2008年7月3日木曜日

夢と消えた数値目標 教育振興基本計画(2)

前回の日記でもご紹介しましたが、教育振興基本計画の閣議決定(7月1日)を受け、新聞各紙はこぞって社説に論評を掲載しています。

また、基本計画の策定に向けご苦労された文部科学省も、高等教育局が配信するメルマガ「高等教育政策情報(第36号 2008年7月1日)」を通じて、以下のような「反省と抱負の弁」を述べています。


■「教育振興基本計画」-大臣間の調整を経て、閣議決定-

「教育振興基本計画」は、改正教育基本法に基づき、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、政府が策定するものです。

文部科学省では、平成18年の教育基本法の改正を受け、平成18年2月から中央教育審議会において「教育振興基本計画」の在り方について検討を行い、平成20年4月に答申をいただきました。この答申を踏まえ、その後の様々な議論や要望も参考にしつつ、文部科学省が計画案を策定し、5月下旬から政府内での協議を進めていました。

このたび、関係大臣間の調整を経て協議を終え、7月1日(火)の閣議において「教育振興基本計画」が決定されました。

閣議後の記者会見において、渡海文部科学大臣からは、「数値目標を掲げることができなかったのは大変残念。現下の厳しい財政再建、財政状況の中で政府内の合意を得られなかった。今後、税制改革を含む歳入状況等の変化も踏まえ、投資と成果について研究を進めれば、数値目標は可能になるのではないか。いずれにせよ平成21年度の概算要求には、教育振興基本計画の内容を反映させていく。」とのコメントがありました。

■政策担当者の目

(1)「骨太方針2008」

去る6月27日(金)、いわゆる「骨太方針2008」が閣議決定された。骨太2008の教育関係は、昨年の骨太2007における教育関係の記述と比較して寂しい限りの分量となっている。

本日(7月1日)に閣議決定された「教育振興基本計画」に基づき「我が国の未来を切り拓く教育を推進する。」としか記述されていない原案が内閣府から示されたのが骨太の各省協議のスタートであった。

これに対して文部科学省は反発し、基本計画が5年間の施策をカバーしているところ、骨太2008では来年度の重点施策をカバーするという違いがある点を踏まえ、「その際、・・・など新たな時代に対応した教育上の諸施策に積極的に取り組む。」の記述の中に幾つかの項目を具体的に列挙すべしと主張し、協議が難航した。

骨太2008の案文の与党審査においても、教育関係の記述が少ないことについて強い反発が出され、自民党の政調全体会合は6月24日だけでは了承されずに、翌25日も開催される異例の事態となった。24日の時点では他省庁関係はほぼ調整が終了しており、調整未了の大半が教育関係という状況については、文科省もかなり馬鹿にされたものだと感じたところである。

しかし、24日夜から翌25日未明まで断続的に関係省庁調整が行われ、他省幹部から「いつもと違って今回は文科省が意外と頑張りますねえ。」と言われるほど文科省として強く主張した結果、最終的には、当方の主張がかなり取り入れられて、高等教育関係では「高等教育の教育研究の強化」と「競争的資金の拡充」の2点が骨太2008に盛り込まれる形で決着を見た。

前者の「高等教育の教育研究の強化」とは、基本計画における高等教育関係の中身、すなわち「大学等の教育力の強化と質保証」や「卓越した教育研究拠点の形成」といった事柄を包括的に含むものとして、かかる表現を採用した次第である。なお、基本計画にある「大学等の国際化の推進」については、既に骨太2008の経済成長戦略の事項の1つとして「教育の国際化」(留学生30万人計画等)が記述されているところである。

後者の「競争的資金の拡充」については、骨太方針2008の「教育の国際化」の中で、「グローバル30(国際化拠点大学30)」を開始するとされており、これを中心として来年度は抜本的に競争的資金を増加させる必要性があることから、敢えてこの部分を取り出して記述した次第である。なお、昨年の骨太2007で記述されていた「基盤的経費の確実な措置」との表現については、既に基本計画の中できちんと記述されて、今後5年間は担保されることになっていたので、ここでは特出しする必要性がなかった次第である。
以上のように、骨太2008の教育関係は、内容的にはそれなりに評価できるものであるが、分量的には昨年の骨太2007に遙かに及ばない「骨細」なものとなってしまった。

(2)「教育振興基本計画」

本日(7月1日)、基本計画が閣議決定された。いろいろな言い訳があるかも知れないが、率直に言って、教育投資について具体的な数値目標を盛り込むことが出来なかったことは慚愧の念に耐えない。

