2008年1月25日金曜日

求められる大学教員の倫理観

医学部教授、9割が企業から寄付金 厚労省調査

インフルエンザ治療薬タミフルの副作用を国の補助金で研究していた大学教授が、輸入販売元の製薬会社から多額の寄付金を受けていた問題を受け、厚生労働省が調査を行ったところ、医学部教授の9割が製薬会社から寄付金を受けている実態が明らかになった。
厚労省は22日、公的研究の中立性を確保するため、監視する委員会を各大学に設置するよう求める指針を決めた。

調査は昨年8月、無作為抽出した43の大学医学部・薬学部の教授215人を対象に行い、91人が回答。
医学部教授の91%、薬学部教授の44%が06年度に製薬会社から「奨学寄付金」を受け、寄付1回あたりの平均額は約60万円だった。
医学部教授の3割余は年間の寄付金総額が1000万円以上で、3000万円以上の教授も1人いた。

指針では、特定企業に便宜を図るなどの不適切な研究を監視する委員会を各大学に設置し、国の補助金を受ける教授らは企業からの寄付などを委員会に報告しなければならない。
報告基準は各大学で定めるが、指針では「同一企業・団体からの収入が年間100万円を超える場合」などの目安を示した。

不適切事例があれば、大学が厚労省に報告、厚労省が調査や指導を行う。
改善しなければ補助打ち切りや研究費の返還請求などの制裁措置をとるという。(2008年1月23日朝日新聞)


大学教員と寄付金

我が国の大学医学部・薬学部には数多くの医師(教員)が勤務しており、その中のわずか91人が回答した調査の結果のみをもって、上記のような国の政策が決まるとはとても思えませんが、素人的に見て、医師(教員)と製薬会社のもたれあいの関係が、社会の側からきれいな関係には見えていないし、報道された数字から察するに、大学病院を含む医学部や薬学部の多くの医師(教員)が、大学から支給される報酬や研究費以外に多額の資金を受けていること、また、その資金の使途が社会に明らかにされていないことはまぎれもなく事実なのでしょう。

医師(教員)と製薬会社は、患者の命を救うという共通の使命を持ち、これまでもそれぞれの努力や相互の連携によって多くの人命が救われてきているのですから、両者の関係を完全に否定することはできません。

しかしながら、上記の報道が伝えているように、両者の間に不透明な資金の流れや、そのことによる何がしかの不正が存在している場合、さらに、一方の医師(教員)が、国立大学に勤務する者であったり、国からの補助金を受けていたりする場合には、国民の税金の使い方として大きな問題があります。

医師(教員)と製薬会社との間に発生した寄付金を媒介とした犯罪的行為は、氷山の一角ではありましょうが、これまでにも数多く報道されてきました。

例えば、最近紙面をにぎわせた事例として、このブログ*1でもご紹介しましたが、某国立大学で、医療機器販売会社が大学への多額の寄付を足がかりに関連病院への販売実績を上げようとした営業攻勢を背景として、大学病院の手術室工事の過程に法令・内規違反があったとする報道がありました。

また、医療機器の購入に関する不正としては、医師(教員)の側が、医療機器を買ってもいないのに買ったことにして、いったん企業にお金を支払い(正確にはお金を預け)、しばらくした後にそれを寄付金として受け入れるやり方も一般的によく見受けられる事例ですし、摘発を避けるために、支払ったお金を複数の企業に迂回させ、購入した企業ではない別の企業から寄付金を受けるという悪質なやり方も使われています。

さらに、大学には企業との共同研究という制度がありますが、相互の経費負担や知的財産権の所在などをどうするかといった煩雑な手続きを避けるため、あるいは資金の使途の柔軟性や非公開性といった面で医師(教員)にとって得策なため、多くの医学部や大学病院では、共同研究という形態をとらずに寄付金として資金を受け入れる傾向が強いようです。

