いよいよ4月から第三期の中期目標期間(平成28~33年度)に入ることになりますが、第三期の目標と計画は、既に各国立大学から提出された最終案が文部科学省のホームページで公表されています。今後、文部科学省の国立大学法人評価委員会において審議され、来月下旬には認可されることになっています。
節目の機会と捉え、第三期中期目標・中期計画の主な作成経緯等について整理しておきたいと思います。中期目標・中期計画の作成作業にさほど縁のなかった大学関係者の方々の参考になれば幸いです。
まず抑えておくべきは、文部科学省が、第三期中期目標・中期計画の作成に当たって、全ての国立大学に対し留意を求めるために発出した通知「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」(平成27年6月8日付、各国立大学法人学長宛文部科学大臣通知)でしょうか。
この通知に記載された「教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究の水準の確保、国立大学としての役割などを踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」というくだりが大きな論争を巻き起こしたことは記憶に新しいところです。
この通知については、「文系軽視」といった意味合いから、国立大学協会をはじめとした大学業界はもとより、我が国の科学者の代表機関である日本学術会議が強い懸念を示し、国会での質疑においても通知の撤回が求められるなど批判的な意見が多く、文部科学省は、「廃止対象は教員養成系のうち教員免許を取得しなくても卒業できる(ゼロ免)課程だけ」と文章の不備を認めるなど火消に追われました。
この件については、弊ブログでも既に触れていますのでご参照ください。
2 第三期中期計画(素案)の作成
文部科学省からの上記通知等を踏まえ、各国立大学は、第三期中期目標・中期計画の素案を作成し文部科学省に提出しました。各国立大学の素案はこちらです。
報道によれば、86国立大学のうち、人文社会科学系33大学・大学院(学部では26大学)が見直しを、教員養成系では9大学がゼロ免課程の廃止を計画しており、結果として、文部科学省の思惑どおりの国立大学改革が進んだように思われます。
3 第三期中期計画(素案)に対する国立大学法人評価委員会の意見
各国立大学から提出された中期計画の素案は、文部科学省に設置された国立大学法人評価委員会において検討され、最終案の作成に向け留意すべき次のような所見が示されました。
国立大学法人の中期目標及び中期計画の素案についての意見(抜粋)|平成27年11月6日国立大学法人評価委員会(全文はこちら)
第3期中期目標期間を迎えるに当たって、各国立大学法人が教育研究の一層の質的向上を図り、大学が社会の「知」を支える存在であるとの認識をより深めていくためには、今後6年間の活動の主軸となる中期目標・中期計画に、各法人が上記の状況を十分に踏まえた上で自主的かつ積極的に高い到達目標を掲げるとともに、その目標を実現する手段や検証指標を明記するなど、第2期中期目標期間以上にその存在意義を社会に対して明示することが必要である。
また、明確な手段や検証指標を設定し、PDCAサイクルの確立によって国立大学の取組の成果をより明確に社会に示すことは、地域社会や国民の期待に応え、その理解と信頼を得ていくために不可欠である。
1 基本的な考え方について
(1)各大学の自主性・自律性の尊重、教育研究の特性への配慮
各法人の中期目標及び中期計画の素案に対して文部科学大臣が修正・追加若しくは削除(以下「修正等」という。)又は検討を求めるのは、形式的な不備等を除き、第51回国立大学法人評価委員会総会(平成27年5月27日)にて了承した「文部科学大臣が行う国立大学法人等の第3期中期目標・中期計画の素案の修正等について」(以下「修正等について」という。)が示す4つの観点に該当する場合のみとする。
(2)具体的・明確で、評価可能な目標・計画設定の必要性
第2期中期目標及び中期計画の策定の際にも、目標の達成状況が事後的に検証可能となるよう、数値目標等を盛り込んだ具体的なものとするよう求めていたが、実際には、抽象的、定性的で事後的な検証が困難な記述が少なくない状況であった。
このため、第3期中期目標及び中期計画の策定に当たっては、各法人が国民に支えられる国立大学として応ずべき一層の質的向上を図るよう、社会に対して高い到達目標を掲げるとともに、その目標を実現する手段や検証指標を併せて明記することがより強く求められる。
