今回は、このIDEの中で、前回ご紹介しなかった「法人と運営組織の課題」(上杉道世氏)を全文転載します。大学にとって重要な経営基盤である組織・運営体制が果たして有効に機能しているかどうかの再検証に十分活用できる内容ではないかと思います。
法人と運営組織の課題(日本スポーツ振興センター理事・前東京大学理事 上杉道世)
1 法人運営の目指すもの
法人となった国立大学の運営組織が目指すものは何だろうか。論者によって様々な整理が可能だが、私は法人化以前の国立大学について指摘された、様々な問題点を克服する方向性を重視したい。ここでは次の3点を挙げておく。
- 厳しい行財政と社会環境の中にあって、教育研究の質を高めていくための、効率的でゆるみのない大学経営を実現する。そのためには学長がリーダーシップを発揮し、大学経営の方向性を明示し、全学の資源を有効に活用する経営でなければならない。
- より良い教育研究を展開するためには、教員の自主性を尊重しなければならないのは当然であるが、同時にその自主性は大学全体としての経営基盤の上に実現していくべきものである。教育研究の自主性と責任ある大学経営の確立を両立させるための新たな工夫が必要である。
- 国民と社会から理解され支持される大学であるためには、国民と社会の期待を大学経営に反映し、長期的に国民と社会に利益を還元していくことが明らかになる、経営の在り方を実現しなければならない。
2 法人法上の運営組織
(1)学長
法人法上は様々な権限が学長に集中し、その存在意義が飛躍的に高まったが、まだその真価は発揮されていない。権限があるといっても、それが機能を発揮するためには、様々な環境整備や仕組み上の工夫が必要である。
まして大学では、露骨な権限行使よりも関係者の納得を重視した物事の進め方が歓迎されている。学長のリーダーシップという言葉にも学長の積極的な方針提起とともに、できるだけ説得や誘導による合意形成を大切にするというニュアンスがありそうだ。であるならばその経験を蓄積し、手法を開発していかなければならない。
学長に対する期待は大変大きい。教育研究上の見識と実績、人格の高潔さ、対外的折衝力と人脈、経営管理の実務能力、どれも大変である。もちろん一人でかなりやれる学長もいるだろうが、多くの場合、一人ですべての役割をこなすのは難しい。学長のリーダーシップを支える仕組みが必要である。後述の様々な組織が連動して、学長の方針の作成、その方針の学内への浸透、全学的資源を活用した方針の実施などに向けて機能しなければならない。論理とデー夕に基づく、説得と納得によるリーダーシップは、手間と時間はかかるが、いったん動き出せば大きな動きを作り出せるだろう。
本来学長になる人には、相当な専門的訓練が必要であるが、現実には学部長や理事・副学長の数年間の経歴で学長になる人が多く、不十分である。学長としての能力を高めるための学習の機会が必要であるとともに、学長の機能を支える強力な組織が必要である。
(2)役員会
役員会は、法人化により新たに生まれた重要な機関である。しかしその人選や開催状況などを見ると、機能が発揮できている大学と不十分な大学とがあるようだ。
役員の人選にあたっては、大学経営に関する能力及び学長とのポリシーの一致を、重視するべきである。もちろん、出身母体に関してのある程度の配慮は必要だが、単に有力部局の代表者を集めるような人選では役員会は機能しない。学長でさえも最近は、小規模部局や研究所出身の人が、実力本位で選ばれるケースがみられる。まして役員は、実力本位で選任するべきである。そして教員にこだわらず、職員や外部人材の登用を考慮するべきである。
法人としての大学経営において、役員会の仕事は大変多い。役員は専任として、勤務のすべてを役員業務に捧げなければならない。多くの時間を研究室で過ごし、その片手間に月に一度集まるというような状態では、大学経営は無理であろう。そのような大学では結局、仕事は学長と事務局任せになり、事務局支配だなどという愚痴が出てくるであろう。役員会が本来の任務を果たすべきである。