このように、大学医学部・病院の医師(教員)には、様々な理由や手法により、利害関係者である製薬会社などから資金が入っています。


研究費不正

大学教員が大学外から受け入れる研究資金の代表的なものに文部科学省が用意する「科学研究費補助金」というものがあります。
平成19年度現在で、総額1900億円ほどの予算規模になっていますが、このような研究資金は、運営費交付金のように、国から大学という機関に対し配分される資金と異なり、個人向けの補助金という性格上、その管理の透明性や、法令等に従った誠実な事業遂行についての国民や社会に対する説明責任が強く求められています。

例えば、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」に違反し、獲得した資金を他の用途へ使用する等不正な使用を行った場合には、身分上の処分や資金等の返還のほか、例えば、資金等の申請を数年間辞退せざるを得なくなるなど厳しい社会状況になっています。

研究費の不正については、昨年、数多くの報道がありました。

これまで、資金を受ける研究機関である大学においては、例えば、
  1. 知識不足や不慣れから生じる不適切な管理を防止するとともに、資金等の適切な管理を行う上で必要な知識や情報の提供等を行う支援組織(相談窓口)を設置したり、

  2. 資金等の適正な管理に関する周知を徹底するために、外部資金等の管理に関係する教職員向けの研修会や説明会を定期的に実施したり、

  3. 外部資金等の管理を適切に実施するための教職員向けマニュアルを、初心者にも理解しやすい豊富な事例や、質疑応答を盛り込むなどして作成し周知したり、

  4. 取引企業等が関与した資金等の不適切な管理が発生している事例があるため、関係企業等に対し、会計制度、経理事務の適正な手続き等についての周知を徹底したり
といった様々な不正防止対策が講じられてきています。

しかしながら、教員自身の意識、モラルの低下という根元的な問題がなかなか解決できないということもあり改革が思うように進んでいません。

参考までに、研究費不正の手口のうち代表的なものをご紹介しましょう。(※決して手口を推奨するために書くのではありません。)

■賃金・謝金、旅費の現金払、代理受領に起因する不正

実態のない賃金・謝金、旅費を支払うことにより資金等をプールし、他の用途に使用する、いわゆる「名義貸し」「カラ雇用」「カラ出張」というものがあります。これは、「現金払い」や「代理受領」を行っていたことに起因して発生しています。

■勤務実績の未確認に起因する不正

いわゆる「カラ雇用」といわれるものがあります。雇用関係書類、支出関係書類等については、本来、被雇用者が自ら署名・押印しなければならないことになっているのですが、賃金・謝金等の受け取りのために開設した預貯金口座に係る預貯金通帳、銀行等届出印を研究室等において一元的に管理していたり、勤務実績の確認も、研究室だけで行っているために発生する不正です。

■債務完了確認の不徹底に起因する不正

取引企業等に架空の品目名義で支出し、実際は別の品目を納品させる、いわゆる「預け金」や「品名替え」は、物品の納品検査や役務提供の完了確認等を適切に行っていなかったことに起因して発生する不正です。債務完了の確認を研究室だけで行っていることが不正の原因になっています。

いずれも悪質な手口であり、司法のお世話になったケースもたくさんあるようです。


倫理観と説明責任

最近、製薬会社や医療法人との関係が問題視されている医学部(又は附属病院)への寄付金に関する情報公開(寄付者名、寄付金額、受入教員名などの開示)を報道機関から求められているケースが増えていること、しかし、残念ながら現状においては、透明性の確保に向けた大学教員の意識レベルがまだまだ低く、情報公開法で義務付けられている「情報を国民に公開し説明責任を果たすこと」ができていないことについて大いなる反省をすべきことについては、既にこのブログ*2でも述べました。

大学教員の使命達成に必要なお金の入り口と出口については、今後とも厳正な管理、透明性の確保、そして教員への厳正な処分を徹底することが何より必要ですし、公的セクターである大学、そこに勤める教職員は、社会の常識に目線を置いた倫理観を持ち、社会への説明責任を果たすことを常に心がけておかなければなりません。


