大学の経営改革を進めるための方向性について、日本総研の主席研究員である三宅光頼さんが書かれた論考「大学法人の組織的特徴(構造的陥穽)と改革の方向」を、いくつかのテーマに分けてご紹介することにしておりましたが、今回はその第2回目として、「大学は自身の戦略やイノベーションを発信し誘導してきたか」に視点を当ててみたいと思います。
(第1回目)大学の存在意義と自治
大学は大学自身の戦略やイノベーションを発信し誘導してきたでしょうか。
戦略策定機能が機能不全になることなく効果的効率的に活動する前提条件は、収益構造、事業構造、業界構造の3つの構造を明確にした上で、自大学のSWOT(強み・弱み・機会・脅威)を経営環境の中で明確にできるとき、戦略策定機能そのものが意味を持つことになります。
第一の収益構造は、収益モデル(何で儲ける)、プロセスモデル(何処で儲ける)、ピープル&パーソンモデル(誰が儲ける)の3つのモデルを明確にすることです。自大学の収益構造は何処にあるかを明確にし、どこ(何)で差別化を行っているかを明確にし、誰がそれを実践しているかを明確にすることにあります。
第二の事業構造は、研究開発機能、営業提供機能、管理配分機能の3つを効果的に再配分、再配置することにあります。その中で役割展開(業務と権限と責任の明確化)と方針展開(マネジメントとリーダーシップの遂行)を進めていくことになりますが、ここで少なくとも「効率的・効果的」、あるいは「成果思考的・時間的・マイルストーン的」なアプローチが実践されていることが前提です。
第三の業界構造とは、大学という高等教育産業が単に産業としてではなく、国家の使命と若者の将来を担う中枢的な機能の一つとして社会の負託を担っているという自覚の中で、健全な競争環境を醸成し、その中で独自色を出す高付加価値経営を実現しているか、という点です。
今日では、高等教育産業においても他のいかなる産業に負けず劣らずグローバルで戦っています。実際に真の高等教育は圧倒的な欧米支配が続いており、日本の高等教育機関は壊滅的なほどに人材流出現象を食い止めることができないでいます。アジアの他の国に対しても産業としての教育機関を売り込むことに苦慮しているのです。そして、更に残念なことは、そのことに「気がついていながら」なんら抜本的な解決策を見出せていません。
日本の高等教育産業としてグローバルに展開していることを知り、その中で強みと弱み、機会と脅威を認識すること、そして自分自身を「相対化」できたとき勝つための「戦略」が意味を持ちます。
大学は、知識と技術を精製(生成)するための人材の設計室であり融合炉にたとえることができます。白紙から知識や技術を作図し、さまざまな人材の組み合わせで融合させています。これらがイノベーションを創発するには、推進力が必要です。戦略と目的と動機が必要です。すなわち知識は戦略を必要とし、技術は目的を必要とし人材は動機を必要とします。
大学法人が戦略を創出し、イノベーションを創発するための課題とは、この推進力そのものを作り出す「種」を失いつつある点にあります。現段階では、教育事業および教育業界において大学自ら変革を起し、イノベーションを創発してきたとは言い難いところがあります。多くの大学は、業界内において個々に閉鎖的であり、他大学機関のイノベーションに対しても排他的であり傍観的ですらあります。それは「供給側の理論」に終始し、「閉ざされた組織」の中で競争を排除してきたからにほかなりません(21世紀大学経営協会)。
残念ながら、大学はその生成においても、オペレーション過程においても、組織的にも、戦略策定機能を自己完結的に持ち得ないのです。それは長い間の文部科学省行政の影響であり、事業継続ミッションの過度な信奉にあるといえるでしょう。