法人法上の審議事項を決定するのは、もちろん重要な機能であるが、その前段として課題を発掘し、先見性がある議論を迅速に行い、課題解決の方向づけをするという機能が大切である。このため形式上の役員会に加えて、懇談会その他の形態のもとでメンバーも役員以外の必要な人に加わってもらうという工夫をしている大学が多い。これらも広く役員会組織ととらえることができ、妥当な傾向であろう。
合議体としての役員会は、議論と意思決定の場である。生産的で徹底した議論のうえ、結論を出すことが大事である。役員会は一体、学長と役員会も一体でなければならない。
個々の役員も担当事項については最終責任者として、基本的な方向付けから実務まで統括する。このため、事務組織をうまく活用することが重要である。役員と事務組織の関係には、役員ごとに特定の部や課を所管する縦割り型と機能ごとに所管する横断型がある。大学ごとに事情は異なっているため、どのような形態がよいか一律には言えない。どの形態をとっていようと大事なことは、役員会全体として、全部の業務に責任を持てるよう一体性を確保することであろう。
(3)経営協議会
経営協議会は、大学経営への学外者の参画という、法人化によってはじめて実現した、画期的な意義を持つ組織である。しかしその意義はまだ、十分生かされていない。法人化以前も運営諮問会議という形で、学外有識者の意見を聞く試みはされていたが、経営協議会は経営に関する責任ある決定をする場であるという点で大きく異なる。
制度実施後数年たち、外部有識者と大学側双方にフラストレーションがたまっているようだ。外部委員からは、年に数回の会合で型どおりの説明ばかり行われ形式的な審議に終始している,意見を言ってもそれがどう経営に反映されているか分からない、という感想が聞かれる。大学側からは、大学の実情も知らすに思い付きだけで意見を言われても対応できない、もっと大学のことを勉強してもらいたい、との感想が聞かれる。
両方の言い分にはそれぞれ当たっているところがあるのだから、経営協議会の運営に責任のある大学側が努力して、軌道修正していくべきである。
経営協議会は、所定の審議事項の形式的な報告処理だけでは、あまり意味のない組織となってしまう。重要課題の実質審議を行うべきである。そのためには、定例的な議題はできるだけ事前に資料送付や説明を行い、会議当月は重要課題に十分時間をかけるようにする。議事に際して大学側は論点を整理し、何が選択肢かを明確にして提案する。出された意見については誠実にフォローアップする、といった工夫が必要である。
外部委員側も会議の時に来ておしゃべりするだけでは役割は果たせない。日ごろから大学経営を勉強し、コミットする覚悟を持ってもらうように、大学側が誘導しなければならない。そのためには、経営協議会の会議の時だけが接点ではなく、日ごろから大学の情報を提供し、卒業式・入学式などの重要行事には参加してもらい、重要課題については個別に意見を聞いたり小委員会を設けて知恵を出してもらったり、実際の業務実施にかかわってもらうなど、様々な形で接点を持つべきである。
外部委員は多くの場合、民間企業や地域社会で重要な活動をしている方々であり、その知識と経験を大学経営に生かすことができれば効果は大きい。さらに大局的には、経営協議会は社会が大学をどう見ているかということを把握する、貴重なチャンネルである。外部委員の共感と納得を得られないような経営では、財政当局や国民への説得力はないと思った方がよい。逆に外部委員は社会への影響力を発揮して、大学の強力なサポーターともなってくれる可能性がある方々であり、民意を反映し国民の支持を得られる国立大学の在り方を実現するための、有力な手掛かりを提供していただける方々であると考える。
(4)教育研究評議会
法人化以前は、評議会は学内のあらゆる重要事項が審議される組織であった。同時に、意見対立があると審議が進ます、時間ばかりがかかるという非効率な組織でもあった。法人化後、かたや役員会が執行部として機能し、かたや学部長会議など従来型の組織が実質的審議機関として存続しているなかで、教育研究評議会はどういう役割を発揮したらよいのだろうか。
メンバーが部局の利害代表であり、自分の部局にマイナスがないかどうかをチェックするだけの、拒否権発動の場であるとするなら、教育研究評議会独自の存在意義はない。この場合は、実質的な議論の場で合意された内容を追認するだけの組織であると割り切ることになる。
