという国民負担の在り方の選択に関わる問題、我が国の国民負担率が先進国の中で最低レベル、高等教育の便益のほとんどは学生個人に帰着するものであることを考え合わせれば、これだけを論じることは適切ではない。
文科省見解
:人口比で高等教育修了者の割合が高くても諸調査によれば進学希望者が実際に進学できているとは限らず、「機会均等が進んでいる」とは言えない。教育に対して、政府としてどの程度支出するかは、政府の政策選択として総合的に決められるべきもの。例えばアメリカはわが国よりも国民負担率が低いが、公財政支出は多い。教育の受益者は、本人だけではなく社会全体(「便益のほとんどは学生個人」との主張の根拠は不明)。学生や保護者が過度に費用負担している状況を踏まえ、教育の機会均等の観点から広く社会全体で負担する方向に転換していくべき。
5 奨学金事業の見直し
財政審意見
:奨学金事業については、「能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講ずる」という教育基本法の目的から乖離しつつある有利子事業の、3%の金利上限等については、早急な見直しが必要。滞納は、大幅に増加しており、回収努力は十分とは言えない。
文科省見解
:経済的理由によって進学・修学を断念することのないよう、引き続き奨学金事業は必要であり、教育基本法の目的からは乖離していない。例えば、親の収入が平均700万円以上であっても、学生の生活費は、奨学金がなければ不足する状況。3%の金利上限は、学生の負担軽減のために重要な役割を果たしており、教育政策として必要不可欠。回収努力により貸付金残高に占める延滞債権額の割合は低下。返還金の回収は重要な課題と認識しており、民間委託も積極的に活用しつつ、法的措置を含めた回収強化に取り組む。
■教育振興基本計画に関する国会審議について
-教育投資の数値目標設定を求めて決議-
5月30日(金)の衆議院文部科学委員会は、教育振興基本計画を中心に取り上げて質疑が行われました。その中で主に教育投資に関するものの概要をご紹介します。
<数値目標設定に対する考えについて>
(問)小渕優子議員
教育振興基本計画案の中で、教育への公財政支出の対GDP比を、今後十年間を通じて、OECD諸国の平均である5%を上回る水準を目指すと盛りこまれています。今回、このような形で数値を明確に示したことは大変重要。文部科学省の今後の意気込みを感じますし、国民に対してもわかりやすく、教育再生を目指す大変強いメッセージが伝わると大いに評価するところ。目標値に関するお考えをお願いしたい。
(答)渡海文部科学大臣
日本の国力、GDPの源泉は何かと考えたとき、資源の無い我が国で唯一の資源は人間、人材。日本の社会の持続的発展のため、教育は最優先の政策課題。このため、私は、OECD平均というメルクマールは超えなければいけないと考えさせていただきました。
<数値目標について>
(問)冨田茂之議員
教育振興基本計画特別部会において、安西先生、郷先生、金子先生、木村先生の連名で「高等教育への投資を年間5兆円とすべき」との議論があったが、残念ながら答申には出てきませんでした。具体的な数値目標を基本計画に盛り込むべきではないでしょうか。
(答)渡海文部科学大臣
10年先の計画においては、(それぞれの分野の投入量などを)細かく決めるのではなく、大きな目標として対GDP比5.0%を投入目標として、中身は成果目標として書く。世界最高の高等教育を目指す。成果目標を予算の検証の中で、毎年PDCAサイクルでやっていくつもりです。
<教育費の公私負担割合について>
(問)和田隆司議員
現在の日本における教育費の公私負担割合の現状について大臣の見解をうかがいたい。
(答)渡海文部科学大臣
我が国の教育支出における公私負担割合について、義務教育段階において、私的な割合はほとんどないが、就学前、高等教育の段階は非常に私的な割合が高いと認識しています。高等教育は、公財政支出が41.2%に対し、私費負担が58.8%となっています。
<高等教育への公財政支出について>
(問)石井郁子議員
財務省は、我が国の高等教育支出は主要先進国並みだと言われている。私費負担の割合について日本はずば抜けて高い。高等教育の場合は顕著。財務省の示した数字でも、公費負担で、ドイツは、35.4%、フランスが30.9%、日本は17.4%。高等教育に対する財政支出は本当に少なく、対GDP比でOECD平均1%に対して日本は、0.5%で最下位です。高等教育への支出の少なさが奨学金問題を生み、学費で学生の負担が非常に重い問題があると認識しています。
(答)清水文部科学省高等教育局長
財務省が示した高等教育に係る学生一人当たりの教育支出を1人当たりGDPで割った指標において、我が国の高等教育支出は主要先進国並みという指摘があるというのは事実です。しかしながら、当該教育支出は公費及び私費の合計であり、公費負担部分については主要先進国で最低レベルです。また、合計についても米国の値を大きく下回っています。私たちも、高等教育支出が十分であるとは言えないと思っています。また、教育振興基本計画においては、世界最高水準の教育研究環境の実現を念頭に置きつつ公財政支出の拡充を図ることを盛り込む形で各省と協議を進めてまいりたい。
