■良い見える化は、気づき、思考、対話、行動を育む
遠藤(2005)によると、同じ目的に向かって仕事をしていても、「見えていない」部分のほうが圧倒的に多く、「見える」ことは本質的な競争力の源泉だという。そのうえで、「見せよう」とする意思と「見える」ようにする知恵の2つがなければ、「見える化」は実現できないと述べている。
その一方で、「見える化」の落とし穴として、「IT偏重」、「数値偏重」、「生産偏重」、「仕組み偏重」の4つを指摘する。
IT偏重では、IT化で逆に「見えない化」が進むこともあり、デジタルとアナログの使い分けが大事とし、数値偏重では、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一元副社長の「『データ』はもちろん重視するが、『事実』を一番重視している」との言葉を紹介している。
生産偏重とは、モノづくりの現場だけでなく、全ての職場において「見える化」を徹底することの大切さを述べたものであり、仕組み偏重では、実際の業務に携わる人達の「感度」の大切さを強調している。
そのうえで、「良い見える化」は「気づき」を育み、「思考」を育み、「対話」を育み、「行動」を育むと述べ、「見える」ことが「気づき→思考→対話→行動」という一連の「影響の連鎖」をもたらし、その結果として問題解決が促進されるとの認識を示している。
明治大学でIR機能を担う評価情報事務室の山本幸一氏も、「異なる立場の教職員が、1つの目的に向けて話し合うこと、つまり組織的な議論を生み出すことが、IRの役割だと考える。部分最適になりがちで、改善が滞りがちな教学運営にあって、データを媒介に、異なる部門同士、あるいは学科会議のような機会に、大学の未来や、学生の将来に思いを馳せる、そして、何らかの教育改善に向けた活動がはじまる。データは組織や人のカベを溶かす力がある。データだけで課題を解決することはできないが、データは、人の思いをつなぎ、教育を動かすきっかけを提供できる」と述べている。
■データに基づく対話・判断・改善を常態化する
IRは「データの収集・分析による意思決定の支援」と説明されることもあり、その関心は大学執行部の意思決定、全学的な合意形成、戦略・計画の策定に対する支援に向きがちだが、より重要なことは、大学業務全般において、部署や職階に拘わらず、データに基づく対話、判断、改善が日常的に行われる状態をつくりあげることである。
「情報」は、ヒト、モノ、カネと並ぶ4つの経営資源の一つである。経営の巧拙は、いかに経営資源を獲得するか、それらをどれだけ有効かつ効率的に活用するかによって決まる。特に、情報は目に見えないが故にその収集能力や活用度を把握することは難しい。なお、ここでいう情報は、ヒト、モノ、カネ以外の無形資源の総称であり、それと使い分けるため、本稿では「データ」と呼ぶことにする。
データには定性データと定量データがあり、ともに重要であるが、トップから現場に至る構成員の感度や想像力があって、はじめて活きてくる。
大学の活動は数値で表せないものの方が圧倒的に多い。それが難しければ定性データでも良い。それすら難しければ、現場、現物、現実にじかに触れながら五感で感じとればよい。
このような考え方や行動を組織内に広げ、定着させるためには、トップがその重要性を語り続けるとともに、自ら実践しなければならない。また、部署ごとにデータの棚卸を行い、直ちに学内で共有できるもの、見せるために工夫が必要なもの、新たに収集が必要なものを明らかにし、整ったものから、様々な機会を捉えて上位者や関係部署に示してい
く必要がある。
統合型データベースの構築、ダッシュボードをはじめとする見せ方の工夫、分析手法の導入・普及、戦略・計画策定や教育改革への参画などを行いながら、上に述べたような機運を醸成していくことが、IR機能を担う組織に期待されている。
■IRの基盤なしに適切なKPIの設定は難しい
このようにしてIRの基盤を整えない限り、適切なKPIの設定も、KPIという手法を大学機能の高度化につなげることも難しい。
大工舎・井田(2015)は、常に目標を達成している組織の特徴として、①達成すべきこと・実現すべきことが数値で明確になっている、②達成のための重要成功要因(CSF=Critical Success Factor)は何かを徹底的に掘り下げている、③事実とデータを重視する、④必要な情報とは何かを考えている、⑤振り返りを行い、次につなげている、の5つをあげる。
そのうえで、業務活動の最終的な成果を測定する指標としての「成果KPI」と、最終成果を創出するための活動やプロセスを測定する指標である「プロセスKPI」の2つを設定することを提案している。
「見える化」の観点からIRとKPIによる大学機能の高度化を考える|リクルート カレッジマネジメント202 / Jan. - Feb. 2017 から抜粋