2008年4月1日火曜日

人事は人材育成の視点で

今日から4月。新しい年度の始まりです。

ある意味では暦年の元旦に相当する日でもあり、新人から年配の方に至る多くの方々が心新たに1年のスタートを切る大事な日と言えるのかもしれません。

最近は、多くの国立大学で、年度決算や法人評価の作業の関係から、従来の4月から7月に定期異動の時期を変更するところが増えているようですが、いずれにしても、人事異動は、それぞれの方にとっては、人生に影響を与える大変重要な転機といっても過言ではなく、中には複雑な想いで今日という日を迎えられた方もおられるのではないかと思います。

恐らく一般のサラリーマンの方でも同様なのでしょうが、思い通りにならなかった異動であったとしても、今日からは気持ちを切り替え、前向きに、そして愚直に生きていくことがなにより大事ではないかと僭越ながら思う次第です。

3月30日に放映されたNHK大河ドラマ「篤姫」では、島津斉彬が、慕っていた篤姫を追って江戸行きを志願していた肝付尚五郎(のちの小松帯刀)ではなく、他人のために自分は何をなすべきかを常に考えていた西郷吉之助(のちの西郷隆盛)を参勤の供に選んだ場面がありました。尚五郎は得心いかず意気消沈しますが、師匠から、薩摩でしかできないことをすべきではないかと諭されました。

両者とも我が国の歴史に名を残す重要人物になっていくわけですが、いわゆる人事異動による心の迷いはいつの時代にもあったのだと内心ほっとしたような気がします。

そうは言っても、やはり人事異動はサラリーマンにとっては極めて大事なものです。
今日は、上杉道世氏(前東京大学理事、現独立行政法人日本スポーツ振興センター理事)が、文部科学教育通信という雑誌に載せられた「人事は人材育成の視点で」をご紹介します。
人事担当者や管理職員の方々にはよく読んでいただきたい内容です。

大学職員のキャリアプランを考える

人事異動について、従来のイメージはどうだっただろうか。自分の人事については、いろいろな思いがあってもじっと抑えて「おまかせします」と言うのが美徳のようだった。

一方、人事担当者の方は、個々の職員の情報収集はある程度やっていたが、人事異動案の作成に当たっては、全員をもれなく全部のポストに貼り付けるのが最優先であり(これは確かに必要なことだ)、その際に、対象となるポストの序列と、職員の年齢や経歴の序列を組み合わせて、バランスの取れた出来上がりを目指すのが大事だった。

しかし、職員は一方的に動かされるだけの将棋の駒ではない。能力適性もさまざまであり、得手不得手もあり、職業生活に求める価値観も一人一人異なっている。大学の業務も極めて多様であり、所要の専門的能力を計画的に育てていく必要がある。

大学全体としては、持っている人的資源を必要な業務に最適に配置することが必要であるし、職員個人としてみれば、仕事との幸福な出会いが実現できるようにしていかなければならない。そして人事異動は、その職員にとって能力を高め視野を広げる効果があるように、人材育成の視点から行われなければならない。

そのためには、どのような手段があるのか。
まず、職員の能力適性や将来の希望に関する情報をよく把握しなければならない。東京大学では、毎年一度職員調書を作成する際に、現在の業務についてどのように考えるか、そして、将来どのような職務分野に進みたいか、そのためどのような研修や能力向上策を経験したいかなどを記述させるようにした。また単に書類に書くだけではなく、これに基づいて上司が職員と話し合うことを呼びかけた。

職員一人一人が、自分のキャリアプランを考え、形成していけるようにしていきたい。
自分が将来どの分野で活躍し、いつごろどのような経験を積み、どのような専門性を身につけていくのか、おおよその希望あるいは見通しを自覚的に持つようにしたい。特に女性職員にとっては、出産育児の負担がかかりやすい実態があり、これに対しライフプランとキャリアプランを組み合わせた職業生活の見通しを持つことが有益であろう。

これらの前提として、大学側としてどのような人事異動の方針あるいはガイドラインを用意しているかを示していく必要がある。

人事異動のガイドライン

人事異動の方針あるいはガイドラインは、大学の規模やおかれている状況により異なるものであるが、ここでは私の段階での東京大学の例をお示ししよう。
もちろんこれはガイドラインであるから、個々の職員によって例外的なケースはありうるものである。