当委員会においては、以下のような教育振興基本計画について決議案が提出され、採択されました。
これを受けて、渡海文部科学大臣からは、「趣旨に十分留意して頑張っていく」旨の発言がありました。
<決 議>
教育基本法第17条に国会報告が義務付けられている教育振興基本計画に関する件
今般、政府においては、改正教育基本法に基づき、その教育環境整備を実現するため、今後の中長期的な教育政策の具体的な骨格となる教育振興基本計画の立案作業が進められているが、今必要とされているのは、何よりも教育現場における十分な財政基盤整備であり、教育の将来像を見据えた基本計画である以上、その具体的方策について明記することは必須の条件である。
ついては、政府は、教育振興基本計画の立案及びその実施に当たり、次の事項について明確にし、その実現に万全を期すべきである。
- 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならないとする改正教育基本法に定められた教育の目的を踏まえ、その精神を十分に反映したものとすること。
- 教育投資について、欧米の教育先進国の公財政支出の平均的水準を目指した数値目標を設定し、その充実を図ること。特に税制抜本改革時にあっては、教育投資の充実に向けて最優先で取り組むこと。
- 教職員定数の改善について、教員が児童生徒と向き合う時間を確保するとともに、改訂学習指導要領の円滑な実施に向けて具体的な方策を明記すること。
- これら条件整備により実現されるべき教育の具体的成果について、わかりやすい目標設定を行い、その達成に向けた具体策を提示するとともに、国会への報告等その情報公開に努めること。
■政策担当者の目 「誰がための数値目標か」
教育振興基本計画の策定作業が難航している。6月9日時点で、まだ財務省から正式な意見すら出ていない状況にある。5月23日に各省協議を開始してから、財務省から何度も膨大な質問・再質問等が出され、これに対して、文科省から回答・再回答等を投げ返すという作業が続いている。こうしたペーパーのやり取りに終始し、両者にらみ合いのまま、まだ対面折衝にも入れていない。
中教審答申では、諸般の事情により、教育への公財政投資に関する数値目標の記述が入らなかったが、文科省が作成して現在、各省協議中の計画案では「今後10年間を通じて、OECD諸国の平均である5.0%を上回る水準を目指す」との表現で、明確な数値目標を記述しているところである。
答申の段階に無かった数値目標について、計画案の段階で新たに掲げて財政当局と闘う姿勢を示した以上、文科省としては、閣議決定される基本計画に何らかの数値目標を明記すべく、万難を排して取り組まなければならない。
もしも数値目標の明記を途中で放棄するような事態になれば、教育関係者のみならず、広く国民からも「文科省なんか要らない」と言われて、見放されてしまうだろう。
ただし、この闘いは、決して文科省の面目や保身のためにやっているものではない。予算獲得という省益で文科省が動いているかのような批判は、視野が狭く間違った見解である。そもそも我が国は、あまりお金をかけずに、教育関係者、国民の懸命な努力によって、それなりの教育水準を保ってきた。
この上教育水準を更に高めようとするならば、もっとお金をかけない限り難しい。欧米先進国がより多くのお金をかけることで有為な人材を多く養成し、その結果として国全体のパワーを高めようとしている中で、我が国がこのまま投資努力を怠れば大変な事態に至ることは確実である。我々の憂慮の真因、闘いの大義はそこにある。皆さまの応援を心より期待している。
■編集後記
最近の財務省の財政制度等審議会の報告書では、「体質改善」という言葉がしばしば登場します。教育の質を高めるためには、予算等の資源の「投入」ではなく、学校経営の改革、PDCAサイクルの構築などの「体質改善」が必要であるとの由。文脈からすれば、あたかも「体質改善」には資源「投入」が不要であるかのような主張ですが、果たしてそうなのでしょうか。
最近、高等教育関係の学会などでは、IR(インスティチューショナル・リサーチ)という言葉が頻出します。これは、自己点検・評価に関わる様々なデータを調査分析し、経営に役立つ有用な情報を提供する活動です。米国の大学では、IRを担う専門的な部署・人材が普及・発達しているとのことですが、当然、その整備・運用にも相応のコストが生じます。我が国の多くの大学の人的体制の現状を鑑みれば、高嶺の花。経営改革やPDCAサイクルも、ただでは実現できません。
そもそも 「体質改善」は、重篤な状態には使わない用語。現下の教育課題について、薬の「投入」が必要な病状と見るのか否か。平成17年の中教審答申「我が国の高等教育の将来像」は、「高等教育の危機は社会の危機」と警鐘を鳴らしています。ここにも財政審との認識のギャップがあるのかもしれません。