2 素案に対する修正等又は検討の内容について
(1)素案の確認結果の概要
法人の強みや特色の明示が必ずしも十分とは言えない場合や、事後的な検証が困難な記述も見られ、特に一部の法人においてはこうした傾向が顕著であり、各法人の中期目標及び中期計画の策定に向けた検討には法人間で大きな差があることが認められた。
(3)検討を求める必要がある事項
素案に対する修正等を求めるまでには至らないものの、記述の具体性という観点からは法人間で大きな差が見られるため、各法人に対し、「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)」の趣旨を踏まえ、以下の2つの観点から、中期目標原案及び中期計画案の策定に向けた更なる自主的・自律的な検討を求める必要がある。
1)自らの強み、特色を明示し、国立大学としての役割を果たしつつ、大学として特に重視する取組について明確な目標を定めること
中期目標及び中期計画は、国立大学法人の社会に対する意思表示であると同時に、大学としての特色や魅力を社会に対してわかりやすくアピールする場であるという視点を念頭に、各法人が大学として特に重視する取組について明確な目標や計画を定め、第2期中期目標期間以上に、各法人の強み、特色を明示するような内容とすることが期待される。
各法人の強みや特色には、「ミッションの再定義」や各法人が公表しているアクションプラン等に示されている事項のほか、中期目標及び中期計画を作成する過程で各法人において整理したものも含まれるが、このような強み、特色を中期目標原案及び中期計画案にどのように盛り込むかについて、各法人において内容及び表現を更に検討・工夫することが適切である。
2)目標を具体的に実現するための手段を策定し、その手段が遂行されているかどうかを検証することができる指標を設定すること
事後的に検証可能な記述とするためには、①達成時期、数値目標その他実現しようとしている具体的な達成状況(ゴール)、及び②具体的な取組内容・取組例・手段(プロセス)の双方が明確になっていることが必要である。
ゴールを明確にするに当たっては、「ミッションの再定義」のほか、各法人が第3期中期目標期間における機能強化の方向性に応じて重点支援を受ける取組構想の評価指標として設定する指標等を中期目標及び中期計画に設定することも考えられる。
また、定量的な指標の設定が困難で定性的な記述になる場合であっても、可能な限り達成状況(ゴール)を明確に記述するほか、具体的なプロセスを併せて示すこと等により、より事後的な検証が可能な内容とすることができるため、各法人において更に記述を工夫することが適切である。
上記「意見」にも示されているように、第三期中期目標・中期計画は、第二期までの目標・計画に比べ、いくつかの大きな特徴があります。その一つが「数値目標」の設定です。
素案の段階では、86大学中、例えば、
- 日本人学生の海外留学生数・比率(66大学)
- 外国人留学生の受入数・比率(67大学)
- 外国人教員数・比率(41大学)
- 産学官共同研究数(42大学)
- 女性教員数・比率(65大学)
- 女性管理職比率(75大学)
- 外部資金獲得額・採択数(59大学)
- 寄付金受入額(47大学)
文部科学省は、「数値目標自体が増えるということは、事後的にその検証が可能になる、法人の立場から言えば、意欲的な計画になっているのではないか」と評価しているようですが、その是非はともかくとして、各国立大学にとっては、今後、数値目標の達成に向けた様々な取組み、IR等を活用した実績データの収集・検証方法を確立しておく必要があります。
なお、数値目標の設定に関しては、国立大学法人評価委員会において、消極的な意見も披歴されています。各年度の実施や評価においては、こういった意見にも十分留意しておく必要があるでしょう。
国立大学法人評価委員会(第52回、平成27年11月6日開催)議事録(全文はこちら)
【奥野委員】
第2期のときに、これでは年度評価できませんということを少し言い過ぎたのかもしれませんが、法人は過剰反応をしている印象です。我々は必ずしも数値目標でなければ評価できないと言ったわけではなく、例えば「何々に努力する」とか、「何々を目指す」とかの計画の場合には、どのような手段でその目標を達成するのかを書いてほしいと伝えたかったのですが、なかなかブレークダウンされませんでした。