まず、新規採用後の最初の配置は、本部とした。
従来、本部や部局に分散して配置し、しかもいったん部局に配置となると、長く部局勤務が続く傾向があり、これは職員の能力を停滞させ、本部と部局がよその会社のような疎遠な関係となる一因となるやり方だったと思う。私は、今後は少数精鋭の採用を行うこともあり、全員にいったん本部経験をさせ、全学の動きを見る習慣を身につけさせたいと考えた。したがってこの新人の本部勤務の期間は、単に担当の仕事をするだけでなく、さまざまな機会に本部全体の業務の状況が把握できるような経験をさせるよう上司と人事課は配慮しなければならない。

次に、本部勤務の後は、部局を経験させる。
採用後十年間程度は、比較的短期間にいくつかの異なる部局、異なる分野を経験させ、自分の専門性を見いだす期間とする。この年代の人事異動は本部主導で本人の経歴をよく考え、能力向上の観点から計画的に実行しなければならない。

次に、おおむね30代半ばぐらいから(当然人によって異なるが)、各自の専門分野を明確にし、比較的長期間一カ所にじっくりと勤務し、当該部局、当該分野に精通した職員となる。従来、2~3年で異動を繰り返すケースが多かったが、やはり一つの仕事を成し遂げるにはもう少し長い期間が必要であろう。

部局の意見とよくすり合わせるとともに、できるだけ職員の能力適性や希望に応じた異動を実現したい。私は、これからは各職員が、何らかの専門分野を持ちながら幅広い経験もあわせて持っているという姿にしていきたいと考えている。また、他大学他機関の経験も有益であり、私立大学や民間企業にも機会を広げていきたい。

最後に、管理職への登用であるが、法人化と同時の4月人事から、課長・事務長への登用試験を行った。法人化とともに、幹部職員の全国異動の規模が縮小し、学内からの登用が増加することが予想された。一方、学内の事務長・課長の実態を見ると、受け身で、力量が不十分な人がいたりして、部局長からも、ともに部局運営を担ってくれる人が欲しいと言われていた。

それまでの幹部登用は、こつこつ真面目にやってきた人の定年前の処遇のようであったが、これを実力本意にし、自ら手を上げて、私はこのような幹部になりますと宣言した者を登用する仕組みとした。学内から登用希望者を公募し、論文作成し、上司の評価を聞き、役員による面接を行って判定している。これを4年間行った結果、幹部は活性化し、若手や女性の登用も進んだと考えている。

人材育成を支える研修の展開

私は研修を幅広く考えたいと思う。人事課の研修係が担当している研修事業は重要だが、人材育成の観点で活用できる活動はほかにもいろいろある。

まず、上述した人事異動の仕組みそのものが人材育成の観点から組み立てられていることが重要である。部下職員の人事に対する態度を上司の評価に組み入れ、幹部が職員の人材育成を真剣に考えるようにしむけなければならない。

特別な時間を組んで一定の職員を集めて行うタイプの研修は、東京大学の場合、従来からかなり行われていた。問題は内容であって、講師の話を聞く時間は最小限とし、研修生自身が討議し、プランをまとめ、発表するという主体性を引き出すような方法を大幅に取り入れた。通常業務と切り離すのではなく、通常業務の中で生かしていくという課題設定も含めた実践的な研修とした。

職員たちの自発的な動きを引き出すような試みも、研修的な意味を持っている。若手職員の自発的なプロジェクトをさまざまな形で推奨してきた。研修という名前は付けていないが、業務改善のワークショップや、評価のセミナーなど、新しい業務に取り組むときは、なるべく多くの職員に直接説明し、意見交換する手法を展開した。

個人単位のものとしては、自己啓発型の研修を奨励している。大学の業務として必要なものは職務の一環としての研修で行ってもらうが、個人に利益が還元される要素があり職務にも役立つ研修は、職務専念義務免除や休職で行けるように制度改正した。資格の取得や専門的能力の向上や大学院での学習など職務外での勉強に活用されている。

そのほか挙げていくときりがないが、型にはまって考えないで、活用できるあらゆる手法を動員して職員の能力向上を図っていくことが大切であろう。