参考までに、約1年前に報道された記事をご紹介しておきます。

タミフル研究者に1000万 危うい奨学寄付金(東京新聞)

インフルエンザ治療薬「タミフル」と異常行動の関連性が疑われている問題で、聞き慣れない言葉が紙面を飾った。「奨学寄付金」。

民間企業が大学教授などの研究者に提供する資金だ。近ごろもてはやされる「産学連携」のキーワードともされるが、ひも付きの資金だけに、研究成果にスポンサーの意向が反映されないか懸念が残る。危うくはないか-。

今回の問題でクローズアップされた「奨学寄付金」という制度。文部科学省は「現在、国の制度としては存在しません」という。どういうことなのか。

独立行政法人化する前の国立大学では、教育・研究の奨励などを目的とする奨学寄付金は、国立学校特別会計法などに基づき、国の歳入にいったん計上され、文科相が学長に寄付金相当額を交付して経理を委任していた。教員個人への寄付でも、いったん教員が国に寄付する形をとっていた。

しかし、独立行政法人化で同法は廃止。後は「各大学が同様の制度を独自に存続させている」のが現状だという。

■産学連携の落とし穴

こうした流れの中で、各国立大は企業との共同研究など産学連携や寄付金獲得に躍起となっている。特にありがたがられるのが「奨学寄付金」であるという。

旧帝大の大学病院に長く勤務していた医師は「科研費など国からの助成金は限りがあるし、年度内に使わなくてはならないなどの制約があり使いにくいが、企業からの寄付は自由がきく」と話す。また「企業からの援助としては、特定の研究課題のために企業から受ける『委託研究費』と、自由に研究費として使える研究寄付金と呼ばれる『奨学寄付金』があるが、自由に使える研究寄付金ほどありがたいものはない。製薬会社は、自社の薬を(病院や研究室で)使ってほしいから、寄付金を出したりする」とも打ち明ける。

それだけに「(医学部では)どれだけ企業から寄付金を集められるかで教授の力が決まる」とも。
「教授が有名になるほど寄付金は集まるようになり、企業の方から寄付を申し出るが、『こういう研究がしたいんだよね』と教授側から懇意の企業担当者にそれとはなしに話すこともある」という。

寄付集めに血眼になる背景には大学間の格差の顕在化もある。

ある国立大工学部教授は「年間2百50万円あった研究費が2年前から30万円になり、コピー代にしかならない。各研究室が大学図書館に置く専門書や資料代として年間25万円を出していたが、今はゼロ。地域の“知の拠点”としての環境も崩れてしまった」と嘆く。もはや寄付は研究になくてはならないものだという。

■教員個人に寄付 透明性は怪しく

しかし、国立学校特別会計法の廃止にともなって、学校側は教員個人への寄付を大学が把握する法的根拠もなくなっており、その透明性が怪しくなっているのも事実だ。

会計検査院は2003年度の決算検査報告で、東京大など9国立大学で教員個人への寄付計約3億5千万円(2年間)が大学の会計に入っていなかったとして、旧制度と同様にいったん教員から大学法人に寄付させる規則の整備を求めている。

東京大広報課は「教員または研究室への寄付は法人への寄付として受け入れている」とするものの、「寄付目的別での金額の整理は行っていない」として、教員個人あての寄付の総額も把握していない。

■疑われる関係やめよ

もうひとつの問題は、研究成果にスポンサーの意向が影響を及ぼすことがないかどうかだ。

横田俊平・横浜市立大教授の講座に01年から1千万円を寄付していた、タミフル輸入販売元の中外製薬はどういう意図で寄付していたのか。同社広報グループは「同大の小児科学講座は自己免疫疾患や難治性疾患に有数の研究をしているため寄付先に選んだ。そもそも奨学寄付金は成果を求める性質のものではなく、成果を期待する場合は受託研究として行っている」と、副作用研究との関連づけは心外という様子で話す。