最終的には、この資料2-1の途中に出てきますが、かなり多くの項目で数値目標を書いています。決して悪くはありませんが、少しやり過ぎではないかというのが正直な私の感想です。第2期の目標と第3期の目標・計画とは、北山委員長が言われたように、大分変わっていると思います。これで年度計画がうまく書ければ、委員としては評価しやすくなります。それを期待したいと思います。
繰り返しになりますが、後で出てきます資料2-1の中には、数値目標の項目数が多いということは、良いことではありますが、各法人に対して、しっかりと考えてくださいねと言いたいと思います。
4 第三期中期計画(最終案)の作成
各国立大学から提出された中期計画の素案については、文部科学省において、上記「国立大学法人評価委員会による意見」等を踏まえた確認が行われ、次のような修正又は更なる検討等を求める通知(内容は、評価委員会による意見とほぼ同様)が国立大学宛示されています。
国立大学法人等の中期目標及び中期計画の素案に対する所要の措置について(通知)|平成27年12月1日付、各国立大学法人学長宛文部科学大臣通知
各国立大学は、以上のような経緯を経て、第三期中期計画(最終案)を去る1月15日(金曜日)を期限として文部科学省に提出し、現在、国立大学法人評価委員会において審議が行われています。
参考までに、1月末に開催された国立大学法人評価委員会では、各国立大学から提出された最終案(第三期中期目標原案及び中期計画案)に対して、次のような所見(抜粋)が示されています。
国立大学法人の第3期中期目標原案及び中期計画案の概況(全体)について
各法人の中期目標原案及び中期計画案(以下「中期目標原案等」という。)では、教育研究等の質の向上や業務運営の改善等について、以下に示すような先進的な取組や高い数値目標の設定等、意欲的な計画が多く見られた。
特に、複数の法人において、第2期中期目標期間よりも各法人の強みや特色が明示され、事後的な検証も可能とする中期目標原案等となっていることが確認できる。
また、大学として重点的に取り組む計画を明確にして、その事後の検証を可能とするような指標を設定する試みもあり、国立大学法人としての社会的責任を積極的に果たしていこうとする意志や、大学としての特色や魅力を社会に対してアピールするという意識が認められる。
1 大学の教育研究等の質の向上
ほとんどの大学において、大学教育の質的転換を図る教育を行うための新たな手法(アクティブ・ラーニング等)の導入や、社会・地域のニーズに応じたグローバル展開に関する取組を掲げており、教育研究の質の向上に対して工夫しながら意欲的な計画を立てていることがうかがえる。
他方、各地域における知の拠点としての機能強化に取り組む大学においては、地域貢献を計画的に行うため、地方公共団体や地元企業等との共同研究・共同事業を実施するとの計画も多く見られる。
また、世界最先端の教育研究の展開に取り組む大学においては、強みを有する専門分野での国際的な教育研究拠点となるための具体的構想や、戦略的に取り組む研究領域への学内資源の重点投資を明記する計画が見られる。
(参考)中期目標原案等において以下の項目について掲げる法人の数
<教 育>
<研 究>
- 教育の質的転換を図るための新たな手法(アクティブ・ラーニング等)の導入(82法人)
- 教育課程の体系化に関する取組(ナンバリング・カリキュラムマップ等)(73法人)
- 学生の学修時間確保に関する取組(61法人)
- 学生一人一人の学修成果の検証に関する取組の充実(76法人)
- インターンシップの充実(75法人)
- 社会人学び直しの促進に関する取組(80法人)
- ジョイントディグリーの実施(25法人)
- 学生への経済的支援(奨学制度、授業料減免)の充実(83法人)
- 障害のある学生に対する特別支援の実施(77法人)
- 入学者選抜における国際バカロレア資格の活用(19法人)
<社会連携>
- 特定分野の重点的推進(83法人)
- 学際的研究の推進(78法人)
- 国際共同研究の推進(81法人)
- 産学共同研究件数の向上(69法人)
- 若手研究者育成に関する取組の充実(79法人)
- リサーチアドミニストレーター(URA)の活用(64法人)
<グローバル化>
- 教育コンテンツの開放(公開講座、Moocs、オンライン講座の提供等)に関する取組(76法人)
- 地方自治体や地元企業等との共同研究の推進(79法人)
- 日本人学生の海外留学生数・比率の向上(80法人)