この問題については、高等教育関係者がかなり奮闘して下さったことに感謝しているが、文科省全体として、また高等教育局自身の力不足もあり、かかる結論となってしまい、私自身、関係者の皆様方に大変申し訳なく思っている。

しかし、基本計画が最終ゴールではない。今回の結論に落ち込むことなく、これからは毎年毎年の予算要求過程で高等教育予算の充実を図るべく努力したい。何度倒されても立ち上がって闘う不屈の魂を持ち続けて。


このたびの基本計画の策定、特に将来にわたる教育投資の数値目標を盛り込むことについては、文部科学省や中央教育審議会の皆さんをはじめ、多くの教育関係者の方々の懸命な努力が続けられてきたものと思います。

私達は、その努力の一端を報道等により知ることしかできませんが、大学現場に身を置く者として心から敬意を表したいと思います。閣議決定の直前まで続けられた取組みについて、2点ほどご紹介します。


支援怠れば「教育亡国」 高等教育投資拡大求め声明 (2008年6月12日付 共同通信)

高等教育への支援を怠れば、日本は「教育亡国」の道を歩むことになる-。慶応大の安西祐一郎塾長ら中教審委員の4人が12日の会合で、教育振興基本計画の策定を進める政府に、大学や大学院など高等教育への財政支出拡大を訴える緊急声明を発表した。渡海紀三朗文部科学相にも要望書を提出した。

基本計画をめぐっては、現行の国内総生産(GDP)比3・5%の教育予算を、今後10年間で経済協力開発機構(OECD)諸国平均の同5・0%に拡大するとした文部科学省原案に対し、歳出拡大につながる数値目標の設定に財務省が反発。2007年度中を予定していた閣議決定が大幅に遅れている。

声明は「高等教育のグローバル化で人材の獲得競争が激化している」と指摘。世界最高水準の教育研究環境を整備して優秀な学生を引きつけ、教育の成果や質を向上させるためには、政府による教育投資の数値目標設定や財政支出の強化は重要と主張している。


国大協が緊急アピール、「高等教育へ公財政支出増を」 (2008年6月19日付 日本経済新聞)

国立大学協会は19日開いた定期総会で、高等教育への公財政支出を現在の国内総生産(GDP)比0.5%から1.0%に倍増させるよう求める緊急アピールを採択した。企業や個人からの大学への寄付を後押しするような税制の抜本改正も求めた。

教育振興基本計画策定に向けた緊急アピール(平成20年6月19日 社団法人国立大学協会)

「知識基盤社会」において、教育は個人の資質向上のみならず、社会・経済・文化の発展・振興、国際競争力の確保等の国家戦略上、極めて重要な役割を果たすものである。特に大学は、社会人や留学生など多様な学生を積極的に受け入れつつ、教育の質を維持・向上し、学位の国際通用性を確保するとともに、イノベーションの創出にも道を拓く高いレベルの研究を遂行することなどが強く求められている。

こうした状況の下、大学自身が不断に改革に取り組むのはもちろんであるが、国においては、大学の自主的な改革を支援・推進するための財政支援等を一層拡充することが不可欠である。

去る5月23日、文部科学省が教育振興基本計画の原案を公表し、その中で、教育投資の拡大に向けた数値目標が盛り込まれ、特に高等教育については、「世界最高水準の教育研究環境の実現を念頭に置きつつ、公財政支出の拡充を図る」旨が明記された。政府内の調整が大詰めの段階に至っているが、国立大学協会総会として、下記について緊急アピールを行うものである。

なお、6月12日には、中央教育審議会大学分科会委員有志が緊急声明「「教育亡国」回避のために投資の断行を」を公にし、高等教育への投資の必要性、機会均等の確保の重要性を強く訴えており、本協会としてもこの声明の趣旨に賛同するものである。
  1. 政府は、教育振興基本計画に明確な資金投入の目標額を盛り込み、速やかに高等教育への公財政支出をGDP比0.5%からOECD平均の1.0%を上回る規模へ拡充すること。

  2. 政府は、公財政支出の拡充に加え、民間・個人から大学への資金調達を促すための抜本的な税制改正を行うこと。

関係者の努力にもかかわらず、結果的には、満足のいく成果を収めることができませんでしたが、このたびの一連の取組みは、我が国の教育の振興に向けた大きな礎となったことでしょう。

基本計画に教育投資の数値目標を盛り込むことができなかった理由は、報道各紙が分析しているとおりなのだろうと思いますし、最大のネックは財務省の強固な姿勢だったのでしょう。我が国の財政を預かる責任ある立場として、筋を通すことは大変重要なことですし、教育のみが我が国を支えているわけでもないので、こういう結果になったことは、一国民としては仕方の無いものだと納得できる部分もあります。