教育研究評議会について、私は、全学に共通する教育研究上の課題について、長期的視点で、どこを見直しどこに重点を置くかなど、その将来構想や協力体制について議論を深める場として活用すべきだと考える。現状の中期計画の教育研究に関する記述を見ても、多くの大学で、全学的な方向性は抽象的であり、具体論は各部局の計画の羅列になっているのではないだろうか。むしろ日ごろから10年、20年先の全学の教育研究の在り方の構造的変化を構想し、それに基づいて、6年間の中期計画を描くというぐらいにすべきであろう。6年間という短期の計画では、教育研究は語れないと言うのであれば、自ら長期の構想を示すべきであり、それを行う場は、教育研究評議会が最も適切ではないだろうか。
(5)学長選考会議
学長選考会議は、法人化とともに登場した極めて重要な組織だが、多くの大学ではまだその真価は発揮されていない。今後さらに困難の度合いが高まっていく大学経営の責任者を決めるのに、学内者の投票に実質的に委ねるという方法には問題が多い。経営の責任者として、構成員に不評な判断でも選択せざるを得ないことがある。特に人件費管理は、経営上の重要事項であり、選挙で選ばれた学長が、労務において厳しい経営判断を、下すことができるだろうか。歴史を振り返れば、戦後の新制大学発足時に、学長の選び方について旧制帝国大学で行われていた方式をすべての国立大学で事実上応用してしまったという経緯もある。今一度これからの国立大学で、どのような学長選考方法がよいか、よく考えるべきである。
各大学の学長選考会議の現状をみると投票で選出された候補者を追認することにしている大学と投票結果を参考として選考会議が選択できる大学とがある。学内構成員の意向を何らかの形で把握するのは、もちろん有意義ではあるが、学長選考会議が見識を持って候補者を選択し、決定できる方式をとるべきであろう。
(6)監事
法人化後置かれることになった監事もそのあり方は依然として大学や人によって様々である。国立.大学法人の監査機能については、内部監査、監事、監査法人、会計検査院など、重層的な仕組みとなっており、監査される側は大変である。ともすると公務員時代と同じように、問題を起こさないよう守りの姿勢に入りがちだが、それでは法人化の趣旨を生かすことはできない。
執行責任を負わない監事は、経営手法が確立している組織にあっては、執行部の執行状況を把握して点検していればよいのかもしれないが、国立大学の経営はまだ形成途上である。このような状況下で、監事には、各大学の経営の新しい在り方を誘導し、組織の健全性を保つと同時に、柔軟で効率的な経営が実現するよう、様々な形で関与を強めていくことが期待される。
3 各大学が独自に工夫している組織
(1)部局長会議など学部研究科等の学内組織の代表者で組織している会議
法人化以前からの形態や機能を受け継いで、依然として多くの大学で重要な役割を果たしている。もちろん、学長のリーダーシップと、学内の多様な利害の調整の場は必要である。ただし、ここがいたずらに時間と労力を要する場となっている大学は、発展しない。学長の方針を浸透させるという面を重視しながら、運営していくべきであろう。
(2)業務ごとの学内委員会
法人化以前は、多くの学内委員会が乱立しており、非効率の象徴となっていた。多くの大学は法人化に際してかなり整理したが、法人化後に生じた重要課題への対応のため、新たに設置された委員会もある。各部局の代表を形式的にあてる委員会ではなく、課題に対する知恵を持っている人材からなる実質的に機能する委員会を活用すべきである。
(3)室など教員職員一体の機動的な組織
法人化後多くの大学で試みられている新たな形態であり、運用に熟達すれば大きな機能を発揮できる可能性を持っている。法人化後、さまざまな新たな重要課題が見えてきている。教員であれ職員であれ外部人材であれ、課題に対処できる力を持った人たちが、チームを組んで担当していかなければならない。学長・役員に直結して活動する、従来の組織にとらわれない課題解決型の柔軟な組織である。
(4)副学長、副理事、学長補佐などのハイレベルの役職