- 外国人留学生の受入数・比率の向上(71法人)
- 外国人留学生の生活支援の実施(68法人)
- 外国人教員数・比率の向上(54法人)
2 業務運営の改善及び効率化
優秀な若手・外国人の受入れや女性教員の比率向上等、スタッフの流動性や多様性を高めるなど、教育研究の活性化を図る上での組織体制を整備する取組が多く見られる。
また、すべての大学において、教育研究組織の見直しに関し何らかの目標・計画が記述されている。新時代のニーズと各大学が培ってきたリソースを踏まえ、グロ ーバル化、イノベーション、地方創生など我が国が直面する重要課題の解決に向けた教育研究を行うため、積極的な組織見直しを行おうとする機運が共有されていることがわかる。
(参考)中期目標原案等において以下の項目について掲げる法人の数
<組織運営の改善>
<教育研究組織の見直し>
- IR機能の強化(78法人)
- 監査機能の充実(79法人)
- 年俸制の推進に関する取組(82法人)
- 女性教員数・比率の向上(73法人)
- 女性管理職比率の向上(82法人)
<事務等の効率化・合理化>
- 学部段階での組織見直しの計画(44法人)
- 大学院段階での組織見直しの計画(66法人)
- 事務処理の一元化・共同化等に関する取組(58法人)
- 事務職員の能力向上に関する取組(SD等)(81法人)
3 財務内容の改善
外部資金の一層の獲得や財源の多様化による自己収入の増加を掲げる大学も多く、経営基盤の強化に積極的に取り組もうとする姿勢がうかがえる。
(参考)中期目標原案等において以下の項目について掲げる法人の数
<外部研究資金、寄附金その他の自己収入の増加>
<経費の抑制>
- 公的研究資金獲得額もしくは採択数の向上(82法人)
- 民間企業等からの研究資金獲得額の向上(74法人)
- 寄附金受入額の向上(75法人)
- 管理経費の抑制(82法人)
4 自己点検・評価及び当該状況に係る情報の提供
多くの大学が、自己点検・評価を実施する方法・体制の強化に関する取組や、自らが果たしている機能等を多様なステークホルダーに向けて分かりやすく示すための積極的な広報に関する計画を掲げている。
5 その他業務運営
全ての大学が、国立大学法人として社会的使命を果たしつつ、その活動を適正かつ持続的に行っていくために、法令遵守の徹底や研究不正の防止のための取組を掲げて いる。
(参考)中期目標原案等において以下の項目について掲げる法人の数
<施設設備の整備・活用等>
<安全管理>
- 施設利用の点検・見直しの実施(84法人)
- 学長裁量スペースの確保と活用(46法人)
- スペースチャージの導入(36法人)
<法令遵守等>
- 各種規制の対象となる研究資材の適正な管理に関する取組(62法人)
- 研究費不正・研究不正の防止に関する取組(研究倫理教育等)(86法人)
- 情報セキュリティに関する取組(84法人)
◇
中期目標・中期計画の膨大な作成作業と煩雑な意思決定プロセスに携わってこられた教職員の方々にとっては、ようやくここまできたかと安堵されているところではないでしょうか。
ただ一方で、どうしても一部の関係者に閉じた作成プロセス(一般的に、役員等の執行部、評価担当の教職員が中心となって作成作業が進められ、全ての構成員が参画する仕組みにはなっていないという意味)であるがゆえに、苦労して作成された中期目標・中期計画の内容が、多くの構成員にしっかり理解・共有されているのかという点については甚だ不安な面もあります。
中期目標・中期計画のような中長期プランは、得てして、策定することが目的化し、結局のところ実効性のない「絵に描いた餅」になってしまいかねません。決してそういうことにならないよう、多様な大学構成員の中に、目標・計画の内容を十分浸透させる(構成員に、目標・計画の内容を正しく理解し、等しく共有してもらう)ことが必要です。
そのためには、目標・計画の総論的・抽象的な記載に関する現状、課題、根拠、定義、事例などが、可能な限り具体化・明確化されていなくてはなりません。
中期目標期間の変わり目であるこの機会に、私たち国立大学の構成員は、国民の税を原資として運営されている大学である以上、社会の要請や負託に責任をもって応える努力を怠ってはいけないということを改めて自覚する必要があります。
そのうえで、自らが所属する組織が定めた社会に対する公約である中期目標・中期計画を実効性のある具体的な行動に移し確実に達成していくことが何より求められているのではないかと思います。