財務省の姿勢は、平成20年5月19日に開催された「財政制度等審議会財政制度分科会財政構造改革部会」における審議の中から垣間見ることができます。公表されている議事要旨のうち、高等教育関係について抜粋(読みやすくするために若干編集)してご紹介したいと思います。

なお、会議で使用された説明資料は、財務省のホームページに掲載されてあります。


〔藤城財務省主計官〕

■国立大学の運営費交付金と大学の在り方関係
  • 平成22年度から、新中期目標期間というものが、国立大学法人について始まる。そのために、運営費交付金の配分の見直しの議論が、これから1年程度精力的に行われることになる。

  • 国立大学法人について検討を要する課題としては、内外の競争的な環境をどう確保するか、議論の透明性や普遍性をどう確保するか、そして、厳格な相対評価をどのように行うか。

  • 個別の大学については、まず、さらなるガバナンスの充実が求められる。大学の目指すコンセプトを明確にするとともに、その実態の把握(財務諸表がまだ必ずしも十分ではない)、効果的な大学経営という意味では、教務と経営の関係(教務と財務・労務の関係)がどの程度明確になっているかなど、社会との積極的な関わりという観点で、大学が、これから努力すべき。

  • 各国立大学法人の位置付けに関して、機能の分化・明確化が求められている。大学自治と納税者利益のバランス、つまり、大学の自治は大いに結構だが、それが一方で、縦割りとか閉鎖性とか改革に対する硬直性をもたらしている。

  • 教育の機能と研究の機能は不可分であるという命題の下に、残念ながら、教育も研究もアブハチ取らずみたいなことがないのかどうか、つまり、大学ごとの機能というものを、ある程度分化・明確化すべき。

  • 研究力については、外部性などを考えれば、国費支援が必要だろうが、教育については、もっと社会や企業のニーズを踏まえた教養、職業専門教育が行われるべきで、その観点では、学費というものの重要性がもっと大きいのではないか。

  • 教育と研究の接続という点では、いろいろな意味で柔軟な組織や大学間移動(再編・集約化)が必要。

  • 運営費交付金の配分ルールについては、第1期中期目標期間については、▲1%で切っていくということをやってきた。これは、改革の必要性への認識が広がり始めるという効果もあった。一方で、一律の薄切りというのは、それぞれの大学の特性や大学の評価というものを考慮しないのではないか。

  • 競争的資金や受託研究費が拡大して、運営費交付金の削減にもかかわらず拡大をしている。実際に700億円から1,100億円もの決算の剰余金が出ている。ところが、こうした中でも▲1%に対する批判というのはやたら強く出ており、運営費交付金の削減は、一体どの分野でどの程度の効率化につながったのか、どの分野では効率化が遅れているのかといった大学ごとの分析というものがない。

  • 第2期中期目標期間に当たっては、大学の特性とか学部ごとの評価などを考慮し、国が支援すべき大学研究と必要な人材育成について交付すべきではないかというプリンシプルで考えると、教育コストについて、学部ごとの分野別の相対評価をしっかり反映した傾斜配分が必要。

  • 教育コストについては、基本的に学費等の自己収入で賄うべきではないか。その際に、国が育成すべき人材というものはどういうものがあって、それについては、国の関与の下で基盤的経費を交付することが考えられる。

  • これからの大学の機能分化を考えると、それぞれの大学の学部ごとの評価なども見ながら、自分の大学は何を求めていくのか、研究にある程度特化していくのか、それとも、地域の人材を育成していくのか、そのあたりの整理が必要。

  • 今の国立大学の授業料が全部私学並みであったら2,700億円の増収となる。また、設置基準を超える教員の人件費を削減すると、2,500億円が出てくる。この2つを合わせたものを財源として、国際競争力の強化だとか高度人材育成だとか教育の機会均等に回していく、新たな投資をしていくということもできるのではないか。
■奨学金事業
  • 10人のうち3人が奨学金を受けている状況。親の収入別で見ると、1,000万円を超える世帯の家庭でも奨学金を貸与されている。平均収入700万円程度を超える世帯が全体の44%を占めている状況。こういう中で、奨学金というのは何を求めて行っていくのかという議論が必要。

  • 今や2,000億円を超える延滞債権については、平成19年度に焦げついている債権が3万5,000件、328億円。支払督促等をした結果、約18億円程度、つまり全体の5%程度のお金が返ってきた程度であり、もっとしっかり整理してもらわなければいけない。学生を育てた大学にある程度保証してもらうとか、勤め先の企業で徴収を協力してもらうとか、何か別のことを考えないとなかなか難しい。
■科学技術予算
  • 日本の研究者数は相対的に多い中で、流動性・競争性を高めるとともに、若手や女性、十分に活用されてない人材資源の潜在力を引き出すことが必要。