新薬開発をする製薬会社が加盟する日本製薬工業協会も「新薬の開発には、国の厳しい審査を通らなくてはならず、純粋なデータを出さないと途中で駄目になる」と研究に余分な意思は働かないと主張する。

大手検査会社の社員は「自社で解析すると都合のいいデータではないかとみられるし、薬の解析は患者が集まる医療機関が入らないとできない。いいデータを出してほしいのはやまやまだが、客観性を担保するためにも、委託して大学と共同研究するのが普通の流れ。データを誰が評価するかも重要」と必要性を強調する。

しかし、ある私大工学系の教授は「人間ですから、企業と一緒に開発したり研究していた製品をかばいたくなる気持ちはある。だからこそ、お金のやりとりがあるときは審査や検証する立場になるのは避けるべきだ。また、寄付金を個人で管理させていた大学もあるが、大学が管理すべきだ」と苦しい胸の内を語る。

前出の医師は「企業の寄付金が純粋に研究を推進しているのは確か。(研究に自由に使える寄付で)データのねつ造が起きることはないが、何か起きたときに火消しを期待される可能性は否定できない。実際にバイアスがかかったかどうかを証明することは難しい。だからこそ、疑われるような状況での寄付を受け取るべきじゃなかった」。

金沢大病院の打出喜義医師は、同病院でインフォームドコンセント(十分な説明と同意)なしに臨床試験が行われたとされる損害賠償訴訟で、内部告発を行い、原告側に協力した経歴を持つ。その打出医師は「製薬会社から医者に渡るお金は、どこの大学でもある。奨学寄付金自体が大きな問題になるわけではない。むしろ製薬会社のお金に頼らなければ研究ができない大学の研究体制の方が問題」と指摘する。

しかし一方で「(企業と研究者の関係は)一般人の目でみれば適正な関係ではない」として、「例えば政党助成金は特定企業と政治家の癒着など政治腐敗を防ぐために導入された。本来、こうした形にすべきだ。企業のサポートがなければできない研究体制でいいのか、社会的・国民的に考えないといけないのではないか」と提案する。

■企業からの寄付 米では論文公開

「米国でも数年前、たばこに害はないと発表した研究グループが大手たばこメーカーからお金をもらっていた問題で、研究者と企業の利益相反が問題となり、企業から寄付をもらっている場合には論文にそのことを公開しようという流れになってきている」。その流れで見ると、今回のケースには疑問符も付く。

「(利害関係のある)製薬会社から1千万円の寄付を受けていた人が研究班長では困るというのが普通の人の感覚でしょう。厚労省が研究班メンバーを選ぶときに寄付を受けているかチェックしたり、メンバー自身も任命されるときに『いいのか』と確認するぐらいの慎重さがあってもよかったのではないか。異常行動で亡くなった子どもの遺族の気持ちを考えれば、疑われて怒るという反応はよくない」。確かに10代の子どもを持つ親にとっては人ごとではない問題なのだ。

■問題の背景

インフルエンザ治療薬「タミフル」の服用と異常行動の関連性を調べている厚生労働省の研究班の主任研究者で、横浜市立大の横田俊平教授の講座に、同薬輸入販売元の中外製薬(東京都中央区)から「奨学寄付金」として2001年度から06年度までに計約1000万円が支払われていることが判明した。昨年10月、教授らは約2800人の患者を対象とした調査結果として「タミフル服用の有無によって異常行動の現れ方に差は見られない」と発表。厚労省はこの結果などから、タミフルと異常行動の因果関係を否定した。

<デスクメモ>
新型インフルエンザの流行を迎え撃つために、政府は膨大な量のタミフルを備蓄しているはず。もしも、わが子が新型インフルエンザにかかったらタミフルを飲ませるべきか否か、市民が求めているのは、そうした切羽詰まった場面で生きる情報だ。疑心暗鬼の種をまくのは、それだけで罪だと知ってほしい。


*1随意契約-天下り-不正