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早く帰りたい。
今から7年前。
街を歩く人たちが少し浮き足立って見え、イルミネーションが少しだけ寒さを忘れさせてくれる季節。
毎日、毎日、早く帰りたかった。
でも、仕事が終わらない…。
ほとんど毎日残業で、深夜0時をまわることもあった。
そんな中、唯一励みになったのが、同棲していた彼女からのメール。
「遅くまでご苦労様。身体に気をつけてね」
「今日も一人で残業かな?寂しくなったらいつでも電話してね」
「こんなに遅くまで凄いよ。私も起きて待っているね」
彼女からのメールのおかげで何とかその日その日を乗り越えることができた。
彼女は一度も文句を言わなかった。
何かあってもすぐ謝るから、ケンカにもならなかった。
そんな彼女が大好きだった。
年が明け、2月のはじめ、突然「別れたい」と言われ、何が何だかわからないまま別れることになった。
すべての荷物を運び出し、部屋を出て行く彼女を僕は見送ることができなかった。
彼女のすすり泣く声と震える声で言った「じゃあね」が悲しすぎて下を向いたまま手を振って別れた。
その年の冬は特に寒かった。
春が来て、夏が過ぎ、秋を迎えた頃、連絡が来た。
彼女が亡くなったと、彼女のお兄さんが教えてくれた。
信じられなかった。
彼女は病気と闘っていたのだという。
僕は電池が切れたように、その場に崩れ落ちた。
「なんでもっと早く帰ってあげなかったんだよ!」
「なんで別れるときに、しっかり理由を聞かなかったんだよ!」
「なんで内緒にされるような付き合いをしちゃったんだよ!」
自分を責めている僕を見て、お兄さんが渡してくれたのは少しボロくなったノート。
中は、僕が送ったメールの書き写しだった。
亡くなる前、力が入らない手で一生懸命書いたのだろう。
細く、きれいとは言えない字で書かれていた。
12月2日
遅くなってごめんね。今日こそは早く帰ろうと頑張っていたんだけど、結局はこの時間だよ(汗)
もっと仕事ができる人間になるぞ!
12月5日
約束していた映画、また今度行こうね。
今日も遅くなちゃってごめんなさい。
埋め合わせは必ずします。
12月9日
イルミネーションの時間、終わっちゃったね(汗)
今年中に必ず連れて行くから!
ごめんね。
12月10日
・・・
最後のページにこう書かれていた。
「彼のおかげで、私は幸せに人生を終えることができます。
彼のおかげで、初めて人にやさしく生きることができました。
彼が必ず謝ってくれたから、私も素直に謝れました。
仕事をしていても、いつも気にかけてくれていたから寂しくはありませんでした。
ここにある彼からのメールは、私の宝物。
どこにも行けなかったけど、幸せでした。
神様、生まれ変わっても彼と出会わせてください」
読み終わり、声を出して泣き崩れた。
さまざまな思い出が頭に浮かんだけれど、すべて、彼女は笑顔だった。