  • よく言われることであるが、もっと民間資金を集めたらどうか。

  • 研究資金については、使いやすさということばかりが議論されているが、不正対策も必要で、ガイドラインの策定がなされたが、まだ現場の浸透にはばらつきがある。インセンティブやペナルティも含めて、どういう対策をしていくかという取組みが必要。
〔河野(龍)委員〕
  • 高等教育の私的負担に関して、教育という人的資本に対する投資の収益というのは、初等教育と違って、基本的には個人に属するのがメイン。アメリカはまさに、自分の教育を高めて、自分の人的資源を高めると収益性が高まるので、みんなそっちにいっているわけなのであって、これは基本的に市場に任せた方がいい話なのであって、国がとやかくするべき話では、あまり関与すべき話ではないのではないか。

  • 例えば、金融市場でなかなかお金が借りられないから、学生が自分の教育費を調達できないという話であれば、その部分で、金融市場で情報の非対称性があるから、政府部門が何らかのファイナンスで対応することはあるかもしれないけれども、基本的に、私的負担が高いのは私的収益につながる話なので、これは当たり前なのではないか。

  • 本来、問うべきは教育の充実という成果のはずなのだが、インプットと成果との関係がよくわからないので、何となくいつの間にか、インプットを高めることですりかえが起こっている。実はそのインプットというのは何かというと、基本的に教員の給与ということで、それは何となく規制産業において守られた生産者が、アウトプットの向上については何も言わないでください、だけど、労働の対価だけは増やしてくださいというふうに言っているようにしか聞こえないので、すりかえが起こっているということは非常に重要な問題だ。

  • 教育に対して多くの人たちから不満が出ている理由は、単に教育の供給サイドの能力が低下しているだけではなくて、需要サイドがより豊かになってしまったがゆえに、よりクオリティの高い教育サービスを需要するようになっているということ。人々が豊かになった結果、よりクオリティの高いサービスを需要している場合、国が果たして、それは対応できるのですかという問題。普通の産業であれば、そういった付加価値の高い多様性のあるものは国が提供できないから民間部門でやるわけなのだが、教育関係者が言っているであろうと言われる議論は、何となく全部、国で対応してしまおう、公的部門で対応してしまおうというふうな話になっているので、それはそもそも論が間違っているのではないかなという印象がする。
〔田中(弥)委員〕
  • 教育系の大学と研究系の大学というのを、もう少しメリハリをつけて分けていったらいいのではないか。

  • 現状を見てみると、今の大学のリベラルアーツ教育というのは、低下の一途をたどっている。その原因は教員の意識。大学の教員全体にアンケートをとってみればよくわかるけれども、教育者であると答える人は2割ぐらい、あとは、研究者として答える人が8割ぐらい。そういう中で、実はこの教育型と研究型を機能分化させるというのは、膨大な数の教員の意識をどう変えるかという、ものすごく難しい問題が根底に眠っていると思う。

  • 科研費等の研究資金はこのところ増えている。ところが、引用されている日本の文献、引用されていない日本の文献を見てみると、実は引用されていない論文の数がかなり増えているというデータもあるので、費用対効果を早く確認をした方がいい。
〔三村委員〕
  • 中教審で出した教育振興計画というのは、基本法に基づく5カ年計画及び10カ年計画。振興基本計画は非常にまじめに、今後のあるべき教育の姿を網羅的に出し、その対策も講じたつもり。

  • その中で財務省との間で話題になっているのが、全体の予算をどうするかという話、きょう藤城さん(主計官)が言われた話というのは、そのうちの2つの項目だけであり、ほかにたくさん、教育振興計画をまじめに議論しているということをご理解いただきたい。

  • ぜひともお願いしたいのは、去年から、こういう項目で財務省と文科省がやっているのだとすれば、なぜ意見のギャップがいまだに存在するのか。委員としてこれをチェックするのはなかなか難しい。これから閣議でどのような議論がなされるかは知らないけれども、こういう基本的な認識に差があるまま閣議で議論するのは非常に問題ではないだろうか。逆に言えば、今日の話をいろいろ聞いてみて、文部科学省の方々も、厳しい主計官にこれだけのデータを突きつけられて、大変だなと。しかし、必要な議論だと思うので。ただ、どうかご確認いただきたいのは、これだけに限定した振興基本計画ではないということであり、それだけはご理解いただきたい。