理事の数は法定されているが、現実に必要な重要役職の数や種類は、大学の運営方針によって異なるのは当然である。副学長、副理事など、大学の判断で役職を置けることが、法人化のメリットであり経営能力のある教員の発掘と活用、職員、外部人材を経営人材として確保する際に有効である。
(5)事務組織の機能向上
法人化以前、事務組織は定型的な事務処理機能を中心に考えられてきたが、法人化後は、法人経営と教育研究を支える機能を、飛躍的に向上させなければならない。個々の職員の能力を向上させるとともに、組織として学長役員を直接支え、政策の形成と実行に責任を持つようなあり方に、切り替わらなくてはならない。各大学で様々な試みがなされており、大学職員集団の能力向上と役割の発揮に積極的に取り組んだ大学が、大学経営活性化への道をたどるであろう。
4 部局の運営の機能向上
全学の運営の機能を向上させようとしても、部局の運営が不透明で不合理では実現しない。今後は部局においても、経営判断が迫られることも多くなり重要課題についての自律的判断機能を形成する必要がある。あらゆる議題を教授会にかけて長時間の議論を繰り返し、結局意思決定できないという従来よく見られた教授会の在り方は、変えなければならない。学部長を中心として、副学部長、事務幹部などによる強力な執行部を形成し、日常的な運営事項はそこで決定し、重要課題についても議論を絞り込んでおくといった、効率的な運営方式に切り替えるべきであろう。
例えば財務状況について、定期的に収支バランスが把握され、その情報に基づいて経営判断がされていくといった運営が必要である。このような部局の経営情報と経営判断の集積の上に、全学的な経営情報が成り立ち、部局の自主性と全学の効率性を両立させる経営判断が可能となる。共有しうるデータと論理性のある判断をすり合わせてこそ、説得力のある判断ができる。本部と部局で押し問答をしても、お互いに疲れるだけであり、知的集団にふさわしい意思決定プロセスを形成するべきである。
5 経営機能分析に基づいた組織論の必要性
以上、法人法上の組織および実態として行われている組織ごとに見てきたが、本当の組織論を展開するためには、全学の経営機能の分析に基づいた論じ方が必要ではないか、という思いがしてならない。試みに簡単なスケッチを描いてみよう。
1)全学の基本的な機能を維持し、健全性を保つという機能=組織
どの団体でも見られる人事、財務、学生支援、研究支援、国際、情報等の学内横断的な機能があり、本部及び各部局にネットワークが形成されている。さらにリスクマネジメントやコンプライアンスの機能が重なり合い、安定性と柔軟性のバランスが課題である。
2)活動を改善あるいは創造し展開する機能=組織
学生のニーズを満たす教育と、教員の自主性を生かした研究の展開である。個々の教員の自主性が尊重されるとともに、教育のカリキュラムや研究の体系性に基づき部局が編成されているわけであり、部局の自主性も尊重される。しかし、新たな知見が次々に生まれることにより、従来の部局の不全にはまらないあり方などが必要である。そのためには、絶えざる改善、あるいは新たなものの創造(及びそれに伴う既存のものの見直し)が必要となる。
3)情報共有とコミュニケーションに基づき道筋をつけていく機能=組織
しかし2)だけでは、大学全体としては、バラバラの活動の集積となってしまう。大学としての大きな方向性を持ちながら、自主性を誘導して何らかのまとまりを形成していく、知的集団ならではの機能、あるいは組織形成が必要である。
これらの課題に応えるために本当は、構成員全員が情報とポリシーを共有すればいいのだが、特に大規模大学ではなかなか難しい。少なくとも大学を支える中核的集団である、本部と部局のコアとなる教員と職員は、情報とポリシーを共有し、1)を改善しつつ活用しながら、2)を実り豊かに生み育てていくための知恵と経験を、積み重ねていかなければならない。
私は日本の大学経営の在り方も、それを分析する手法も、まだ十分開発されてはいないと感じている。国立大学法人経営の経験の深化とともに、国立大学法人経営を見る目も成長していくことを期待したい。(IDE 2009年6月号掲載)