2014年6月4日水曜日

認知症を考える

NHK解説委員室ブログから認知症を正しく理解しよう」(2014年5月28日)をご紹介します。


敦賀温泉病院院長 玉井 顯
 
認知症は脳の病気です。どうして真っ先に脳の病気という事を強調するかと言いますと、これまで認知症に対する見方はマイナスイメージを持たれてきたという歴史があるからです。

そして、最近では、徘徊による行方不明者や踏切事故など認知症に関連する報道もマスメディアで取り上げられるようになりました。メディアで取り上げられるようになり、多くの方に理解していただける疾患になってきたことは認知症に関わる一人として嬉しく思います。

しかし、残念なことにそれらの報道の一部は認知症という病気に対する恐怖を生みかねない報道もあるのが現状です。私は30年以上認知症と向き合ってきました。認知症には様々な病気があり、たとえ同じ病気であっても、その方の性格や職業・家族要因や地域性などが異なります。つまり、認知症はその方の歩まれてきたunique oneその方特有の疾患だといえるでしょう。ここで私が強調したいことは、認知症を肯定的に考えることの重要性です。

残念なことに、これまで認知症は痴呆などと呼ばれ、診断されることは恥ずかしいこと、家族としても周囲に知られたくない病気として理解されてきました。近年、高齢化や権利擁護の観点から、「認知症」という名前に変わり、認知症に関する見方も10年前と比較して随分肯定的になってきました。

そこで、私は今回、認知症に対する肯定的な立場から、認知症の未来の展望についてお話していきたいと思います。

認知症は、「誰でもかかりうる疾患」であり、特別な病気ではありません。社会に認知症という疾患について正しく知ってもらうこと、認知症に対するポジティブな啓発がなされれば、認知症になっても安心して暮らせる街ができ、認知症のことを理解してくれる地域住民が増え、認知症を恐れることなく理解してくれる家族がいて、さらに言えば自分が認知症になることを想定した人生の計画作りの可能性もこのような肯定的な捉え方から見えてくる大切なことだと考えています。

では、具体的にどのようにすれば認知症になっても安心して過ごせる社会の構築ができるのでしょうか。まずは、啓発活動を通じて認知症に対する必要な情報や公開講座の実施といった心理教育などを取り入れて、認知症に対する正しい知識を皆さんに知っていただくことが重要でしょう。

次に、早期発見・早期診断の重要性です。正しい啓発で、認知症が怖い病気ではないことがわかれば、早い段階から適切な支援・医療を受けることのできる可能性にもつながるでしょう。啓発から早期発見・早期診断によって早い段階から適切な支援や医療を受けることは、非常に有益なことでしょう。そして、もし早期の発見ができなくても、社会が認知症について正しい理解があれば、認知症になっても安心して暮らせる社会の一歩が踏み出せるでしょう。

ですから私は、その第一歩である、認知症を正しく理解してもらう活動に力をいれてきました。それは、「認知症サポーター」を一人でも多く、様々な世代・様々な業種の方々に知っていただく活動です。

学校や一般企業に行き、講演や劇を通じて認知症に対する啓発を行い、自治体の方々に講演などをしています。「認知症800万人時代」と呼ばれる現在、認知症を正しく理解してくれる人々である「認知症サポーター」は全国で500万人にものぼっています。

しかし、今後も認知症は増加することは確実に予測されますので、引き続き、認知症を正しく理解してくれる方が一人でも多く増えてくださること、また、認知症を特別な病気ではなく、お互いに理解しあい、住みやすいコミュニティづくり、その人その人に合ったその人らしい暮らしのあり方をより多くの方々と増やしていくことを期待しております。

次になぜ認知症の理解が大切かということを私は有名なトリックアート「老婆と少女」を用いて説明しています。
 



・・・みなさん、この方はおいくつに見えるでしょうか?
人によっては年老いた魔法使いに見えたり、ある人によっては、少女に見えたりします。
要するにその人によってものの見方は異なるということです。例えば、認知症について正しい知識がないと、偏った見方をしてしまう危険性があります。
また次に、「頭の上の猫に気づきましたか」という質問もしてみます。これにはなかなか皆さんは気づかれないことが多いのです。この絵を使って私がお伝えしたいことは、見えているようでも、よく見なければ、教えてもらわなければ、気付くことが難しいことがあるということです。
この絵を認知症に応用すると、認知症の方々が病気に対するサインを出していても、正しい理解なしには気付けないことがあるということを皆さんにお伝えしたいのです。認知症の見方や見え方に対して、私はこの絵を用いて説明しています。

しかし、認知症の症状について正しく理解することは難しい側面があることも事実です。複雑な脳の機能障害つまり高次脳機能障害に対する知識をもつことも認知症を知る上では欠かすことのできないことだといえるでしょう。ですから、私は認知症を正しく理解していただく活動に力を入れて、一人でも多くの方に認知症について知っていただきたいのです。

最後に、早期発見・診断の有用性についてお話させていただきます。
認知症は誰でもかかる可能性のある病気です。ですから、認知症を正しく理解して欲しいのです。認知症という病気を恐れることなく、早期に発見・診断を受けることによって、ご本人だけでなくご家族や地域自治体などが一体となって、ご本人の受けたい支援が受けられる社会にしていきたいのです。

本人・あるいは周囲の人たちが「あれ、何だか最近おかしいな」と感じたら、すすんで医療機関を受診し、診断を受け、その方に合った受けたい支援を受けられるような、そのようなコミュニティを一つでも多く作っていきたいのです。

そんな街がこれからもっと増えていくことを私は願っています。
最後にもうひとつ有名な「ルビンの壷」と呼ばれるトリックアートを提示し、認知症という疾患の裏に何が隠されているか考えてみたいと思います。
 



例えば、この壷が認知症であるとするならば、その背景に隠されたメッセージは、向き合った人同士というメッセージにもつながるでしょう。

認知症の対応は、世代を超え様々な職種の人々の連携なしには解決しないと思います。核家族化が進み、地域の人間関係が薄らいでいる現代だからこそ、認知症の方々から発せられるメッセージを、よりどころにもう一度、原点に返ることが求められているのではないでしょうか。

私には、認知症の方々から「みんなで手をつないで仲良くして欲しい」というメッセージのように聞こえてなりません。

日本中が、そのような社会になることを願っております。